第28話 将軍ヴォルフガング
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
5日目(7/25)3話目です。
通信結晶がローゼンフェルト子爵家との間で正式に運用され始めてから、一月ほどが過ぎた。
廃鉱山の村へ出入りする荷馬車の数は、以前とは比べものにならないほど増えている。
魔力灯の外装に使う鉄材。
冷却箱を組み立てるための木材。
吸毒結晶を収める容器。
工房で働く職人たちの食料や衣服。
これまでこの村を訪れる商人は、月に数度もいれば多いほうだった。
今では、日によっては複数の荷馬車が村の入口へ並ぶ。
反対に、村から外へ運び出される品も増えた。
魔力灯。
冷却箱。
小型の浄水装置。
まだ生産数は限られているものの、近隣の商人たちはそれらを競うように仕入れている。
村外れには、移住してきた職人のための作業小屋と仮住居も建ち始めていた。
「今月の出荷数は、先月の倍を超えます」
管理屋敷の執務室で、アーデルハイトが帳簿を開いていた。
「通信結晶のおかげで、鉄材と木材の相場をその日のうちに確認できるようになりました。高値で買い付ける失敗も減っています」
「工房の作業は間に合っていますか」
レオンハルトが尋ねる。
「今のところは。ただし、このまま注文が増えれば、職人の増員が必要です」
レオンハルトの前には、製造予定表と材料在庫表が置かれている。
以前なら、一枚の紙へ思いつくまま書き込んでいただろう。
今ではエルザが用途ごとに分類し、ゼバスティアンの確認を受けてから、レオンハルトの机へ届けていた。
「新しく働きたいという人も増えています」
エルザが別の帳面を開いた。
「農家の次男や三男、近隣の町で仕事を失った職人、冒険者を辞めた人たちです。女性の応募もあります。縫製や記録、運搬、救護の仕事を希望しています」
「全員をすぐ雇うことはできません」
アーデルハイトが言った。
「身元の確認と、賃金を継続して払えるかの計算が必要です」
「面談は、ゼバスティアンさんが順番を組んでいます」
「また仕事が増えましたね」
レオンハルトが申し訳なさそうに言う。
「人が増えれば、管理の仕事も増えるのは当然です」
アーデルハイトは帳簿から顔を上げた。
「それより、別の問題があります」
「何でしょう」
「昨日村を出た商隊が、街道で襲われました」
部屋の空気が変わった。
「負傷者は?」
「御者が一人、腕を切られています。護衛の冒険者も二人が軽傷です。生き残った者たちが、夜明け前に村へ戻ってきました」
「商品は?」
「魔力灯六個と、小型冷却箱一台。荷馬車も二台奪われました」
レオンハルトは手を握り締めた。
商品を失ったことより、人が傷ついたことへの怒りが先に込み上げる。
「盗賊ですか」
「その可能性が高いでしょう」
ゼバスティアンが、聞き取り記録を手に執務室へ入ってきた。
「ただし、待ち伏せ場所と退路の選び方が妙に正確です。商隊の出発時刻だけでなく、積み荷の内容まで知っていた可能性があります」
「内通者がいるということですか」
「断定はできません」
ゼバスティアンは記録を机へ置いた。
「ですが、偶然にしては準備が整いすぎております」
続いて、来客と応募者の確認を終えたヒルデガルトが部屋へ入ってきた。
「最近、村の周囲で見慣れない者が増えています」
「仕事を探しに来た人たちでは?」
「本当に仕事を探している者もいます。ですが、工房の出入口や魔力蓄電塔の見張りを気にしている者もいました」
「全員を疑うわけにはいきません」
レオンハルトが言う。
「だからこそ、疑う基準と確認手順が必要でございます」
ゼバスティアンは穏やかに答えた。
「さらに、北側の森では魔物も増えております」
「魔物まで?」
「狼型の群れが三つ。大型猪が二頭。街道近くでは、岩のような皮膚を持つ魔熊の足跡も確認されました」
魔力蓄電塔の稼働によって、周囲の地脈は以前より安定している。
だが、塔の周辺には一定量の魔力が集まる。
その影響で魔物が近づいている可能性も考えられた。
「リンデは、何と?」
