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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第四章 廃鉱山の仲間たち

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第21話 光の村

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

5日目(7/24) は5話投稿で1話目です。

 冷却箱の耐久試験を終えたあと、グレーテルは廃鉱山の村にある修理小屋を確認した。


 炉は崩れ、煙突は煤で詰まり、床には錆びた金具が散らばっていた。


 それでも、土台と石壁は残っている。


 グレーテルは炉の周囲を鉄槌の柄で叩き、煙突を見上げたあと、


「直せば使える」


 とだけ言った。


 その言葉を受け、レオンハルトとアーデルハイトは、彼女へ村の鍛冶責任者を正式に依頼した。


 契約には、グレーテルが重大な危険を見つけた場合、製造を止める権限を持つこと。


 職人へ無償労働を強いないこと。


 元の工房を閉じず、必要に応じて街道沿いの工房と村を行き来できることが記された。


 最後まで酒代を契約へ明記するよう求めたグレーテルと、私物費として処理しようとしたアーデルハイトが揉めたものの、契約そのものは無事に成立した。


 それから十日ほどが過ぎていた。


 使われていなかった修理小屋は、すでに以前の姿を失っている。


 仕事を失っていた元鉱夫たちが石材を運び、村の職人たちが交代で作業へ加わったため、改修は予想より早く進んだ。


 崩れかけていた炉は積み直され、煙突の詰まりも取り除かれた。


 割れていた窓には新しい木枠が入り、床へ散らばっていた釘や金属片も片づけられている。


 壁際には作業台が置かれ、その上には木枠、金具、工具、完成前の魔力灯が並んでいた。


 工房の中央では、グレーテルが一つの金具を光へかざしている。


「駄目だ」


 短く言うと、彼女は金具を作った職人へ返した。


「どこが悪いでしょうか」


 受け取ったのは、村で長く荷車や農具を修理してきた男だった。


 白髪の混じった髪を布で押さえ、緊張した表情でグレーテルを見ている。


「爪の長さが揃ってねえ。このまま結晶を挟めば、一方だけへ力がかかる」


「削り直します」


「全部削るな。長いほうを基準にしろ。短いのを無理に合わせたら、今度は薄くなりすぎる」


「分かりました」


 男は作業台へ戻り、金具を固定した。


 その隣では、別の職人が木枠へ穴を開けている。


 魔力灯の外装は、最初に作った試作品から変わっていた。


 結晶を木枠へ直接はめ込むのではない。


 三本の金属爪で支え、その間へ薄い革を挟んでいる。


 光結晶は冷却結晶ほど大きく膨張しない。


 しかし、荷車での運搬や、壁へ取り付けたあとの振動が木枠から直接伝われば、結晶の縁が欠ける可能性があった。


 三本の爪は、結晶を締めつけるためではない。


 小さな衝撃を逃がしながら、一定の位置へ保つためのものだった。


 背面には、湿気がこもらないよう僅かな隙間が設けられている。


 吊り下げ用の輪。


 壁へ固定するための金具。


 持ち運ぶ際に結晶へ触れないための木製の取っ手。


 それぞれの部品を、村の職人たちが分担して作っていた。


 レオンハルトは、工房の奥で追加製造分の光結晶を一つずつ確認していた。


 最初に近隣商会へ納めた十個には、一番から十番までの製造番号が付けられている。


 現在検査しているのは、それに続く十一番から二十番だった。


 透明度。


 明るさ。


 内部の魔力の流れ。


 外殻の厚さ。


 同じ形に見えても、原料となった廃石によって僅かな差がある。


 その差を一定の範囲へ収めなければ、商品として同じ性能を保証できない。


「十九番、光の放出が少し速いですね」


 レオンハルトが呟く。


 傍らで記録を取っていたエルザが、帳面へ書き込んだ。


「十九番。放出速度、基準より速い」


「外殻を一層追加します」


「加工後、もう一度計測ですね」


「はい」


