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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第五章 魔石都市の誕生

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第28話 将軍ヴォルフガング

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

5日目(7/25)3話目です。

 通信結晶がローゼンフェルト子爵家との間で正式に運用され始めてから、一月ほどが過ぎた。


 廃鉱山の村へ出入りする荷馬車の数は、以前とは比べものにならないほど増えている。


 魔力灯の外装に使う鉄材。


 冷却箱を組み立てるための木材。


 吸毒結晶を収める容器。


 工房で働く職人たちの食料や衣服。


 これまでこの村を訪れる商人は、月に数度もいれば多いほうだった。


 今では、日によっては複数の荷馬車が村の入口へ並ぶ。


 反対に、村から外へ運び出される品も増えた。


 魔力灯。


 冷却箱。


 小型の浄水装置。


 まだ生産数は限られているものの、近隣の商人たちはそれらを競うように仕入れている。


 村外れには、移住してきた職人のための作業小屋と仮住居も建ち始めていた。


「今月の出荷数は、先月の倍を超えます」


 管理屋敷の執務室で、アーデルハイトが帳簿を開いていた。


「通信結晶のおかげで、鉄材と木材の相場をその日のうちに確認できるようになりました。高値で買い付ける失敗も減っています」


「工房の作業は間に合っていますか」


 レオンハルトが尋ねる。


「今のところは。ただし、このまま注文が増えれば、職人の増員が必要です」


 レオンハルトの前には、製造予定表と材料在庫表が置かれている。


 以前なら、一枚の紙へ思いつくまま書き込んでいただろう。


 今ではエルザが用途ごとに分類し、ゼバスティアンの確認を受けてから、レオンハルトの机へ届けていた。


「新しく働きたいという人も増えています」


 エルザが別の帳面を開いた。


「農家の次男や三男、近隣の町で仕事を失った職人、冒険者を辞めた人たちです。女性の応募もあります。縫製や記録、運搬、救護の仕事を希望しています」


「全員をすぐ雇うことはできません」


 アーデルハイトが言った。


「身元の確認と、賃金を継続して払えるかの計算が必要です」


「面談は、ゼバスティアンさんが順番を組んでいます」


「また仕事が増えましたね」


 レオンハルトが申し訳なさそうに言う。


「人が増えれば、管理の仕事も増えるのは当然です」


 アーデルハイトは帳簿から顔を上げた。


「それより、別の問題があります」


「何でしょう」


「昨日村を出た商隊が、街道で襲われました」


 部屋の空気が変わった。


「負傷者は?」


「御者が一人、腕を切られています。護衛の冒険者も二人が軽傷です。生き残った者たちが、夜明け前に村へ戻ってきました」


「商品は?」


「魔力灯六個と、小型冷却箱一台。荷馬車も二台奪われました」


 レオンハルトは手を握り締めた。


