表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第三章 崩落と廃嫡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/36

第14話 偽りの調査

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

3日目(7/22)4話目です。

 レオンハルトが目を覚ました時、雨の音はまだ続いていた。


 見慣れた自室の天井。


 薬草の匂い。


 窓を打つ雨粒。


 体を起こそうとした瞬間、頭の奥へ鋭い痛みが走った。


「動いてはいけません」


 椅子に座っていたヘレーネが立ち上がり、息子の肩へ手を添えた。


「母上……」


「三日も眠っていたのですよ」


「三日……」


 レオンハルトは掠れた声で繰り返した。


 赤く光る起爆導線。


 爆発。


 押し寄せた濁流。


 結晶柱。


 逃げる鉱夫たち。


 崩れ落ちた主坑口。


 途切れていた記憶が、一度に戻ってくる。


「鉱夫の方々は?」


 ヘレーネの表情が曇った。


「確認できなかった七名のうち、四名は別の換気路から救出されました」


「残りの三名は?」


「まだ見つかっていません」


 レオンハルトは布団の上で拳を握った。


「捜索は続いていますか」


「西側の小出口と換気路から続けています。ただ、二次崩落の危険が高く、主力坑道側からは入れないそうです」


「僕なら内部の空洞を――」


「今のあなたを鉱山へ連れていく者はいません」


 ヘレーネの声は優しかったが、拒む意思は強かった。


「あなたは魔力を使い果たして倒れたのです」


「ですが、三人がまだ山の中にいます」


「分かっています」


 ヘレーネは息子の手を包んだ。


「それでも、あなたまで失うわけにはいきません」


 レオンハルトは目を閉じた。


 百二十三人が地上へ戻った。


 だが、三人は戻っていない。


 多くを救えたという言葉だけでは、胸に残る重さは消えなかった。


「事故の調査は?」


「事故の翌日から始まっています」


「捜索が終わっていないのに?」


「王国軍への納品停止と、主力鉱山喪失の報告を王都へ送らなければならないそうです。お父様は、正式な外部調査の前に、領内で暫定報告をまとめると決めました」


 外部の調査官が来る前に、伯爵家内部の見解を固める。


 その意味を理解した瞬間、レオンハルトの胸へ冷たいものが広がった。


「調査をしているのは誰ですか」


「騎士団、鉱山事務所、伯爵家付きの錬金術師です。あくまで王都へ提出するための内部調査だと説明されています」


 全員が父の指揮下にいる者たちだった。


「クラウスさんとアルノルト先生は?」


「既に証言を求められました」


「僕も行きます」


「あなたの聴取は、体調を理由に後回しにされています」


 レオンハルトは顔を上げた。


「後回しに?」


「先に、ほかの証言と記録を確認するそうです」


 本人の話を聞く前に、周囲の証言を固める。


 それが偶然とは思えなかった。


「僕の結晶が原因だと言われているのですね」


 ヘレーネの指先へ力が入る。


「もう、その話が広がっています」


「誰が最初に?」


「ディートリヒです」


          ◇


 暫定調査は、伯爵家の大会議室で行われていた。


 主力坑道の大部分は崩落し、爆破地点へ近づくことはできない。


 そのため、調査対象となったのは残された記録と生存者の証言だった。


 入坑者名簿。


 爆破石の搬入記録。


 漏水量と支柱沈下の報告。


 雨季前の安全確認会記録。


 事故当日の退避人数。


 現場にいた者たちの証言。


 形式上は複数の資料を調べることになっていた。


 だが、最初に提出されたブルクハルトの報告書には、既に結論が書かれていた。


『レオンハルト様が当主の許可なく坑道へ進入し、主力坑道内部へ大規模な結晶構造を生成』


