番外編Ⅱ「約束」
文化祭まであと二ヶ月。
アカネは獅龍凰の折れた腕を前に頭を抱えていた。
西田から教わった通り、真鍮線を軸にして接続する。
言っている事は分かる。
だが、上手くいかない。
ピンバイスが滑る。
穴の位置がずれる。
気付けば同じ作業を何度も繰り返していた。
「うぅ……。」
思わず唸った時だった。
「アカネ、お前塗装はすげぇのに加工になると不器用だな〜。」
横からひょこっと康太が顔を出した。
「うるさい。」
アカネは即答する。
康太はケラケラ笑いながら隣へ座った。
「貸してみ。」
「いい。自分でやる。」
「そう言って十分くらい格闘してるじゃねーか。」
「見てたの?」
「そりゃ隣だし。」
悪びれる様子もない。
アカネは小さく舌打ちすると、再びピンバイスを握った。
だがやっぱり上手くいかない。
その時だった。
「だからこうやるんだって。」
康太が後ろから手を伸ばす。
そして。
ピンバイスを握るアカネの手を、そのまま包み込んだ。
「こうやって真っ直ぐ――。」
「………っ!」
アカネの肩が跳ねる。
だが康太は気付かない。
本当に気付かない。
こいつは昔からそうだ。
距離感というものがない。
普通ならためらうような事も平然とやる。
そして全部終わった後に。
「ほら。」
そう言って笑うのだ。
「な?できたろ。」
満足そうな笑顔。
その顔を見ていると、なんだか文句を言う気も失せてしまう。
「……ありがと。」
小さく礼を言う。
康太は得意げに胸を張った。
正直。
こういう所に狂わされる。
「そういやお前、獅龍凰どんな感じで作るんだ?」
「アタシ?」
アカネは箱絵を見ながら答えた。
「腕直したら、とにかくピッカピカにする。」
「ピッカピカ?」
「そう。このメッキパーツみたいに全身光らせるの。」
「おお!」
康太の目が輝く。
「いいじゃん!」
「でしょ?」
「それなら磨き工程の繰り返しだな。」
アカネは頷いた。
「全部一人でやるの大変だぞ?」
「まぁね。」
「よし、手伝ってやる。」
即答だった。
「いいよ。あんたも自分の作品あるでしょ。」
「MGは元から出来がいいから大丈夫だって。」
「いや、そういう問題じゃ――」
「気にすんなって!」
満面の笑み。
アカネは少しだけ考えて。
そして観念したように肩をすくめた。
「……じゃあ手伝って。」
「おう!」
嬉しそうに返事をする康太。
その顔を見ていると。
少しだけ。
本当に少しだけ。
文化祭が楽しみになった。
次の日も。
また次の日も。
康太はアタシの制作を手伝ってくれた。
獅龍凰は少しずつ完成へ近付いていく。
磨いて。
磨いて。
また磨く。
単調な作業の繰り返し。
それでも不思議と苦じゃなかった。
「やっぱお前、磨きに入るとすげぇよ。」
康太が完成しかけたパーツを持ち上げる。
蛍光灯の光を反射して、表面が綺麗に輝いた。
「艶の出し方が上手い。」
「はいはい。」
適当に返事をする。
でも。
褒められるのは少し嬉しかった。
「なぁ、このくらいでどうだ?」
「んー……。」
アカネはパーツを受け取る。
「もうちょい。」
「マジか。」
「マジ。」
そんなやり取りをしている時間が楽しかった。
だから。
気付かなかった。
「あんたのステイメンは?」
「ん?」
「アタシばっか手伝ってもらうのも悪いし。」
アカネはヤスリを置いた。
「アタシも手伝う。」
「お?」
「ほら。」
手を差し出す。
「ステイメン出しなさいよ。」
康太は少し固まった。
「あー……。」
珍しく視線を逸らす。
「今日は家に置いてきた。」
「は?」
「わりぃわりぃ。」
康太は笑う。
「気持ちだけ受け取っとく!」
「なにしてんのよ。」
アカネは呆れて肩を竦めた。
康太も笑っていた。
アタシも笑っていた。
――この時に気付けばよかった。
あいつが自分の作品を一度も見せようとしなかった理由に。
その笑顔の裏側に。
半月が過ぎた。
獅龍凰の制作は順調だった。
