第13話 崩れた山
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
3日目(7/22)3話目です。
赤い光が、起爆導線を走った。
「ディート!」
レオンハルトが叫ぶ。
ディートリヒの手から、魔力を流し終えた導線が落ちた。
だが、既に遅い。
導線を伝った魔力は黒い外殻の内部へ入り、高純度核と起爆術式を結びつけていた。
一度起動した新型爆破石は止められない。
一。
二。
レオンハルトは岩壁へ手をついた。
《結晶創造》を通して、爆破石の周囲を探る。
核へ集まる魔力。
地下水を含んだ脆い層。
その奥にある、採掘によって支えを失った大きな空洞。
爆発の力が地上へ抜ける道はなかった。
「全員、伏せろ!」
クラウスが盾を構え、近くの作業員を岩陰へ押し込んだ。
三。
核を壊せば、即座に暴発する。
魔力を抜く時間もない。
レオンハルトは爆破石を止めることを諦めた。
今できるのは、人と爆発の間へ壁を作ることだけだ。
「入口側へ下がってください!」
床と壁に含まれる石英質へ意識を伸ばす。
細かな結晶粒をつなぎ、一枚の板へ組み替える。
四。
「《結晶創造》!」
爆破石と作業員たちの間へ、半透明の結晶壁がせり上がった。
レオンハルトは作業員側へ回り込み、壁の裏へ両手を当てる。
急いで作った結晶は、内部の配列がまだ固定されていない。
魔力を流し続け、砕けた部分をその場で再結晶化させなければ、強い衝撃には耐えられない。
五。
護衛たちがディートリヒの腕を掴む。
「ディートリヒ様、こちらへ!」
「離してください! 水が抜ければ危険はなくなります!」
「この先に外はない!」
レオンハルトが叫ぶ。
「空洞を支えている岩を壊すだけだ!」
六。
七。
外殻の術式が赤く輝いた。
「クラウスさん、弟を壁の後ろへ!」
「あなたも頭を下げてください!」
八。
九。
十。
爆発した。
轟音が坑道を揺らした。
黒い外殻が砕け、高純度核へ蓄えられた魔力が一気に解放される。
爆風と岩片が結晶壁へ激突した。
耳を刺すような甲高い音とともに、壁全体へ白い亀裂が走る。
「ぐっ……!」
レオンハルトの両腕へ衝撃が伝わった。
結晶壁の表面が砕ける。
レオンハルトは魔力を送り、欠けた場所を周囲の石英で埋め直す。
一度。
二度。
三度。
壁は大きくしなりながらも、爆風と岩片を受け止めた。
クラウスは盾を重ねるように構え、ディートリヒと作業員たちの頭上を守っている。
やがて最初の衝撃が収まった。
だが、坑道は静かにならなかった。
山の奥から、低く長い音が響く。
ごごご、と。
巨大な岩盤が、地中で動き始めていた。
「何……?」
ディートリヒが青ざめた顔で周囲を見回す。
爆破によって開いた穴から、濁った水が噴き出した。
最初は足元を流れる程度だった。
だが、たちまち水量が増え、砕けた岩や砂を巻き込みながら膝の高さまで押し寄せる。
壁際では、水が跳ね上がって腰の位置まで達していた。
「排水路じゃない……」
レオンハルトは爆破地点の隣へ手をついた。
爆発の衝撃で、空洞を支えていた岩盤が割れている。
水を含んだ粘土質の層が滑り、上部の重さが主力坑道側へ移っていた。
亀裂が一本ずつではなく、網のようにつながっていく。
「主力坑道が崩れます!」
レオンハルトは振り返った。
「全員、入口へ走ってください!」
「兄上……」
ディートリヒは動けなかった。
自分の作った穴から流れ込む水を、呆然と見つめている。
「僕は、水を外へ……」
「説明は後です!」
クラウスがその腕を掴む。
護衛たちもディートリヒを支え、入口側へ引いた。
作業員九人は互いに顔を見合わせた。
彼らは、ディートリヒが自ら導線へ魔力を流すところを見ている。
だが、後継者候補を責める者はいなかった。
一人は青ざめて目を伏せ、別の一人は家族の名を呟きながら走り出した。
最後尾の作業員へ、天井から大きな岩が落ちる。
「危ない!」
レオンハルトは床へ手をついた。
石英と魔石片を集め、一本の細い結晶柱へ再構成する。
柱が斜めに伸び、落下する岩を受け止めた。
鈍い衝撃。
柱の表面へ亀裂が走る。
「今のうちに!」
作業員が岩の下を抜ける。
クラウスが先導し、濁流の中へ足を取られた者を引き上げた。