『その直後、地下魔力と岩盤の均衡が崩れ、連鎖的崩落が発生』


『ディートリヒ様は排水路候補地の測量を行っていたが、持参した爆破石は未使用』


 ディートリヒが起爆したという事実は、最初から存在しないものとして扱われていた。


「この報告は事実と異なります」


 クラウス・アードラーは、調査官たちの前ではっきりと告げた。


 大会議室の上座にはゲルハルトが座っている。


 その左右には騎士団副団長、鉱山管理官、伯爵家付き錬金術師、書記官。


 これは王国の正式審問ではない。


 王都への第一報を作るための、伯爵家内部の聴取だった。


「私は最深部で、ディートリヒ様が起爆導線へ魔力を流すところを見ました」


 騎士団副団長が尋ねる。


「確かに見たのだな」


「はい」


「混乱の中で、導線の発光だけを見たのではないか」


「違います。ディートリヒ様が起動部へ手を触れ、魔力を流しました。その直後に導線が赤く発光しました」


「レオンハルト様の結晶生成は、いつ始まった」


「導線が発光した後です」


「ほぼ同時だった可能性は?」


「ありません」


 クラウスの声は揺れなかった。


「レオンハルト様は爆破石を止めようとしました。しかし既に起爆術式が動いていたため、作業員を守る結晶壁へ切り替えられました」


 伯爵家付き錬金術師が口を挟む。


「起爆後に周囲の鉱物へ魔力を流したのなら、爆破石の出力へ影響した可能性は否定できない」


「私は錬金術師ではありません」


「ならば、影響がないとは断言できまい」


「私は崩落原因を推測しているのではありません」


 クラウスは調査官たちを見据えた。


「ディートリヒ様が自ら爆破石を起動した。その事実を証言しています」


 書記官の羽根ペンが動く。


 だが、クラウスはその手元を見て眉を寄せた。


 書かれているのは、


『起爆導線の発光を目撃』


『結晶生成との時間差は証言者の主観』


 という短い要約だけだった。


「私の証言を正確に記録してください」


 書記官の手が止まる。


「記録している」


 騎士団副団長が答えた。


「私は、ディートリヒ様が魔力を流すところを見たと述べました」


「発言内容の採否と表現は調査官が判断する」


「ならば、私自身の陳述書を提出します」


 クラウスは懐から折り畳んだ紙を取り出した。


 事故当日の夜、記憶が薄れないうちに自ら書いたものだった。


 起爆までの順序。


 ディートリヒの位置。


 レオンハルトが結晶壁を作り始めた時点。


 作業員と護衛の配置。


 すべてが時系列で記され、末尾にはクラウスの署名がある。


「これを正式資料へ加えてください」


 副団長は受け取ったが、すぐには机へ置かなかった。


「写しはあるのか」


「あります」


 クラウスは正直に答えた。


 原本とは別に二部。


 一部はアルノルトへ。


 もう一部は、騎士団の宿舎に置いた私物の中へ隠してある。


 ゲルハルトが初めて口を開いた。


「陳述書は受理する。ただし、原因の認定は専門家とほかの証言を合わせて判断する」


「異論はありません」


 クラウスは答えた。


「ただし、私が見た事実を、原因不明という言葉で消さないでいただきたい」


 ディートリヒが椅子から立ち上がった。


「嘘です!」


 クラウスが振り返る。


「事故直後には、排水路を作ろうとして爆破石を使ったとおっしゃっていました」


 会議室が静まる。


 ディートリヒの顔が強張った。


「混乱していたのです」


「では、今は起動していないと?」


「兄上が岩盤へ魔力を流したことで、爆破石が勝手に反応したのです」


 事故直後の言葉から、証言が変わっている。


 クラウスはそれ以上責めなかった。


「私は、見たことだけを記しました」


 その落ち着いた言葉が、かえってディートリヒの顔を歪ませた。


          ◇


 アルノルトは、事故前の危険性について証言した。


「事故前日の記録では、第三運搬路の漏水は一刻で桶二杯。事故当日の朝には五杯へ増加していました」


