9.拠点でした
次の日の朝、ノアはモミジとローザを連れてギルドへと顔を出した。
既にアーニャを含めた受付嬢たちとジルは、朝早くに起きて冒険者を迎え入れる準備をしている。
「おはようございます、ジルさん」
「おっ、起きんのはえーな。感心感心」
ニカッとした笑顔に、思わずノアも笑みを浮かべた─── ⋯⋯後ろに立つ2人はその様子に青筋を立てていたが。
それでも主の為、2人は笑顔で挨拶する。
「ごきげんよう、ジルおじさま」
「おじさん、おっはよぉ~」
「おう、おはよう」
2人の笑顔が作り笑いなのにも気付かず、ジルは気さくに挨拶を返した。
微笑ましいその光景から視線をアーニャへと移し、ノアは聞く。
今日から早速金を稼がなければならない。それには依頼を受け達成する事が、ノアにとっても最も手っ取り早い。
本当は高難易度の依頼を受けたいところだが、表向きはまだ初心者。段々と難しくしていけばいいだろう。
「アーニャさん、初心者向けの簡単な依頼を数枚紹介して下さいませんか?オススメをお願いしたいのです」
「おすすめ⋯⋯ですか。そうですね⋯⋯」
悩んだ末にアーニャが掲示板から差し出したのは、数枚の黄ばんだ羊皮紙。ノアはそれをカウンター越しに受け取る。
「『薬草の採取』『下位草食魔物:跳躍兎の討伐』──これらなら、青銅冒険者である初心者の方でも達成出来ますよ」
跳躍兎だけが少し曲者ですけどね、と苦笑して言うアーニャ。ざっとそれらを眺めたノアは、満足気に頷いた。
初心者としてなら、先ずはこんなものだろう。報酬は心許ない金額だが、これからが上がっていくはずだ。
「ありがとうございます、アーニャさん。助かりました」
「いえいえ、こういうのも仕事の内ですから。お気を付けて」
「あ、そうだ」
ふと思い出したようにノアが懐から紙切れを取り出すと、やや困惑気味のアーニャに手渡す。
カウンター越しに身を乗り出したノアは、紅い瞳でじっと見つめた。
「これをシャドウ君に渡してくれませんか」
「それは構いませんが⋯⋯」
その紙切れに書いてある文字を見つめ、アーニャは首を傾げる。こんな文字は見た事もない。
それもその筈、その文字は昨夜ノアが適当な紙切れに〝日本語〟で書いたものなのだから。
思った通り、この世界の人々は読めないらしい。
「この文字は⋯⋯何でしょう。見た事がありませんね⋯⋯エルトラシア文字ではありませんし。これはどういう意味なんです?」
「秘密です。シャドウ君なら意味がわかりますよ」
「は、はあ」
「とにかくお願いします」
絶対渡して下さい、と真剣な顔で念を押すノア。その迫力に押され、思わず仰け反ったアーニャは紙切れをカウンター下へとしまう。
未だに頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
そんな様子のアーニャにしたり顔のノアは、横に視線を移して言う。
「ローザ姉さん、モミジ。行こう」
ジルの周りで談笑しているローザとモミジを呼び、ノアがギルドから出ようとした時だった。
不意にジルから呼び止められる。
「もしかしたら腹すくかもしれねーからな。ほれ、お前らの弁当だ」
ぽいっ、と投げられたのは三つの巾着袋。いきなりの事に驚きながらも、3人はしっかりとそれを受け取った。
愉快そうに笑うジルに、ノアは思わず文句を言う。
受け取れなかったら、中身が飛び散ったかもしれないのだ。
「ジルさん、投げるなんて危ないじゃないですか」
「そう言いながら、ちゃんと取れてるじゃねーか。結果オーライだろ?」
「それもそうなんですけど⋯⋯もし受け取れなかったら、どうするつもりだったんです?落ちたら勿体ないですよ」
ノアからの質問にジルは一瞬考えた後、ハッとした表情で乾いた笑い声をあげた。
それを見て、ノアは呆れたように息を吐く。
「ハハハ⋯⋯考えてなかった」
「⋯⋯常識ですよ」
────────────────
別れの挨拶を終え、ノアたちはギルドの外へ出る。早朝だからかまだ道行く人は少なく、その代わりに商人の馬車が多く見えた。
ここ、エルトラシアでも日本にいた動物は存在するようで、馬車を引くのは馬が基本──そこは変わらない。稀に見た事のない動物が馬車を引いていたが、本当に稀だ。
「どの依頼も、標的は国外近くの草原に生息しているのか⋯⋯見晴らしも良さそうだし、やっぱり初心者向けだね。場所が安全だ」
依頼書を眺めながら、ノアは独り言を呟く。
そこには有難い事に、簡略な地図と標的の特徴を記した絵が書かれていた。
異世界に来たばっかりのノアにとって、この配慮はとてもありがたい。
(でも、両方とも見た事ないな⋯⋯CWOには無かったのか⋯?)