 商品を失ったことより、人が傷ついたことへの怒りが先に込み上げる。


「盗賊ですか」


「その可能性が高いでしょう」


 ゼバスティアンが、聞き取り記録を手に執務室へ入ってきた。


「ただし、待ち伏せ場所と退路の選び方が妙に正確です。商隊の出発時刻だけでなく、積み荷の内容まで知っていた可能性があります」


「内通者がいるということですか」


「断定はできません」


 ゼバスティアンは記録を机へ置いた。


「ですが、偶然にしては準備が整いすぎております」


 続いて、来客と応募者の確認を終えたヒルデガルトが部屋へ入ってきた。


「最近、村の周囲で見慣れない者が増えています」


「仕事を探しに来た人たちでは?」


「本当に仕事を探している者もいます。ですが、工房の出入口や魔力蓄電塔の見張りを気にしている者もいました」


「全員を疑うわけにはいきません」


 レオンハルトが言う。


「だからこそ、疑う基準と確認手順が必要でございます」


 ゼバスティアンは穏やかに答えた。


「さらに、北側の森では魔物も増えております」


「魔物まで?」


「狼型の群れが三つ。大型猪が二頭。街道近くでは、岩のような皮膚を持つ魔熊の足跡も確認されました」


 魔力蓄電塔の稼働によって、周囲の地脈は以前より安定している。


 だが、塔の周辺には一定量の魔力が集まる。


 その影響で魔物が近づいている可能性も考えられた。


「リンデは、何と?」


「塔だけが原因ではないと言っていました」


 ヴィルヘルミーネが答える。


「北の森の奥から、追い出されてきた魔物がいるようだと」


「さらに強い魔物が入ったのでしょうか」


「可能性はあります。ただ、まだ確認できていません」


 問題は一つではなかった。


 盗賊。


 情報を漏らした者の存在。


 魔物の増加。


 荷馬車と街道の安全。


 工房と魔力蓄電塔の警備。


 これまで村を守ってきたのは、元冒険者や鉱夫たちによる簡単な見回りだけだった。


 武器を扱える者はいる。


 だが、誰が命令を出し、どこを守り、異常時にどう動くのかは決まっていない。


「護衛を増やします」


 レオンハルトが言った。


「冒険者を雇い、街道と村の周囲を――」


「それだけでは足りません」


 ゼバスティアンが遮った。


「なぜですか」


「指揮する者がいなければ、危険が起きた場所へ人が集まるだけです。工房で火災が起きたとき、全員が工房へ走れば、別方向から村へ入られます」


 アーデルハイトも静かに頷いた。


「今の村には、守るための組織がありません」


          ◇


 その日の夕方。


 ローゼンフェルト子爵家から、通信結晶を通じて緊急連絡が入った。


 管理屋敷の通信室で、小鐘が五回続けて鳴る。


 通常とは異なる、緊急呼び出しだった。


 ゼバスティアンが通信室の封印を開き、アーデルハイトが送信板の前へ立つ。


「こちら廃鉱山管理屋敷。ローゼンフェルト子爵家、聞こえます。以上」


『こちらローゼンフェルト子爵家。近隣商会が雇った街道護衛の一団が、そちらへ向かっている。指揮を執るのはヴォルフガング・フォン・アイヒベルク。元北方軍将軍だ。以上』