康太のおかげだ。
磨き方も。
合わせ目の消し方も。
塗装の順番も。
困ったら聞けば教えてくれる。
だから作業はどんどん進んでいった。
康太は相変わらずだった。
アタシの制作を手伝う。
美琴が困っていたらそっちへ行く。
文化祭の準備も進める。
初心者教室の資料も作る。
いつも忙しそうだった。
でも。
その頃のアタシはまだ、それを当たり前だと思っていた。
ある日の放課後。
珍しく康太がステイメンの箱を持ってきていた。
アタシは少し嬉しくなる。
やっと自分の作品を進める気になったんだ。
どんな風に作るんだろう。
気になった。
康太の作品を見るのは好きだった。
けれど。
康太は箱を開けなかった。
美琴の所へ行く。
戻ってくる。
今度は文化祭の資料をまとめる。
そのまま西田と何か話している。
気付けば放課後が終わろうとしていた。
「あいつ、何しに持ってきたのよ。」
アタシは小さく呟く。
そして。
康太が席を外した時だった。
少しだけ。
本当に少しだけ見るだけ。
そう思って箱を開ける。
中にはステイメンが入っていた。
いや。
正確には。
まだステイメンですらなかった。
ランナー。
説明書。
未開封のパーツ。
半月前と。
ほとんど変わっていなかった。
アタシは箱の中を見つめる。
何秒も。
何秒も。
言葉が出なかった。
その時初めて。
胸の奥に小さな違和感が生まれた。
これ、いつ作ってるの?
あれからまた半月。
今日も康太は誰かを手伝っていた。
アタシだったり。
美琴だったり。
初心者教室の資料作りだったり。
相変わらず忙しそうだった。
でも最近はステイメンも机に置いてある。
少しずつだが作業は進んでいるように見えた。
半月前、箱を開けた時みたいにランナーのままじゃない。
だから。
アタシは安心していた。
――あの日までは。
文化祭まで一ヶ月を切ったある日。
部活帰り、校門で皆と別れた後、アタシは家へ帰った。
風呂に入ろうとして気付く。
「あ。」
メイクセットを部室に忘れていた。
正直、もう一度学校へ行くのは面倒だった。
でも明日の朝困る。
仕方なく夜の学校へ戻った。
人気のない校舎。
静かなグラウンド。
その先にある模型部のプレハブ小屋だけに灯りがついていた。
「……え?」
思わず足が止まる。
窓から中を覗いた。
そこにいたのは――
「……康太?」
さっき校門で別れたばかりだった。
帰ったと思っていた。
なのに康太は部室に残っていた。
机に向かい、必死にステイメンを削っている。
机の上には栄養ドリンク。
一本や二本じゃない。
何本も並んでいた。
胸がざわつく。
考えてみれば。
部活中に康太がステイメンを触っている所を見ていない。
アタシや美琴を手伝って。
文化祭の準備をして。
初心者教室の資料を作って。
自分の作品を作っている所なんて見た覚えがなかった。
嫌な予感がした。
そして。
その予感はきっと当たっている。
気付けばアタシは勢いよく扉を開けていた。
ガラッ――。
突然の音に康太の肩が大きく跳ねる。
「……っ!アカネ!?」
驚いた顔。
その反応だけで十分だった。
「なんでこんな時間にここに来てんだよ!」
「……こっちのセリフよ。」
アタシは真っ直ぐ康太を見る。
机の上のステイメン。
紙ヤスリ。
栄養ドリンク。
全部そこにあった。
「あんた。」
声が震える。
「いつからこんな事してんの。」
康太は一瞬だけ目を逸らした。
だがすぐにいつもの笑顔を作る。
「ん? なんの事だ?」
「とぼけんなっ!!」
思わず声が大きくなる。
「あんた、まさか毎日帰ってないんじゃないでしょうね!」
「あー……。」
康太は頭を掻いた。
「ちょっと時間足りなくてな。」
その一言で分かった。
嫌な予感は当たっていた。
「アタシたちに構ってるからでしょ!!」
「……。」
「なんでよ!!」
声が震える。
怒りなのか。
悔しさなのか。
自分でも分からなかった。
「なんで大丈夫だなんて嘘ついたのよ!!」
