第25話 魔力蓄電塔
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
5日目(7/24)5話目です。
ジークリンデがレオンハルトを廃鉱山の深部から連れ帰ってから、三日が過ぎた。
レオンハルトは、そのほとんどを寝台の上で過ごしていた。
地竜の卵を救うために魔力を使い果たした影響は、本人が考えていた以上に大きかった。
腕へ力を込めれば指先が震え、少し歩くだけで息が切れる。
研究室へ向かおうとするたび、ヒルデガルトに見つかり、部屋へ戻されていた。
「もう起きても大丈夫です」
「その言葉は、朝にも聞きました」
ヒルデガルトは水差しを机へ置き、寝台の脇へ立った。
「そのときは、廊下を十歩も進まず壁へ手をつきましたね」
「昨日よりは歩けました」
「昨日は五歩でした」
「倍です」
「誇ることではありません」
レオンハルトは何も言えず、毛布を掛け直した。
窓の外では、銀灰色の大きな影が管理屋敷の裏手へ伏せている。
ジークリンデだった。
彼女は卵の状態を確かめるため、日に何度か廃鉱山の深部へ戻っている。
それ以外の時間は村の外れで過ごし、人間たちの暮らしを観察していた。
まだ自分から村人へ近づこうとはしない。
村人たちも、地竜である彼女を恐れている。
それでも、ジークリンデが建物を壊さず、家畜を襲わず、力尽きたレオンハルトを背へ乗せて帰ってきた姿を、多くの者が見ていた。
遠くから姿を見ただけで逃げ出す者は、少しずつ減っている。
部屋の扉が叩かれた。
「失礼いたします」
ゼバスティアンが入ってきた。
手には数枚の報告書がある。
「本日の報告をお持ちしました」
「魔力灯の製造は?」
レオンハルトが身体を起こした。
「その前に、お食事をどれほど召し上がったか確認いたします」
「半分ほどです」
「正確には?」
ヒルデガルトが代わりに答えた。
「パンを半分。スープを三分の二です」
「十分ではございませんね」
「食欲がなくて」
「研究の報告を聞く食欲はあるようですが」
ゼバスティアンは報告書を机へ置かず、手に持ったままだった。
「残りを召し上がれば、概要だけお伝えいたします」
「概要だけですか」
「詳細までお伝えすれば、寝台を抜け出すでしょう」
「否定はできません」
レオンハルトは残っていたパンを手に取った。
◇
食事を終えると、ゼバスティアンは最初の報告書を開いた。
「魔力灯の追加生産は、現在停止しております」
「停止?」
「光結晶へ蓄える魔力が足りません」
レオンハルトの表情が変わる。
「在庫は?」
「外装まで完成した品が十二個。そのうち、規定量の魔力を蓄えられたものは三個だけです」
「冷却結晶は?」
「酪農家へ貸し出している三台は稼働中です。新しい試験用冷却箱は、魔力を入れられず工房で止まっております」
これまで、魔力灯や冷却結晶へ蓄える魔力は、レオンハルト自身が供給していた。
低純度鉱石から不純物を分離し、用途に合わせて結晶構造を整えたあと、自分の魔力を少しずつ流し込む。
一個ずつなら問題はなかった。
だが、魔力灯の注文が増えた。
村の共同設備へ使う灯りも増えた。
冷却結晶も、試験販売へ向けて数を揃え始めている。
浄水装置から回収した吸毒結晶の再処理にも、魔力が必要だった。
そこへ、卵の救出でレオンハルト自身の魔力が底をついた。
「私が回復すれば、再開できます」
「一時的には」
アーデルハイトが部屋へ入ってきた。
彼女の手にも帳簿がある。
「ですが、今後も注文が増えるたび、レオン一人が魔力を入れるつもりですか」
「別の方法を考えます」
「いつまでに?」
「回復したら、すぐに」
「その答えを禁止したのは、誰でしたか」
レオンハルトはゼバスティアンを見た。
「私でございます」
「では、回復後三日以内に、方法をまとめます」