「元将軍?」


『部下を見捨てる命令へ反対し、軍を離れた男だ。盗賊討伐と魔物の調査を請け負っている。明日の昼までには到着する。以上』


「お父様は、その方をご存じなのですか。以上」


『直接の面識はない。だが、戦功と軍を追われた経緯は聞いている。詳細は本人から確かめろ。以上』


 通信を終えたあと、アーデルハイトは考え込んだ。


「ヴォルフガング・フォン・アイヒベルク……」


「平民出身ながら、北方戦線で戦功を挙げ、準男爵位を得た人物でございます」


 ゼバスティアンが言う。


「軍を離れたあとも、元部下や冒険者をまとめ、商隊護衛や魔物討伐を請け負っていると聞いております」


「信頼できる人でしょうか」


「それを見極める必要がございます」


          ◇


 翌日の昼前。


 村の入口へ、二十人ほどの武装した一団が現れた。


 装備は統一されていない。


 古い軍用鎧。


 革鎧。


 冒険者用の軽装。


 しかし、歩調はそろっていた。


 荷馬車を中央へ置き、前後左右へ人員を配置し、森と街道の両方を警戒しながら進んでいる。


 一団の先頭にいるのは、四十歳を過ぎた大柄な男性だった。


 短く刈った黒髪には白いものが混じっている。


 頬には古い傷。


 厚い外套の下には、使い込まれた鎧。


 腰には長剣を下げ、背には幅広の槍を負っていた。


「止まれ」


 男性が片手を上げる。


 一団が村の入口で、一斉に足を止めた。


「この村の責任者は誰だ」


 低く、よく通る声だった。


「私です」


 レオンハルトが前へ出ようとすると、ゼバスティアンが僅かに先へ立った。


「レオンハルト様」


「大丈夫です」


 レオンハルトはゼバスティアンの横へ並んだ。


「レオンハルト・フォン・ベルクシュタインです。現在、この廃鉱山と周辺村の管理を任されています」


 男性の目が細くなる。


「ベルクシュタイン?」


「廃嫡されています」


「自分から言うのか」


「隠しても、すぐ分かりますから」


 男性はしばらくレオンハルトを見たあと、馬から降りた。


「ヴォルフガング・フォン・アイヒベルクだ。今は将軍ではない」


「ローゼンフェルト子爵から、元将軍と伺いました」


「元、だ。肩書きで扱われるつもりはない」


「では、ヴォルフガング殿」


 ヴォルフガングは僅かに眉を動かしたが、それ以上は訂正しなかった。


「盗賊と魔物の情報を聞いた。負傷者は?」


「診療所で治療を受けています」


「案内してくれ。そのあと、襲われた商隊の者へ話を聞く」


「先に休まなくてもよいのですか」


「盗賊も魔物も、俺たちが休む間だけ待ってくれるのか」


 レオンハルトは何も言い返せなかった。


          ◇


 ヴォルフガングは村へ着くと、すぐに動いた。


 診療所で負傷者の状態を確認する。


 御者と護衛を別々に呼び、盗賊の人数、武器、襲撃地点、逃げた方向を聞く。


 商隊が通った道を地図へ書き込む。


 村の入口。


 工房。


 管理屋敷。


 魔力蓄電塔。


 井戸。


 食料庫。


 村人の住居。


 夜間の魔力灯。


 見張りの交代時間。


 子供や老人の避難場所。


 すべてを見たあと、ヴォルフガングは会議室の机へ地図を広げた。


「守りがない」


 最初の言葉が、それだった。


「見張りはいます」


 レオンハルトが答える。


「あれは立っているだけだ。巡回路が毎日同じ。交代時刻も同じ。遠くから見ていれば、誰でも隙を覚えられる」


「村の入口は警戒しています」


「入口だけを見て、北側の獣道を空けている」


「魔物が出るため、村人を近づけないようにしています」


「だからこそ、敵が使う」


 ヴォルフガングは工房を示した。


「ここへ火を放たれたら、誰が消火を指揮する」


「工房の者と村人が――」


「誰が、どこから水を運ばせる」


「グレーテルさんが」


「あたしは炉を止め、結晶を安全にするだけで手いっぱいだ」


 グレーテルが即座に答える。