 老錬金術師は、班長たちが作成した記録を机へ置いた。


「支柱の根元も、一日で指一本分沈下しています。崩落以前から、岩盤は危険な状態でした」


「正式な測定器を使用した記録ですか」


 伯爵家付き錬金術師が尋ねる。


「鉱山事務所が正式な測定を行わなかったため、現場の者が同じ桶と同じ目盛りを使って記録しました」


「桶の容量が常に同一だったと証明できるのか」


「使用した桶には班長の印があります」


「水を汲む時間も完全に同じだったのか」


「多少の誤差はあります。しかし、二杯から五杯への増加を誤差だけで説明できません」


「支柱の目盛りは誰でも刻める」


「事故前に私自身が確認しています」


 調査官は記録を完全には否定できなかった。


 代わりに、


『測定条件が統一されていない非公式資料』


 として扱おうとしている。


「私は三日間の緊急停止と、正式な測量を求めました」


 アルノルトは続けた。


「それを行っていれば、より精密な記録が残ったはずです」


「停止を認めるか否かは当主の経営判断です」


「だからこそ、管理責任を検討すべきです」


 鉱山管理官が口を挟む。


「事前の管理責任については、事故原因とは別項目で扱います」


「別項目?」


「今は、直接の崩落原因を調べています」


「過剰採掘と地下水を切り離して、直接原因だけを調べるのですか」


「順序の問題です」


 アルノルトは調査官たちを見た。


 別項目として後回しにし、最後には小さく扱うつもりなのだろう。


「資料の原本は返却してください」


 アルノルトが言う。


「調査資料として預かる」


「写しを提出します。原本は私が保管します」


「正式調査へ協力しないつもりか」


「改竄を疑っているのではありません」


 アルノルトは穏やかに答えた。


「今後、王国の正式調査が行われた時、同じ資料を提出できるよう保管するだけです」


 原本には、オットーと複数の班長の署名がある。


 安全確認会の記録も同様だった。


 アルノルトは調査官へ写しだけを渡し、原本を手元へ戻した。


 その日のうちに、原本はヘレーネへ預けられることになる。


 伯爵家の中で、ゲルハルトの許可なく保管箱を開けられる者は少ない。


 当主夫人であるヘレーネの私室なら、すぐには手を出せない。


          ◇


 鉱夫たちへの聴取は、事故から二日目の夜まで続いた。


 調査の名目は事故原因の確認。


 その一方で、鉱山事務所の役人たちは、雇用継続について説明するという名目で各家庭を訪れていた。


「鉱山が完全閉鎖されれば、再雇用は保証できない」


「後継者候補に対する根拠のない証言は、伯爵家への敵対行為と判断される可能性がある」


 嘘をつけとは言わない。


 ただし、何を話せば家族の生活を失うのかは分かるように伝える。


 それはブルクハルトの指示だった。


 最深部にいた作業員の一人は、起爆導線が赤く光ったことを認めた。


「誰が起動部へ触れた?」


「それは……見えませんでした」


「ディートリヒ様のすぐ近くにいたのでは?」


「水と砂で、よく見えなくて……」


 男は何度も鉱山事務所の役人へ視線を向けた。


 別の作業員は、最初から何も見ていないと答えた。


 護衛の一人は、


「ディートリヒ様は導線を持っていただけで、魔力は流していない」


と証言した。


 事故当日、起爆後の導線を回収していた男だった。


「導線はどこにある?」


「退避中に失くしました」


「旧運搬路を出た時には持っていたという証言がある」


「混乱していたため、記憶が曖昧です」


 導線は発見されなかった。


 調査前に処分されたのか。


 本当にどこかへ落ちたのか。


 確認する方法はない。


 ただし、起爆導線の搬入記録までは消せなかった。


 未使用の試作品を一本持ち込んだ記録と、地上へ戻されていない記録は残っている。


 それもアルノルトが写しを取った。


 オットーは、圧力を受けても証言を変えなかった。