 エルザは以前より、記録を取ることに慣れていた。


 文字を書き間違えることはまだある。


 しかし、間違えた部分を塗り潰さず、線を引いて元の内容が読めるように残している。


 ヒルデガルトから、試験記録はきれいに見せることよりも、どこを変えたか分かることのほうが重要だと教わったためだ。


 ただし、エルザが一日中工房にいるわけではない。


 朝は管理屋敷で配膳と客室の清掃を行い、昼食後から夕方までを工房の記録係として働く。


 ヒルデガルトが勤務を分け、屋敷の仕事と研究補助のどちらか一方へ負担が偏らないよう調整していた。


「二十番は?」


「基準内です」


「では、完成箱へ移します」


 エルザは手袋をはめ、結晶へ手を伸ばした。


「二十番、完成箱へ移します」


 先に番号を声へ出してから、木箱へ収める。


 箱の内側は柔らかな布で仕切られ、結晶同士が触れないようになっていた。


「今度は忘れなかったな」


 近くで見ていたグレーテルが言った。


「はい」


「手つきも前よりよくなった」


「ありがとうございます」


「だが、慣れたころが一番危ねえ。番号と箱を目で見てから手を動かせ」


「分かりました」


 エルザは少し頬を赤くしながら、完成箱の札を確認した。


 グレーテルは職人へ厳しい。


 しかし、できなかったことだけでなく、できるようになったことも見ている。


 最初は彼女の大声に怯えていた村の職人たちも、今では指摘された理由を尋ねるようになっていた。


「レオン」


 工房の入口からアーデルハイトの声がした。


 振り向くと、彼女は数枚の書面を抱えて立っていた。


「近隣商会から返答が届きました」


「魔力灯についてですか」


「はい」


 レオンハルトは作業の手を止めた。


 アーデルハイトは書面を作業台へ広げる。


「先に納めた十個は、すべて売れました」


 工房の中が静かになった。


 木を削る音も、金具を磨く音も止まる。


「すべてですか」


 エルザが目を見開く。


「ええ。宿屋が三個。夜間にも作業する織物工房が二個。商店が二個。町の診療所と門番詰所が一個ずつ。それから、商会自身が見本として一個保管しています」


「故障や苦情は?」


 レオンハルトが尋ねる。


「今のところありません」


「明るさが足りないという意見は?」


「宿屋から、廊下へ置くには十分だが、広い食堂全体を照らすには二個必要だと報告されています」


「使用場所ごとに、必要な光量が違いますね」


 レオンハルトはすぐに考え込んだ。


「今は同じ大きさだけですが、足元用、室内用、広い場所用で分けたほうが――」


「新しい種類を作る話は、今ある注文を確認してからです」


 アーデルハイトが止める。


「追加注文が三十個届いています」


「三十個?」


 村の職人たちが顔を見合わせる。


 最初の十個でさえ、手探りで作った。


 三十個となれば、同じ作り方のままでは追いつかない。


「納期は?」


 グレーテルが尋ねる。


「一度に三十個ではありません。十個ずつ、三回に分けて納めます」


「まともな商会だな」


「最初から大量に作らせ、売れ残れば受け取りを拒むような相手とは契約しません」


「代金は?」


 アーデルハイトは金額が書かれた部分を示した。


 グレーテルが覗き込み、少し眉を上げる。


「悪くねえ」


「材料費、人件費、商会の手数料、不良品に備える積立金を差し引いても利益は残ります」


「村の共同整備費も?」


「契約どおり、純利益の一割を積み立てます」


 エルザが帳面を開いた。


「最初は、道の修理に使うのでしたね」


「ええ」


 アーデルハイトは頷いた。


「ただし、すべての道を直せるほどではありません。まず、管理屋敷から共同井戸、診療所、工房を結ぶ道を優先します」


「灯りを置く場所も、その道沿いにしましょう」


 レオンハルトが言った。


 工房の空気が僅かに変わった。


「売る分だけではなく、村にも置くのですか」


 職人の一人が尋ねる。


「はい」


「ですが、売れば金になります」


「だからこそ、村へ置く分も必要です」


 レオンハルトは完成した魔力灯を見た。