康太は小さく息を吐く。
「俺はやんなきゃなんねー事が山程あんだよ。」
そして机に置かれたステイメンを見る。
「お前らのサポートも、その一つだ。」
「誰がそんな事頼んだ!!」
アタシは叫ぶ。
すると康太も声を強めた。
「俺の為だ。」
その言葉に息を呑む。
「俺自身の守らなきゃいけねぇ約束の為だ。」
約束。
こいつは何かを抱えている。
ずっと。
ずっと前から。
なのにアタシは。
康太と一緒にプラモを作るのが楽しくて。
浮かれて。
頼って。
何も気付かなかった。
アタシは。
本当にバカだ。
「……なんなのよ、その約束。」
康太は黙る。
「言ってよ。」
一歩近付く。
「……お願いだから。」
声が震える。
「じゃないと、何も分からない。」
しばらく沈黙が流れた。
そして。
康太は小さく呟く。
「……お前にはわかんねーよ。」
その一言だった。
アタシは机を叩く。
「わかんないわよ!!」
部室の空気が震える。
康太が顔を上げた。
「だってあんた何も言わないじゃん!!」
怒りなのか。
悔しさなのか。
アカネ自身にも分からなかった。
ただ。
目の前の男が一人で抱え込んでいる事だけが許せなかった。
すると。
康太が立ち上がる。
椅子が大きな音を立てた。
「約束したんだよっ!!」
初めてだった。
康太がこんな声を出したのは。
「俺は!」
拳を握る。
「西田が守ったこの部室を!」
「この模型部を!!」
「これからも続いていく部活にしなきゃなんねぇんだ!!」
アカネは息を呑む。
康太は止まらなかった。
「お前らも守んなきゃいけねぇし!!」
「来年も部員が入る部活にしなきゃいけねぇ!!」
「ずっとだ!!」
「俺達が卒業しても!!」
「ずっと続かせるんだ!!」
その顔を見て。
アカネはようやく気付いた。
怒っているんじゃない。
怯えている。
失う事を恐れている顔だった。
康太は俯く。
握った拳が震えていた。
「そのためなら……俺は……。」
言葉が途切れる。
そして。
絞り出すように言った。
「これは……俺の中の呪いなんだ……。」
アカネの胸が痛んだ。
「お前らに無理はさせられねぇ……。」
康太は目を合わせない。
「……早く帰れよ。」
部室が静かになる。
しばらく誰も何も言わなかった。
やがて。
アカネが口を開く。
「……バカじゃないの。」
康太は反応しない。
「バカじゃないの。バカじゃないの。」
「バカじゃないのっ!!」
アカネが叫んだ。
康太が顔を上げる。
目には涙が浮かんでいた。
「その約束を!!」
アカネも涙目だった。
「なんでアタシたちにも背負わせてくれないのよ!!」
康太は言葉を失う。
「一人で勝手に背負って!」
「勝手に苦しんで!」
「勝手に無理して!」
「そんなの部活じゃないでしょ!!」
康太は何も言えなかった。
アカネは荒い息を整える。
そして背を向けた。
「……もういい。」
「明日、西田に聞く。」
康太が顔を上げる。
「約束の事。」
アカネは振り返らない。
「あんたはもうアタシの事手伝わなくていい。」
鞄を掴む。
そして。
「じゃあね。」
部室の扉が閉まる。
残された康太は動かなかった。
ただ一人。
静かな部室で立ち尽くしていた。
康太と喧嘩した次の日。
アカネは制作を教えてもらうという名目で、西田を空き教室へ呼び出した。
「……西田。」
「ん?」
西田は資料から顔を上げる。
アカネは真っ直ぐ見つめた。
「康太との約束ってなに?」
一瞬。
西田の動きが止まった。
そして小さくため息を吐く。
「木戸に聞け。」
即答だった。
だがアカネは引かなかった。
「聞いたわよ。」
声が少し強くなる。
「でも教えてくれなかった。」
拳を握る。
「帰れって言われた。」
西田は黙る。
アカネは続けた。
「あいつ、最近ずっと無理してる。」
「文化祭の準備も。」
「初心者教室も。」
「自分の作品も。」
「全部一人でやろうとしてる。」
少し俯く。
「アタシたちには何も言わないで。」
