13.闘技場です
どうにも戦闘シーンは書けません。特にスピード感が。
「「「うぉぉおおおおおおおおお!!!」」」
「⋯⋯う、うん。随分と賑やかだね⋯⋯」
こんな熱気は苦手なのか若干引き気味のノアに、ローザとモミは同意すると言わんばかりに、大きく頷く。
───ジャモス刺しを片手に、地下の本会場へと入った瞬間、すぐさま熱狂的な歓声に包まれた。
それは外で聞いていた音そのもの⋯⋯もちろん、ボリュームは大きいものとなっている。
⋯⋯それはノアにあるものを彷彿とさせた。
「うーん、何だっけかこの感じ⋯⋯そう、あれだ。ちょっとしたレスリング場みたいだ」
ありがたいことに入場料は無料。
地下は意外と広く、場内の中心にはスポットライトに照らされた正方形の小さなステージがあり、その周りを囲むようにして、階段状の椅子が並べられている。
どうやら、どの席に座ってもよく見えるように工夫されているようだ。
とりあえず、一番後ろの空いている席に横一列で腰掛けた。ステージ上では、2人の男が対峙している。
それを見て、つまらなそうに呟いたのはローザだ。
「ふぅん、大したことありませんわね。2人とも」
その口ぶりに、「そんなに弱そうなのか」と目を向けたノアだったが。
(⋯⋯普通に強そう)
───そう、見た目だけならば。
筋肉隆々、特に腕がノアの身体もあろうかという程の太さ。身長は優に2mは超えているだろうか、見たことのない程の高さである。角刈りの頭に、血走った目が何故かベストマッチしている。
どことなく雰囲気が危ない。関わりたくないタイプである。
対するのは、そこそこ筋肉のついた男。こちらは精悍な顔立ちで、心做しか女性からの黄色い声が多い気がする。顔抜きならば、何処にでもいそうな細マッチョだ。それでも、そこらの一般人よりかは強そうに見える。
この勝負、普通に考えると前者の大男の勝利を確信する。
ノアは最後の一欠片のジャモス肉を頬張った。そして、残った串を名残惜しそうに眺めながら呟く。
「⋯⋯でも、見た目だけじゃないんだよね。強さって」
串を弄んだ事で滴り落ちたタレの一滴を、ノアは伸ばした舌の先で絡めとった。
口いっぱいに広がるタレの味を楽しむように、飴のように串を口に咥えると改めてステージに目を向ける。
───この試合は言わば『賭け試合』だ。アーニャは珍しいと言ったが、似たようなのは他の国でも行われているだろう。
何故なら、誰でも考えつきそうなものだからだ。
青年と店前で別れた後、店内で初めに目に入ったのは、天井付近に表示された『現在チャンピオン:ジャック=キラー♂15連戦』というゴシック体の文字だった。
その横には魔法なのか、恐らくジャック=キラーさんと思われる人物の容姿が文字と同じように映像として映し出されている。
───筋肉隆々の大男⋯⋯言わずもがな、現在ステージ上に立っているあの男である。
この店の趣旨を一言にまとめると『チャンピオンVS飛び入り参加者の賭け試合』だ。
ルールは簡単。外部からの支援含め全魔法禁止(※探知結界あり)、装飾品含め鎧などの防具禁止、武器禁止、殺害禁止⋯⋯つまりは、素手同士の漢の戦いというわけだ。
正方形のステージから場外に相手を出すか、気絶などの戦闘不能な状態にするか──勝利条件はその二つのみ。至極シンプル、この上なくわかりやすい。
観戦者は決まった金額の賭け金──参加料1000Gを払えば、誰でもチャンピオンに挑むことができる。
もし現チャンピオンに勝てれば、その場で現金100万G贈呈。当然その時点で試合を止め、100万Gを受け取って帰るのもあり。ただその場合は、再びチャンピオンに挑むのは一ヶ月後からとなるが。
因みに新たなチャンピオンは、店側から新しく屈強な者が用意される。
だが、その100万Gを次の試合の賭け金として、新チャンピオンとして連戦を行うことができる。