「この村の人たちが採取し、選別し、加工した物です。作った人たちが暗い道を歩き続けるのは、おかしいと思います」


 アーデルハイトは書面を一枚めくった。


「村へ設置する分も、工房から正式に購入した扱いにします」


「購入した扱い?」


「無償で持ち出せば、誰の負担なのか分からなくなります。製造した人の賃金も、材料費も支払われなければなりません」


「では、共同整備費から?」


「最初の六個は、ローゼンフェルト家の管理予算と、魔力灯の利益から半分ずつ負担します」


 レオンハルトは村の地図へ目を落とした。


「必要な場所は、ほかにもあります」


「承知しています」


 アーデルハイトが答える。


「ですが、最初にすべて設置するのではなく、必要性の高い場所へ六個置きます。効果と維持費を確認してから増やします」


「分かりました」


 生活のためだからといって、帳簿を曖昧にはしない。


 誰が費用を負担し、誰へ賃金が支払われたのかを残す。


 その積み重ねが、続けられる仕組みになる。


「設置はいつにする」


 グレーテルが尋ねる。


「六個は完成しています」


 レオンハルトが答えた。


「点灯試験も終わりました」


「なら今夜だ」


「今夜ですか」


「明日まで寝かせても、明るくはならねえだろ」


 グレーテルは村の地図を覗き込んだ。


「管理屋敷の門と共同井戸は、今ある柱へ吊るす。診療所と工房は壁へ固定。曲がり角の二か所には新しく柱を立てる」


 指先で設置場所をなぞる。


「壁用金具が二つ。吊り下げ用の輪が四つだ」


「数は合っています」


 アーデルハイトが確認する。


「日が沈むまでに用意するぞ」


 グレーテルが職人たちへ声を飛ばす。


「分かりました」


 職人たちはすぐに動き始めた。


          ◇


 夕方。


 村の中央を通る道へ、人々が集まっていた。


 管理屋敷の門と共同井戸には、もともとあった太い柱を利用して魔力灯が吊り下げられた。


 診療所の入口と工房の前には、壁へ固定する金具が取り付けられている。


 残る二個は、道が大きく曲がり、足元が見えにくい場所へ新しい木柱を立てて吊り下げた。


 オットーと元鉱夫たちが柱を支え、グレーテルが金具を固定する。


 子供たちは離れた場所から、その様子を興味深そうに眺めていた。


「設置が終わるまで近づくなよ!」


 グレーテルが大声を出す。


 子供たちが一斉に一歩下がる。


「危ないのですか」


 少女が不安そうに尋ねた。


「今はな。金具が落ちて頭に当たったら痛えだろ」


「設置後は、近くを通っても大丈夫です」


 レオンハルトが補足する。


「ただし、引っ張ったり、石を投げたりしないでください」


「しないよ」


 以前、暗い道で転んだ少女も、その中にいた。


 膝の擦り傷は、すでに薄くなっている。


「今日は転ばない?」


「灯りのある場所なら、足元が見えると思います」


「道の穴は?」


「共同整備費が貯まり次第、危険な場所から直します」


「全部?」


「時間はかかりますが」


 少女は満足そうに頷いた。


 日が沈み始める。


 村を囲む山々の向こうへ太陽が隠れると、家々の影が長く伸びた。


 やがて空の色が群青へ変わり、道の凹凸も見えにくくなっていく。


 レオンハルトは、管理屋敷前の魔力灯へ手を伸ばした。


 外装の側面には、小さな切り替え板がある。


 板を動かすと、結晶内部の魔力流路が開き、蓄えられていた光が外殻へ流れ始める仕組みだ。


 閉じれば光の放出は止まり、ただ覆い隠すよりも魔力の消耗を抑えられる。


 切り替え板を開く。


 淡い白色の光が、木枠の中から広がった。


 人々の間から、驚きの声が上がる。


 次に共同井戸。


 診療所。


 工房。


 一つずつ灯りがともされていく。


 六つの光は、村全体を昼のように照らすほど強くはない。


 それでも、暗闇へ沈んでいた道の形が見えた。


 水溜まり。


 石。


 道の端。


 曲がり角の先。


 これまで夜になれば見えなくなっていたものが、淡い光の中へ浮かび上がる。


「本当に油がいらないのか」


 村人の一人が呟いた。


「火もない」


「風が吹いても消えないぞ」