「その程度なら認めます」
アーデルハイトは帳簿を開いた。
「魔力灯の売上は増えています。けれど、製造を続けるほどレオンの魔力が減り、研究も止まる。これでは量産とは呼べません」
「分かっています」
「さらに、村の街灯二基で光が弱くなっています」
「もうですか」
「井戸のそばと、診療所の前です。どちらも使用時間が長い場所です」
日没から夜明け近くまで点灯しているため、販売用の小型灯より消耗が早い。
「補充が必要です」
レオンハルトが言った。
「誰が補充しますか」
「私が」
「それが問題です」
アーデルハイトの声は厳しかった。
「レオンが倒れたり、領地を離れたりすれば、村の灯りも冷却箱も止まります」
レオンハルトは言葉を失った。
自分だけに依存しない仕組みを作らなければならない。
商品を増やす以前に、すでに限界が来ていた。
「注文先への対応は?」
「ハルデン商会には、製造設備の点検を理由として納期延長を申し入れました」
ゼバスティアンが答えた。
「契約書上、十日以内の遅延であれば違約金は発生いたしません。ただし、これ以上延びる場合は、追加注文の一部を減らす必要がございます」
「既存の街灯と冷却箱を優先してください」
「すでにその順番で止めております」
アーデルハイトは帳簿へ指を置いた。
「売る約束も大切ですが、現在使われている設備を止めないことが先です」
「はい」
「それだけではございません」
ゼバスティアンは二枚目の報告書を開いた。
「廃鉱山深部の地脈について、ジークリンデさんから話を聞きました」
「人の姿で村へ?」
「管理屋敷の裏手まで来ていただきました」
「村人は驚いたでしょう」
「ヒルデガルトさんが衣服と靴をご用意しましたので、地竜の姿よりは騒ぎになりませんでした」
ヒルデガルトが淡々と補足する。
「裸足で石の上を歩こうとされましたので」
「地竜は靴を履かない」
窓の外から声がした。
全員が振り向く。
開いた窓の向こうに、銀灰色の髪と金色の瞳が見えた。
人の姿になったジークリンデが、窓枠へ手を掛けている。
身体を覆うのは、ヒルデガルトが用意した灰色の簡素な服だった。
「入口からお入りください」
ゼバスティアンが言う。
「ここが近い」
「屋敷には決められた出入口がございます」
「竜には窓も入口も同じだ」
「人の姿でおられる間は、人の決まりをお守りください」
ジークリンデはゼバスティアンを見つめた。
ゼバスティアンも表情を変えない。
しばらくして、ジークリンデは窓から離れた。
少し後、部屋の扉が開く。
「入った」
「ありがとうございます」
「面倒だ」
そう言いながら、ジークリンデはレオンハルトの寝台のそばへ来た。
「もう動けるのか」
「少しなら」
「昨日より魔力は戻っている。だが、まだ少ない。深部へは来るな」
「卵の状態は?」
「安定している。地脈は安定していない」
ゼバスティアンが記録用の紙を開いた。
「詳しくお聞かせいただけますか」
「紙に話すのか」
「私たちが記録します」
「人間は何でも残す」
「記憶だけでは、間違いが起こりますので」
ジークリンデは納得していない顔だったが、話し始めた。
「地脈の流れが、鉱山の下で詰まっている」
「崩落で流路が変わったためですか」
レオンハルトが尋ねた。
「それだけではない。人間が長く石を掘り、魔力の通る道を細くした。大きな崩れで、その道が潰れた」
「余った魔力は?」
「別の割れ目へ流れる。石を育て、水を押し、地面を動かす」
共同井戸へ毒性鉱物が流れ込んだことも、卵の周囲で希少鉱脈が異常成長したことも、その影響だった。
「流れを元へ戻すことはできますか」
「今すぐは無理だ」
「なぜですか」
「塞がった場所を壊せば、溜まった魔力が一気に流れる。鉱山が崩れる」
地下の流路を直接開くのは危険だった。
地脈は水路とは違う。