「塔だけが原因ではないと言っていました」
ヴィルヘルミーネが答える。
「北の森の奥から、追い出されてきた魔物がいるようだと」
「さらに強い魔物が入ったのでしょうか」
「可能性はあります。ただ、まだ確認できていません」
問題は一つではなかった。
盗賊。
情報を漏らした者の存在。
魔物の増加。
荷馬車と街道の安全。
工房と魔力蓄電塔の警備。
これまで村を守ってきたのは、元冒険者や鉱夫たちによる簡単な見回りだけだった。
武器を扱える者はいる。
だが、誰が命令を出し、どこを守り、異常時にどう動くのかは決まっていない。
「護衛を増やします」
レオンハルトが言った。
「冒険者を雇い、街道と村の周囲を――」
「それだけでは足りません」
ゼバスティアンが遮った。
「なぜですか」
「指揮する者がいなければ、危険が起きた場所へ人が集まるだけです。工房で火災が起きたとき、全員が工房へ走れば、別方向から村へ入られます」
アーデルハイトも静かに頷いた。
「今の村には、守るための組織がありません」
◇
その日の夕方。
ローゼンフェルト子爵家から、通信結晶を通じて緊急連絡が入った。
管理屋敷の通信室で、小鐘が五回続けて鳴る。
通常とは異なる、緊急呼び出しだった。
ゼバスティアンが通信室の封印を開き、アーデルハイトが送信板の前へ立つ。
「こちら廃鉱山管理屋敷。ローゼンフェルト子爵家、聞こえます。以上」
『こちらローゼンフェルト子爵家。近隣商会が雇った街道護衛の一団が、そちらへ向かっている。指揮を執るのはヴォルフガング・フォン・アイヒベルク。元北方軍将軍だ。以上』
「元将軍?」
『部下を見捨てる命令へ反対し、軍を離れた男だ。盗賊討伐と魔物の調査を請け負っている。明日の昼までには到着する。以上』
「お父様は、その方をご存じなのですか。以上」
『直接の面識はない。だが、戦功と軍を追われた経緯は聞いている。詳細は本人から確かめろ。以上』
通信を終えたあと、アーデルハイトは考え込んだ。
「ヴォルフガング・フォン・アイヒベルク……」
「平民出身ながら、北方戦線で戦功を挙げ、準男爵位を得た人物でございます」
ゼバスティアンが言う。
「軍を離れたあとも、元部下や冒険者をまとめ、商隊護衛や魔物討伐を請け負っていると聞いております」
「信頼できる人でしょうか」
「それを見極める必要がございます」
◇
翌日の昼前。
村の入口へ、二十人ほどの武装した一団が現れた。
装備は統一されていない。
古い軍用鎧。
革鎧。
冒険者用の軽装。
しかし、歩調はそろっていた。
荷馬車を中央へ置き、前後左右へ人員を配置し、森と街道の両方を警戒しながら進んでいる。
一団の先頭にいるのは、四十歳を過ぎた大柄な男性だった。
短く刈った黒髪には白いものが混じっている。
頬には古い傷。
厚い外套の下には、使い込まれた鎧。
腰には長剣を下げ、背には幅広の槍を負っていた。
「止まれ」
男性が片手を上げる。
一団が村の入口で、一斉に足を止めた。
「この村の責任者は誰だ」
低く、よく通る声だった。
「私です」
レオンハルトが前へ出ようとすると、ゼバスティアンが僅かに先へ立った。
「レオンハルト様」
「大丈夫です」
レオンハルトはゼバスティアンの横へ並んだ。
「レオンハルト・フォン・ベルクシュタインです。現在、この廃鉱山と周辺村の管理を任されています」
男性の目が細くなる。
「ベルクシュタイン?」
「廃嫡されています」
「自分から言うのか」
「隠しても、すぐ分かりますから」
男性はしばらくレオンハルトを見たあと、馬から降りた。
「ヴォルフガング・フォン・アイヒベルクだ。今は将軍ではない」
「ローゼンフェルト子爵から、元将軍と伺いました」
「元、だ。肩書きで扱われるつもりはない」
「では、ヴォルフガング殿」
ヴォルフガングは僅かに眉を動かしたが、それ以上は訂正しなかった。
「盗賊と魔物の情報を聞いた。負傷者は?」
「診療所で治療を受けています」
「案内してくれ。そのあと、襲われた商隊の者へ話を聞く」
「先に休まなくてもよいのですか」