 別の男が魔力灯の近くで手を振る。


 光は揺れなかった。


「この魔力灯は、どのくらい持つのですか」


 エーベルハルトが尋ねる。


「今の明るさなら、満充填から夜間使用で四日ほどです」


 レオンハルトが答える。


「使わない時間に流路を閉じれば、もう少し延びます。ただし、光を使い切ったあとは再充填が必要です」


「誰が再充填を?」


「今は私が行います。四日ごとにすべてを確認するのでは負担が大きいため、残量が少なくなった灯りだけ工房へ運ぶ仕組みを作ります」


「将来は、ほかの人でもできるようにするのですか」


「そのつもりです。私一人にしか使えない技術では、広く置けませんから」


 共同井戸では、年配の女性が桶を持ち上げながら足元を確かめている。


「これなら、朝早くても水を汲めるね」


「夜中に子供が熱を出しても、診療所まで行ける」


 誰かが言った。


 診療所の扉が開き、村で治療を行っている老女が姿を見せた。


「中にも一つ欲しいところだね」


「次の製造分で検討します」


 アーデルハイトが答える。


「診察用なら、もう少し明るいものが必要でしょう」


「作れます」


 レオンハルトがすぐに言う。


「今より光量を増やし、特定の方向へ光を集めれば――」


「今夜は、新しい研究を始めないでください」


 アーデルハイトが横から止めた。


「ですが、診療所で使うなら」


「必要性は記録します。原価と製造時間を確認し、販売用とは別に試作するか明日決めます」


「分かりました」


 グレーテルが肩を揺らして笑う。


「お前、完全に手綱を握られてるな」


「必要な確認です」


「そういうことにしといてやる」


 道の曲がり角では、子供たちが魔力灯の下へ集まっていた。


 自分たちの影が地面へ伸びるのを面白がり、手を振ったり跳ねたりしている。


「走ると転びますよ」


 ヒルデガルトの声が飛ぶ。


 子供たちはすぐに歩き始めた。


 だが、その顔には笑みが浮かんでいた。


 村長のエーベルハルトは、少し離れた場所から灯りを見ていた。


「この村で、夜に人が外へ出ているのを久しぶりに見ました」


「以前は違ったのですか」


 レオンハルトが尋ねる。


「鉱山が動いていたころは、交代で帰ってくる鉱夫のため、道に油灯がありました」


 エーベルハルトは共同井戸の光を見つめる。


「鉱山が閉じてから、油を買う余裕がなくなりました。灯りが消え、人が減り、夜は戸を閉じて眠るだけになった」


 その声には、懐かしさと寂しさが混じっていた。


「今の灯りは、鉱山のためだけではありません」


 レオンハルトは言った。


「村で暮らす人のために使います」


 エーベルハルトはしばらく黙り、ゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございます」


「私は結晶を作っただけです」


「その結晶を、村へ置くと決めたのはあなたです」


 レオンハルトは返す言葉を見つけられなかった。


          ◇


 魔力灯を設置してから数日。


 共同井戸の周囲では、夜道で転んだという話をまだ聞いていない。


 診療所へ続く道も見えるようになり、夜中に病人を運ぶ際の負担が減った。


 工房でも、日が暮れたあとに火の始末や工具の片づけを安全に行えるようになった。


 しかし、灯りがあることで生まれた問題もあった。


 ある夜。


 夕食の時間を過ぎても戻らないグレーテルを呼びに、レオンハルトが工房へ向かうと、扉の隙間から光が漏れていた。


 中へ入ると、グレーテルだけではなく、二人の職人が作業台へ向かっていた。


 壁の魔力灯が、組み立て途中の木枠と金具を明るく照らしている。


「まだ作業をしているのですか」


 レオンハルトが尋ねると、二人は手を止めた。


「注文が増えましたので」


「昼間だけでは間に合わなくて」


「納期には余裕があります」


「ですが、早く作れば次の注文を受けられます」


 一人の職人が俯いた。


「こんなに仕事があるのは、久しぶりなんです」


 その声には喜びより、不安が滲んでいた。


「鉱山が閉じてから、何度も仕事がなくなりました。また注文が止まるかもしれない。稼げるうちに稼いで、冬の分を家へ残しておきたいんです」