強い魔力が一度に流れれば、岩盤そのものが耐えられない可能性がある。
「では、余った魔力を別の場所へ逃がす必要があります」
「そうだ」
「地上へ導けますか」
ジークリンデは少し考えた。
「細い流れなら」
「どこへ?」
「鉱山の東側。昔、地脈が地上へ近づいていた場所がある。村からも卵からも離れている」
レオンハルトの中に、一つの形が浮かんだ。
地脈から自然に漏れ出す余剰魔力を受け止める。
直接使うのではなく、まず大きな結晶へ蓄える。
必要なときだけ、規定量を小型結晶へ移す。
鉱山深部の圧力を下げながら、村の魔力不足も補える。
「魔力を蓄える設備を作ります」
「どれほど大きな?」
アーデルハイトが尋ねた。
「これまで作ったものより、ずっと大きな結晶が必要です」
「作れるのですか」
「結晶核の構造は作れます。ただし、無から大きくすることはできません」
レオンハルトは紙を引き寄せた。
「砕いた低純度鉱石を大量に用意し、地脈から漏れた魔力を使って、結晶核へ再結晶化させます」
「材料は?」
「廃石置き場から荷車十五台分ほど」
「かなり使いますね」
「低純度鉱石なので原料費は高くありません。ただし、運搬と選別には人手が必要です」
ジークリンデの金色の目が細くなった。
「地脈を食うのか」
「食べません」
レオンハルトはすぐに否定した。
「流れている魔力を引き抜くのではなく、行き場を失って自然に漏れている分だけを受け止めます」
「どう見分ける」
「あなたに教えていただきたいです」
ジークリンデは黙った。
「私には魔力の量は見えます。しかし、どこまで取れば山へ影響するのかは分かりません」
「人間は、使えると知れば取りすぎる」
「だから、上限を決めます」
アーデルハイトが答えた。
「記録し、取り入れる量を勝手に増やせない構造にします」
「紙で止められるのか」
「紙だけでは止まりません」
ゼバスティアンが言う。
「鍵、権限、記録、監視する者が必要です」
グレーテルの声が廊下から聞こえた。
「それと、勝手に触れねえ仕掛けだ」
彼女は大きな図面板を抱えて部屋へ入ってきた。
「呼ばれたから来たぞ」
「まだ何も頼んでいません」
「地面から魔力を引っ張るでかい物を考えてる顔してた」
「顔で分かるのですか」
「お前が天井を見ながら指を動かしてるときは、大抵でかい物を考えてる」
グレーテルは図面板を机へ置いた。
「何を作る」
「余剰魔力を蓄える塔です」
「塔?」
「地下から漏れる魔力を受け、中央の主結晶へ蓄えます」
「結晶だけ立てりゃ済む話じゃねえな」
「はい。金属骨組み、基礎、導入路、停止装置、緊急放出路が必要です」
「地面へ杭も打つ。風と揺れに耐えさせるぞ」
グレーテルは炭筆を取り、図面板へ線を引き始めた。
「高さは?」
「まだ分かりません」
「じゃあ先に調べろ」
「私もそう言おうと思っていました」
アーデルハイトが言った。
「場所、材料、費用、人員、工期。何一つ決まっていません」
「でも必要です」
「必要だからこそ、急いで失敗してはいけません」
レオンハルトは頷いた。
「調査から始めます」
ヒルデガルトが腕を組んだ。
「その調査に、現在のレオンハルト様が参加できると思っておられますか」
「歩けるようになれば」
「完全に回復してからです」
「地脈は待ってくれません」
「ジークリンデさんが先に確認できます」
ジークリンデが頷く。
「場所は、わたしが見る」
「オットーさんには地盤と旧坑道の確認をお願いします」
ゼバスティアンが予定帳を開いた。
「グレーテルさんは必要材料の調査。アーデルハイト様は費用と資金調達。私は人員と日程を整理します」
「私は?」
レオンハルトが尋ねた。
「回復でございます」
全員が同時に答えた。
◇
レオンハルトには、休養中の作業時間にも制限が設けられた。
