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065.砂上の楼閣

 獣道を意にも介さず、茂みの下を1匹のキツネが通り抜けていく。

 開けた空間へ出れば失速し、延々続いていた木々も消え去れば、眼前に現れたのは視界の端まで耕された畑だった。

 

 一帯に広がる農夫は黙々と作業を繰り返していたが、端に佇むキツネに興味を示す様子は無い。

 アデランテもまた興味を覚えず、さらに奥へ進めば地平線まで伸びた柵を潜り。敷き詰められた草の絨毯を歩けば家畜の群れと遭遇する。


 十分に距離を置いているとはいえ、やはり肉食獣は脅威なのだろう。緊迫した空気が流れる中、ふと遠目に見張り番の姿を窺えた。

 騒ぎが起こる前にその場を離れ、瞬く間に牧場を走り抜ければ、再び茂みに飛び込んで森の中を疾走した。


〈……だぁーッ!いつになったら鉱山に着くんだ!?〉

【そもそも方角は合っているのか】

〈人夫が密集してるなら間違ってない、とは思うんだ。ひとまずそのまま進んでみてくれ〉


 アデランテの指示に鼻を鳴らし、言われるがまま進むこと数分。再び視界が開けるや、映ったのは奥まで広がる荒野だった。

 畑にも向かない土地に人の気配はなく、無言の溜息がアデランテの心を貫く。


 それから無駄足の成果を見せつけるように。嬲るような足取りで荒野へ向かうが、ふいに切り立った崖が反対側に見えた時。

 舳先で止まれば遥か眼下まで底が続き、ガラスの町とは打って変わって、無骨な丸太小屋や橋が点々と壁面から突き出していた。

 地面にはレールが敷かれ、人やトロッコの移動がそこら中で窺える。



 的中した予想にアデランテの歓喜が聞こえてきそうだったが、ウーフニールは相手にしてくれない。

 鼻を鳴らすとテトテト坂道を下り、谷間で渦巻く鉄臭い営みへ迫っていく。


 あちこちからは採掘音が反響し、ツルハシ。荷車。

 シャベル。ランタン。

 誰もが道具を何かしら抱え、一身に作業に打ち込んでいた。


 土埃を被った彼らを識別するのは至難の業だが、ウーフニールの目当ては“白銀のセラフ”。

 建物の中を覗き、洞穴の中を覗き。鉱石一杯のトロッコを押し出す一団と遭遇すれば、邪魔にならないよう端に座った。

 その間もジッと作業風景を眺めていたが、一瞥される事はあっても接触してくる様子は無い。


〈……これだけ人がいれば、消えた村の住人もいたりしてな〉

【やはり女の目的を優先していたな】

〈うッ…ま、まぁ無関係とも言い切れないんだから、ついでに探したって罰は当たらないだろ?そもそも……何を探してたんだっけか〉

【白銀のセラフ】

〈そのセラフってなんだ?〉

【知らん】

〈なら白銀って何色だ?一面雪景色の時にそう呼ぶらしいけど、いくら雪を掘っても銀なんてどこにもなかったんだぞ?〉

【知らん】

〈…そんなんでよく真面目に探して回れるな。人探しよりも厳しいだろ?〉

【心の臓を握られたくば捜索を中断するが】


 散々愚痴を零しても、最後にはぐうの音も出ない言葉で締め括られ。大人しく口を閉ざせば、ウーフニールの眼を通して探索模様を眺めた。

 最初こそは鉱山街の景色に興奮していたが、気付けば熱意も覚めていたらしい。それからは鉱山夫の姿ばかりを追い、彼らの虚ろな瞳に宿る僅かな光が不気味に映った。


 まるで土に埋まったガラスが地表に覗くようで。少しの汚れで瞬く間に掻き消えてしまう儚さは、工房の職人に宿るギラつきとは相反した。


 マルガレーテの住人とは似て非なる雰囲気に不安こそ覚えたが、それでも子供が大人に混じって働く姿に、多少は胸を撫で下ろした。

 オーベロンの依頼もウーフニールが率先して行ない、おかげで暇を持て余したアデランテは、いっそ本格的にジェシカの捜索を手伝うべきかと。


 思いつきで検討したのも束の間。そもそも失踪人は“白銀のセラフ”並みに面識がなく、どの道アデランテの手に終える案件ではない。

 あるいはジェシカを鉱山に連れてくる考えも浮かぶが、ふいに視界の一部が淡く光り出した。