両方とも見た事がない。
やはりここはCWOとは別の世界なのだろうか、とノアは考え込んだ。だが魔法は問題なく使えるし、アイテムボックスも存在している。
「⋯⋯未知の世界、か」
複雑そうな顔のまま立ち止まったノアに、後ろで控えていたローザがおずおずと聞く。
「⋯⋯私たちはどうすればいいのでしょうか」
「あーそうだね⋯⋯先ずはお金を稼がなきゃいけないから、暫くは出来る限り依頼を受け続ける事になるのかな⋯⋯それでもいい?」
最後の一言は2人の身体を心配しての事だったが、主の為なら、肉体を使う事は寧ろ悦びに繋がるという2人にとってその心配は不要。
ノアも若干引く程の反射で返答する。
「私は全然構いませんわ!!」
「あたしもへーきです!!」
「そ、そう⋯?なら、いいんだけど⋯⋯」
産みの親であるノアでも若干の苦笑いである。
そんな2人を連れて再び歩き出す。
依頼書の通りならば、国外近くの草原の側には拠点を置いた森がある筈だ。
───どうせ今日行くと伝えていたし、依頼ついでに様子を見に行こう、とノアは考えていた。
NPCたちの様子は《念話》でノワールから随時報告されているものの、早く会いたいという気持ちが心の底にある。
「冒険者の方々ですか。どうぞお通り下さい」
胸についている青銅のギルドメダルを見て、門番が道を開ける。会釈をして、ノアたちは通り抜けた。
扉が完全に閉め切られたのを確認して、ノアは2人に依頼書を手渡す。
「ちょっと拠点の方に行くから、ここで依頼をこなしてて。一緒に帰るから、終わったとしても国外で待機していてね。後でここに戻ってくるから」
ノアの言葉に2人は深々と頭を垂れ、了解の意を示す。
2人が了解したのを見てから、ノアは無詠唱で転移魔法を発動した。
一瞬の浮遊感の後、地面に足がつく感覚に心が安堵する。
一瞬とはいえ何度やっても、この内臓が浮き上がるような浮遊感だけは慣れない。CWOではまず、味わう事すら無かったのだから。
「お待ちしておりました、主様」
ノワールの声に顔を上げれば、そこには古びた洋館を背に5人のNPCたちが跪いていた。
洋館の見た目は申し分ない。森の奥にあってもおかしくないような古さである。それに木の高さより低く、木々に上手く隠れていて見つけにくい。
最後に幻属性の魔法をかければ完璧だろう。
洋館を見ながらノアが満足気に頷いていると、オドオドした少女の声が前から聞こえた。
「せ、僭越ながら私から、この森に関してのごごご報告を⋯⋯」
吃りながら言うのはリリィ。確かリリィとヴァイスの2人には、この森の調査を頼んだ筈だ。
吃っている所に思わず苦笑するノア。そして、話していいとでも言う風に一つ頷いた。
一礼してからリリィが話し始める。
「こ、この森は同じような景色が続く程、何処も茂っております。かなり広く、大国一つ分くらいはある様です。お、おも、主に生息する魔物は、浅い所にはゴブリンキングを主としたゴブリン一族、えっと深い所にはダイアウルフなどの狼系の魔物が群れを成して生息しています。他にも魔物はいますが、その2族程の数はいませんでした⋯⋯に、人間にして見れば全ての魔物が強力なので、浅い所ならともかく滅多に奥には来れないようです⋯⋯」
漸く長い報告が終わった。感謝の意を込めて、リリィとヴァイスに「お疲れ様」と声をかけるノア。
(ゴブリンとダイアウルフか⋯⋯確かCWOにもいた筈。ダイアウルフは常に群れ行動とはいえ、ランクはそこまで高くなかった気がする。なのに人間は奥に中々来れないのか⋯⋯)
強さの基準が明らかに違う。
確かにBランクのグレイウルフの強化版であるダイアウルフは強力だが、それでも装備と経験さえあればソロ攻略も難しくはない。群れであれば、ランクにしてAと言ったところか。
(まあ、その方が好都合か。余り拠点を嗅ぎ回られたくないし⋯⋯魔物対策にはアンデッドでも警備につかせようか。丁度、洋館の雰囲気にピッタリだし)
空中の魔素からできる魔石が、死者の体内に宿る事で基本、アンデッドは生み出される。生息地としては墓場が多いが、こうした古い建物にも生息している───CWOではこんな説明だった。
後で特殊技術で召喚しよう、とノアは心の中にメモをした。