「蓄電塔が同時に襲われた場合は?」


「私とリンデが対応します」


「誰が村人を避難させる」


「ゼバスティアンさんとヒルデガルトさんが」


「盗賊が二方向から来たら?」


 返事が出ない。


 ヴォルフガングはレオンハルトを見る。


「結晶壁を作れるそうだな」


「はい」


「防御手段があることと、集団戦を知っていることは別だ。お前は目の前の危険を止められるかもしれない。だが、同時に三か所で起きた危険へは対応できない」


 レオンハルトは黙った。


「強い結晶を作ることと、領地を守ることは違う」


「では、どうすればよいのですか」


「まず、この土地の管理者から臨時の指揮権を得たい」


 ヴォルフガングはアーデルハイトへ視線を向けた。


「盗賊討伐と魔物調査の間だけで構わん。俺の部下を、村と街道へ配置する」


 アーデルハイトはレオンハルトと目を合わせた。


「防衛助言と、緊急時の現場指揮をお願いします」


「承知した」


「ただし、村人への命令は、レオンか私を通してください」


「緊急時を除けば、そうする」


 臨時の権限が決まると、ヴォルフガングは地図へ三本の線を引いた。


「必要なのは大軍ではない。最初は三十人でいい」


「なぜ三十人なのですか」


「十人ずつ三班に分ける」


 一本目の線を街道へ。


 二本目を村へ。


 三本目を空白のまま残す。


「一班は街道警戒と商隊護衛。一班は村内の見張りと消火、避難誘導。残る一班は休息と予備だ」


「常に全員を働かせるわけではないのですね」


「休めない兵は、必要なときに動けない」


「村人を兵士にするのですか」


「志願者を募る。農民も鉱夫も仕事を捨てて常に戦うわけではない。まずは領地防衛隊として、災害と警備を中心に始める」


「領軍ではなく?」


「お前はまだローゼンフェルト領内の管理者だ。勝手に軍を名乗れば、王都の貴族に余計な疑いを持たれる」


 アーデルハイトが頷いた。


「父の承認を得たうえで、領地防衛隊として設立します」


「徴兵はしません」


 レオンハルトが言った。


「当然だ」


「戦いたくない者へ武器を持たせません」


「それも当然だ。だが、戦わなければ守れない時は来る」


「そのときも、最初から誰かを死なせる前提では考えません」


 レオンハルトの声が硬くなった。


 ヴォルフガングの目が細くなる。


「俺の過去を聞いたか」


「部下を見捨てる命令へ反対したと」


「聞きかじった話で、戦場を分かったつもりになるな」


 ゼバスティアンが制止しようとしたが、レオンハルトは目を逸らさなかった。


「私は、誰かを捨てることを簡単な答えにしたくありません」


「全員を救おうとして、全員を死なせる指揮官もいる」


 ヴォルフガングの声が低くなる。


「十人を救うため、一人に危険な役目を頼まなければならない時もある。だが、誰かを捨てることを最初から楽な策として選ぶ者は、指揮官ではない」


 レオンハルトは、彼の言葉を聞いた。


「あなたは、囮に残された部隊を助けに行った」


「命令を出した者は、救う方法を考える前に切り捨てた。俺が拒んだのは、それだ」


「なら、私も同じです」


「同じではない。お前はまだ、選択を迫られたことがない」


「だから、学ぶ必要があります」


 レオンハルトは静かに答えた。


「人の命より勝利や利益を優先したら、父や弟と同じになります。私は、その一線を越えたくありません」


 ヴォルフガングはしばらく何も言わなかった。


「盗賊討伐へ、お前も来るつもりか」


「必要なら」


「却下だ」


「なぜですか」


「防御手段はあっても、周囲を警戒しながら集団で戦う経験がない。領地の責任者が、護衛もなく盗賊の前へ出るな」


「結晶壁があります」


「正面の矢を防いでいる間に、背後から刺されたらどうする」


 レオンハルトは言葉に詰まる。


「お前は、危険へ飛び込むことと責任を果たすことを混同している」


 ヴォルフガングは地図を折り畳んだ。


「盗賊と魔物は俺たちが調べる。お前は、俺たちが留守の間に村をどう守るか考えろ」