「儂は最深部にはおりません」


「ならば、起爆者は分からないな」


「分かりません。しかし、爆破音は聞きました」


「岩盤の破砕音では?」


「何十年も鉱山へ入っております。爆破石と岩が割れる音を間違えはしません」


「事前の警告については、管理責任の項目で改めて聴取する」


「いつです?」


「必要があれば呼ぶ」


「必要は、もうあるでしょう」


 調査官は答えなかった。


 オットーは安全確認会の記録へ署名している。


 自分が書いた漏水量の控えも持っていた。


 調査官へ提出したのは写しだけだった。


          ◇


 レオンハルトの聴取が行われたのは、事故から四日目だった。


 体調を理由に後回しにされていたが、その間にブルクハルトの報告、ディートリヒの証言、護衛と作業員の言葉は既に整理されていた。


 大会議室へ入るまでの廊下には、伯爵家の兵士が立っている。


 レオンハルトの部屋にも使用人が常に一人置かれ、面会者と持ち込まれる書類を記録していた。


 表向きは療養中の警護。


 実際には監視だった。


 アルノルトに支えられて会議室へ入ると、全員の視線が集まった。


 ゲルハルト。


 ディートリヒ。


 ブルクハルト。


 騎士団副団長。


 伯爵家付き錬金術師。


 鉱山管理官。


「体調が戻っていないなら、簡潔に答えなさい」


 ゲルハルトが言う。


「話すべきことはすべて話します」


 レオンハルトは証言席へ座った。


「事故前から地下水が増え、支柱が沈んでいました。僕とアルノルト先生は、三日間の緊急停止を求めました」


「その申し出があったことは記録している」


「父上は全面停止を認めませんでした」


 ゲルハルトの目が細くなる。


「私の判断を責める場ではない」


「事故へ至った経緯を説明しています」


「続けなさい」


「事故当日、主力坑道では即時退避基準が成立していました。それでもブルクハルト鉱山長は作業を続けさせました」


「伯爵様の命令は、主力坑道の監視強化でした」


 ブルクハルトが答える。


「異常が起きれば退避させるようにも命じられていたはずです」


「その程度を判断するのは鉱山長です」


「人の頭ほどの落石が起きても、直属監督は退避を止めました」


「監督の判断まで私へ負わせるおつもりですか」


「その監督へ作業継続を命じたのは、あなたです」


 ブルクハルトは答えなかった。


「最深部へディートを入れたのも、爆破石を持たせたのもあなたです」


「測量のためです。使用は許可していません」


「そして、ディートは使った」


 レオンハルトは弟を見る。


「僕とクラウスさんは、導線へ魔力を流すところを見ました」


「違う!」


 ディートリヒが声を上げた。


「兄上が岩盤へ魔力を流したから、勝手に起動したんです!」


「事故直後には、排水路を作ろうとしたと言っていた」


 ディートリヒの顔が強張る。


「混乱していたんです」


「今は起動自体を否定するのか」


「僕は持っていただけです!」


「導線へ魔力を流した」


「流していません!」


 レオンハルトは弟から視線を外した。


 何度繰り返しても、同じ言葉が返ってくるだけだった。


 伯爵家付き錬金術師が尋ねる。


「レオンハルト様は、最深部で岩盤へ触れていましたね」


「内部構造を確認していました」


「その際、《結晶創造》は使用していた?」


「分析には使いました」


「魔力を岩盤へ流したのですね」


「分析と再構成は違います」


「違いを第三者が測定できるのですか」


「僕が作った結晶の残留構造を調べれば分かります」


「坑道へ入れない以上、確認できない」


「安全になってから調査してください」


「王都への第一報を、いつになるか分からない現場調査まで止めることはできません」


 レオンハルトは調査官を見る。


「では、確認できないものを原因だと決めるのですか」


「原因と断定してはいない。可能性を検討している」


 測定できない。


