12.フェスティバルです
「やってきましたフェスティバル!!」
賑やかな人の声に混ぜるようにして 、声高にノアは言った。
⋯⋯ただ単にテンションがそれを上回っているだけである。決して恥ずかしくない訳では無い。
瞳をキラキラと輝かせ、子供の様にはしゃぐノア。
そんなノアを温かく見つめるのは、従者であるローザとモミジだ。
「主さまがぁ⋯⋯!!」
「ええ、喜んでいらっしゃるわ⋯⋯!!」
2人の顔には、大輪の花が如き笑み。それは、周りにも花が咲いているかのように錯覚させられる程。
3人の周りだけ、また違う華やかさが溢れ出ていた。
トロン、とすっかり心酔しきった2人は思う。
───⋯⋯嗚呼、これ以上の幸せがあるだろうか。
主の幸せは我らの幸せ───そんな事はNPCたちにとって当たり前の事。お互いを確認するまでもなく、両者ともに心からの微笑みを浮かべ、主を見つめているのが分かる。
ぼそり、とノアには聞こえない声量でモミジが呟いた。
「⋯⋯あたし、もっと主さまの笑顔が見たいなぁ。喜ばせればいいのかなぁ?」
「喜ばせる、ね。なら、貢ぎ物を捧げるとかかしら⋯⋯そうね、捧げるなら生贄が良いと思うわ」
モミジの疑問にローザが答える。魔族の常識として貢ぎ物は金銀宝石、数多の珍しいものよりも、生贄が最良とされていた。
アンデットであるモミジも、その意見には特に反対せず素直に受け入れる。
咄嗟に思いついたのは、今この場にも沢山いる種族。
下等生物である種族───人間だ。
「生贄かぁ⋯⋯人間とかぁ?」
そう言って示した先には、楽しそうに大通りを歩く母娘。
モミジはまるで蛆虫を見るような視線で、触るのも嫌そうに言う。見ているだけで虫唾が走るようで、不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
コキリ、と首を傾ける。
「しょーがないかぁー⋯⋯主さまの生贄になれるなら⋯⋯幸せだよ、ねぇ?」
母娘までの距離は僅か数メートル───モミジは足に力を込め、一瞬でその間合いを詰めると同時に、懐に忍ばせたナイフで母娘の首を、そして燃えるような赤が───⋯⋯。
二ィィ、とモミジの口角がつり上がった時、
「───待って、モミジ」
そこで彼女の想像は止められた。いつの間にか踏み出していたのを、ローザが片手で引き止めていたのだ。
まるで小さい子供に言い聞かせるように、
「今は駄目よ」
首を横に振り、肩に乗せた手に力を込められる。モミジはローザの顔を、不思議そうに見上げた。
「どうしてぇー止めんのぉ?」
止められる理由がわからない。そんな疑問にローザは優しく微笑みながら、応える。
「ここで騒ぎを起こすのはまずいわ⋯⋯それに、もっと珍しい種族の方がいいんじゃないかしら?人間なんて下等生物、逆に失礼にあたるわよ」
「⋯⋯んーじゃあ、どんな種族がいいんだろー」
モミジが言うと、ローザも「⋯⋯そうねぇ」と思案げに呟いた───2人の脳内に浮かぶのは、ただただ主が喜ぶ姿だけ。
それ以外はどうでも良いのだ。
「珍しいとなると、ダークエルフとかかしらね?観賞用としても、戦闘奴隷としても使えるわ」
「んー⋯⋯折角なら見た事ないよーな種族がいいよねぇー」
「それもそうだけど⋯⋯一生見つからないわよ、それ」
呆れたとでも言うふうに、ローザは息を吐いた。今更、新種族なんて見つかるわけが無い。
ノワールからの情報だが、彼が既に知る種族は殆ど人間の書物に記録されていたらしい。
───⋯⋯全く、下等生物のクセに末恐ろしいわね。
時折チラチラとこちらを見る人間たちに視線を移すローザ。その視線の先にあるものは、既に分かりきっている。
淫魔の自分に向けられる視線が何なのかなど、とうの昔から分かりきっている。
「⋯⋯ほんと、下衆ばっかりね」