護衛二人がディートリヒを支え、残る一人が後方を確認する。
レオンハルトは壁へ触れながら、安全な足場を探した。
「右側へ寄ってください! 左の床は沈み始めています!」
一行は崩れかけた採掘跡を抜け、主力坑道へ向かった。
◇
主力坑道の中段へ戻る頃には、崩落は一か所だけではなくなっていた。
壁が剥がれ、天井から砂が降り続けている。
床には濁った水が流れ込み、倒れた支柱や荷車を避けながら鉱夫たちが退避していた。
「最深部の者が戻ったぞ!」
アルノルトの声が聞こえる。
中段では、班長たちが人数を数え、負傷者を支えながら旧運搬路へ誘導していた。
旧運搬路の出口は、主坑口から山肌を隔てた西側斜面へ通じている。
主坑口が塞がれても使えるよう、以前レオンハルトが避難路として選んだ道だった。
「先生!」
レオンハルトが駆け寄る。
「ディートが爆破石を起動しました!」
「間に合わなかったか……」
アルノルトはディートリヒへ目を向ける。
「ご自分で起動したのですか」
ディートリヒは答えなかった。
周囲の視線が、自分へ集まっていることに気づいたのだろう。
クラウスが代わりに答える。
「私が目撃しました。ディートリヒ様ご自身が、起爆導線へ魔力を流しました」
「クラウス!」
ディートリヒの顔が歪む。
「事実を述べています」
クラウスは視線を逸らさなかった。
「今は救助を優先します。ですが、見たことを変えるつもりはありません」
護衛三人は何も言わなかった。
一人はディートリヒを見た後、すぐに顔を伏せる。
作業員たちも互いに目を合わせたが、口を開く者はいない。
彼らの家族も仕事も、ベルクシュタイン家の鉱山に握られている。
その沈黙を見て、レオンハルトの胸へ冷たいものが沈んだ。
岩盤の奥で、さらに大きな破砕音が響いた。
旧運搬路の入口側へ岩が崩れ落ちる。
「通路が狭くなっています!」
先頭の班長が叫んだ。
「一人ずつでは、全員が通る前に塞がります!」
中段には、まだ数十人の鉱夫が残っている。
レオンハルトは壁へ手をついた。
内部構造が頭の中へ流れ込んでくる。
崩れ始めた天井。
沈下する木製支柱。
水を含んだ脆い層。
旧運搬路の上へ乗る巨大な岩盤。
レオンハルトは、以前作った危険区画図を思い出した。
支柱を追加するなら、どこへ置くべきか。
荷重を逃がすなら、どの岩盤へ受け渡すか。
父へ提出した図面の余白には、補強候補の位置まで記していた。
実際に工事されることはなかったが、その配置は頭に残っている。
「既存の支柱の間へ、補強を入れます」
レオンハルトは叫んだ。
「皆さん、壁際へ寄ってください! 中央を空けて!」
「何をするおつもりですか」
アルノルトが尋ねる。
「調査の時に考えていた補強位置を使います。天井の重さを、比較的硬い岩盤へ逃がします」
「一か所では足りませんぞ」
「三か所を同時に支えます」
レオンハルトは両膝を床へついた。
周囲の鉱物を探る。
石英。
魔石の欠片。
鉄分を含んだ硬い鉱物。
性質の異なる鉱物を無理に混ぜれば脆くなる。
中心には硬い石英質。
外側には僅かに弾性を持つ鉱物。
根元には重さを広く受ける層を作る。
前世で見た支保工と、これまで調べた坑道構造を重ねる。
「《結晶創造》!」
床が淡く光った。
一本目の結晶柱が伸び上がる。
太い柱は天井へ届く直前で三方向へ枝分かれし、広い面で岩盤を受け止めた。
二本目。
三本目。
既存の木製支柱の間へ、半透明の柱が立ち上がっていく。
轟音とともに落ちてきた岩が、結晶の枝へ受け止められた。
「今です! 退避を続けてください!」
班長たちが鉱夫を動かす。
「第一班、先へ!」
「負傷者を中央に!」
「出た者は西側斜面で人数を数えろ!」
クラウスも盾を構え、落石から鉱夫たちを守りながら旧運搬路へ誘導した。
「ディートリヒ様も先へ」
「僕は……」
ディートリヒは立ち尽くしていた。
「今は生きて外へ出ることだけを考えてください」
クラウスは護衛たちへ弟を引き渡した。
護衛三人と最深部の作業員九人は、第四班の後ろへ合流する。
ディートリヒは何度もレオンハルトを振り返りながら、旧運搬路へ入っていった。
レオンハルトは結晶柱へ魔力を流し続ける。
通常なら、時間をかけて結晶配列を固定すれば、魔力を止めても形を保てる。