          ◇


 盗賊の手掛かりが見つかったのは、翌朝だった。


 街道沿いの見張り小屋から、通信結晶で緊急連絡が入る。


 森へ入る見慣れない荷馬車が二台あった。


 車輪の幅は、襲われた商隊から奪われたものと一致している。


 さらに、荷台を覆う布の隙間から、冷却箱の銀色の留め具が見えたという。


「確認だけで、盗賊の拠点と決めつけるな」


 ヴォルフガングは部下へ命じた。


「まず轍を追い、見張りの数を調べる」


 先行した斥候が戻り、森の中の古い炭焼き小屋へ七人以上が集まっていると報告した。


 奪われた魔力灯の箱も確認される。


 ヴォルフガングは十二人を選んだ。


 残り八人のうち四人を村の入口へ。


 二人を北側の獣道へ。


 二人を街道の見張り小屋へ置く。


「全員で行かないのですか」


 レオンハルトが尋ねた。


「陽動かもしれない」


「村を襲うために?」


「俺たちを森へ引きつけ、その間に別働隊が工房を探る可能性がある」


 レオンハルトは、初めてその可能性に気づいた。


「戦いは、見えている敵だけを相手にするものではない」


 ヴォルフガングは尋ねた。


「村の指揮は誰が執る」


「私です」


「具体的には」


「ゼバスティアンさんが管理屋敷と通信を担当します。ヒルデガルトさんは子供と高齢者、怪我人を診療所裏の広場へ誘導します」


「工房は?」


「グレーテルさんが炉を止めます。職人は西側の避難路から出します」


「蓄電塔は?」


「リンデが地脈を確認します。私とヴィルヘルミーネさんが流入を止め、エルザが残量と異常色を記録します」


「村の入口は?」


「あなたの部下に任せます」


「今はそれでいい。次からは村の者で担えるようにしろ」


「はい」


 ヴォルフガングは部下たちへ合図を出した。


 一団は森へ入っていった。


          ◇


 森では、斥候が見つけた獣道を使い、盗賊の拠点を三方向から囲んだ。


 正面から突入はしない。


 まず退路を塞ぐ。


 弓を持つ者の位置を確認する。


 荷馬車へ火を放たれないよう、水袋を持つ二人を近くへ配置する。


 包囲が整うと、ヴォルフガングは炭焼き小屋の外から降伏を呼び掛けた。


「武器を捨てて出てこい。従えば命は取らない」


 盗賊たちは矢を放って抵抗した。


 だが、ヴォルフガングの部下は遮蔽物を使い、正面から無理に近づかなかった。


 一方が盾で注意を引き、別方向から二人が回り込む。


 弓を持つ盗賊が制圧されると、残りは戦意を失った。


 七人全員が捕らえられ、奪われた荷馬車と商品も取り戻された。


 ヴォルフガング側の負傷者は、腕へ浅い傷を負った一人だけだった。


          ◇


 同じころ。


 村の北側で、見張りの鐘が鳴った。


 獣道から三人の男が現れたのだ。


 木こりのような服を着ている。


 だが、背負った袋の中には油壺、短剣、工房周辺の簡単な見取り図が入っていた。


「止まれ!」


 北側を守っていた兵士が声を上げる。


 三人は戦おうとせず、すぐ森へ逃げようとした。


 本来の役目は放火ではなく、警備の薄い場所を確認することだったらしい。


 一人は兵士に捕らえられた。


 二人は獣道へ戻ろうとしたが、その前方で地面が盛り上がった。


 岩が壁のように隆起し、退路を塞ぐ。


 銀灰色の髪の少女が、その上へ立っていた。


 金色の瞳が縦に細まり、頬と腕へ銀色の鱗が浮かぶ。


「ここから先は、群れの場所だ」


 人の姿であっても、その声と魔力は竜のものだった。


 男たちは顔を青ざめさせ、足を止める。


 背後から兵士たちが追いつき、二人を拘束した。


「ヴォルフガング殿の予想どおりでした」


 レオンハルトが呟く。


「喜ぶ場面ではございません」


 ゼバスティアンが、見取り図を確認した。


「誰が村の配置を教えたのか、調べる必要がございます」


          ◇


 夕方。


