11.お祭りらしいです
「先日、ウェストの街で少女の魔族が出現したらしいぞ」
その言葉を聞いたのは、数日後の朝だった。
いつもの様にジルからお弁当を受け取りながら、ノアは動揺を押さえ込んで聞き返す。
「魔族⋯⋯ですか?」
───もちろんそれは、十中八九自分の事だろう。
「ああ、数日前中央ギルドからの通達があってな⋯⋯幸いな事に、ジンが追い返したらしいが警戒しておけ、だとよ」
「⋯⋯それは物騒ですね」
曇り顔のノアに、ジルは安心させるように微笑む。
「まあな、だが⋯⋯俺の兄貴は、魔族相手に何度も勝利している。⋯⋯そんな兄貴が相手したんだ。相手も相当な重傷を負っているはずさ。それにウェストの街は正反対、危険は少ない」
───なるほど、こことは正反対だったのか。
道理で情報が遅い訳だ。それに、ここ数日を含めて実害はない。
きっと危険はないと判断され、後回しにされたのだろう。
⋯⋯が、逆にこれは好都合だ。まさに、灯台もと暗しと言った所か。
ノアは違う意味での笑みを顔に貼り付ける───ニヤリ、と効果音が付いてしまいそうな笑みを。
「それは一安心ですね。よかった⋯⋯!ところでその魔族って、どんな容姿とかは聞きました?」
「いや、何故か少女としか聞いてないな⋯⋯しかも、その連絡が奇妙でな」
そう言うと、ジルは困り顔でため息をついた。
思った通り、何処でもいるような容姿(強いていえば美少女)という事で、詳しい特徴等は伝えられていないらしい。
だが、ジルの言葉が引っかかった。
「奇妙⋯⋯と言いますと?」
「ジンのお陰で、街に被害は無く本人にも外傷はなかったんだ。だから、その魔族に危険はないと判断されたらしいんだが⋯⋯それでも警戒しろ、と言ってんだよ───ったく、詳しい情報なしにどうしろと⋯⋯」
「な、奇妙だろ」と同意を求めるのに対し、ノアは頷いて応える。
───それは確かに奇妙だ。
伝えたのがジンだとしたら、実害はなくともそんな事は言わない。
ましてや、ジルと同じ魔族の被害者なのだ。魔族の恐ろしさくらいは知っている筈だが。
(⋯⋯表向き?何故、上はそれを偽る必要がある?混乱を防ぐため?⋯⋯いや、隠したい理由があるのか?それとも、実は本気ではなかったとか⋯⋯あー、ありえるな)
ノアの思考がぐるぐると回る。それでも、答えに辿り着く事は無い。辿り着く筈がない。
所詮、中身は一般の成人女性だ。
「⋯⋯しかし、そもそも魔族は表に出ないのでは?この国だけに良く出現するのですか?」
「いや、そうとも限らないぞ。魔族だって、娯楽で人間狩りをする為に、表に出る奴らだっているさ。被害報告は何処の場所でも出ている」
ただ、と続けるジル。
「表に出てくる魔族は、殆どが魔族のチンピラと言ったような奴らで、強い奴らは滅多に出てこない」
チンピラでも、俺らからしてみれば強いけどな───そう言うジルの瞳には鋭い光が宿っている。
刃物のような憎悪が見え隠れした⋯⋯ような気がした。
「へえ、そうなんですね」
それを見て見ぬふりをして、ノアは適当に頷く。
どうも最近は、負の感情に敏感になっているような気がしてならない。殺気は勿論、こうした憎悪は僅かですら、出処がわかってしまう。
───段々と、何かが強まっている。
そんなノアを気にも止めずに、ジルは驚きの表情で言った。
「⋯⋯そんな事も知らなかったのか?」
「ええ、姉妹全員が箱入り娘だったもので」
「よく、冒険者という物騒な職に就けたな⋯⋯」
「全くです。自分でもびっくりですよ、きっと人間は適応能力が高いんですね」
「⋯⋯いや、誰しもがそんなに高い訳では無いと思うが⋯⋯」
───何はともあれ、依頼を受けよう。
ノアは苦い顔をしたジルを残し、昨日と同じ難易度Fの依頼を眺める。