図面を描くのは、朝食後と昼食後に一刻ずつ。
報告書を読むのは一日三枚まで。
夕食後は研究も設計も禁止。
思いついたことは、エルザが用意した記録箱へ紙を入れ、翌日まで待つ。
「寝台の上なら問題ないと思うのですが」
「頭を使わず眠ることも回復の一部でございます」
ゼバスティアンの言葉に、レオンハルトは従うしかなかった。
その間にも調査は進んだ。
ジークリンデは地竜の姿で山の東側を回り、地脈が地表へ近づく場所を探した。
オットーと元鉱夫たちは古い鉱山図と照らし合わせ、地下に大きな空洞がないか確かめた。
グレーテルは地盤へ鉄杭を打ち、返ってくる音で岩の硬さを調べた。
アーデルハイトは魔力灯事業の利益、管理予算、冷却箱の予約金を並べ、使える金額を計算した。
「魔力灯の利益だけでは足りません」
彼女は会議の席で言った。
「冷却箱の予約金を一部使えますが、製品を完成させられなければ返金が必要です」
「ローゼンフェルト家から借りるのですか」
「緊急設備として、父へ低利の融資を申請します」
「借金が増えます」
「塔が完成しなければ、魔力灯も冷却箱も増やせません。止まった事業を再開できれば返済できます」
「職人の賃金は?」
「削りません」
アーデルハイトは即答した。
「材料費を抑えるため、最初から完成形を作るのではなく、第一段階として村の共同設備を支えられる規模にします」
「将来、増設できる構造にしましょう」
「その前提で予算を組みます」
ゼバスティアンは、村の職人、元鉱夫、荷運び人を名簿へまとめた。
全員を一度に働かせるのではない。
工房の生産を完全には止めず、井戸の管理も続けながら、交代で建設へ参加させる。
建設作業は一日八時間以内。
休憩時間も、魔力灯工房と同じ規則を適用する。
調査を始めてから八日後、建設場所が正式に決まった。
村から東へ離れた岩場。
周囲に家はなく、地下に大きな空洞もない。
地脈の一部が浅い場所を通り、その上へ余剰魔力が漏れていた。
「ここなら、地脈を傷つけずに受け止められる」
ジークリンデが地面へ手を置いた。
「どれほど取れますか」
「今、溢れている分だけなら、村の灯りと冷却箱には足りる」
「地脈の魔力には、土の性質が強くありませんか」
「少しある」
「そのまま光や冷気にはなりません」
レオンハルトは説明した。
「蓄えるのは動力となる魔力です。光結晶は内部構造で光へ、冷却結晶は冷気へ変換します」
「石が使い道を決めるのか」
「はい」
レオンハルトが現地へ出ることを許されたのは、自力で屋敷の階段を上り下りできるようになってからだった。
ただし、
* 現場にいるのは一日二刻まで
* 重い物は持たない
* 魔力を使う試験は一日一度
* 食事時間には必ず戻る
という条件が付けられた。
「顔色が悪くなったら、すぐ帰すからな」
グレーテルが言った。
「分かっています」
「昨日も同じことを言って、図面を夕食直前まで直してただろ」
「時間内でした」
「そういう問題じゃねえ」
◇
工事は基礎作りから始まった。
オットーと元鉱夫たちが岩盤を削る。
グレーテルが地盤へ鉄杭を打ち込む。
村の大工たちが足場を組む。
レオンハルトは、地中へ設置する導入石を作った。
導入石は、地脈から魔力を吸い上げるものではない。
地中へ自然に漏れてくる魔力を受け止め、塔の中心へ導く。
ジークリンデが設置位置を一つずつ確認した。
「これは深すぎる」
「魔力を多く受けられると思いました」
「そこまで入れると、漏れた分ではなく流れそのものを引く」
「では、半分まで戻します」
「こっちは浅い」
「受けきれませんか」
「横から逃げる」
レオンハルトは彼女の言葉を書き留めた。
《結晶創造》では、魔力の量は測れる。
だが、地脈がどの方向へ流れようとしているのかまでは分からない。
ジークリンデはその動きを、生き物の呼吸のように感じ取っていた。