「盗賊も魔物も、俺たちが休む間だけ待ってくれるのか」
レオンハルトは何も言い返せなかった。
◇
ヴォルフガングは村へ着くと、すぐに動いた。
診療所で負傷者の状態を確認する。
御者と護衛を別々に呼び、盗賊の人数、武器、襲撃地点、逃げた方向を聞く。
商隊が通った道を地図へ書き込む。
村の入口。
工房。
管理屋敷。
魔力蓄電塔。
井戸。
食料庫。
村人の住居。
夜間の魔力灯。
見張りの交代時間。
子供や老人の避難場所。
すべてを見たあと、ヴォルフガングは会議室の机へ地図を広げた。
「守りがない」
最初の言葉が、それだった。
「見張りはいます」
レオンハルトが答える。
「あれは立っているだけだ。巡回路が毎日同じ。交代時刻も同じ。遠くから見ていれば、誰でも隙を覚えられる」
「村の入口は警戒しています」
「入口だけを見て、北側の獣道を空けている」
「魔物が出るため、村人を近づけないようにしています」
「だからこそ、敵が使う」
ヴォルフガングは工房を示した。
「ここへ火を放たれたら、誰が消火を指揮する」
「工房の者と村人が――」
「誰が、どこから水を運ばせる」
「グレーテルさんが」
「あたしは炉を止め、結晶を安全にするだけで手いっぱいだ」
グレーテルが即座に答える。
「蓄電塔が同時に襲われた場合は?」
「私とリンデが対応します」
「誰が村人を避難させる」
「ゼバスティアンさんとヒルデガルトさんが」
「盗賊が二方向から来たら?」
返事が出ない。
ヴォルフガングはレオンハルトを見る。
「結晶壁を作れるそうだな」
「はい」
「防御手段があることと、集団戦を知っていることは別だ。お前は目の前の危険を止められるかもしれない。だが、同時に三か所で起きた危険へは対応できない」
レオンハルトは黙った。
「強い結晶を作ることと、領地を守ることは違う」
「では、どうすればよいのですか」
「まず、この土地の管理者から臨時の指揮権を得たい」
ヴォルフガングはアーデルハイトへ視線を向けた。
「盗賊討伐と魔物調査の間だけで構わん。俺の部下を、村と街道へ配置する」
アーデルハイトはレオンハルトと目を合わせた。
「防衛助言と、緊急時の現場指揮をお願いします」
「承知した」
「ただし、村人への命令は、レオンか私を通してください」
「緊急時を除けば、そうする」
臨時の権限が決まると、ヴォルフガングは地図へ三本の線を引いた。
「必要なのは大軍ではない。最初は三十人でいい」
「なぜ三十人なのですか」
「十人ずつ三班に分ける」
一本目の線を街道へ。
二本目を村へ。
三本目を空白のまま残す。
「一班は街道警戒と商隊護衛。一班は村内の見張りと消火、避難誘導。残る一班は休息と予備だ」
「常に全員を働かせるわけではないのですね」
「休めない兵は、必要なときに動けない」
「村人を兵士にするのですか」
「志願者を募る。農民も鉱夫も仕事を捨てて常に戦うわけではない。まずは領地防衛隊として、災害と警備を中心に始める」
「領軍ではなく?」
「お前はまだローゼンフェルト領内の管理者だ。勝手に軍を名乗れば、王都の貴族に余計な疑いを持たれる」
アーデルハイトが頷いた。
「父の承認を得たうえで、領地防衛隊として設立します」
「徴兵はしません」
レオンハルトが言った。
「当然だ」
「戦いたくない者へ武器を持たせません」
「それも当然だ。だが、戦わなければ守れない時は来る」
「そのときも、最初から誰かを死なせる前提では考えません」
レオンハルトの声が硬くなった。
ヴォルフガングの目が細くなる。
「俺の過去を聞いたか」
「部下を見捨てる命令へ反対したと」
「聞きかじった話で、戦場を分かったつもりになるな」
ゼバスティアンが制止しようとしたが、レオンハルトは目を逸らさなかった。
「私は、誰かを捨てることを簡単な答えにしたくありません」
「全員を救おうとして、全員を死なせる指揮官もいる」
ヴォルフガングの声が低くなる。
「十人を救うため、一人に危険な役目を頼まなければならない時もある。だが、誰かを捨てることを最初から楽な策として選ぶ者は、指揮官ではない」