しかしどれもこれも、似たり寄ったりだ。
ノアは肩を落とす。簡単過ぎて手応えがない上に、報酬も少ない。
⋯⋯初めはそれでもいいと思っていたが、ここ数日この生活を繰り返してきて気づいた。
───このままだと時間がかかりすぎる。
これは、早くにランク上げを考えなければいけないようだ。ランクが上がりさえすれば受けられる依頼も増え、報酬も上がる。
因みに冒険者のランクアップは、規定数の依頼達成後に発生する昇格テストのクリアと一定の討伐ポイントの両方が必要だ。
しかし、ノアは両方とも規定からは程遠い。無論、ローザとモミジもだ。
(これは地道にやるしか道はないのか⋯⋯ああフリーターは辛いなぁ⋯⋯)
ため息を次いで脳内に出てきたのは、何時ぞやかのジルの話だった。
───『魔族は最悪最低な種族だ』
余りにも主観的な意見、いや偏見か。まあ、幼い頃にトラウマ植え付けられたならば、そう思うのも仕方がないだろうが。
「魔族、ね」
ノワールの報告書を見る限りでは、魔族の存在についてもCWOに似通っているようだ───魔族が魔物の増加させているという一点を除いては。
魔物は繁殖を含め、魔素によって自然と成るもの。そこに魔族は関与できない。
───人間は勘違いをしている。
魔族も他種族と同じように建国し、国家を築いている。それも、人間が入ってこれないような過酷な環境下、そして上位ランクの魔物が闊歩する中で、だ。
だが他種族と比べ、どうやら魔族は人間に必要以上に危険視され、恐れられているらしい───同じような生活をしているのにも関わらず。
そして最も恐れられているのは、魔族の最高権力と力を持つ〝魔王〟だ。
CWOにおいても、特に魔王はラスボス的存在としての認識がある。ソロで倒すのには、大変苦労した。
⋯⋯所謂魔王と呼ばれる存在は、その国々───魔族の頂点に君臨する者を指す。
───ソレがこの世界にもいるというのか。よりによって、今は魔族なのだ。
ノアは思わず心の中で嘲笑した。
(⋯⋯種族的に、魔王サマを王として従わなければいけない?⋯⋯はっ、真平ごめんだな)
ジルから受け取ったお弁当を、モミジとローザに手渡すノア。
心底嬉しそうに顔を綻ばす我が子達を見て、改めて思った。下についてしまったら最後、自由は無くなる。
楽しい楽しい異世界生活は無くなってしまう。
───そうだ。支配されるなんて、真平ごめんだ。
憎々しげに顔を歪めたノアの耳に、たまたまアーニャが漏らした独り言が届く。
それはモヤモヤしていたノアの気分を変えるには、十分な程の言葉だった。
「そういや、今日は勇者が仲間を選出する日でしたね。王都でフェスティバルをやるとか⋯⋯」
その独り言にノアの眉がピクリ、と動く。それからのノアの行動は速い。
ばっ、と振り向き、カウンターに身を乗り出す。
「フェスティバルですか!?」
ほんの数秒の出来事だった───言った本人であるアーニャもその僅かな間の出来事に、驚きを隠せない。
目を見開いて固まったまま、アーニャは何とか返事を返す。
「え、ええ⋯⋯出店が沢山出ますよ。珍しい催しでしたら、力試しをして賞金を貰う、なんて店もありますし⋯⋯これは見るだけでも楽しいですね」
これはぜひ行きたい。いや何としてでも行く。
なんせ、楽しそうなのだから。当然、異世界のお祭りというのにも興味がある。
勿論、一番の目的はアーニャの最後の言葉だ。
『力試しをして賞金を貰う』
なんと都合の良い事だろうか。そこで稼げられれば、居候から晴れて卒業、冒険者どもとおさらばできる。
(⋯⋯本当に何故アレは、ああも私に好奇の眼差しを向けてくるのか。こんな見た目だから、仕方のない事なのか?)