そう言うと、彼女は軽く微笑んだ───それは淫魔たる妖艶な笑み。
見た目は何の変哲もない軽装備なのに、その笑みが、うなじが、胸が、その全てが色欲を誘っていた。
───香のように漂い、麻薬のように惑わせ、本能を高ぶらせる。
弧を描いた桜色の唇を、赤い舌がペロリとなぞった。
「あら、下等種族でも反応は可愛いのね?」
人間たちの反応を楽しむかのように、ローザは舌舐りをする。
ぬらり、と妖艶に唇が光る。
「ふふ⋯⋯」
───切替可能固有スキル《真・魅了》
流石と言うべきか、その効果は絶大だ。
見た者は男女問わず、皆一様に顔を赤らめさせ、顔を逸らす。
中にはあまりの色気に、気絶しかけた者までいた。
「ほら、ちょろいものね」
鼻で笑うローザに、モミジはその茶番を見て、さも愉快そうに笑い声を上げる。
「あーあ⋯⋯本当に哀れだなぁ、お馬鹿な人間サンはぁ」
「当たり前よ、何を今更わかりきった事を⋯⋯それより、言葉には気を付けなさいな。貴女は特にね」
聞かれたらたまったものじゃないわ、とぼやくローザの横で、「はいはぁーい」と何とも間延びした声で返事をするモミジ。
「⋯⋯本当にわかってるのかしら⋯⋯」
微塵も反省した素振りのない同士に、ローザは心が折れそうになった。
人間どもに正体がバレたら、主の障害になりかねない。こうも誰が聞いているのかわからない状態ならば、口を慎むか警戒し小声にするのが普通だろう。
───なのに何故、この子にはそれが伝わらないのかしら⋯⋯。
困ったように額に手を当てつつ、主の姿を見失うまいとモミジの手を引き、ついて行くローザ。
「⋯⋯ちっ」
ローザに手を引かれながらも、モミジはこちらを見つめる鬱陶しい視線に、小さく舌打ちをした。
こんなにジロジロ見られると、流石に我慢ならなくなってくる。見世物ではないのだ。
しかも、よりによって相手は人間。
本当にモミジは不思議に思う。
(よく、ローザは我慢できるよねぇ⋯⋯)
可愛らしい笑顔のまま、モミジは言葉を吐き出す。
「人間は死んじゃえ」
───⋯⋯その瞬間、ローザがモミジの手を強く引いた。
「いい加減にしなさい」
「⋯⋯っ」
決して大声ではないが、逆にその静けさに強い響きがある。
細められた群青色の瞳が、モミジを見つめた。
「主様の迷惑になるのがわからないの?自制できないのなら、拠点に戻りなさい」
「⋯⋯わかってるよぉ⋯⋯小さい声で我慢するもん」
主の邪魔だと聞いた途端、バツの悪そうに俯く。主だけには怒られたくない、とモミジは口篭った。
⋯⋯2人が主への貢ぎ物の話で盛り上がる中、当の主は出店の商品を見ては感嘆の声をあげていた。
「うわぁ、このアクセサリー可愛いなぁ⋯⋯我が子達のお土産にしようかな。あ、あれも美味しそうだなぁ⋯⋯よし、食べてみよう」
何かの肉を串に刺した焼き鳥の様なもの、見た事のない見た目の瑞々しいフルーツ、銀細工のアクセサリーに、手で持って食べれるスイーツ。
アーニャの言った通り、王都では様々な出店が出ていた。冒険者も住人も、みんな笑顔で談笑しながら、出店が立ち並ぶ大通りを歩いている。
王都へは案外あっさりと来れた。
アーニャの言った通り、真っ直ぐに進むだけ。簡単なお仕事だ、赤ん坊でも出来る。
来てからは興奮の連続だ。
洋風なお洒落な街並みには、色とりどりの花が飾り付けられ、空を見上げれば青空を背景にカラフルな風船が目に入る。
日本とはまた違った鮮やかなフェスティバルが、ノアの心を踊らせていた。
───全てが初めて見るものばかりで、まるでキラキラと輝いているよう。
無意識に笑顔が浮かんでしまう。ノアは硬貨を乗せた手を差し出した。
「おじさん、これとこれを4個ずつ下さい!」
あいよ、と気前の良さそうな声と共に商品が渡される。
花と鳥をモチーフにしたブローチ、それを男女別に二種類買った。細かくも可愛いデザインが、ノアの乙女心を擽る。