敗者である旧チャンピオンには、何も支払われないばかりか、勝者に賭け金の百倍──10万Gを払わなければならない。
その上手数料として、店に対して連戦数×30万Gを払う事となる。その合計金額は最低40万G、チャンピオンとして連戦するからには、勝ち続けることが条件と言っても過言ではない。
その代わり、連戦すればする程初めの100万Gは膨れ上がる。
それも旧チャンピオンの連戦が多い程、だ。
チャンピオン達が今まで連戦し、貯めた金の合計金額の2割が、連戦の度に上乗せされるのだ。戦闘狂なら喜びそうな話である。
もし連戦を途中で止めたい場合は、打ち切り金10万Gを支払えば、今まで貯めた金と共に帰ることができる。相当な儲けだ。
だからこそ、挑戦者は途切れることは無い。国中はもちろん、他国からも腕自慢が来ていることだろう。ましてや、今日は勇者召喚成功のフェスティバルだ。
気づかなかったが、周りを見渡すと顔立ちなどから明らかに他国だろうと確信できる人族、他にも獣人、エルフ⋯⋯といった異種族がちらほらと見える。
さすが国の中心部、といった所か。
「さぁーお待たせしました!!ただ今より、飛び入り参加者バヌス=シャルル選手VS現在15連勝中のチャンピオン、ジャック=キラー選手の試合を行います!!」
会場内に響くのは、ステージ外にいる蝶ネクタイをした仮面の男の声。恐らく司会者兼審判だと思われる。
「「「うぉぉぉおおおおお!!!!」」」
その声で再び会場が湧き上がった。純粋に試合を楽しんでいるのだろうが、もう少し抑えられないものだろうか。
(いやいや、それよりも試合だ)
もっとよく見よう、とノアは身を乗り出したのと、司会者兼審判が声を張り上げたのは、ほぼ同時だった。
「試合、開始!!」
無言で二人は向き合う。大男の口元には余裕そうな笑み。⋯⋯今回も簡単にことが運ぶと確信している笑みだ。
「よぉ、兄ちゃん。アンタ、異国からはるばる来たんだろぉ?残念だったなァ、俺が相手で」
2m強の巨体を武者震いさせ、見下ろすジャック。普通の男なら、恐れ震え上がるだろう威圧。
しかし、バヌスはフンと鼻を鳴らしただけだった。
「その巨体は見せかけだろう?ビックなベイビーは、帰って母ちゃんのあまーいミルクでも啜ってな」
「⋯⋯っ!?」
瞬間、ジャックの青筋が立った。カッ、と血走った目が見開かれる。
怒りのあまり鼻息は荒くなり、ジャックの全身の血管が浮き出た。不気味な笑い声が、口の端から漏れる。
「ククク⋯⋯言ってくれるじゃァねぇか、兄ちゃん。手加減できずに、美味しい挽き肉になっちまうかもなァ」
「ふ、それはこっちのセリフさ。だがまあ、君の肉は固くて不味そうだけどね」
お互い動かないまま過ぎる事、約一分。
先に動いたのはジャックの方だった。
「フンッ!!」
鼻息荒く、その巨大な腕をバヌス目掛けて突き出す。そのパワーはもちろん、スピードもなかなかのもの。
だが、バヌスは身を軽く捻ることで、簡単にその拳を見切る。
「⋯⋯っ!?やるじゃねぇか、兄ちゃんよぉ!!」
これにはジャックも驚いた。今まで見切った者などいなかったのだ。
突き出した拳を、威力を殺さず横に振る。
ブォン、と空気が唸った。
突き出しからの横薙ぎ、スピードもある。これは避けられないだろう、と確信するジャック。
バヌスに迫る拳、それが当たる──という時にバヌスは、
「⋯⋯なっ!?」
───笑っていた。
さも愉快そうに、口角を上げて。そして、ソレはその直後に来た。
「──ぐふぉっ!!」
腹に重い衝撃、喉から何かが出てくる感覚が止まらない。まるで、内蔵が飛び出しそうだ。そう、何もかも吐き出しそうだ。
その衝撃が、痛みを伴ってジャックの全身を打つ。
───何故、なぜ⋯⋯この、俺が!!
