水口 その1
さて、思いがけない蟹づくしを食べた後は、旅を再開。
しばらく旅のお供だった鈴鹿川から、今度は野洲川に交代である。
滋賀県甲賀市と三重県菰野町の境にある、御在所岳から流れ出て、琵琶湖に注ぐ、一級河川だ。
山あいの街道を抜けると、やがて水口の宿場町が見えてくる。
近未来に復元された、水口城が、今夜の宿だ。
ミケタマの二人は、チェックインし、水口城の温泉に浸かって、ゆっくりと旅の疲れを癒していた。
「あー、極楽、極楽」
「本当、お城に温泉がある時代で、良かったわよね」
「知ってる?21世紀あたりじゃ、お城はまだホテルじゃなかったんだって」
「知ってる、知ってる。それどころか、東海道をスキーで旅することもできなかったのよ」
「その頃の旅人って、どうしてたのかしら?まさか、徒歩?」
「まさかよ。電車に乗るのが、普通だったんですって」
「電車って、新幹線のこと?」
「そう。東京から京都まで、たったの2時間半」
「え、ウッソー!?」
「東海道線でも、9時間もあれば着いちゃうわ」
「本当に!?その頃の旅人って、何が楽しかったんでしょうね」
「そんなに急いで行ったら、旅とは言えないわね」
その旅も、あと少しで終わる。
水口を出たら、残る宿泊地は東海道53次最後の宿場町、大津のみ。
大津を出れば、京都はもうすぐそこだ。
「あー、いろんな人に出会ったわね」と、ミケコはしみじみと言った。
「そういえば、一茶さん、どうしてるかしらね」とタマコ。
「あの人とこんなに話したのも、初めてよね。ああ見えて御曹司だから、チラチラ見かけることはあったけど、私たち受付嬢がじっくり話をするなんてことは、なかったわね」
「うふふ、ミケったら、一茶さんが気になるのね」と、タマコが相方をからかって言った。
「そ、そんなことないわよ」と、ミケコがやや顔を赤らめたのは、温泉で上気しているせいか。
「あれはちょっと血迷いかけただけ」
「そうかしら?でも、玉の輿よ」
「もう、タマったら」
ミケコは無理矢理話題を逸らした。
「そういえば、タマの方こそ、誰か気になる人がいるんじゃなくって?」
「え、いないわよ、私は」
「そうかしら?道中、何度も知ってる人を見たじゃない」
「ああ、あれ」と、タマコはその影のような人物を思い浮かべた。「うーん、あれはきっと幻だと思うわ」
「幻に見るほど、その人のことが、頭から離れないのよ」
「もう、やだ、ミケったら!」
タマコは相方にバシャバシャお湯をかけた。
ミケコも負けじとお湯を飛ばす。
「あはは、子どもみたい」
「本当ね」
あんまりのぼせる前に、湯から上がる。
しなやかで健康的な肌が、お湯を弾いて、玉と伝ってこぼれ落ちた。
「でも、どうしてるかしらね、本当に?」
「そうね、こういうときこそ、やってきてもいいものだけれど」
さて、その男どもは、はたして今、どうしていることやら。
一茶については、シャチホコの背に乗って外国に行ってしまったまま不明だが、いつもミケタマの尻を追いかけている、あの男は、実はこんなところにいた。