「じゃあ、報告も済んだようだし⋯⋯拠点を見せて貰おうかな」
「じゃあ、俺が案内しますよ。主さま」
自信でもあるのか、妙に得意気な顔をしたラーヴァの案内で洋館の中を見て回る。後ろからは他のNPCたちが続く。
「⋯⋯おお」
入った瞬間、ラーヴァが自信あり気だった事に納得した。これは凄い。
天井には煌めくシャンデリア、黒大理石で作られた柱や床は高級感が漂い、センス良く置かれた調度品が、空間の雰囲気を一段と格式高いものにする。
大広間にロビー、個人部屋はホテルの一室のよう、そして設備の整った立派な厨房⋯⋯見た目からは想像も出来ないような立派な造りとなっている。しかもかなり広く、8人どころかその数倍もの人数が住めそうだ。
(調度品とか家具もバッチリだ。流石、建築くん。家造りに関しては使えるな)
部屋を見て周りながら、ノアは感心する。
CWOではない世界でこうして見ると、アイテムの有り難みがよくわかった。
ふと、ラーヴァが立ち止まる。目の前には他よりも豪華に装飾された扉がある。
それを見て何となく察したノアは、小さく息を吐いた。
「そして、こちらが主さまのお部屋です」
恭しくラーヴァが言った言葉は、やはりノアの予想通りの言葉である。
ラーヴァが扉を開け、ノアが部屋に入る。内装を見た瞬間、ノアの目が見開かれた。
「⋯⋯へえ」
───センスが良い。
黒と白で纏められたモノトーン───まさにノアの好みど真ん中である。
扉とは違い全体的に落ち着いた雰囲気で、家具も装飾も申し分ない。
「⋯⋯お気に召しましたでしょうか」
「うん、ありがとう。いい部屋だよ」
不安気な顔をするラーヴァに、ノアは笑みを向ける。ラーヴァの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「それでは、最後の部屋にして偉大なる御方が君臨する間───玉座の間へ案内します」
────────────
ノアが絶句したのは言うまでもない。
「やはり主様が、この玉座に最も相応しいですね。そこに鎮座なされるだけで、絶対的支配者故の圧倒的なオーラが漂ってきます」
「⋯⋯すごく、いい⋯⋯」
「⋯⋯お、お美しいです⋯やややっぱり、主さまは唯一の主です」
「完璧!!さすが俺っしょ?」
「僕はそう思わないけどね?何、この地味で短調なデザイン?⋯⋯僕ならもっと主様に相応しい玉座を作れるよ」
「んだとゴラ」
「事実だよ」
こちらに畏敬の眼差しを向けるNPCたちを眼下に、居心地が悪そうにノアは玉座に座り直した。
ため息を吐けども、時は巻き戻ってはくれない。
「⋯⋯何の罰ゲームだよ、これ」
黒大理石をベースとし、細やかな彫刻がその芸術性高めている。そして美しい彫刻のアクセントとして、所々に大粒の鮮やかな宝石たちが光り輝いていた。
また、座る者への配慮として、身体が沈み込む程柔らかなクッションと肌触りの良い布が敷かれている。
だから、座り心地は良い。とても良いのだが──⋯⋯。
「⋯⋯恥ずかしい」
扉から足元まで続くレッドカーペット、頭上で煌めくシャンデリア。そして跪くNPC(我が子)たち。
何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。
───断れないのは日本人の性なのだろうか。本当に悲しい事だ。
あれよあれよという間に、玉座に座らされてしまった。堂々とした態度で腰掛けているが、よくよく見ると口元がやや引き攣っている。
今、ノアはラーヴァとシュヴァルツに全力で問いたい気分だった。
(⋯⋯どうしてこんな部屋を作ったんだ。確か、8人が住む必要最低限の部屋があればいいと言ったはず⋯⋯しかも無駄に広いし。一番広いんじゃないかこの部屋)
しかしこの部屋を無くそうにも、この〝玉座の間〟がある事に何故か納得している我が子を見ていると、その考えは無いに等しくなってしまう。
いや、無くそうと決定したら従うだろうが、きっと何処が駄目だったのか聞いてくるに違いない。そして代案を出してくることだろう。
しょうがないのか、とノアが諦めの独り言と共に息を吐く。
そして、アイテムボックスから『建築くん』を複数枚取り出しながら、下で跪くNPCたちに告げた。
「次は私がコレをいじっていいかな」




