064.仮宿数分
「ど…どうだ…ゼー、ハァ……まに、間に合った…だろ?…ハァハァ」
橋を渡り切った直後。獣の如く茂みから飛び出したアデランテは、無事一行と合流を果たす。
驚く3人に構う事なく、背後を歩きながら徐々に体力を取り戻すも、広がっていた森も狭くなれば、やがて連なった家々が一行の眼前に立ち並んだ。
一見して普通の家ではあるが、塗られた色使いは虹を彷彿させ。町の工房に負けんと主張する色合いは、建物が全てハリボテにすら見えてしまう。
軒先も飾り気はなく、形も統一された住宅街に魅力を覚える物はない。それでも小さなガラスの彫刻が鉢植えの如く置かれた様子から、町の一画である事は窺えた。
「ガラス細工の置かれてないトコは空き家なんですよ~。何でこちらでご自由にお過ごしくださいな~…あーそれとご飯はアタシの工房に来てもらえたら出せるので~、お腹空いたらお越しくださいな~」
横目に眺めていたのも束の間。流れるように家屋の一室へ導かれると、恭しく一礼した住人がパタンっと扉を閉めた。
それから静寂が室内を満たしたが、腰を落ち着けるにはまだ早い。
すかさず屋内を素早く調査して回り、安全を確認したところで居間に戻れば、ソファで項垂れるジェシカを見つけた。
「相方は?」
「……情報収集に工房に行ってみるって出かけちゃいましたよ。あの調子だと何か買ってくるかもしれませんね。まったくもぅ…」
「長旅の疲れが飛んだなら良かったじゃないか。でもアレらは売り物じゃないんだろ?どれも値札がなかったし…なかったよな?」
【皆無】
「なかったな、うん」
「芸術に価値はつけられない、ってコンセプトらしいですよ。料金は交渉次第とか…はぁ」
力なく溜息を零したジェシカはソファに座り直したが、立ち上がる気力が沸かないのだろう。
そのまま天井を仰ぎ見れば、橋でアデランテと別れた後の事を零し始めた。
「…案内してくれた人に探りを入れてみたんですけど、工芸品のおかげで移住者が増えすぎて、入居者を1人1人把握してないらしいんですよ。でも領主は知ってるかもって言うから、じゃあ会ってみたいって言えば、忙しいから住人でも滅多に会えないって返されるし…はぁ」
また溜息が零され、彼女の捜査は暗礁に乗り上げたらしい。
しかし虚空を見つめるジェシカの瞳に諦めの色は無く、工房に向かうか検討する彼女に、壁に寄りかかったアデランテがポツリと返した。
「話を聞く限り、町興しが上手くいったってところか。寂れた町にも見えないしな」
「近くでガラス細工に適した鉱石や砂が採取できるようになってから発展したそうですよ。他の町とは工芸品と食料を交換されてるみたいなので、村に彫刻が置いてあったのも、そういう縁なのかもしれませんね……それでアデットさんの方はどうです?遠路はるばる町を訪ねられたご感想は」
「手土産を買うには向いてない町だな」
「…アデットさんはお土産を買いにわざわざ私に案内させたんですか?故郷に戻るきっかけになったので、文句を言うつもりはありませんけど」
素っ気ないアデランテを不服そうに見つめてくるが、その間もワシの視界を覗き見れば、工房では賑やかな音が奏でられ。太陽が昇る程にガラス細工も輝きを増す。
眩さと吹き上げる熱線に退却を強いられるが、最後にエルメスの動向を確認した時は、工房の1つを潜って店内を一望していた。
ジェシカの予想が当たりかねない表情に、溜息を零しかける一方で。何度見ても飲食店の類がない町並みに疑問符が浮かぶ。
工芸品を売りにするならば、観光地としての側面も強いはずだろう。
しかし街道には観光客はおろか、住人すら殆ど出歩いていない。
住宅街も扉はあるが窓は無く、構造も2階建ての吹き抜け。平たい屋根に嵌められた天窓が唯一の光源であり、路地1つなく詰められた家屋は、まるで刑務所を彷彿させられる。
町全体を包む閉塞感に深々と溜息を零すが、突如眼前に現れたジェシカが意識を引き戻した。
「……私の話、聞いてました?」
「えっ、え~……そうだな」
【孤島の彫像が打ち鳴らす“天使の囁き”が不快だった。女は調査ついでに教会へ向かう。以上】
「てんしの…なんだって?」
「町の名物だそうですよ。風でガラスを共鳴させてるらしくて…私が雑音って言ったの、エルメスにもそうですけど、町の人には内緒にしてくださいね。下手に刺激したくないので」
「音ねぇ……森の中で鼓膜が破れそうになった正体はソイツだったのか」
「…もしかして私、アデットさんと同じレベル…?やっぱり芸術を理解してない?」
自己嫌悪に陥るジェシカをよそに、サッとフードを掴み下ろす。すかさず彼女との会話録を所望すれば、ウーフニールの掻い摘んだ情報が返された。
ジェシカ曰く、教会とは迷える子羊のための聖域であり、行き場を失ったか。または哀れな魂を匿うべく。