 だから影響がなかったとも証明できない。


 曖昧な可能性だけが、レオンハルトを責めるために使われていた。


「安全確認会の記録があります」


 レオンハルトは続けた。


「事故前から危険を共有し、避難経路を確認しました。僕が坑道で危険な実験をするつもりなら、なぜ鉱夫を逃がす準備をするのですか」


「危険を予測していた証拠にはなる」


 騎士団副団長が答える。


「予測していたから、止めようとしました」


「自らの結晶補強が失敗する可能性を知っていたとも解釈できる」


「事故前に坑道へ結晶柱は作っていません」


「当日、当主の許可なく作ったことは認めるのだな」


「鉱夫を逃がすためです」


「生成したか否かを聞いている」


「……作りました」


 伯爵家付き錬金術師が書類へ記入する。


「大規模な結晶柱と結晶壁を作り、地下へ多量の魔力を流した」


「鉱物を再構成しました」


「それが地中の魔力脈へ影響した可能性を否定できるか」


「僕が触れた範囲は周囲の岩盤です。深い地脈へは届いていません」


「十二歳のあなたが、地脈のすべてを把握できるのですか」


 レオンハルトは言葉を詰まらせた。


 現時点の《結晶創造》では、地脈全体を正確に把握できない。


 それを認めれば、影響がなかったと証明できないと扱われる。


「地脈へ影響した証拠もありません」


「爆破石が起動された物証もない」


「クラウスさんの証言があります」


「ほかの証言と一致していない」


「起爆導線の搬入記録もあります」


「未使用品を持ち込んだ記録にすぎない」


「導線は地上へ戻っていない」


「崩落で失われた可能性がある」


 何を示しても、確定できないと言われる。


 一方、レオンハルトが結晶柱を作ったことだけは、多くの鉱夫が見ていた。


 救助のための行為が、最も確かな物証として扱われている。


「レオンハルト」


 ゲルハルトが息子の名を呼んだ。


「お前は当主の停止命令を待たず、鉱夫へ退避を促した」


「危険が迫っていました」


「自ら坑道へ入り、許可なく結晶柱を生成した」


「人を救うためです」


「行為そのものは認めるのだな」


「はい」


「ならば、命令系統を乱したという指摘は免れぬ」


「僕が命令を待っていたら、多くの鉱夫が死んでいました」


「お前が多くの者を救ったことは認めている」


 ゲルハルトの声は低かった。


「だが、それと事故原因の認定は別だ」


「救助のために使った力を、事故原因として扱うのですか」


「可能性を排除できないと言っている」


「ディートの爆破は、可能性から排除するのに?」


「物証がない」


「目撃者がいます」


「証言が一致していない」


「クラウスさんは見ています」


「一人の証言だけで、王都へ提出する結論は作れぬ」


「僕も見ました」


「お前は原因を争う当事者だ」


 レオンハルトは父を見つめた。


 だが、ゲルハルトはそれ以上、本心を語らなかった。


「聴取はここまでとする」


「父上」


「暫定報告は、提出された記録と証言を基に判断する」


 公平な言葉だった。


 少なくとも、表面上は。


          ◇


 聴取が終わった後、ゲルハルトはレオンハルトだけを執務室へ呼んだ。


 大会議室とは違い、そこには父と息子しかいない。


 扉の外には家令が立っているが、室内の声までは聞こえない。


「座りなさい」


 ゲルハルトが言う。


 レオンハルトは向かいの椅子へ腰を下ろした。


「父上は、本当に僕の結晶が原因だと思っているのですか」


 ゲルハルトはすぐには答えなかった。


「原因は一つではない」


「では、ディートの爆破も原因だと?」


「証明できぬことを認定はできない」


「父上は知っているはずです」


「何をだ」


「僕が事故前から止めようとしていたことを。ディートが爆破石を持ち込んだことを。そして、事故直後に排水路を作ろうとしたと話していたことを」


 ゲルハルトは机上の書類へ目を落とした。


