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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第四章 廃鉱山の仲間たち

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第17話 最初の契約

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

4日目(7/23)2話目です。

 廃鉱山の村へ到着した翌朝。


 レオンハルトは、管理屋敷の一階にある古い作業部屋で目を覚ました。


 正確には、眠るつもりはなかった。


 夕食を終えたあと、廃石置き場から持ち帰った鉱石を机へ並べた。


 色。


 重さ。


 不純物の種類。


 内部に残る魔力の性質。


 一つずつ調べ、前世で使っていた基準へ換算しながら記録しているうちに、いつの間にか机へ突っ伏していたらしい。


 顔を上げると、頬に紙が張りついていた。


「……朝?」


 窓の隙間から差し込む光が、机の上を照らしている。


 作業部屋には、黒褐色や青灰色の鉱石がいくつも転がっていた。


 その中央に、親指の先ほどの小さな結晶が置かれている。


 透明度は低い。


 内部には、細かな気泡のような濁りも残っている。


 それでも結晶は、朝日の中で淡く光り続けていた。


 レオンハルトはすぐに窓の板戸を閉めた。


 部屋が薄暗くなる。


 すると、試作結晶の光がはっきりと浮かび上がった。


 小さな作業部屋全体を照らせるほどではない。


 だが、机の上に置いた文字を読むには十分な明るさだった。


「まだ消えていない」


 油灯の光を吸収させてから、七時間以上が経過している。


 それでも光量は、ほとんど落ちていなかった。


 レオンハルトは急いで記録用紙へ手を伸ばした。


 使用した低純度鉱石は三個。


 この国の秤で量った値を、前世の単位へ直せば、およそ二百六十グラムほど。


 その中から、光を蓄えやすい魔力だけを分離した。


 不純物を取り除き、透明結晶として再構成する。


 結晶として固定できた魔力は、抽出した量の半分にも満たない。


 加工には一時間以上かかった。


 試作品としては成功している。


 だが、このままでは量産できない。


 原料となる廃石はほとんど無料に近いものの、選別や運搬には人手が必要になる。


 レオンハルトが一つずつ作れば、無理をしても一日に六個ほどが限界だろう。


 裸の結晶のままでは、落としたときに割れる。


 吊り下げたり、壁へ固定したりするための外装も必要だ。


「明るさは足りる。あとは加工時間と強度……」


 結晶へ顔を近づけた、そのときだった。


 作業部屋の扉が勢いよく開いた。


「レオンハルト様!」


 オットーが飛び込んでくる。


「ご無事でしたか!」


「どうしたのですか」


「朝になっても姿を見せないから、何かあったのかと思ったんです!」


 オットーは室内を見回した。


 机の上に並ぶ鉱石。


 散らばった記録用紙。


 飲みかけの水。


 そして、机へ突っ伏して眠っていた痕跡。


 老人は深くため息をついた。


「また石を調べながら寝たんですな」


「少し休むつもりでした」


「机で眠るのは休むとは言いません」


「ですが、試作品は一晩以上――」


「朝飯が先です」


「記録を残してからでも」


「飯が先です」


 オットーは窓の板戸を開けた。


 朝の光が室内へ戻る。


「歩けますな?」


「もちろんです」


「なら、食堂まで歩いてください」


 レオンハルトは試作結晶と記録用紙だけを持ち、作業部屋を出た。


 廊下の床は歩くたびに軋んだ。


 天井には雨漏りの跡があり、壁紙もところどころ剥がれている。


 管理屋敷は長い間使われていなかった。


 それでも、屋根があり、鍵のかかる部屋があるだけ、共同宿舎より状態はよかった。


 食堂へ入ると、オットーの妻が黒パンと野菜のスープを並べていた。


 その隣には、息子夫婦と孫たちも座っている。


「坊ちゃん、夕食のあと、何も召し上がっていないでしょう」


「途中で眠りましたから」


「机でな」


 オットーが付け加える。


 レオンハルトは反論できず、席へ着いた。


 黒パンは硬かったが、温かいスープへ浸せば十分に食べられた。


 伯爵家の食事と比べれば質素だ。


 だが、オットーの家族が持ってきた食料にも限りがある。


 自分だけ別の料理を求めるつもりはなかった。


「それで、何ができたんです?」


 オットーに尋ねられ、レオンハルトは卓上へ試作結晶を置いた。


「昨夜作ったものです」