【捕捉した】

〈…何をだ?あの光ってる男の事か?……まさかあいつがオーベロンの依頼ってわけじゃあ…〉

【村から消えた山賊の1人だ】

〈…おぉー!そういえば取り残された連中の1人を摂り込んでたんだったな……ソイツを見つけてどうする気だ?〉

【無関係とも言い切れない、と述べたのは貴様だ】


 疑問符を浮かべるアデランテをよそに、ヒョイっと建物の影に隠れる。数秒と経たずに無精髭を携えた男が同じ場所から現れ、周囲をさりげなく見回した。


 それから自然体で男に接近するや、オレンジ色の輝きが消滅する。

 相手もウーフニールに気付き、虚ろな瞳に幾らか光が増した。


「……おー、バージェスじゃねえか。偵察の方はどうだった」

『何が偵察だよ。てめぇはこんなトコで何してやがる。他の連中もどこ行った?』

「1人は知ってるが、あとの連中は知らねえな…ほれ」


 スコップにツルハシ。2本もの道具を邪魔そうに抱えていたが、内1本を無造作に放られる。

 受け取れば柄に血がこびりつき、“1人”の居場所は確かに判明しているらしい。


「さっき落盤で洞窟が潰れちまってな。これから東の方を掘りに行くんだ。暇なら手伝え…」


 言い終わったか、言い終える前か。

 ふいに小さな鐘の音が鳴り響くと男も。そして周りにいた鉱山夫も一斉に崖の上を見上げ、作業を止めてゾロゾロと線路を渡っていく。

 梯子や坂道を昇る彼らは通路に押し寄せ、一旦離脱すべく脇へ逸れた途端。


〈待つんだ!この先に何かあるかもしれないだろ?正体が分かってからでも、離れるのは遅くないはずだ〉

【本音は】

〈……食べ物の匂いがするから後を追いたい、かな〉


 胸中で残響するアデランテの真意に、溜息に似た唸り声を零せば渋々人混みを追った。先程の山賊は見失ってしまったが、流れに乗ればまた会えるかもしれない。

 アデランテの要望に応えつつ進めば、やがて寸胴が並ぶ先頭列に辿り着いた。感慨もなく器を受け取れば、配られたのは茹でたジャガイモに塩のスープ。

 そして最後にパンを1枚渡されると、別の流れに乗ってその場を離れていく。


 食べ歩きながらでも10秒と掛からずに消化したのは、ひとえにウーフニールの芸当でもあろう。だがアデランテなら5秒とすら掛からなかったかもしれない。


〈…家畜がいたからもう少し美味しい物を期待してたんだけどな。なんもかんも薄くてモッサリじゃ、食べた気にもなれなッ……また人が光ってるぞ〉


 味気の無い食事に落胆の声を滲ませる中。ふいに黙々と食べる一団の内、1人の男がオレンジ色に輝き出した。

 線路の端に座る彼の隣にすかさず腰を下ろせば、パンを齧ろうとした男の注意が自ずと向けられる。

 

「あん?バージェスか。カモは見つけられたのか?言っとくがこいつは俺んだ。やらねえぞ、ごらぁ」

『他の連中は?』

「ほかぁ?知るわきゃねえだろ。こっちぁ山を掘るんで忙しいんだよ」

『……偵察に行ってる間、アジトで何があった』

「おん?てめぇらがカモ探しに行ってる間…あいだ……何だかすんげぇ良い音が響いてよぉ~。音追っかけてたらココにいたんだよなぁ~…」

『天使の囁きか』

「俺が知るかよぉ~……でもこの町にいりゃあよ。何度でも聞けるんだぜぇ~…マイルドだろぉ~…?」


 それまでの強面が突如息を潜めるや、似合わない恍惚とした様相で語り出し。食べる手付きまでたどたどしくなれば、下手をすると崖底にパンを落としていたかもしれない。

 しかし呆けていた男はそれ以上話さず、ようやく食べ終えると道具を担いで去っていった。


〈…さっきの山賊と言い、反応からして無理やり連れて来られたわけでもなさそうだな。むしろ町に来る前のやり取りを平然としてたし、一体何を考えてるんだ?〉

【天使の囁きを聞くためにいる、と告げていた】

〈そういう意味じゃなくてだな……とりあえず町に一旦戻るぞ。ほかに探す場所があるなら任せるけど〉


 アデランテの問いにしばし座り込んでいたものの、ツルハシを立てかけると再び影に潜んだ。

 