「証拠が不十分な段階で爆破石を原因と断定すれば、王都との契約へ回復不能な損害を与える」


「危険な技術なら、調べるべきです」


「主力鉱山を失った上に、軍との契約まで失えば、この領地は立ち行かぬ」


「だから、僕の結晶を原因にするのですか」


「お前の行動にも問題はあった」


「命令を待って、人が死ぬのを見ていればよかったのですか」


「そうは言っていない!」


 ゲルハルトの声が初めて荒くなる。


 レオンハルトは目を逸らさなかった。


「では、僕はどうすればよかったのですか」


 答えは返らない。


 何もしなければ鉱夫が死ぬ。


 助ければ命令違反。


 結晶を使えば事故原因。


 どの道を選んでも、レオンハルトだけが責められる。


「爆破石の使用を認定すれば、ディートリヒだけの問題では済まぬ」


 長い沈黙の後、ゲルハルトが低く言った。


「王都へ献上した技術の安全性が疑われる。軍務省も、シュヴァルツベルク侯爵家も調査へ入る。ベルクシュタイン家は、鉱山だけでなく信用まで失う」


「だから家を守るために、僕を切るのですね」


「まだ処分は決めていない」


「明日の会議で決めたことにするだけでしょう」


 ゲルハルトの目が鋭くなる。


「言葉を慎め」


「父上は真実を探していません」


「レオンハルト」


「家が失うものを、誰へ背負わせるか決めているだけです」


 ゲルハルトは拳を握った。


 だが、否定はしなかった。


 レオンハルトはその沈黙の中に、答えを見つけてしまった。


          ◇


 同じ日の夕方。


 クラウスはベルクシュタイン伯爵家騎士団本部へ呼び出された。


 騎士団長の執務室には、副団長と書記官が待っている。


 机の上には、一枚の修正証言書が置かれていた。


『最深部では混乱が激しく、起爆者を明確には確認できなかった』


『爆破石の発光と、レオンハルト様の結晶生成はほぼ同時であった』


『崩落原因は判断できない』


「署名しろ」


 騎士団長が命じた。


 クラウスは最後まで読み、紙を机へ戻した。


「私の証言ではありません」


「正式記録では、この内容を採用する」


「私はディートリヒ様が起動部へ魔力を流すところを見ました」


「混乱下の見間違いだ」


「違います」


「伯爵家の後継問題へ下級騎士が口を出すな」


「後継問題ではありません。事故調査です」


 騎士団長の目が冷たくなる。


「クラウス・アードラー。署名は命令だ」


「虚偽へ署名する命令には従えません」


「騎士は上官へ従うものだ」


「領民を守り、見た事実を証言することも騎士の務めです」


「お前一人の正義で、騎士団と伯爵家を危険へさらすつもりか」


「家を守るために事実を変えるなら、それは正義ではありません」


 騎士団長は長くクラウスを睨んだ。


「ならば、本日をもってベルクシュタイン伯爵家騎士団から除名する」


 家臣としての所属と給金、宿舎を失う処分だった。


 騎士として学んだ技術や、過去の従軍歴まで消えるわけではない。


 だが、伯爵領内で新たな仕官先を見つけることは難しくなる。


「三日以内に宿舎を退去し、支給された武具と制服を返却せよ」


「承知しました」


「後悔するぞ」


「虚偽へ署名するよりは」


 クラウスは腰の剣を外した。


 支給品の剣と騎士団章を机へ置く。


 その場を出た後、自室へ戻ると、隠していた自筆陳述書の写しを荷物へ入れた。


 原本は調査側へ提出した。


 もう一部はアルノルトが保管している。


 すべてを消すことはできない。


          ◇


 レオンハルトの聴取が終わったその夜、暫定報告書は完成した。


 自分の証言を検討する時間など、ほとんどなかった。


 文面の大半は、聴取前から用意されていたのだろう。


『主力鉱山崩落は、長雨による地下水増加に加え、レオンハルト・フォン・ベルクシュタインが当主の許可なく生成した大規模結晶構造により、岩盤および地下魔力の均衡が変化したことが主因の一つと推定される』