「光っていますな」


「廃鉱石から、光を蓄えやすい魔力だけを取り出して再構成しました」


 オットーの孫たちが、興味深そうに顔を近づける。


 幼い少女が指を伸ばしかけたため、母親が慌てて止めた。


「触れても危険はありません」


 レオンハルトは結晶を少女の手へ載せた。


「きれい……」


 淡い光が、小さな手を照らす。


「夜も光るの?」


「昨夜からずっと光っています」


「油はいらない?」


「いりません」


 少女の目が輝いた。


「お外に置いたら、転ばない?」


 レオンハルトは、少女の膝にある小さな擦り傷へ気づいた。


「転んだのですか」


「昨日、道の穴で転んだ」


 村の夜道には、ほとんど灯りがない。


 家の中でも油を節約するため、日が沈めば早く灯りを消す家庭が多い。


 この結晶は小さい。


 それでも、階段や道端へ置けば足元を照らせる。


「もう少し明るくして、割れないようにすれば使えそうですね」


 レオンハルトが呟くと、オットーが頷いた。


「子供だけじゃありません。年寄りも暗い道でよく転びます」


「坑道でも使えるでしょうか」


「火を使わないなら、油灯より安全です。ただ、手で持ち歩くなら覆いが必要ですな」


 オットーは結晶を眺めながら、自分の腰を叩いた。


「金具を付けて、紐で腰へ下げられれば便利でしょう」


「なるほど」


 レオンハルトは立ち上がりかけた。


「まだ食事の途中です」


 オットーの妻に言われ、静かに座り直す。


          ◇


 食事を終えたころ、管理屋敷の扉を叩く音が響いた。


 訪ねてきたのは、アーデルハイトだった。


 灰色の外套を羽織り、腕には帳面と、封蝋の押された書面を抱えている。


 その後ろには、村長のエーベルハルトも立っていた。


「朝早くに失礼いたします」


「こちらこそ、まだ片づけもできておらず申し訳ありません」


「昨日到着したばかりです。整っているとは思っておりません」


 食堂へ入ったアーデルハイトは、卓上の試作結晶へ目を留めた。


「それは?」


「昨夜、廃鉱石から作りました」


「もう作ったのですか」


「まだ試作品です」


 レオンハルトは窓の板戸を閉めた。


 食堂が薄暗くなる。


 すると、卓上の結晶から淡い光が広がった。


 エーベルハルトが目を見開く。


「火を使っていないのですか」


「はい」


「油も?」


「必要ありません」


 アーデルハイトは結晶を手に取った。


 掌の上でゆっくり転がし、表面の熱を確かめる。


 次に外套の裾で覆い、光が漏れる様子をじっと観察した。


「熱は、ほとんどありませんね」


「蓄えた光だけを少しずつ放出しています」


「どれほど光り続けますか」


「現時点で八時間以上です。正確な限界は、まだ分かりません」


 アーデルハイトは結晶を食堂の隅へ運んだ。


 暗い棚の前へ置くと、棚板や床の形がぼんやりと浮かび上がる。


「足元を照らすだけなら、十分使えそうです」


「もう少し明るさを安定させたいと考えています」


「原料は廃石だけですか」


「性質の近い石を三個使いました」


「製造には?」


「今の方法で一時間以上です」


「一日では、何個ほど作れますか」


「休憩を取らず無理をすれば六個ほどです。ただし、原料の選別を先に済ませれば、十個近くまで増やせる可能性があります」


「可能性、ですか」


「まだ試していないので、断言はできません」


 アーデルハイトは結晶を卓上へ戻した。


「正直なのですね」


「できていないことを、できるとは言えません」


「では、量産には選別が必要だと」


「はい。鉱石の特徴を覚えてもらえば、私以外でも可能です」


 エーベルハルトが顎へ手を当てた。


「この村には、仕事を失った元鉱夫が大勢おります。石の色や重さを見分けることには慣れています」


「ならば、最初の選別をお願いできるかもしれません」


「賃金は出るのでしょうか」


 アーデルハイトが尋ねる。


「もちろんです」


「いくらですか」


 レオンハルトは言葉に詰まった。


 伯爵家で暮らしていたころ、鉱夫や職人の日当を細かく調べたことはなかった。


「適正な額を教えていただけますか」


「私に決めさせるのですか」


「相場を知らないまま決めれば、安すぎるか高すぎるかも分かりません」


「高い賃金なら、働く者は困らないでしょう」


「続けられなければ困ります」


 レオンハルトは結晶を見つめた。


「最初だけ高い賃金を約束しても、商品が売れなければ払えなくなります。仕事を始めてもらったあとで見捨てるようなことはしたくありません」


 アーデルハイトの表情が、わずかに変わった。


「継続して払える額を決めたいと?」