細めた目に見えたのは、バヌスの笑顔とその拳。
「たった⋯⋯一撃⋯で?」
ジャックは慌てて足に力を込めるが、その勢いは止まらない。ステージの端が、目の横で捕えられた。
しかし、止まらない。止まれないのだ。
見開かれた目が、震える。
「⋯⋯あ、ああ⋯⋯あ」
ペタン──と、ジャックの尻餅。勝負は、予想通りに呆気なくついた。
⋯⋯観戦者の予想を裏切る形の結果で。
「───勝者、バヌス=シャルル選手!!」
水を打ったように静まり返った会場の中、響き渡るのは驚愕の声音を含んだ審判の声。
その勝者を告げる声に、観戦者が我に返ったのは言うまでもない。
うぉぉぉおおおおお!!!、という雄叫びのような歓声が会場内に響く。
「あの兄ちゃんすげえ!!あの化け物ジャックを一発で倒しちまった!!」
「なあ、あの一撃見たか!?めちゃくちゃ速かったぞ!?」
「バヌスすげー!!」
溢れんばかりの賞賛の声だ。誰もが興奮し、この出来事に感動していた。
今まで15連戦無敗、化け物とまで称された男に、体格差がある青年が勝ったのだ。しかも一撃で、だ。
興奮を覚えないはずがない。実際、殆どの観戦者がスタンディング・オベーションをして、勇気ある者に惜しみない賞賛を送っていた。
⋯⋯ただ、ある3人を除いては。
「⋯⋯所詮、か」
パチパチと、ノアは気の抜けた拍手を送る。
笑みこそは浮かべているものの、全く心動かされた様子が無い。それは、他の2人にも共通して言えることだった。
───興奮するのは、あくまでも人間視点から見ての話。
ノアたちにとっては、何の面白みも無い劇と同じだ。
ただただ遅いパンチが、避け損なったノロマな大男に当たり、そのまま場外に弾き出されただけの話である。
両者共に弱いにしろ、もっとギリギリの白熱した戦いならともかく、これ程までに実力差がハッキリしてしまうと、やはりつまらないものだ。
(⋯⋯呆気ない、とても呆気ないな)
これは魔族になったせいなのだろうか。
ノアとしては、もっとヒヤヒヤする試合が見れると思っていたのだが⋯⋯まあ、ルールである『殺害禁止』の時点で無理な話だろう。
動かなくなったジャックを回収し終えたステージ上では、司会者とバヌスがスポットライトの光を一身に浴びていた。
拳を上に突き出し、声高に告げる司会者。
「では、勝者であるバヌス選手に100万G贈呈です!!」
サンキューな、と顔を綻ばせて硬貨が詰まった袋を受け取るバヌス。更に会場から歓声が飛んだ。
続けて司会者が、聞く。
「バヌス選手には連戦のチャンスが与えられますが、どうなさいますか?」
「うーん、止めとくよ。僕はもう帰らなきゃならないのさ」
バヌスは爽やかな笑みで、司会者に答える。
そうですか、とあっさり司会者は引き下がった。戦闘狂でもない限り、挑戦者の殆どがこんな感じなのだ。
しかし、店側としての心配はしていない。チャンピオンなら、まだ取っておきのを用意してある。
───まだまだ、観戦者を楽しませることができる。
バヌスが退場したのを見て、司会者は再び声を張り上げた。
「さて、続いてのチャンピオンは⋯⋯」
言いながらチラ、と観戦者席の下を見る。そこには、次のチャンピオンが出てくる扉があった。
司会者に知らされていた名前は『ビクティム』──それは次のチャンピオンの名前であると同時に、絶対強者の名前でもあった。
総試合数83戦、その全てに勝利を収めた化物。
過去の詳細は不明、出処も不明。いつの間にか、オーナーに雇われ、ふらりと奴は来た。
ニコニコとよく笑う青年、虫すら殺したことのないような人懐っこい笑顔。返り血のような真っ赤な髪が印象的だった。
本当にチャンピオンが務まるのだろうか──誰もがそう思った奴は、一戦目からして異常を見せた。
『殺害禁止、裏を返せば──殺さなければ何でもやっていい』
挑戦者の骨を折り、爪を剥ぎ、肉を削ぎ、歯を抜き、眼を抉る。
───⋯⋯満面の笑みで。
端から奴の目的は勝利ではなかったのだ。
⋯⋯自身の娯楽、ただそれだけ。
当然、すぐに噂となった──狂人だと。しかし、それがスリル満点だと。
挑戦者にならない観戦者は、奴をエンターテイナーとして受け入れた。
だが、実力は遥か上。奴の試合を目の当たりにし、奴に挑む挑戦者は段々といなくなる。
実際、奴が出ても試合が行われなかった事は多々あった。噂が独り歩きし、挑もうとすら思わせない。
それでも度々、噂を信じずに奴に挑む大馬鹿者がいる。83、という数字の大半がソレだ。
「──かの有名なチャンピオン、狂人ビクティム選手!!」
きっと、今日もその数字は僅かに伸びることだろう。
奥の扉が開き、覗いたのは赤。それを目の端で捉えた司会者は口元を歪ませる。
ここからが本番、盛り上げ時だ。
被害者=Victim
バヌス君も実はウルバヌスからきてます。名前を考えるのは苦手でして⋯⋯身近なものから取ってます。