言わずもがな、NPCたちへのお土産である。みんな一緒のお揃いだ。
それらを懐にしまうと、ノアは右手に持った串刺しの肉に再びかぶりつく。お試しに、と先程買ったものだ。
───⋯⋯美味しい。
口の中に広がる肉汁に、甘辛いソースが絡みつく。肉の弾むような弾力と相まって、とても美味しい。しっかりとした味付けは、充分満足出来るものだった。
舌鼓を打つノア。出店にしては上手い。
聞くと、これはジャモス刺しと言ってこの世界ではポピュラーな食べ物らしい。
食用の動物、ジャモスの肉を焼いてタレを付けたもの⋯⋯やはり焼き鳥の様なものだった。大きい食品店であるならば、タレも売っているらしい。
とはいえ、調味料を使っているので当然、値段は高めだが。
そのせいで、ノアは今まさに『懐が寒い』状態だった。
「残金1530G⋯⋯ブローチが高かったのか⋯⋯」
手のひらに乗っている硬貨が、やけに重々しい雰囲気を放つ。あっという間にすっからかんになってしまった。
元々お土産云々は買うつもりだったので、後悔は全くしていないが、これは完全な痛手───早く目当てのお店を見つけなければ。
自力で探しても埒が明かない。となれば、方法は一つ。
「あのー⋯⋯」
ここは誰かに聞くしかない───そう判断したノアは、目に入った適当な男性に声をかける。
出店で商品を物色していたのを止め、顔を上げる青年。
ノアを見ると、ニッコリと笑った。青年は屈んで目線を合わせる。
「⋯⋯これはこれは。とんがり帽子のお嬢さん、僕に何か用かな?」
乳白色気味の緑色の髪、優しい微笑み、こちらを見つめるくりっとした猫目。
───深い深いその藍色に、何故か既視感を覚えた。
底知れぬ海に溺れるような、その色に。
ほんの一瞬、一瞬だけノアが無意識に息を呑む。どういう理由か、上手く声が出せない。
紅い瞳が、揺れた。
「え、あ⋯⋯」
「もしかして⋯⋯迷子かな?」
吃るノアの異変に青年は気づかないのか、変わらずにこやかに話す。怪しんでいるというわけでは無さそうだ。
これ幸いと、ノアは口を開いた。今度はすんなりと声が出る。
「───そうなんです。腕試しでお金を稼げるというお店に行きたくて」
「ああ、闘技場のことかな?⋯⋯じゃあ、僕と一緒に行こうか。案内してあげるよ」
ついておいで、と青年は踵を返して歩き出した。言われるがままに、ノアはその後ろを歩く。
青年の後ろ姿を眺めながら、先程の既視感を思い出していた。
「⋯⋯ふむ」
鎧も鎖帷子も装着しておらず、上はローブのみというラフな格好で、武器も装備していないように見える。
それでも下げている腰巾着等から、彼が冒険者だと予想がついた。
(どっかで会った⋯⋯?いや、彼とは初対面の筈だ。地球にはこんな髪の人はそんなにいないし、口振りからして、ここにおいては会ったのは初めてだと断言できる。⋯⋯あの瞳に何か?)
あの藍色の瞳を見た瞬間、一瞬だけはっきりとどこかで見たような気がしたのだ。
「⋯⋯不思議だな」
初対面の感じが全くしない。
⋯⋯それからは大した会話もなく、暫く賑わいの中を縫うようにしてついていくと、一際大きな歓声が聞こえてきた。同時に青年も、その音源である建物の前で立ち止まる。
「ついたよ、ここが闘技場だ」
ニコニコと建物を見上げる青年につられ、ノアもそれに目を向けた。
なるほど確かに、木製の看板には『闘技場会場』と書いてある。
だが、見た目はこじんまりとしたお店そのもの。戦闘が行われているとは、到底思えない⋯⋯が、歓声はここから聞こえてくる。
不思議だ、と小首を傾げるノアを察したのか、青年が説明してくれた。
「ここの本会場は地下にあるんだ。1階はちょっとした売店になってるんだよ」
───なるほど。そこで何かを買い、観戦しながら食べるわけか。