「はい。原料を集める人、選別する人、外装を作る人、売る人。それぞれの取り分も、最初に決めておきたいです」


「まだ外装すらない試作品ですが」


「だからこそ、先に決める必要があります」


 アーデルハイトは腕に抱えていた書面を机へ置いた。


「実は、こちらへ来る前に近隣商会へ話を通してあります」


「商会へ?」


「ローゼンフェルト家と長く取引している、小規模な商会です。農具、油、布、保存食などを扱っています」


 アーデルハイトは封蝋を外し、書面を広げた。


「火を使わず、一晩中光る道具が本当に作れるなら、試験販売用として十個を買い取る用意があるそうです」


「もうそこまで話を?」


「昨日、あなたが光る結晶を作ると言った時点で、使いを出しました」


「信じていなかったのでは?」


「信じてはいませんでした」


 アーデルハイトは平然と答えた。


「ですが、本当に作れた場合に、販売先を探し始めていては遅いでしょう」


 レオンハルトは、しばらく彼女を見つめた。


「これが仮契約書です」


 アーデルハイトが書面を示す。


「条件を満たす魔力灯を十個。商会が一度買い取り、町の宿屋、商店、夜間作業を行う工房へ試験販売します」


「条件は?」


「一晩以上、明るさを保つこと。触れても熱くならないこと。火災の危険がないこと。持ち運べる外装を備えること。そして十個すべてが同じ性能を持つことです」


「一つだけ成功しても意味がない、と」


「商品として扱うなら当然です」


 アーデルハイトは試作結晶の横へ仮契約書を置いた。


「三日以内に条件を満たせば、商会が十個を買い取ります。価格も仮に決めてありますが、原価と人件費を算出したうえで最終調整します」


「販売の契約まで用意してくださったのですね」


「村に利益が出る可能性があるからです」


 アーデルハイトはそう言いながら、わずかに視線を逸らした。


「では、製造についても条件を決めましょう」


 彼女は帳面を開いた。


「廃石の採取と選別には、何人必要ですか」


「最初は二人で十分です」


「作業時間は?」


「石の特徴を説明する時間も含めて、半日ほどです」


「軽作業の日当を支払います」


 アーデルハイトは金額を書き込んだ。


「外装を作る職人は、村で手配できます」


 エーベルハルトが続ける。


「坑道用の木枠を作っていた男と、荷車の金具を直していた男がおります」


「その方たちへ相談したいです」


「命じるのではなく?」


「相談です」


 レオンハルトは当然のように答えた。


「私には結晶を作ることはできても、持ち運びやすい外装を作る技術はありません」


「そこまで素直に言える貴族様は珍しいですな」


 オットーが小さく笑った。


「できないことを、できるふりはできません」


 エーベルハルトは、レオンハルトをじっと見つめた。


「前の管理人は、職人へ相談などしませんでした」


「そうなのですか」


「必要な物を言い渡し、できなければ怠けていると決めつけた」


 老人の声には、長く抑えてきた不満が滲んでいた。


「村から取るための取り決めはいくつもありましたが、村へ利益を戻すための約束は一度もなかった」


「今回は変えたいと思っています」


「本当に変わるかどうかは、これから見せていただきます」


「はい」


 レオンハルトはまっすぐ頷いた。


 アーデルハイトは筆を動かし始める。


 採取者の日当。


 選別作業の賃金。


 職人の作業賃。


 材料費。


 商会の販売手数料。


 不良品が出た場合の交換費用。


 次回の製造へ回す積立金。


 さらに、売上から必要経費を差し引いた利益の一部を、村の共同整備費へ回す。


「共同整備費は何に使いますか」


 アーデルハイトが尋ねた。


 レオンハルトは、少女の膝にあった擦り傷を思い出した。


「まずは道です」


「井戸ではなく?」


「井戸の問題は、商品の売上を待てません。原因調査を別に進めます」


「では、道の穴や段差の補修へ?」


「はい。灯りを置くだけでは、根本的な危険はなくなりません」


 アーデルハイトは帳面へ書き込んだ。


「純利益の一割を村の共同整備費へ積み立てます」


「一割で足りますか」


「最初から多く回しすぎれば、次の商品を作れません。継続して積み立てることのほうが重要です」


「分かりました」


「製造法と技術の所有権は、この土地を任された際の取り決めに従い、レオンハルト様とローゼンフェルト家の共同管理とします」


「はい」


「村人が覚えた選別方法や加工技術を、ベルクシュタイン家へ無償で提供しないことも明記します」


「お願いします」


「製造と利益配分に関する契約は、私たち三者で結びます」


「三者?」