 もう一人も頷く。


「子供に新しい靴を買ってやれます。少しくらい夜まで働いても――」


 作業台には、組み立て前の魔力灯が並んでいる。


 二人の顔には疲れが見えた。


「休憩は取りましたか」


「昼に少しだけ」


「夕食は?」


「終わってから食べます」


 レオンハルトは黙って彼らを見た。


 無理に働かされているわけではない。


 貧しかった時間が長かったからこそ、仕事を失うことを恐れている。


 その不安が、自分から休息を削らせていた。


 父や鉱山長も、似た言葉を使っていた。


 働きたい者が働いている。


 稼ぎたい者を止める必要はない。


 危険を承知なら本人の責任だ。


 その結果、鉱夫たちは傷つき、最後には山が崩れた。


「今日は、ここまでにしてください」


「ですが――」


「仕事はなくしません」


 レオンハルトは二人をまっすぐ見た。


「明日になったら注文を断る、ということもありません。少なくとも、現在の三十個については契約があります」


「そのあとは?」


「新しい注文が来るかどうかは、まだ分かりません」


 レオンハルトは正直に答えた。


「ですが、夜まで無理をすれば仕事が続くと約束することもできません」


 二人の表情が曇る。


「だからこそ、一時的に稼ぐのではなく、続けられる形を作ります」


 レオンハルトは工房の灯りを見た。


「魔力灯は、人が安全に暮らすために作ったものです。作る人が休まず働くための道具にするつもりはありません」


「俺たちは、まだ働けます」


「今夜は働けても、疲れが残れば明日の作業で手を滑らせるかもしれません」


「若いころは夜通しでも――」


「鉱山でも、同じことを言う方がいました」


 職人の表情が止まった。


「働ける者が働けばよい。本人が望んでいるなら構わない。そう言われて無理をした人が何人もいます」


 工房に沈黙が落ちる。


「私は、ここで同じことを繰り返したくありません」


「では、注文が間に合わない場合は?」


「納期を延ばすか、受ける数を減らします」


「売れるのにですか」


「人が倒れるまで作らなければ間に合わない注文は、今の工房では受けられない注文です」


 グレーテルが鉄槌を作業台へ置いた。


「聞こえただろ。今日は終わりだ」


「グレーテルさんは、まだ作業を」


「あたしは炉の火を落としてただけだ」


 そう言いながら、彼女の横には加工途中の金具が置かれている。


「それは?」


「明日の準備だ」


「同じ作業に見えます」


「細けえな、坊主」


 レオンハルトが黙って見つめると、グレーテルは舌打ちした。


「分かったよ。あたしも終わる」


 そこへ、アーデルハイトとエルザが入ってきた。


「やはり、こちらでしたか」


 アーデルハイトは工房内を見回し、状況を理解した。


「夜間作業が始まっていたのですね」


「仕事を失うのが不安だそうです」


 レオンハルトが答える。


 職人たちは気まずそうに視線を伏せた。


「責めているのではありません」


 アーデルハイトは穏やかに言った。


「仕事が続く保証がないから、今のうちに働きたい。その考えは理解できます」


「では――」


「ですが、無理な作業を前提に価格や納期を決めれば、次の契約でも同じ働き方を求められます」


 書面を作業台へ置く。


「今必要なのは、一時的に多く作ることではなく、通常の勤務で何個作れるかを明らかにすることです」


「通常の勤務とは?」


「一日の製造作業は八時間まで。昼に一時間の休憩を取る。日没後は火の始末、工具の整理、緊急の修理のみ。通常の製造は行わない」


「冬は、日が早く沈みます」


 職人の一人が言った。


「日照時間ではなく、作業時間の上限を基準にします」


 アーデルハイトが答える。


「冬に灯りが必要な場合でも、始業を早めるか、室内作業だけを時間内で行います。日没後に働いたからといって、勤務時間を延ばしてよいことにはしません」


「緊急の修理とは?」


「井戸の金具、暖房設備、荷車など、止まれば生活や安全に影響するものです。商品の通常製造は含めません」


「例外が必要な場合は?」


