御油
基本的には、道なりに真っ直ぐの道。
御油に向けて、快調に滑っていく。
すぐ隣に見えるのは、名鉄名古屋本線だ。
ここから名古屋まで、しばらく名鉄線と並走である。
「あ、名鉄の赤い電車よ」
「中から手を振ってくれているわ。こんにちわーっ」
ミケタマの二人も、愛想良く手を振り返してやる。
「あら?あの人……」と、タマコは首を傾げた。
「何、どうしたの?」と聞くミケコである。
「いいえ、知っている人が電車に乗っていたように見えたものだから」
ミケコは目で追おうとしたが、もう電車は通り過ぎて先に行ってしまっていた。
「気のせいなんじゃないの?」
「確かに見たと思ったのだけど」
うーん、と首を捻ったが、考えたってわからない。
タマコはスキーを続けた。
一方、その電車の中では。
どこにいても影の薄い男、日影ウスオが、車内の誰にも気づかれることなく、窓の外を放心状態で眺めていた。
いわゆる撮り鉄と呼ばれる人たちは、いろんな角度から電車を撮影することを楽しんでいるようだが、ミケタマ観察が趣味の彼は、走る電車の車窓から覗き見るという、新しい変態を楽しんでいたのであったが。
(さ、さっきのは、何だったんだ……!)
と、ドキドキする胸を必死に宥めていた。
(確かに今、タマコさんは、僕を見た。そして、手を振ったのだ!)
風魔忍者の末裔である、ウスオの視力は人並み優れている。
走る電車の中からでも、タマコの瞳に映る彼の姿を、はっきりと捉えることが出来た。
(タマコさんの瞳に僕が映って、その瞳の中の僕の瞳にタマコさんが映って、その瞳の中の瞳の中の瞳に僕が映って、その瞳の中の瞳の中の瞳の中の……)
視力が良すぎて無限妄想に陥るウスオ。
これ以上は鬱陶しい。
それより、これは一大事である。
悉平太郎カフェでの出来事が、彼の脳裏をグルグルと回った。
(やはり、タマコさんは僕を知っているのか!?いや、そんなはずはない……)
ウスオは今まで、ほとんど人に知られることなく生きてきた。
学生時代のクラス写真でさえ、そこにバッチリ写っているのにも関わらず、クラスのみんなから、その日ウスオは休みだったと認識されているほどである。
卒業アルバムに至っては、なぜか誰だかわからない別人の顔が写っていた。
そんな彼が、もし人に認識されるとならば、ウスオの人生史上、前代未聞のことであった。
しかし、それより話をミケタマに戻そう。
御油の本陣を抜けた二人は、御油の松並木と呼ばれる地帯へと入っていく。
現代では、街道脇を飾る、距離にして600メートルほどのクロマツの並木であるが、近未来では、次の赤坂宿まで続いていた。
しかも、コース一帯に、まるで大回転のフラッグのように植えられている。
「さあ、スキーの腕の見せ所よ」
「ねえ、どっちが早いか、赤坂まで競走しない?」
「いいわね。私は右よ」
「私は、左を行くわ」
シュザッ、シュザアッ!
風を切って、ピンクのウェアのミケコが、長い髪を靡かせて、右へ左へと滑っていく。
白色ウェアのタマコだって、負けてはいない。
松並木の間を華麗に縫って滑っていく様子は、まるで雪の妖精だ。
「あれが最後のマツ!お先!」
「負けないんだから!」
結局、甲乙つけ難し。
二人とも同じタイミングでフィニッシュした。