「一人で。」
教室へ静寂が落ちた。
やがて西田が呟く。
「……重荷にさせちまったかな。」
その声は、どこか後悔しているように聞こえた。
それから西田は話してくれた。
康太たちとの出会い。
岩崎模型店。
取り壊されそうになった模型部。
夏祭りの夜。
そして。
今もプレハブ小屋が残り続けている理由。
話を聞き終えた時。
アカネはしばらく何も言えなかった。
「今まで……。」
小さく呟く。
「西田が模型部守ってたんだ。」
西田は苦笑する。
「守ったってほどでもねぇよ。」
そして窓の外を見る。
「木戸には悪いことをした。」
「あいつらは約束通り、この高校に来てくれた。」
「それで充分だったんだ。」
少し間を置く。
「約束なんて、ただのきっかけだ。」
「俺は。」
西田は笑った。
「俺達が好きだった場所を守りたかっただけなんだよ。」
そしてアカネへ視線を戻す。
「木戸に伝えといてくれ。」
「もうそんなに抱え込まなくていいってな。」
「後は俺の問題だ。」
アカネはしばらく黙っていた。
それから。
呆れたように笑う。
「……バッカみたい。」
西田が眉をひそめる。
「は?」
「カッコつけてさ。」
アカネは立ち上がった。
「好きだった場所が。」
「なんであんた達だけのものなのよ。」
西田の目が少しだけ見開かれる。
アカネは続けた。
「康太には、その約束ずっと背負わせる。」
「お、おい。」
「でも。」
アカネは笑った。
「アタシ達も背負う。」
その言葉に迷いは無かった。
「アタシ達も模型部なんだから。」
「部員ってそういうもんでしょ。」
しばらく。
誰も何も言わなかった。
西田は呆気に取られたままアカネを見る。
やがて。
小さく吹き出した。
「……フッ。」
そして肩を竦める。
「好きにしろ。」
アカネは満足そうに笑う。
「好きにするわよ。」
そう言い残し、教室を出て行った。
一人残された教室。
西田は閉まった扉を見つめていた。
そして小さく呟く。
「……京子。」
窓から夕日が差し込む。
「今の模型部。」
少しだけ笑う。
「俺達以上かもな。」
それから数日。
康太とアカネは、ほとんど口を利いていなかった。
部室には静かな空気が流れている。
誰もが自分の作業へ集中していた。
美琴はティーガーⅡ。
涼介は零戦。
アカネは獅龍凰。
そして康太は――
相変わらず自分のステイメンよりも、文化祭の準備ばかり進めていた。
展示用パネル。
初心者教室の資料。
配布用の説明書。
部室のレイアウト案。
誰よりも忙しく動いているのに、自分の作品だけはなかなか進まない。
それを見ていたアカネは、何も言わなかった。
いや。
言えなかった。
ある日の放課後。
「材料なくなっちゃったから、みんなで模型店行かない?」
美琴の一言で、四人は岩崎模型店へ向かうことになった。
康太は少しだけ安堵する。
ちょうどいい。
イワサキで解散した後、学校へ戻ろう。
説明パネルも終わってない。
初心者教室の準備もある。
やることはいくらでも残っている。
「よし! 行くか!」
いつものように明るい声を出す。
その瞬間。
アカネの視線を感じた。
だが康太は気付かないふりをした。
岩崎模型店。
それぞれが買い物を済ませ、レジへ並ぶ。
その時だった。
「康太。」
京子が不意に声を掛ける。
「ん?」
「……あんた。」
何か言いかけて、やめた。
そして小さく首を振る。
「いや、なんでもない。」
「?」
康太は首を傾げる。
だが京子はそれ以上何も言わなかった。
店を出る。
夕日が商店街を赤く染めていた。
「じゃあまた明日な!」
康太は手を振る。
「おつかれー。」
「またね。」
三人と別れたあと。
一人だけ反対方向へ歩き出した。
向かう先は学校だった。
まだ終わっていない。
少しでも進めなければならない。
薄暗くなった校庭。
人気のない校舎。
その奥。
模型部のプレハブ小屋だけに明かりが灯っていた。
「……消し忘れか?」
