第七章・第二節 老兵、特別調査局に呼ばれる
ロンドン遠征を終え、夜の高速を走るタクシーの中。
老兵は静かに帰国の空気を味わうが、その旅路はまだ終わらない。
政府が動き、国家が老兵を呼ぶ。
戦場は銃声なき地下へと移り、老兵の新たな「任務」が始まる。
――深夜の高速道路。
羽田を出てしばらく、黒塗りのタクシーは静かに都心へ向かっていた。
外の景色はまだ眠りから覚めておらず、街灯が川面をゆっくり流れるように照らしている。
後部座席で、美羽と翔は旅の疲れから、寄りかかるようにして眠っていた。
TACTだけはノートPCを膝に、無言で画面を見つめている。
「ロンドンの霧に比べると、日本は静かじゃのう」
重蔵は窓の外に視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。
「……でも、静かすぎる空気って、逆に怖いですよね」
TACTは微かに声を落とす。
「うむ。風は、嵐の前ほど静かになるものじゃ」
タクシーが首都高の分岐を抜けたその時だった。
運転席の助手席側に据え付けられた無線端末が、短く電子音を鳴らす。
運転手はサングラス越しにルームミラーへ目線を送った。
「浦見重蔵様で、お間違いございませんね」
「……ほう。名を呼ばれたか」
「防衛省・特別調査局より、直通の転送指示が入っております。
このまま霞が関、地下庁舎口へ向かいます」
TACTの肩がわずかに緊張する。
「やっぱり……“あの封筒”の続き、ですか」
そう。ロンドン滞在最終日に届いた、短いが重い命令書。
【帰国後、即時出頭せよ】
美羽が眠そうな声で目を擦る。
「じいじ……また、行っちゃうの?」
重蔵は、そっとその頭を撫でた。
「行くとも。しかし――戦うためではない」
言葉は、静かで、迷いがなかった。
「人が争いを始めないようにするための戦いなら、老兵は何度でも立つ。
戦場が、机の上であろうとな」
翔は唇を噛んだが、やがて頷いた。
「……じゃあ、俺たちも行く。じいじ一人なんて、もう無理」
「当然じゃ。ワシはもう単騎突撃などできん。
仲間がおらねば、老兵は倒れるだけじゃ」
美羽は眠気をごしごし拭いながら、
「じゃあ、行こ……。うちのじいじが、また誰かを守るなら……それでいい」
重蔵は小さく笑った。
タクシーは霞が関のビル群へと入り、地上を離れてゆく。
地下へ降りるスロープの先には、無機質な鉄扉。
その上に掲げられた文字は――
「防衛省 特別調査局(地下第七施設)」
運転手が声を落とす。
「ここから先は、立ち止まる時間はありません。
中で、すべてが明かされます」
タクシーのドアが、静かに開く。
老兵は立ち上がる。
盆栽を片手に――まるで盾でも持つかのように。
「さて。影の奥へ、茶でも飲みながら話を聞きに行くとしようか」
仲間たちが続く。
――日本の地下深く。
老兵は、次の“戦場”へ足を踏み入れた。
ロンドンで笑い、王の間で撃ち合い、紅茶をすした老兵は、
今度は“日本を守るための戦い”へ向かいます。
次節では、ついに極秘会議室で明かされる計画と、
老兵と仲間たちが背負うことになる新たな役目が語られます。




