65.再び、『風森屋』へ
紅葉と珠璃が会話をしている間、3人はまだ箸で食べ物を掴みながら食べている。
「それは僕のだ!青蘭!」
「いやいや、違うよ。俺が先に取ったやつだから。俺の勝ち」
「勝ち負けあるか!」
今、海斗と青蘭は言い合っていた。どうやら食べ物を取り合うときの勝ち負けのことだった。
(どうでもいいよ…ただ仲良くすればいいだけなのに…)
紅葉は競争や喧嘩は好きではなかった。はっきりと自分の意見を言うのも苦手なため、黙るしかなかったのだ。
「おい、お前ら喧嘩するなよ。まだまだあるからな」
「喧嘩ではありません!」
珠璃に言われたが、海斗はひとまず言い訳をしていた。
「遠慮なんてしなくていいからな。紅葉ちゃんも藍も好きなだけ食べていいよ」
それに対し、藍は「分かりました」と明るく返した。すると、誰かが襖を開く音がした。
「失礼します。まだ足りないだろうと思いまして、ご馳走の追加を持って参りました」
召使いが使いのご馳走を持ってきたそうだ。紅葉は少食のため、ここで諦めた。珠璃も同じだった。海斗と青蘭は待ちきれない。
(美味しそうだ〜!僕は満腹になるのか…)
海斗は追加のご馳走を眺めていた。今回は鰻重や天ぷら、寿司などだ。海斗は食べるのがもったいないくらい食べることができなかった。けれど、海斗が左を向いたときだった。
「あっ!」
既に青蘭が素早く箸でご馳走を取っているのを見て、思わず口に出してしまった。
「青蘭、僕の分も残して」
「無理。早い者勝ちだから」
「ひどいです。化け狐」
海斗は口の中に入れながらぶっきらぼうに言い返した。だが、青蘭はそのことには無視して黙々と食べていたのだ。
「まあまあ、ちょっと2人とも落ち着いて欲しいし、今日は久しぶりに珠璃さんに会えたから喧嘩しちゃダメだよ」
藍が海斗と青蘭に諭っても全く聞く耳を持っていない。
(2人とも男だからしょうがないと思うけど、珠璃さんは怒っているのかな…)
そのことを思いながら召使いが持ってきてくれたご馳走を食べる。味は悪くない。けれど、楽しくはなかったのだ。
ご馳走を食べ終えると、4人は神楽坂へ帰る。歩きは時間がかかるので、駕籠をかついでいる死者が来るまで待った。
「珠璃さん、今日はありがとうございました」
海斗は『藤楽邸』という屋敷の玄関で挨拶をし、4人はその屋敷を去った。その屋敷に住んでいる藍は今回、仕事は休みを取ったらしい。
その後、駕籠をかついでいる死者たちが来て神楽坂まで送ってもらった。
『黄鈴屋』の前で降りると、まだ死者や妖怪が出歩いている姿は一人か二人くらいしかいなかった。
「本当にほとんどの人がまだ出歩いていないね…」
「そうだね。紅葉ちゃん」
紅葉が言っていたことに対して、藍は一言だけ返した。
「ねえ、今日の夜さ。仕事ない?3人とも、もしなかったら俺の店に来てくれないか」
海斗と紅葉は仕事があったが、藍はなかった。
「じゃあ、私が行ってもいい?」
「いいけど、藍なら顔が広いから俺が働いている店でも結構モテると思うよ」
笑顔で聞いてきた藍に対して、青蘭は目が笑っていないまま返した。
(藍なら顔がいいから確かにモテるよね。俺の顔は親父がハンサムだから良いだけ)
藍と青蘭は神楽坂で出会った知り合いであり、『美少女』『美少年』という形で関わっている。けれど、性格や意識は全く違う。
(いや、でも藍なら美意識は絶対高いが俺なら面倒で既にやってない。髪を長くしてるのも、何となく気分転換として髪型を少し変えたいときに長くしてるだけだし)
青蘭は普段、一つ結びを高く結ぶ。だが、公式な場面などでは低く結んだりするときがあるのだ。または後ろに三つ編みをするときもある。正直、青蘭にとって恥ずかしいと思っている。
「次の手がかりは…」
青蘭は藍との違いを内心で思っていながら、失踪事件の手掛かりを考えていた。すると、「青蘭」と呼んだ声が聞こえた。
「そんなところに突っ立ってると時間がなくなるよ。思っているより夜になるのはあっという間だよ。早く中に入ろう」
その声は藍だった。呆気にとられた青蘭は頭の中で何を考えていたのかますます分からなくなる。取り合えず、「ごめんごめん」と返した。
店の中に入り、青蘭は『風森屋』へ行く準備を急いでした。
そして、夜になり店を開く人も多くなった。妖怪や死者が出歩いている数も多くなり、青蘭はその店へ行くことにした。
「それじゃ、行って来ます」
青蘭は丁寧語を使ってしまった。当然、女子高生に化けている。仕事がなかった藍も『風森屋』という店へ行くことにした。
「行って来ます!」
藍はかなりのいきいきとした言い方だった。青蘭は最初のときに椿柄の青い着物で行った格好。藍は白と桜色の牡丹柄に青緑の着物の姿で出ていった。
数分歩いているうちに、その店へと着いた。中へ入ろうとすると、藍が何か言おうとしていた。
「青蘭、私ね。ここへ行くの久しぶりなんだ。だからドキドキしてるよ」
「それは…」
藍が本音を青蘭に話した。すると、青蘭は戸惑っていた。なぜかは分からない。緊張しているのか、あるいはあるトラウマを思い出したのか。
(大丈夫という一言なのに…なぜ…言えない…)
それが次第に汗をかいていた。「大丈夫?」と一言をいうだけなのに。青蘭は記憶の中で、再びあるビルの窓ガラスが割れる音を思い出した。
――ガシャーン――
またはあるビルの外側で、炎の中にいる青蘭が動かなくなったことも。そのときには涙を流していることも思い出す。
(なんで…ちゃんと言うんだよっ!)
青蘭は内心、自分に言い聞かせた。だが、声に出したいくらい下を向き、耳を塞いでいた。
「青蘭…ほんとに大丈夫?」
藍の声が聞こえ、青蘭は気を取り直した。
「大丈夫…?」
人に聞くような言い方で返した。呆気にとられたので何の目的で言われたのかは全く分からなかった。
「なんだ〜。それならよかったよ。青蘭、何かパニックになったのか心配したんだよ」
「パニック?」
青蘭にとって、何のパニックが起こっていた忘れている。
「中に入るか」
2人はその店へと入っていった。
「こんばんは。今日もよろしくお願いします」
青蘭は従業員たちに挨拶をした。
「こんばんは〜!仕事がないので久しぶりに来ちゃいました〜!」
嫌がらせを受けたにもかかわらず、随分と愛嬌がいい。
「藍ちゃん!久しぶりね!ここで働いていたときと変わってないね!」
『風森屋』の従業員たちと藍が話している間、誰かがじっとこちらを見られているような気がした。
(何だろう…)
青蘭はよく見ると、隠れて見ていたのは…
(え!?志野さん!?)
営業成績が一位の志野が藍のことをじっと見ていた。鋭い目付きだ。
(なんか怪しいぞ…)
青蘭は志野のことを疑った。