『ディートリヒ・フォン・ベルクシュタインが持ち込んだ爆破石については、使用を裏づける物証がなく、証言も一致していないため、事故原因とは認定できない』


『鉱山長ブルクハルト・ケルナーの管理には一部不備が認められるが、当主命令の範囲内での判断であった』


『レオンハルトは独断で鉱夫へ退避を促し、坑道内部へ大規模な結晶柱および結晶壁を生成した』


 救助したことが、命令違反として記された。


 危険を警告した記録は、測定条件不統一の参考資料。


 安全確認会は、レオンハルトが独自に現場へ影響を与えていた証拠。


 クラウスの証言は、混乱下における単独証言。


 鉱夫たちの言葉は、利害関係者による不一致な証言。


 ディートリヒの爆破だけが、物証不十分として消された。


 レオンハルトは自室で、その写しを読んだ。


 部屋の隅には、監視役として置かれた使用人が立っている。


 アルノルトとの面会時間も短く制限されていた。


「これは……調査ではありません」


 レオンハルトが呟く。


「結論へ合う証言だけを選んだのでしょう」


 アルノルトは声を落として答えた。


「安全確認会の記録は?」


「写しは参考資料として提出しました。原本は無事です」


「どこに?」


「ヘレーネ様へお預けしました」


 レオンハルトは僅かに目を見開く。


「母上に?」


「漏水記録、班長たちの署名、安全確認会記録、あなたが提出した坑道図の写しもまとめてあります」


「クラウスさんの証言は?」


「自筆陳述書の写しを私が預かっています」


「原本は調査側に?」


「はい。ただし、消されたとしても写しが残ります」


 アルノルトは外套の内側へ手を置いた。


「今は使えなくとも、事実まで消えたわけではありません」


「クラウスさんは、どうなりましたか」


 アルノルトは一度、監視役の使用人を見る。


 使用人は無表情のまま立っている。


「証言の修正を拒み、伯爵家騎士団から除名されました」


 レオンハルトは目を閉じた。


「僕について証言したからです」


「違います」


「でも――」


「クラウス殿は、あなたを庇ったのではありません。見た事実を曲げなかったのです」


「そのために地位を失いました」


「そのことを、忘れないでください」


 アルノルトの声は静かだった。


「真実を話す者が守られない組織では、誰も真実を話せなくなる。いつかあなたが人の上に立つ時、同じことを繰り返してはなりません」


 レオンハルトは暫定報告書を見つめた。


 父は家を守ろうとしている。


 ブルクハルトは自分の地位を守ろうとしている。


 ディートリヒは後継者の座を守ろうとしている。


 そのために、鉱夫の言葉も、クラウスの地位も、レオンハルトの未来も切り捨てようとしていた。


 扉が叩かれた。


「レオンハルト様」


 家令の声がする。


「旦那様からのご命令です」


「何ですか」


「明朝、親族と重臣を集めた会議を開きます。そこで事故に関する正式な処分を発表されます」


 アルノルトの表情が険しくなった。


 明日の会議は、真実を調べるためのものではない。


 既に作られた結論へ、処罰という形を与えるためのものだ。


「分かりました」


 家令が去る。


 窓の外では、四日間続いた雨がようやく弱まり始めていた。


 だが、崩れた山を覆う雲はまだ消えていない。


「先生」


「はい」


「父上は、僕を廃嫡するつもりでしょうか」


 アルノルトは答えなかった。


 その沈黙だけで十分だった。


 レオンハルトは暫定報告書を机へ置く。


 山が崩れた時よりも、ずっと小さな音だった。


 それでも、その一枚の紙は。


 レオンハルトとベルクシュタイン家をつないでいた最後の足場を、静かに、確実に崩していた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