レオンハルトは、彼の言葉を聞いた。
「あなたは、囮に残された部隊を助けに行った」
「命令を出した者は、救う方法を考える前に切り捨てた。俺が拒んだのは、それだ」
「なら、私も同じです」
「同じではない。お前はまだ、選択を迫られたことがない」
「だから、学ぶ必要があります」
レオンハルトは静かに答えた。
「人の命より勝利や利益を優先したら、父や弟と同じになります。私は、その一線を越えたくありません」
ヴォルフガングはしばらく何も言わなかった。
「盗賊討伐へ、お前も来るつもりか」
「必要なら」
「却下だ」
「なぜですか」
「防御手段はあっても、周囲を警戒しながら集団で戦う経験がない。領地の責任者が、護衛もなく盗賊の前へ出るな」
「結晶壁があります」
「正面の矢を防いでいる間に、背後から刺されたらどうする」
レオンハルトは言葉に詰まる。
「お前は、危険へ飛び込むことと責任を果たすことを混同している」
ヴォルフガングは地図を折り畳んだ。
「盗賊と魔物は俺たちが調べる。お前は、俺たちが留守の間に村をどう守るか考えろ」
◇
盗賊の手掛かりが見つかったのは、翌朝だった。
街道沿いの見張り小屋から、通信結晶で緊急連絡が入る。
森へ入る見慣れない荷馬車が二台あった。
車輪の幅は、襲われた商隊から奪われたものと一致している。
さらに、荷台を覆う布の隙間から、冷却箱の銀色の留め具が見えたという。
「確認だけで、盗賊の拠点と決めつけるな」
ヴォルフガングは部下へ命じた。
「まず轍を追い、見張りの数を調べる」
先行した斥候が戻り、森の中の古い炭焼き小屋へ七人以上が集まっていると報告した。
奪われた魔力灯の箱も確認される。
ヴォルフガングは十二人を選んだ。
残り八人のうち四人を村の入口へ。
二人を北側の獣道へ。
二人を街道の見張り小屋へ置く。
「全員で行かないのですか」
レオンハルトが尋ねた。
「陽動かもしれない」
「村を襲うために?」
「俺たちを森へ引きつけ、その間に別働隊が工房を探る可能性がある」
レオンハルトは、初めてその可能性に気づいた。
「戦いは、見えている敵だけを相手にするものではない」
ヴォルフガングは尋ねた。
「村の指揮は誰が執る」
「私です」
「具体的には」
「ゼバスティアンさんが管理屋敷と通信を担当します。ヒルデガルトさんは子供と高齢者、怪我人を診療所裏の広場へ誘導します」
「工房は?」
「グレーテルさんが炉を止めます。職人は西側の避難路から出します」
「蓄電塔は?」
「リンデが地脈を確認します。私とヴィルヘルミーネさんが流入を止め、エルザが残量と異常色を記録します」
「村の入口は?」
「あなたの部下に任せます」
「今はそれでいい。次からは村の者で担えるようにしろ」
「はい」
ヴォルフガングは部下たちへ合図を出した。
一団は森へ入っていった。
◇
森では、斥候が見つけた獣道を使い、盗賊の拠点を三方向から囲んだ。
正面から突入はしない。
まず退路を塞ぐ。
弓を持つ者の位置を確認する。
荷馬車へ火を放たれないよう、水袋を持つ二人を近くへ配置する。
包囲が整うと、ヴォルフガングは炭焼き小屋の外から降伏を呼び掛けた。
「武器を捨てて出てこい。従えば命は取らない」
盗賊たちは矢を放って抵抗した。
だが、ヴォルフガングの部下は遮蔽物を使い、正面から無理に近づかなかった。
一方が盾で注意を引き、別方向から二人が回り込む。
弓を持つ盗賊が制圧されると、残りは戦意を失った。
七人全員が捕らえられ、奪われた荷馬車と商品も取り戻された。
ヴォルフガング側の負傷者は、腕へ浅い傷を負った一人だけだった。
◇
同じころ。
村の北側で、見張りの鐘が鳴った。
獣道から三人の男が現れたのだ。
木こりのような服を着ている。
だが、背負った袋の中には油壺、短剣、工房周辺の簡単な見取り図が入っていた。
「止まれ!」
北側を守っていた兵士が声を上げる。
三人は戦おうとせず、すぐ森へ逃げようとした。
本来の役目は放火ではなく、警備の薄い場所を確認することだったらしい。
一人は兵士に捕らえられた。
二人は獣道へ戻ろうとしたが、その前方で地面が盛り上がった。