康太は眉をひそめる。
扉を開ける。
そして固まった。
「……っ!」
部室の中には。
涼介。
美琴。
アカネ。
そして西田先生までいた。
「……なんでいるんだよ。」
誰も答えない。
代わりにアカネが顔を上げた。
「部員だからでしょ。」
あまりにも当然のように言う。
「なんでいるんだよ!!」
康太は声を荒げた。
アカネは目を逸らさない。
真っ直ぐ見返しながら、もう一度言う。
「だから。」
「部員だから。」
「お前らは巻き込めねぇって言っただろ!!」
康太の叫びが部室へ響く。
誰も目を逸らさなかった。
「これは俺が西田と京子さんにした約束だ!!」
「俺も約束してるだろ。」
静かに涼介が言う。
「お前は零戦の約束だろ!!」
「……。」
涼介は小さく息を吐く。
そして康太を見た。
「あの場所にいて。」
「それだけな訳ないだろ。」
康太の言葉が止まる。
「……でもっ!!」
康太は美琴とアカネを見る。
「お前らは関係ないだろ!!」
「関係あるよ。」
美琴が言った。
その声は小さい。
だけど、はっきりしていた。
「私も。」
アカネが続く。
「ミコも。」
「西田と約束したから。」
「今日、イワちゃんにも言ってきた。」
康太は言葉を失う。
「まぁ、そういう事だ。」
西田先生が立ち上がる。
そして康太の肩へ手を置いた。
だが。
康太はその手を振り払った。
「そういう事じゃねぇよ!!」
声が震えていた。
「この約束は!!」
「俺の中の呪いなんだよ!!」
部室が静まり返る。
「ずっとだ!!」
「あの日からずっと!!」
「俺は模型部を残さなきゃいけない!!」
「部員を増やさなきゃいけない!!」
「卒業した後も続く部活にしなきゃいけない!!」
「だから――」
康太は俯く。
「お前らに無理はさせられねぇんだよ……。」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
西田先生が口を開く。
「……呪いか。」
少しだけ笑った。
「そうだな。」
「俺も五年間、同じ呪いにかかってた。」
康太が顔を上げる。
西田は続けた。
「この部室は俺が守らなきゃいけない。」
「俺しか守れない。」
「そんな事ばっか考えてた。」
苦笑する。
「悪かったな。」
「同じもん背負わせちまって。」
それでも。
西田は首を横に振った。
「だが。」
「あの約束は取り消さねぇ。」
「俺は一人でこの部室を守った。」
「それは事実だ。」
「男の約束だからな。」
「そこだけは譲れねぇ。」
「だったら!!」
康太が叫ぶ。
西田は静かに答えた。
「木戸。」
「周りを見ろ。」
部室を見渡す。
涼介。
美琴。
アカネ。
全員がそこにいた。
「お前についてきた部員だ。」
「湊も。」
「藍沢も。」
「萩尾も。」
「それに俺もいる。」
西田は康太の頭へ手を置く。
今度は振り払わなかった。
「辛い時は頼れ。」
「神社裏の約束はな。」
少し笑う。
「顧問の俺にも。」
「今いる部員にも。」
「これから入ってくる部員にも。」
「全員にかかった。」
「模型部の呪いだ。」
康太は何も言えなかった。
ただ。
ただ大粒の涙だけが零れ落ちていた。
その日の帰り。
外はすっかり暗くなっていた。
模型部の全員で、初心者教室の準備をしている。
説明書を折る者。
展示パネルを作る者。
キットを仕分ける者。
誰も帰ろうとしなかった。
康太は作業の手を止める。
そして小さく言った。
「……アカネ。」
「ん?」
「ありがとな。」
アカネは一瞬だけ目を丸くした。
そして。
少しだけ笑う。
「心配かけんな。」
「バカ。」
今の模型部は四人。
去年までは部員が一人もいなかったらしい。
それでも。
学校の外れにあるプレハブ小屋は残っていた。
棚に並ぶ完成品も。
古びた工具も。
机に刻まれた傷も。
何年も前の部員たちが残したままーーずっと。
そして、これからも模型部は続いていく。
古びたプレハブ小屋と共に。