「レオンハルト様、ローゼンフェルト家、そして村です」


 アーデルハイトはエーベルハルトへ目を向けた。


「村人が働き、村の設備を使う以上、立会人ではなく、村も契約の当事者とするべきです」


 エーベルハルトは驚いたように目を見開いた。


「村長である私が署名を?」


「村の代表としてお願いします」


 老人はすぐには答えなかった。


 やがて、しわの深い手で契約書へ触れる。


「村を、正式な相手として扱ってくださるのですな」


「当然です」


 レオンハルトが答える。


「一緒に作るのですから」


 エーベルハルトは、ゆっくりと頷いた。


「これまで村が署名したのは、税や返済を約束する書面ばかりでした」


 老人はレオンハルトを見た。


「村へ利益を戻す契約に名を書くのは、これが初めてです」


 食堂に短い沈黙が落ちた。


 アーデルハイトは、書き上げた契約書を三人の前へ置いた。


「内容を確認してください」


 レオンハルトは一行ずつ目を通した。


 採取と選別を担う者の賃金。


 職人の作業賃。


 売上と必要経費の記録。


 村の共同整備費。


 技術と製品の共同管理。


 無断での技術持ち出し禁止。


 不良品への責任。


 どれも、これまでベルクシュタイン家の鉱山では見たことのない内容だった。


「商品を一つ売るだけで、これほど決めることがあるのですね」


「一つ作るだけなら必要ありません」


 アーデルハイトは答えた。


「作り続け、売り続けるなら必要です」


 レオンハルトは彼女を見つめた。


 アーデルハイトは、光る結晶を作ることはできない。


 だが、それを人々の仕事へ変え、継続する仕組みへ変えることができる。


 自分一人では、結晶を作れても産業にはできない。


 そのことが、ようやく分かった。


「アーデルハイト様」


「何でしょう」


「ありがとうございます」


 彼女の筆が止まった。


「まだ何も成功しておりません」


「それでもです。私には、このような契約を作る知識がありません」


「それを認めるのですね」


「できないことは、できる方へお願いするべきです」


 アーデルハイトは小さく咳払いをした。


「では、完成期限は三日後です」


「必ず十個完成させます」


「一晩も眠らず作るつもりではありませんよね」


「必要なら――」


「却下します」


 アーデルハイトが即座に言った。


 オットーも力強く頷く。


「寝てください」


「ですが」


「作業責任者が倒れれば、継続可能な製造とは言えません」


 アーデルハイトは契約書の余白へ一文を書き加えた。


「何を書いたのですか」


「作業責任者は、毎日最低六時間の休息を取ること」


「それは製造契約に必要でしょうか」


「必要です」


「五時間では」


「六時間です」


 レオンハルトはオットーへ助けを求めるように目を向けた。


 だが老人は、深く頷くだけだった。


「六時間ですな」


「……分かりました」


 レオンハルトは諦めて、追記された項目の横へ確認の印を入れた。


 契約書の最後に、それぞれの名前を書く。


 レオンハルト。


 アーデルハイト。


 村の代表としてエーベルハルト。


 さらに、商会との仮契約書にもレオンハルトとアーデルハイトが署名した。


 これで、条件を満たす魔力灯を十個完成させれば、試験販売品として買い取られる。


 まだ工房はない。


 職人も集まっていない。


 完成した商品も一つとして存在しない。


 あるのは、淡く光る試作結晶と、古びた食堂の机へ並べられた二枚の契約書だけだった。


「これで契約成立です」


 アーデルハイトは製造契約を三部に分けた。


 一部をレオンハルトへ。


 一部をエーベルハルトへ。


 残る一部を、自分の帳面とともに抱える。


「三日後、完成した魔力灯を商会へ持ち込みます」


「必ず完成させます」


「条件を忘れないでください」


「一晩中、同じ明るさを保つことですね」


「休息時間もです」


「……はい」


 窓辺では、昨夜作られた小さな結晶が変わらず光っていた。


 捨てられていた石から生まれた、最初の灯り。


 その灯りを商品へ変え、人々の仕事へ変え、村の暮らしへつなげる約束が、形を持った。


 レオンハルトは、自分の手元へ渡された契約書を丁寧に折り畳んだ。


 命令するのではない。


 誰が何を担い、何を受け取り、どこまで責任を持つのか。


 それを言葉にし、互いに納得したうえで進めていく。


 荒れた管理屋敷の食堂で交わされたその約束が、レオンハルトとアーデルハイトにとって、最初の共同事業となった。

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