あるいは祭具の物置として、大抵の教会には秘密の地下室が存在している。今や廃墟となっても流浪の民が潜み、その中に故郷の住人がいないとも限らない。
――と。調査に向かう根拠は首を傾げる内容だったが、考えを改めさせようにも、当人は実行に移す気でいるらしい。
荷物から最低限の道具を引き出すや、勇ましく槍を振りながら扉へ向かった。
「ちょっと行ってすぐ帰ってきます!アデットさんはどうされるんですか?」
「……もう少しゆっくりしてから考えてみるよ」
目をギラつかせるジェシカに反し、町を目指していたとは思えない曖昧な答えに、彼女の顔色も途端に曇る。
しかし行き先が決まった時点でジッとしていられなかったのだろう。程なく勇み足で家を離れるや、別れ際に振った片手をゆっくり下ろした。
ワシの監視も街道を走るジェシカに移し、誰もいない室内で束の間の休息を味わう。
「…彫像、か」
橋を渡るジェシカを目で追えば、跪いて祈る女の像が映り込む。完成品の熟練度はともかく、アデランテには何度見ても価値のある物には見えない。
一見して分かるのは跪き、祈っている、女、と言う事だけ。
その3点を除けば何をしたいのか。
感謝を捧げているのか。
苦境を嘆いているのか。
懺悔しているのか。
薄く透き通ったガラスに同じく、意図の読めないスカスカの像を訝し気に流し見れば、気怠そうに身体を起こして建物を後にした。
【どこへ行く】
「ガラスを作る素材がどうのって話をしてたろ。鉱山があるなら見学しに行こうと思ってな」
【場所は把握しているのか】
「いや?ただ橋とは反対方向…住宅街の奥に何があるのか確かめようと思ってな」
【ならば180度反転する事を推奨する】
飄々と笑みを浮かべていたのも束の間。ピタリと宙で止めた足を右へ回し、何事もなく行進を再開する。
ウーフニールが言わなければ、湖に映った自分の間抜け面を拝む羽目になっていたろう。
【目的は“白銀のセラフ”を処分する事。見学の暇はない】
直後に文句を加えられるが、ならば進路を訂正しなければ済んだ話。ウーフニールの“真面目さ”にクスリと笑い、恥も外聞も消し飛んでいく。
「依頼対象の名前は忘れてたけど、カミサマの使いで来てる事は流石に覚えてるよ。どうせ場所が分かってるわけでもなし、気ままに探すさ」
【領主の館は】
「忙しいって言う位なら門前払いされるのがオチだろ。会うのも町の様子を見てからでも遅くないしな。その間もしっかり見張りを頼むぞ、相棒ッ」
景気よく声をかけてみたが返事はない。だが構わず軽い足取りで街道を下っていけば、視界には前方の景色に加え、住宅街の簡易的な平面図が。
そしてジェシカが橋を渡る姿も映るが、孤島を過ぎてもまだ距離が残っているらしい。
エルメスの様子も気になるとはいえ、どちらが無謀な動きをするかは分かり切っている。
改めてジェシカの監視を頼んだものの、ふいに足が止まれば、頬を優しく風が撫でつけた。肩口にしな垂れた髪もなびき、徐々に勢いが増してもフードが脱げる事はない。
しかし耳の奥で反響する騒音が、頭を割るほど増幅されるや。膝から崩れ落ちないよう壁に寄り掛かり、蹴りかけたガラスの彫刻を慌てて躱した。
それからしばらく身動きも取れなかったが、少しずつ遠のく轟音にホッとすれば、2日酔いの如く残る頭痛に眉間を揉んだ。
「……い、いま…一瞬だけ目の中で星が散って…むしろ砂嵐か?地図と鳥の視界もブワってなったぞ」
【外部の刺激による一時的な干渉が原因】
「…この音、確か名前がついてたよな」
【天使の囁き】
「耳元でずいぶん騒がしく怒鳴る天使様がいたもんだよ。カミサマといい、そういう奴ってもっとフワフワした感じのイメージなんだけどな……流石にカチ割ったらマズイか」
キッと忌々しそうに睨んだ先には、変わらず小さな彫刻が祈りを捧げている。
共鳴音を出す元凶の1つを破壊できれば、少しは頭痛も和らぐかもしれないが、アデランテの過去が無意識に凶行を抑えてしまう。
「…これ割って一生タダ働き、なんて事はないよな?」
【黙って進め】
「わかってるよ。ただ町に滞在中、ずーっとコレに耐えるのは勘弁願いたいってだけさ」
【ならばオーベロンの指令を即刻終える事を薦める】
そのために遠路はるばる町までやって来たのだと。無機質な声に復唱されずとも、自分の役割は十分把握しているつもりだった。
渋々走りだせば、やがて住宅街の奥で足跡だらけの獣道を発見し。地面に触れると土は柔らかく、跡もまだ新しい。
しかし前方に視線を移せば、さんさんと輝くガラス細工の町から一転。薄暗く、ジメジメした森がずっと先まで広がっていた。
一見して嫌な予感すら覚えたが、ガラスの橋と弁償金で悩むならと、アデランテは獣になる道を選んだ。