岩が壁のように隆起し、退路を塞ぐ。
銀灰色の髪の少女が、その上へ立っていた。
金色の瞳が縦に細まり、頬と腕へ銀色の鱗が浮かぶ。
「ここから先は、群れの場所だ」
人の姿であっても、その声と魔力は竜のものだった。
男たちは顔を青ざめさせ、足を止める。
背後から兵士たちが追いつき、二人を拘束した。
「ヴォルフガング殿の予想どおりでした」
レオンハルトが呟く。
「喜ぶ場面ではございません」
ゼバスティアンが、見取り図を確認した。
「誰が村の配置を教えたのか、調べる必要がございます」
◇
夕方。
ヴォルフガングたちが村へ戻った。
奪われた荷馬車と商品。
捕らえた盗賊七人。
負傷した部下は、診療所へ運ばれた。
「殺さなかったのですか」
レオンハルトが尋ねる。
「必要がなかった」
「抵抗したのでしょう」
「武器を捨てた者まで斬る趣味はない」
捕虜の聞き取りは、ゼバスティアンとヴォルフガングが担当した。
盗賊と北側で捕らえた三人を別々の部屋へ入れ、同じ質問を繰り返す。
証言を照らし合わせた結果、複数人の話が一致した。
商人風の男から、商隊の出発時刻と積み荷の内容を教えられた。
魔力灯と冷却箱を奪えば報酬を払うと言われた。
さらに、工房と魔力蓄電塔の位置、見張りの人数、北側から入れる道を確かめれば追加の金を出すと持ち掛けられた。
男の名前は知らない。
顔を隠し、連絡場所も毎回変えていたという。
「単なる盗賊ではありませんね」
レオンハルトが言う。
「誰かが、この村の技術と守りを探っている」
ゼバスティアンが頷いた。
「商隊の出発時刻を知る者の確認も進めます。通信記録、出荷帳簿、荷造りへ関わった者を順番に調べます」
「魔物はどうでしたか」
ヴィルヘルミーネが尋ねた。
「盗賊の拠点近くで、魔熊の爪痕を見つけた」
ヴォルフガングが答えた。
「北の森のさらに奥へ、大型の魔物が入ったらしい。狼や猪は、それから逃げて街道側へ出てきている」
「討伐するのですか」
「正体を確かめてからだ。まず街道近くの魔物を追い払い、通行路を確保する」
「防衛隊の訓練が始まれば、魔物への対処も教えてください」
「基礎ができた者だけだ。素人を魔熊の前へ出すつもりはない」
ヴォルフガングはレオンハルトを見た。
「それで、領地防衛隊を作る覚悟はできたか」
「はい」
「誰に任せる」
「あなたにお願いしたいです」
「俺は商会との契約でここへ来た。あと数日で依頼は終わる」
「では、その後も残ってください」
レオンハルトは深く頭を下げた。
「私には、領地を守る知識が足りません。強い結晶を作れても、使う者と仕組みがなければ、誰かを危険へさらします」
ヴォルフガングは黙っている。
「あなたは、私の考えを理想だと言いました」
「ああ」
「理想だけでは人を守れないことを、少しだけ理解しました」
「少しか」
「まだ少しです」
レオンハルトは正直に答えた。
「だから教えてください。領民を捨て駒にせず、村を守る方法を」
「軍や防衛隊を作れば、命令を出すことになる。訓練で怪我をする者もいる。戦えば、全員が無傷では帰れないこともある」
「分かっています」
「分かっていない」
「なら、分かるまで教えてください」
レオンハルトは顔を上げた。
「ただし、領民を最初から死ぬ前提の駒として扱わないこと。それだけは譲れません」
ヴォルフガングは長いあいだ、レオンハルトを見つめた。
「俺にも条件がある」
「何でしょう」
「現場の訓練と配置、戦闘中の指揮へ、素人の思いつきで口を出すな」
「命を軽く扱っていないかは確認します」
「それは構わん」
「結晶兵器だけに頼らないこと」
「当然だ。武器が壊れた瞬間に何もできない者へ、領地は守れん」
「徴兵はしません」
「志願者だけで始める」
「負傷者と家族への補償も先に決めます」
ヴォルフガングの眉が動いた。
「戦う前から補償の話か」
「危険な仕事を頼むなら、先に決めるべきです」
アーデルハイトが横から言った。
「訓練日の賃金、治療費、休業中の生活費、任務中に亡くなった場合の家族補償を用意します」