だが、今の柱は数息で作った急造品だ。
内部の配列が安定する前に魔力を止めれば、荷重に耐えられず崩れてしまう。
一本へ亀裂が入った。
レオンハルトは周囲の石英を引き寄せ、割れた場所を再結晶化する。
別の柱が沈む。
根元の配列を組み替え、荷重を横へ逃がす。
生成そのものより、崩れ続ける岩盤に合わせて構造を直し続けることの方が、はるかに魔力を消耗した。
「レオンハルト様!」
アルノルトが肩を支える。
「使いすぎです」
「まだ、この区画の全員が通っていません」
「このままでは倒れます」
「僕が止めたら、急造した柱が持ちません」
「残りは何人ですか!」
アルノルトが叫ぶ。
「この区画は二十三人!」
班長が答えた。
主力坑道の奥で、再び大きな破砕音が響く。
爆破地点から始まった崩落が、こちらへ迫っている。
横の壁から土砂が噴き出し始めた。
「側面も支えます」
「柱だけでも限界です!」
「横から塞がれたら、旧運搬路へ入れません!」
レオンハルトは片手を側壁へ向けた。
床と壁の鉱物をつなぎ、薄い結晶板を何層も重ねる。
結晶壁が旧運搬路の入口側へ伸び、押し寄せる土砂を受け止めた。
完全に止める必要はない。
崩れる速度を遅らせればいい。
鉱夫たちが通り抜ける時間だけ。
「残り十五人!」
視界の端が暗くなり始めた。
指先の感覚が薄い。
額から流れる汗が、地下水と混じって頬を伝う。
それでもレオンハルトは手を離さなかった。
魔石灯を受け取り、嬉しそうに笑った鉱夫たち。
避難経路確認会で、自分の説明を聞いてくれた班長たち。
父に何度拒まれても、記録を取り続けたオットー。
ここで止めれば、すべてが岩の下へ消える。
「残り八人!」
クラウスが、足を負傷した鉱夫を肩へ担ぐ。
アルノルトは最後尾で人数札と顔を照合していた。
「残り三人!」
結晶柱の一本が大きく砕けた。
天井が沈む。
「レオンハルト様!」
「まだです!」
レオンハルトは残った魔力を一気に流した。
砕けた柱の周囲から、新しい結晶が枝のように広がる。
細い結晶同士が絡み合い、沈む天井を僅かに押し返した。
最後の鉱夫が旧運搬路へ入る。
「この区画の全員が通りました!」
その声を聞いた瞬間、レオンハルトの腕から力が抜けた。
「退避を!」
クラウスが駆け戻ってくる。
「先生は?」
「最後尾の確認を終え、先へ向かいました!」
クラウスがレオンハルトの腕を肩へ回す。
二人は旧運搬路へ走った。
背後では、急造した結晶柱が一本ずつ砕けていく。
岩盤が落ちる轟音。
濁流が主力坑道を満たす音。
結晶壁が土砂へ押し潰される音。
そのすべてが、二人を追いかけてきた。
◇
旧運搬路の出口は、主坑口から離れた西側斜面へ開いていた。
レオンハルトとクラウスが外へ出ると、オットーとアルノルトが待っていた。
「若様!」
「人数は……」
「確認中です!」
地上へ出た鉱夫たちは泥にまみれ、家族と抱き合っている。
騎士たちは家族や見物人を山肌から離し、平地へ誘導していた。
「斜面から離れろ!」
「ポンプ係も下がれ!」
「負傷者を倉庫へ!」
ブルクハルトも地上で声を張り上げていた。
救助用の縄や担架を集め、監督たちへ人数札を持ってくるよう命じている。
鉱山長として最低限の指揮は執っていた。
だが、主坑道の奥で何が起きたかを聞いた瞬間、その顔色が変わった。
「新型爆破石を使ったのか」
ブルクハルトはディートリヒへ駆け寄る。
「私は測量だけと申し上げたはずです」
「少し穴を開けるだけのつもりだった」
ディートリヒが答える。
「ですが、兄上が結晶を作って――」
「今はその話をする場所ではありません」
ブルクハルトは周囲を見回した。
クラウス。
護衛。
作業員。
多くの目撃者がいる。
ブルクハルトは何かを考えるように唇を結び、ディートリヒを事務所側へ連れていった。
その時。
山全体が大きく震えた。
「全員、伏せろ!」
クラウスが叫ぶ。
主坑口の周辺が内側へ崩れ、黒い土煙と濁った水が噴き出した。
選別場の建物が傾く。
鉱石を積んだ荷車が次々と倒れた。
山肌の一部が崩れ、雨水と土砂が斜面を流れ落ちてくる。
騎士と鉱夫たちが家族を抱え、さらに平地へ逃げた。
オットーも大声を張り上げる。
「斜面へ近づくな! 子供を先へ!」