「地脈も呼吸するのですか」
「広がり、縮む。冬は深く沈み、春は地表近くへ上がる」
「なら、季節ごとに取り入れ量を変える必要があります」
レオンハルトは小さな監視石を設計した。
導入石のそばへ置き、地脈の圧力と漏出量を色で示す。
平常なら緑。
漏出量が増えれば黄。
地脈そのものを引き始めれば赤。
「これなら、リンデが不在でも異常へ気づけます」
「石だけで全部は分からない」
「はい。監視石は警告だけです。最終判断は、記録と現地確認を合わせます」
エルザが横で書き留める。
「毎朝と夕方に色を記録します。季節ごとの変化も別の頁にまとめます」
「また帳面が増えるのか」
グレーテルが言った。
「記録がなければ、同じ失敗を繰り返します」
エルザが真剣に答えた。
「ゼバスティアンみてえになってきたな」
「よい傾向でございます」
人員を確認していたゼバスティアンが答えた。
工事開始から二十二日後。
金属骨組みと基礎、導入路、調整弁、緊急放出路が完成した。
緊急放出路は一つではない。
三方向へ分かれ、それぞれ圧力の低い地中の流れへ段階的に魔力を逃がす構造になっている。
一度に全量を放出すれば、別の場所で新たな異常を起こす危険があるためだ。
放出順も決められた。
第一路。
第二路。
第三路。
前の流れが受け止めきれない場合のみ、次を開く。
ジークリンデが三つの放出先を確認し、監視石も設置された。
◇
塔の中心となる主結晶を育てる日。
監視担当以外の村人は岩場へ近づけなかった。
作業者も、レバー操作に必要な者を除き、厚い岩壁の裏へ退避する。
万が一、主結晶が破裂しても、破片が直接届かない位置だった。
中央の金属枠には、人の頭ほどの透明な結晶核が置かれている。
その周囲には、選別して砕いた低純度鉱石が幾層にも詰められていた。
材料は、荷車十五台分。
結晶核が周囲の鉱石を取り込み、再結晶化することで大きくなる。
魔力だけから物質を生み出すわけではない。
「始めます」
地中の導入石が開かれた。
淡い光が、金属管を通って上がってくる。
結晶核へ触れた瞬間、周囲へ詰められた鉱石が細かく震えた。
灰色の破片が少しずつ透明になり、結晶核へ取り込まれていく。
「流入が多い」
ジークリンデが言った。
「第一調整路を半分閉じてください!」
グレーテルがレバーを動かす。
流れ込む光が弱まった。
レオンハルトは《結晶創造》を使い、取り込まれた鉱石を安定した格子構造へ整える。
自分の魔力で巨大化させるのではない。
地脈から漏れた魔力を使い、用意した材料を再構成する。
透明な核が成長していく。
人の頭ほど。
樽ほど。
やがて、レオンハルトの背丈を超えた。
「右側へ偏っています」
岩壁の陰から観察していたエルザが声を上げた。
結晶の表面に映る光を記録していた彼女が、左右の濃さの違いへ気づいたのだ。
「第三導入石が強すぎます」
「閉じるぞ!」
グレーテルが別のレバーを動かす。
ジークリンデが地面へ手をついた。
「左が弱い。第二を少し開けろ」
「どれくらいだ」
「今の半分」
流入が調整される。
主結晶の光が均等になった。
レオンハルトは最後の構造を固定した。
その瞬間、結晶の内部へ淡い青色が広がる。
主結晶は、蓄積量に応じて色を変える。
透明から淡い青までは低容量。
濃い青で七割。
紫で八割となり、通常運用の上限。
赤は容量ではなく、異常流入や内部圧力の乱れを示す緊急色だった。
「現在、五割です」
「そこで止めます」
アーデルハイトが言った。
「まだ余裕があります」
「最初の試験です」
「八割までは確認したほうが」
「成功したところで止める判断も必要でございます」
ゼバスティアンが静かに言った。
レオンハルトは主結晶を見上げた。
まだ成長させられる。
だが、初回から上限を試す必要はない。