 それから程なくしてキツネが姿を現し、人の流れを避けて通路を昇っていく。思いのほか長い道のりを経て地上に戻ってきたが、来た時とは別の場所に現れたらしい。

 鉱石と砂を積載した荷馬車が丁度出発し、すかさず後を追えば途中でカラの荷馬車とすれ違う。


 そのまま森を抜ければ町の裏手が見え。次々降ろされる素材を別の作業員が鉱石と砂で分ければ、荷馬車は颯爽と元来た道を戻って行く。

 

 このまま町に戻るべきか。

 それとも鉱山を再調査するか。

 途端に生まれた選択肢に左右を見回したが、ふとキツネが顔を上げれば茂みの中に飛び込んだ。

 ガサガサと音を立て、程なく息を切らしたアデランテがフラつきながら姿を現す。

 

「…ま、町に出るくらいなら、私が歩いても問題…ないよな」

【珍しく声を抑えていたな】

「~…ッッッ、わざわざ言わなくてもいいだろ!!」


 小声で怒鳴れば火照りを逃がすように作業場を通り過ぎ。路地を抜ければ途端に眩い光がアデランテの視界を奪ったが、次の瞬間には目も慣れ。ガラスだらけの町並みが視界一杯に広がった。


 街道には小綺麗な身なりの運搬人が台車を押し、忙しなく店に原料を配っている。汗をかく様は至って健康的に見え、しかし生気の宿らない表情がやはり気になってしまう。


 美しさを魅せるため。

 そして町を光り輝かせるため。

 裏では多くの住人が土に塗れ、ボロボロになりながら働いているのに、工房の職人は作業休憩に入ったのか。

 店の奥でステーキを食べながら、町の格差を黙々と物語っていた。


【どうした】

「…こんな繊細な町はやっぱり私に合わないって思っただけさ。早くカミサマの依頼を終わらせて……ん?」


 道の中央を早歩きで進んでいた矢先、ふと足を止めれば1軒の工房に注意を向けた。

 中では職人が細長い棒の先端を咥え、反対側に付着させた不透明な液体に息を吹き込むと、回しながら膨らませた先端を軽く叩いてポロッと外す。

 あっという間に完成したガラスの器に思わず感心する一方で、注目を引いたのは製造工程だけではない。


 職人に混じり、鉄棒に息を吹き込んでいるエルメスの姿が否応なく視界に映り。今や冒険者の装備も外して、新人とばかりに忙しなく働いていた。


「…何やってるんだアイツは。自警団に入るんじゃなかったのか?…まぁ危険な目に遭ってるわけでもないし、今は放っておくか。それはそうと急に町の光が軽くなったのはウーフニールの仕業か?」

【光量の調節】

「いつもの事だけど本当に助かるよ。これで町も歩きやすくなった……さて、今のところ手掛かりは怪しい音だけで、村の住人がこの町にいる事は間違いなさそうだ。ひとまず彼女と合流して安心させてやるついでに、これからどう動くか作戦でも練ってみるとするかな」


 名前は思い出せずとも、ジェシカが教会に向かった事は覚えている。地図を見れば十字橋まで距離はあるが、回り道をすれば時間をさらに要するだろう。


 しかしウーフニールの中に1日近く閉じ籠もっていた分、身体を動かすのも悪くない。

 ジェシカの下へ向かうべく足を伸ばし、ふと彼女を監視しているワシの視界に注意を移すが、映っているのは暗がりだけ。

 首をもたげた直後に砂嵐まで走り、そのまま四角い画面が消えてしまった。


「……ウーフニール、画面が壊れたぞ?…私が何かしたわけじゃないよな?」


 心当たりは無くとも経験則が臆病風を吹かせ、恐る恐る問いかけてみたのも束の間。ウーフニールの返答に身体が強張り、即座にアデランテを走らせた。

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