 ヴォルフガングたちが村へ戻った。


 奪われた荷馬車と商品。


 捕らえた盗賊七人。


 負傷した部下は、診療所へ運ばれた。


「殺さなかったのですか」


 レオンハルトが尋ねる。


「必要がなかった」


「抵抗したのでしょう」


「武器を捨てた者まで斬る趣味はない」


 捕虜の聞き取りは、ゼバスティアンとヴォルフガングが担当した。


 盗賊と北側で捕らえた三人を別々の部屋へ入れ、同じ質問を繰り返す。


 証言を照らし合わせた結果、複数人の話が一致した。


 商人風の男から、商隊の出発時刻と積み荷の内容を教えられた。


 魔力灯と冷却箱を奪えば報酬を払うと言われた。


 さらに、工房と魔力蓄電塔の位置、見張りの人数、北側から入れる道を確かめれば追加の金を出すと持ち掛けられた。


 男の名前は知らない。


 顔を隠し、連絡場所も毎回変えていたという。


「単なる盗賊ではありませんね」


 レオンハルトが言う。


「誰かが、この村の技術と守りを探っている」


 ゼバスティアンが頷いた。


「商隊の出発時刻を知る者の確認も進めます。通信記録、出荷帳簿、荷造りへ関わった者を順番に調べます」


「魔物はどうでしたか」


 ヴィルヘルミーネが尋ねた。


「盗賊の拠点近くで、魔熊の爪痕を見つけた」


 ヴォルフガングが答えた。


「北の森のさらに奥へ、大型の魔物が入ったらしい。狼や猪は、それから逃げて街道側へ出てきている」


「討伐するのですか」


「正体を確かめてからだ。まず街道近くの魔物を追い払い、通行路を確保する」


「防衛隊の訓練が始まれば、魔物への対処も教えてください」


「基礎ができた者だけだ。素人を魔熊の前へ出すつもりはない」


 ヴォルフガングはレオンハルトを見た。


「それで、領地防衛隊を作る覚悟はできたか」


「はい」


「誰に任せる」


「あなたにお願いしたいです」


「俺は商会との契約でここへ来た。あと数日で依頼は終わる」


「では、その後も残ってください」


 レオンハルトは深く頭を下げた。


「私には、領地を守る知識が足りません。強い結晶を作れても、使う者と仕組みがなければ、誰かを危険へさらします」


 ヴォルフガングは黙っている。


「あなたは、私の考えを理想だと言いました」


「ああ」


「理想だけでは人を守れないことを、少しだけ理解しました」


「少しか」


「まだ少しです」


 レオンハルトは正直に答えた。


「だから教えてください。領民を捨て駒にせず、村を守る方法を」


「軍や防衛隊を作れば、命令を出すことになる。訓練で怪我をする者もいる。戦えば、全員が無傷では帰れないこともある」


「分かっています」


「分かっていない」


「なら、分かるまで教えてください」


 レオンハルトは顔を上げた。


「ただし、領民を最初から死ぬ前提の駒として扱わないこと。それだけは譲れません」


 ヴォルフガングは長いあいだ、レオンハルトを見つめた。


「俺にも条件がある」


「何でしょう」


「現場の訓練と配置、戦闘中の指揮へ、素人の思いつきで口を出すな」


「命を軽く扱っていないかは確認します」


「それは構わん」


「結晶兵器だけに頼らないこと」


「当然だ。武器が壊れた瞬間に何もできない者へ、領地は守れん」


「徴兵はしません」


「志願者だけで始める」


「負傷者と家族への補償も先に決めます」


 ヴォルフガングの眉が動いた。


「戦う前から補償の話か」


「危険な仕事を頼むなら、先に決めるべきです」


 アーデルハイトが横から言った。


「訓練日の賃金、治療費、休業中の生活費、任務中に亡くなった場合の家族補償を用意します」


「財源はあるのか」


「魔力灯事業の利益から、防衛積立金を作ります。商隊護衛の依頼料も積み立てます。初期費用は父へ借り入れを申請します」


「そこまで考えているのなら、口先だけではないらしい」


 ヴォルフガングは腕を組んだ。


「だが、すぐ忠誠を誓うつもりはない」


「試用期間ですか」


「元将軍へ使う言葉ではないな」