「流入を止めてください」
グレーテルが主レバーを閉じた。
地中から上がっていた光が消える。
塔の中央には、淡い青色を帯びた巨大結晶だけが残った。
◇
蓄えた魔力は、すぐ村へ使われなかった。
一日置き、主結晶にひびや色の乱れがないか確認する。
監視石の色も記録する。
次に、ごく少量だけを専用の充填台へ移した。
充填台には、小型結晶を置く窪みと、規定量で流れを止める調整結晶が付いている。
操作手順を守れば、《結晶創造》を持たない職人でも魔力を移せる。
ただし、用途に応じた結晶構造そのものを作る工程は、まだレオンハルトにしかできない。
「最初の結晶核と、製品ごとの内部構造は、今のところ私が作る必要があります」
レオンハルトが言った。
「それでは、まだ完全には独立できませんね」
エルザが答える。
「はい。ですが、毎回の魔力補充は職人へ任せられます」
「次は構造作りの一部も、手順へ分けるのですね」
「そのつもりです」
最初の試験では、魔力灯一基へ規定量を充填した。
一晩点灯させ、翌朝に光量と残量を確認する。
次に冷却結晶へ充填し、肉、乳、野菜を保存する。
地脈由来の魔力そのものが冷気になるのではない。
冷却結晶の内部構造が、受け取った魔力を冷気へ変換する。
すべての結果を、エルザが記録した。
「魔力灯一基、一晩使用。光量低下なし」
「冷却箱は?」
「翌朝まで温度変化は僅かです」
「主結晶の残量は?」
「淡い青の濃さが、ごく僅かに薄くなっています。移した量と一致します」
レオンハルトはようやく息を吐いた。
「成功です」
「設備としては、でございます」
ゼバスティアンが言った。
「運用規則が完成しておりません」
管理者の役割は分けられた。
主結晶と建物の鍵は、ゼバスティアンが保管する。
魔力の使用承認は、アーデルハイトが行う。
日常点検と充填台の操作は、訓練を受けた工房職人二名が担当する。
エルザは、使用量、残量、監視石の色を毎日記録する。
技術上の異常はレオンハルトが判断する。
地脈の状態はジークリンデが確認し、彼女が不在の場合は監視石と過去の記録を基に流入を停止する。
緊急停止は、現場責任者とジークリンデのどちらでも行える。
軍事目的への使用は禁止。
塔の内部へ武器用結晶を持ち込むことも禁じられた。
入口はグレーテルが作った二重扉で守られ、許可のない者は充填台へ近づけない。
「魔力を無制限に使えると思われては困ります」
アーデルハイトが帳簿を開いた。
「使用先は、村の共同設備を最優先。次に契約済みの商品。個人の贅沢品は後回しです」
「料金は?」
レオンハルトが尋ねた。
「魔力灯は商品価格へ一定回数の補充費用を含めます。冷却箱は、大きさと使用量に応じて補充費を決めます」
「村の街灯は?」
「共同整備費と魔力灯事業の利益から負担します」
ジークリンデが主結晶を見上げた。
「人間は魔力にも値を付けるのか」
「地脈の魔力そのものを売るのではありません」
レオンハルトが答える。
「安全に集め、結晶へ移し、塔を維持する仕事へ対価を支払います」
「地脈は人間の物ではない」
「そのとおりです」
「取りすぎないことも、規則へ入れろ」
「入れます」
「紫になったら止める」
「紫は通常上限です。そこで必ず流入を止めます」
「赤は?」
「容量に関係なく異常です」
グレーテルが緊急用の大きなレバーを叩いた。
「赤が出たら主流入を閉じる。そのあと第一放出路から順番に開ける。一気に全部逃がすな」
「わたしが地脈を見る」
ジークリンデが言う。
「はい。危険なら周囲を立入禁止にします」
規則を記録したアーデルハイトは、帳簿の上部へ正式名称を書いた。
魔力蓄電塔建設費。
「蓄電塔?」
レオンハルトが尋ねた。
「魔力を蓄える塔なのでしょう」
「分かりやすいな」
グレーテルが言った。