クラウスは盾を掲げ、レオンハルトを庇いながら後退した。
主力坑道は完全に塞がれた。
長年採掘を続けてきた主力鉱脈。
運搬設備。
排水設備。
坑道内の道具。
その多くが、崩れた山の中へ消えていった。
レオンハルトは雨に煙る崩落跡を見つめた。
止められなかった。
警告した。
図面を出した。
漏水量を記録した。
避難基準も作った。
多くの鉱夫を逃がすことはできた。
それでも、山が崩れること自体は止められなかった。
「若様」
オットーが近づいてきた。
「入坑札を数えました」
その声は重い。
「朝の入坑者は百二十六名。今、地上で確認できているのは百十九名です」
「七人……」
「三人は、道具を取りに戻った班です。二人は別の支道の見張り役。残る二人は、どの班にいたか確認しております」
「別の出口へ出た可能性は?」
「ございます。ですが、まだ札が戻っておりません」
大半は助かった。
だが、全員ではない。
レオンハルトは唇を噛んだ。
「若様が道と基準を作ってくださらなければ、もっと多くが残っておりました」
オットーの言葉を聞いても、胸の重さは消えなかった。
少し離れた場所では、ディートリヒが護衛と作業員たちに囲まれていた。
弟は崩落跡を見つめ、しばらく何も言わなかった。
肩が震えている。
顔には、恐怖と混乱が浮かんでいた。
やがて、周囲の視線に気づいたのだろう。
ディートリヒは自分の手を見る。
起爆導線は既に護衛が回収していた。
「僕は……」
掠れた声が漏れる。
「排水路を作ろうとしただけです」
誰も答えなかった。
クラウスは厳しい表情で弟を見ている。
護衛の一人は、握っていた導線を隠すように外套の内側へ入れた。
作業員たちは視線を逸らす。
その沈黙が、ディートリヒをさらに追い詰めた。
「水を抜けば、危険はなくなるはずだった」
ディートリヒは言い訳を重ねる。
「それなのに、兄上が急に岩盤へ結晶を広げたから……山の魔力が乱れたのかもしれません」
レオンハルトは弟を見つめた。
事故直後の混乱。
周囲の視線。
自分が何をしたか認めることへの恐怖。
そのすべてから逃れるように、ディートリヒは兄の結晶へ原因を求め始めている。
「僕の結晶は、鉱夫を逃がすために作った」
「でも、兄上が岩盤へ力を流したのは事実です」
「爆破石を起動したのも事実だ」
ディートリヒの顔が歪む。
「兄上は、僕を陥れるつもりですか」
「違う」
レオンハルトは静かに答えた。
「僕は、見たことと行ったことを、そのまま話す」
クラウスが一歩前へ出る。
「私も同じです」
ディートリヒは何も答えなかった。
ブルクハルトが弟の肩へ手を置く。
「今は事務所へ。旦那様への報告内容を整理しなければなりません」
二人は鉱山事務所へ向かった。
護衛三人も後へ続く。
作業員九人はその場に残された。
一人がクラウスを見たが、何も言わず顔を伏せた。
別の者は、家族のもとへ駆けていく。
彼らが次の調査で同じ証言をする保証はなかった。
「レオンハルト様」
アルノルトが声をかける。
「今は休んでください」
「まだ七人が確認できていません」
「救助隊が西側の小出口と換気路を確認します」
「僕なら、内部の空洞を調べられます」
立ち上がろうとした瞬間、膝から力が抜けた。
視界が大きく揺れる。
クラウスが腕を掴んだ。
「もう限界です」
「でも、七人が……」
「あなたが倒れては、救助の判断もできません」
レオンハルトは崩落跡へ手を伸ばそうとした。
だが、指先に力が入らない。
魔力はほとんど残っていなかった。
「安全確認会の記録を……」
レオンハルトはアルノルトを見る。
「工房の保管箱にあります。父上へ出した坑道図も……」
「分かっています」
アルノルトが頷く。
「私が守ります。見たことと、記録にあることを分けて残します」
「起爆導線も……」
クラウスが事務所へ向かった護衛たちを見る。
「私が回収を求めます」
レオンハルトは僅かに頷いた。
最後に見えたのは、雨に煙る崩落跡と、その前に立つ泥だらけの鉱夫たちだった。
「全員を……見つけて……」
それだけを言い残し、レオンハルトの意識は暗闇へ沈んだ。
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