「今は元将軍だと、ご自分で言いました」


 一瞬の沈黙のあと、グレーテルが吹き出した。


 ヴォルフガングは深く息を吐く。


「三か月だ」


「三か月?」


「商会との依頼を終えたあと、三か月の臨時防衛顧問として残る。俺の部下のうち、希望する者は教官として雇え」


「その間に、私たちを見極めるのですね」


「お前たちも俺を見極めろ」


「契約書を作ります」


 アーデルハイトが即座に答えた。


「給金、権限、任期、部下の待遇、解任条件を明記します」


「ローゼンフェルト子爵の承認も必要でございます」


 ゼバスティアンが言う。


 その場で通信結晶を使い、フリードリヒ子爵へ事情を報告した。


 盗賊の襲撃。


 村の防衛上の欠陥。


 臨時防衛顧問の雇用。


 領地防衛隊の設立。


 しばらくして、子爵から返答が届く。


『領軍ではなく、ローゼンフェルト領所属の防衛隊として設立すること。人員、賃金、装備、任務内容を月ごとに報告せよ。強制徴募は禁止する。以上』


 正式な承認を得たことで、計画は動き始めた。


          ◇


 募集書が掲示板へ張り出されたのは、三日後だった。


 領地防衛隊、第一期志願者募集。


 最初の定員は三十人。


 十人ずつ三班へ分ける。


 任務は戦闘だけではない。


 街道の警戒。


 商隊護衛。


 火災時の消火。


 災害時の避難誘導。


 通信結晶による緊急連絡。


 魔物の発見と報告。


 負傷者の救護。


 強制参加ではない。


 年齢と健康状態を確認する。


 訓練日には賃金を支払う。


 任務中の治療費と休業補償は管理側が負担する。


 家族への補償制度も設ける。


 応募者は、体力だけで選ばれない。


 命令を守れるか。


 仲間を置き去りにしないか。


 酒や賭博で問題を起こしていないか。


 村人へ暴力を振るった過去がないか。


 家族や本業と訓練を両立できるか。


 面談と健康確認を行い、必要に応じて元の雇い主や村長へ話を聞くことになった。


 掲示板の前には、すぐに人が集まり始めた。


 元冒険者。


 若い鉱夫。


 農家の次男。


 荷運びをしていた男。


 弓を扱える狩人の娘。


 救護担当を希望する未亡人。


 通信結晶の操作を学びたい若い女性。


 ヴォルフガングは、少し離れた場所から応募者たちを見ていた。


「何人集まるでしょうか」


 レオンハルトが尋ねる。


「多ければよいというものではない」


「最初は三十人ですよね」


「使える三十人だ」


「厳しく選ぶのですか」


「武器や人命を預ける。甘く選べるか」


 ヴォルフガングはレオンハルトへ視線を向けた。


「お前も訓練へ出ろ」


「私も?」


「自分の防衛隊が何をしているか知らずに、命令だけ出すつもりか」


「研究の予定が」


「訓練は日の出からだ」


「朝食前ですね」


「逃げるな」


 管理屋敷の玄関から、ゼバスティアンが近づいてくる。


「朝食時間を守っていただけるのであれば、予定へ組み込みましょう」


「ゼバスティアンさんまで」


「領地の責任者として、必要な教育かと存じます」


 ヴォルフガングが、初めて満足そうに頷いた。


 翌朝。


 まだ空が薄暗いうちから、広場へ志願者たちが集められた。


 ヴォルフガングは彼らの前へ立つ。


 武器は、まだ配られていない。


「最初に覚えるのは、剣の振り方ではない」


 低い声が、朝の広場へ響いた。


「合図を聞くこと。列を崩さないこと。倒れた仲間を見捨てないことだ」


 レオンハルトも志願者たちの端へ並んでいる。


「全員、村の外周を走れ。戻った者から終わりではない。最後の一人と一緒に戻ってこい」


 号令とともに、人々が走り始めた。


 レオンハルトも遅れてその後を追う。


 ヴォルフガングは腕を組み、誰が先へ出るかではなく、誰が遅れた者を振り返るのかを見ていた。

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