「財源はあるのか」
「魔力灯事業の利益から、防衛積立金を作ります。商隊護衛の依頼料も積み立てます。初期費用は父へ借り入れを申請します」
「そこまで考えているのなら、口先だけではないらしい」
ヴォルフガングは腕を組んだ。
「だが、すぐ忠誠を誓うつもりはない」
「試用期間ですか」
「元将軍へ使う言葉ではないな」
「今は元将軍だと、ご自分で言いました」
一瞬の沈黙のあと、グレーテルが吹き出した。
ヴォルフガングは深く息を吐く。
「三か月だ」
「三か月?」
「商会との依頼を終えたあと、三か月の臨時防衛顧問として残る。俺の部下のうち、希望する者は教官として雇え」
「その間に、私たちを見極めるのですね」
「お前たちも俺を見極めろ」
「契約書を作ります」
アーデルハイトが即座に答えた。
「給金、権限、任期、部下の待遇、解任条件を明記します」
「ローゼンフェルト子爵の承認も必要でございます」
ゼバスティアンが言う。
その場で通信結晶を使い、フリードリヒ子爵へ事情を報告した。
盗賊の襲撃。
村の防衛上の欠陥。
臨時防衛顧問の雇用。
領地防衛隊の設立。
しばらくして、子爵から返答が届く。
『領軍ではなく、ローゼンフェルト領所属の防衛隊として設立すること。人員、賃金、装備、任務内容を月ごとに報告せよ。強制徴募は禁止する。以上』
正式な承認を得たことで、計画は動き始めた。
◇
募集書が掲示板へ張り出されたのは、三日後だった。
領地防衛隊、第一期志願者募集。
最初の定員は三十人。
十人ずつ三班へ分ける。
任務は戦闘だけではない。
街道の警戒。
商隊護衛。
火災時の消火。
災害時の避難誘導。
通信結晶による緊急連絡。
魔物の発見と報告。
負傷者の救護。
強制参加ではない。
年齢と健康状態を確認する。
訓練日には賃金を支払う。
任務中の治療費と休業補償は管理側が負担する。
家族への補償制度も設ける。
応募者は、体力だけで選ばれない。
命令を守れるか。
仲間を置き去りにしないか。
酒や賭博で問題を起こしていないか。
村人へ暴力を振るった過去がないか。
家族や本業と訓練を両立できるか。
面談と健康確認を行い、必要に応じて元の雇い主や村長へ話を聞くことになった。
掲示板の前には、すぐに人が集まり始めた。
元冒険者。
若い鉱夫。
農家の次男。
荷運びをしていた男。
弓を扱える狩人の娘。
救護担当を希望する未亡人。
通信結晶の操作を学びたい若い女性。
ヴォルフガングは、少し離れた場所から応募者たちを見ていた。
「何人集まるでしょうか」
レオンハルトが尋ねる。
「多ければよいというものではない」
「最初は三十人ですよね」
「使える三十人だ」
「厳しく選ぶのですか」
「武器や人命を預ける。甘く選べるか」
ヴォルフガングはレオンハルトへ視線を向けた。
「お前も訓練へ出ろ」
「私も?」
「自分の防衛隊が何をしているか知らずに、命令だけ出すつもりか」
「研究の予定が」
「訓練は日の出からだ」
「朝食前ですね」
「逃げるな」
管理屋敷の玄関から、ゼバスティアンが近づいてくる。
「朝食時間を守っていただけるのであれば、予定へ組み込みましょう」
「ゼバスティアンさんまで」
「領地の責任者として、必要な教育かと存じます」
ヴォルフガングが、初めて満足そうに頷いた。
翌朝。
まだ空が薄暗いうちから、広場へ志願者たちが集められた。
ヴォルフガングは彼らの前へ立つ。
武器は、まだ配られていない。
「最初に覚えるのは、剣の振り方ではない」
低い声が、朝の広場へ響いた。
「合図を聞くこと。列を崩さないこと。倒れた仲間を見捨てないことだ」
レオンハルトも志願者たちの端へ並んでいる。
「全員、村の外周を走れ。戻った者から終わりではない。最後の一人と一緒に戻ってこい」
号令とともに、人々が走り始めた。
レオンハルトも遅れてその後を追う。
ヴォルフガングは腕を組み、誰が先へ出るかではなく、誰が遅れた者を振り返るのかを見ていた。
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