「では、魔力蓄電塔を正式名称にします」
ゼバスティアンが記録へ加えた。
◇
魔力蓄電塔が本格的に動き始めた夜。
村の魔力灯へ、初めて充填台を使って魔力が補われた。
操作したのは、訓練を受けた工房職人だった。
レオンハルトは横で見守っただけで、結晶へ直接触れていない。
井戸のそば。
診療所の前。
曲がり角。
工房の入口。
弱くなっていた灯りが、一つずつ明るさを取り戻していく。
冷却箱の試験も再開された。
止まっていた販売用魔力灯にも、契約順に魔力が蓄えられた。
完成までの遅れは九日。
ハルデン商会との契約で違約金が発生する期限には、どうにか間に合った。
塔は、まだ村のすべてを支えられるわけではない。
現段階で供給できるのは、街灯、診療所、浄水設備、少数の冷却箱、販売用魔力灯への補充まで。
それでも、レオンハルト一人が魔力を削らなければ止まる仕組みではなくなった。
村の外れに立つ塔は、城の塔ほど高くない。
華美な装飾もない。
太い金属骨組みの中央へ、淡い青色の巨大結晶が収められている。
その周囲を、保護枠、充填台、調整弁、緊急放出装置が囲んでいた。
塔の下では、エルザがその日の使用量と監視石の色を帳面へ記録している。
ゼバスティアンが鍵の返却を確認する。
アーデルハイトが費用表へ数字を書き込む。
オットーが地面の沈みと鉄杭の緩みを点検する。
ヒルデガルトは、作業を終えた職人たちへ温かい飲み物を配っていた。
グレーテルは充填台のレバーを動かし、引っ掛かりがないか確かめている。
ジークリンデは少し離れた場所で地面へ手を置き、地脈の流れを読んでいた。
「どうですか」
レオンハルトが尋ねる。
「深部の圧力が少し下がった」
「卵の周囲は?」
「石の成長は止まっている」
「井戸へ流れる毒は?」
「すぐには消えない。だが、増えていない」
完全な解決ではない。
塞がった地脈の流路そのものは、まだ戻っていない。
塔は、行き場を失った余剰魔力を一時的に受け止めているだけだ。
季節によって地脈の深さも変わる。
監視と調整を続けなければならない。
それでも、村を脅かしていた力は、今では灯りと冷気へ変えられていた。
「レオン」
ジークリンデが呼んだ。
「はい」
「塔は、あなた一人では作れなかった」
「そうですね」
「地脈を見るのは、わたし。石を知るのは、レオン」
彼女は周囲を見た。
「グレーテルは鉄を組んだ。アーデルハイトは金を数えた。ゼバスティアンは人を動かした。オットーは地面を見た。エルザは変化を残した。ヒルデガルトは倒れる者を止めた」
「はい」
「皆が違うことをして、一つを作った」
ジークリンデは淡い青色の主結晶を見上げた。
「これが群れか」
「私も、そう思います」
彼女はしばらく黙っていた。
やがて、金色の瞳をレオンハルトへ向ける。
「なら、わたしも群れに入る」
レオンハルトは目を見開いた。
「よいのですか」
「卵と地脈を守る。あなたの村も、それにつながっている」
「ありがとうございます、ジークリンデさん」
「違う」
「何がですか」
「群れの者は、リンデと呼ぶ」
レオンハルトは一瞬、言葉を失った。
それから、静かに笑った。
「ありがとうございます、リンデ」
「うん」
短い返事だった。
だが、その表情は以前より柔らかかった。
淡い青の光が、夜の村外れで静かに揺れている。
それは、地脈を奪うための光ではない。
行き場を失った力を受け止め、必要な場所へ分け与えるための光だった。
レオンハルト一人の力ではなく、異なる技術と知識を持つ仲間たちが作り上げた、最初の大規模な結晶施設。
魔力蓄電塔の主結晶は、暗い岩場の中で、新しい村の鼓動のように静かに脈打っていた。
お読みいただきありがとうございます。
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