「グレーテルの許可と、翌日の休息を確保します。連続して夜間作業を行うことは禁止します」


 グレーテルが眉を寄せた。


「また面倒な役を増やしやがって」


「鍛冶責任者として署名したでしょう」


「酒代のところばかり見てた」


「確認しなかったあなたの責任です」


 エルザが小さく笑い、すぐに口元を押さえた。


「作業時間の記録は、エルザへ任せます」


 アーデルハイトが続ける。


「ただし、屋敷の勤務もあります。工房の出退勤簿は職人本人が記入し、エルザは午後の勤務中に確認するだけです」


「全員が読み書きできるわけではありません」


「その場合は、木札を使いましょう」


 エルザが提案した。


「名前の印を付けた札を、仕事を始めるときに左の箱へ入れて、終わるときに右へ移すのはどうでしょう。私が午後に確認して、時間を帳面へ書きます」


「朝から働く者の開始時刻は?」


「グレーテルさんか、最初に炉を開ける方に札を入れてもらいます」


 グレーテルは少し考え、頷いた。


「文字より間違いが少なそうだ」


「では、その方法で試します」


 アーデルハイトが書き留める。


 職人の一人が、不安そうに尋ねた。


「作れる数が減れば、賃金も減りますか」


「一個ごとの出来高だけではなく、勤務時間に応じた基本賃金を設けます」


 アーデルハイトが答えた。


「そのうえで、品質基準を満たした製品数に応じて追加分を支払います。急いで不良品を増やすより、安定して働くほうが損をしない仕組みにします」


「注文が止まった場合は?」


「工房の修繕、農具の修理、外装の改良など、必要な仕事はあります。すべてを魔力灯だけへ依存させるつもりはありません」


 レオンハルトはその言葉に頷いた。


「冷却箱の改良も続けます。ほかの生活用結晶も作るつもりです」


「また新しい研究を増やすのか」


 グレーテルが呆れたように言う。


「一度に増やしません」


 アーデルハイトが先に答えた。


「順番に検討します」


「本人より先に答えるなよ」


「止めなければ、今夜から始めます」


「否定できねえな」


 職人たちの表情から、少しだけ緊張が抜けた。


「仕事は続けます」


 レオンハルトが言った。


「ただし、無理をしなければ続かない仕事にはしません」


 二人はゆっくりと頷き、道具を片づけ始めた。


          ◇


 その夜。


 管理屋敷の食堂で、新しい作業規則が書面へまとめられた。


 通常の製造作業は一日八時間まで。


 昼に一時間の休憩を取る。


 日没後は火、工具、完成品の確認と、生活や安全に関わる緊急修理のみ。


 夜間作業を行った場合は、翌日の勤務時間を減らす。


 連続した夜間作業は禁止。


 納期へ間に合わない場合は、作業時間を延ばすのではなく、注文数か納期を調整する。


 賃金は基本となる勤務分と、品質基準を満たした製品への追加分に分ける。


 作業時間は木札と帳面で記録し、グレーテルが現場を、エルザが記録を確認する。


「これで、短期的な利益は少し減ります」


 アーデルハイトが言った。


「ですが、怪我や病気で職人が働けなくなるよりは安いでしょう」


「利益が減ることに反対しないのですか」


 レオンハルトが尋ねる。


「私は、利益を増やすことだけが仕事ではありません」


 アーデルハイトは筆を置いた。


「続けられる形にすることが仕事です」


「同じことを考えていました」


「あなたの場合は、考える前に作業を止めていました」


「疲れているように見えましたから」


「間違ってはいません」


 アーデルハイトは僅かに微笑んだ。


 窓の外では、道沿いの魔力灯が淡く光っている。


 共同井戸から戻る女性。


 診療所から帰る親子。


 作業を終え、工房から家へ向かう職人たち。


 その足元を、六つの灯りが照らしていた。


 かつて道にあった油灯は、鉱山へ人を送り出し、夜遅く帰る鉱夫を迎えるためのものだった。


 今、村を照らしている光は違う。


 それは人をさらに働かせるための灯りではない。


 働き終えた者が、無事に家へ帰るための灯りだった。

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