散々うんざりした思い出を振り払い、表情を変えたノアは紅い瞳をランランと輝かせた。
───お金も少しは貯まっている、これは楽しむ他ない。
「⋯⋯王都にはどう行けば?」
「ちょっと待っていて下さいね」
快く承諾したアーニャは、王都までの道のりを簡単に書いてノアに渡す。
「王都は真ん中なので、迷わないとは思いますが⋯⋯」
「わざわざ、ありがとうございます。助かります」
「⋯⋯い、いえ。楽しんできて下さいね」
紙切れを貰ったノアは、至極満面なる笑みを浮かべた。
それを見たアーニャは安心した。
出会ってから初めて見る表情、作り物のような今までとは違い、人間味のあるものだったのだ。
なんだ、子供らしい所もちゃんとあるじゃないの───と、微笑むアーニャ。
ノアの笑みは金の執着と知ってか知らずか───⋯⋯その心内は穏やかである。
アーニャがそんな事を思っているとは知らずに、ノアは2人に駆け寄った。
不意にジルを見て、ある事に気づく。さらりと流していたが、ジルはあのTシャツを着ていた。
「あれ、ジルさん。今日は最強Tシャツなんですね、お仕事はお休みですか?」
───数日、居候生活をして知った事がある。
ジルは普段、主にイアストを中心とした警備の仕事をしている。その際に、ギルドを点々と移っているのだ。
仕事時は軽鎧で身を包んだ軽装備なのだが、休日はあの何とも言えないTシャツで一日を過ごしている。
⋯⋯いやはや、最もどうでもいい情報だ。
「ああ、俺も後でフェスティバルに行こうと思ってな」
「⋯⋯へえ、じゃあ会うかもしれないですね」
言いながら、ノアは冷や汗をかいていた。
まずい、これはまずい⋯⋯かもしれない。
力試しの催しがどのようなものかは知らないが、恐らく相当な力自慢が現れるのだろう。
それを、ただの箱入り姉妹が破ったらどうだろうか。
(⋯⋯異常だな、そう常識外れだ。有り得ない)
それでも、どうしようもない事だ。出来ることは、せいぜい気をつける事くらいか。
ふと、扉に手をかけたノアが振り向いた。
「───そう言えば、ファントム君最近見ませんが⋯⋯どうしたのですか?」
「⋯⋯あ?ああ、数日前に旅立ったんだと⋯⋯ったく、一言挨拶していけばいいのによ」
「いつの間に⋯⋯」
表面はさも驚いた風に振る舞うノアだが、これは既知の事実に過ぎない。
───実はシャドウ=ファントムは数日前の夜、旅立つ事をノアに伝えていた。
寒空の下で対峙する2人。
『俺は明日、別の国へと出発するんだ』
『随分早いね。どうして?』
ノアは不思議に思った。
───まだ転移から一日しか経っていない筈だ。
当然、ギルドからの収入も安定しているとは言えないだろうし、次の国までに食糧が持つかどうかもわからないだろう。
その事をシャドウに伝えると『資金は大丈夫だ』と満面の笑みで答えた。
聞くと、たまたま依頼の途中で森のにいた狼のような魔物が出現したらしく、その素材を売ってかなり儲けたらしい。
⋯⋯それを聞いたノアは箱入り姉妹なんて設定にしなければ良かったと、心底後悔した。
『いやぁ⋯⋯結構強めだったけど、初戦闘はあっさりだったな!!さっすが、今話題のチート転生⋯⋯これで海斗に勝てる!!待ってろ、俺のチーレム生活!!』
興奮気味に、1人でシャドウは話す。ノアは、冷ややかな目でそれを見た。
チートだ、ハーレムだと浮かれる馬鹿は、何年経ってもそのままなのだろう、きっと。そして敵の力量を測れず、自身の力を過信し虚しく孤独死するのがオチだ。
まあ、他人を助ける気など微塵も起きないが。
最早褒め称えたい程の愛するべき馬鹿だが、話したい事はまだ終わっていない。
ノアはシャドウの戯言を、さっくり受け流した。
『厨二君、それはよかったね。⋯⋯そうそう、今確認できているチートって、ステータスが凄いっていう事だけ?』
『そうだな、あとは再生能力が高いとか。ノアもそんな感じか?』
『⋯⋯まぁね』
シャドウの質問に、ノアは言葉を濁す。そして肩を落とした。
───期待はずれだったな。
本当に聞きたかったものは聞けずに、時間だけが過ぎてしまった。無駄という程ではないが、何となく勿体ない。
(同じ転移者という立場を利用して、聞く事ができればなとは思ったが、そう上手くはいかないな)
彼の表情からして、嘘はついていないように思える。本当に能力は判明していないらしい。
余計な能力が判明するくらいならこのままの方が、もしも敵対した場合にいいだろう⋯⋯敵対する事はないと言い切りたいが。
『じゃあ、なんで旅立つの?』
首を傾げたノアに、シャドウは言いにくそうに言う。
『⋯⋯あー、と。俺が勇者召喚の巻き込まれって言ったらわかるか?』
勇者には極力会いたくないんだよ、と困り顔のシャドウ。
聞けば昨日勇者が王都にいると知り、急いで資金集めをしたと言う。
それなら、納得だ───⋯⋯テンプレであるならば。
あんな性格の勇者には、出来るだけ会いたくないだろう。
『成程ね』
ノアは納得した面持ちで、シャドウとの会話を終わらせた───⋯⋯。
回想すると、こんな感じだ。今、シャドウはこの国にはいない。
「折角仲良くなれそうだったのに、残念です」
「全くだ。少年とはまだ語り合いたかった」
───嘘だ。馴れ合うつもりなど毛頭ない、敵対さえしなければそれでいい。
ノアは改めて扉に手をかける。後ろから、ローザとモミジが別れの挨拶をする声が聞こえた。
「では、行ってきます」
───今日の目標も金稼ぎだ。しかし、今日は今迄よりも簡単⋯⋯の筈だ。
(※まだ本編は始まっておりません⋯⋯早く始めたい所存でございます)




