第四章「キット」
新学期。
美琴とアカネは放課後、いつものように模型部のプレハブへ向かっていた。
廊下を並んで歩いていると、後ろから呼び止められる。
「おい、藍沢。」
振り返ると、西田先生が立っていた。
「えっ……なに?」
アカネが首を傾げる。
すると西田先生は呆れたように眉をひそめた。
「『なに?』じゃないだろ。」
「お前、写真部やめて模型部入ったんだろ? 早く入部届け出せ。」
「あ〜、そうだったね。」
アカネは肩をすくめる。
「また『派手な格好やめろ』とか言ってくるのかと思った。」
「服装検査の時だけはやめとけ。」
西田先生は即答した。
「それ以外は好きにしろ。」
そして紙を差し出す。
「……じゃなくて入部届けだ。ほら。」
アカネは受け取った紙を見ながら、その場で名前を書き始めた。
「あれ? アタシ、西田に模型部入るって言ったっけ?」
「言われなくても分かる。」
「え?」
アカネが顔を上げる。
西田先生は当然みたいに答えた。
「京子に聞いた。」
その瞬間。
アカネの目が大きく見開かれた。
「はぁ!? なんであんたがイワちゃん知ってんのよ!?」
「西田先生は京子さんと一緒に模型部だったんだよ。」
横から美琴が説明する。
「えっ。」
アカネは一瞬固まった。
そして次の瞬間、ニヤニヤしながら西田先生を見る。
「はっは〜ん。」
嫌な笑い方だった。
「なるほどねぇ〜。」
「京子とか呼んじゃって〜。」
「西田もスミに置けないじゃ〜ん?」
「イワちゃん綺麗だもんねぇ〜。分かる分かる。」
「はいはい、そうだな。」
西田先生は適当にあしらう。
「……否定しないんだ。」
美琴が思わず呟いた。
西田先生は聞こえなかったふりをして続ける。
「それより。」
「木戸に伝えとけ。」
「文化祭で展示するなら申請書出せって。」
「「文化祭!?」」
美琴とアカネの声が綺麗に重なった。
「うちの文化祭は十一月の頭だ。」
西田先生は壁の予定表を指差しながら言う。
「今のうちに申請しとかないと教室取れなくなる。」
「去年までは部員いなかったから、そんなの必要なかったけどな。」
「わかった!」
アカネが勢いよく手を挙げた。
「康太に言っとく!」
そう言うなり、廊下を走り出す。
「あっ、アカネちゃん!」
美琴も慌てて後を追った。
「それじゃ失礼します! 西田先生!」
「おう。」
二人が走り去るのを見送りながら、西田先生は小さくため息をついた。
「……萩尾しか敬語知らねぇのか、あいつら。」
そう呟く声だけが、静かな廊下へ残った。
「康太! 湊!」
プレハブの戸を勢いよく開け、アカネが部室へ飛び込む。
すでに部室にいた二人が振り返った。
「おう、アカネ。おつかれ! 美琴も一緒か。」
「嬉しそうだな。」
アカネは鞄を机へ置きながら言った。
「さっき廊下で西田に会ってさ! あいつ、イワちゃんと模型部だったんだってね!」
「あぁ。」
「まぁ、そうだな。」
二人は軽く頷く。
「アカネちゃん、文化祭。」
後ろから来た美琴が思い出したように言った。
「そうだ!」
アカネが勢いよく振り返る。
「西田が文化祭の申請書出せって言ってた!! 今から出しとかないと教室の空きなくなるんだって!!」
「文化祭……。」
涼介の目が少しだけ鋭くなる。
すると。
「よっしゃあ!!」
康太が勢いよく立ち上がった。
「十一月だったか!? よし! 模型部でプラモ展示するぞ!!」
「ヤッタヤッタ!!」
アカネも両手を上げて飛び跳ねる。
「文化祭で展示……。」
美琴は小さく呟いた。
まだ、そんなにたくさんプラモデルを作った訳じゃない。
でも――夏休みに完成させた、あの旧キット。
削って。
埋めて。
塗って。
失敗して。
何度も何度も納得するまで繰り返した。
自分の手で作り上げた、世界に一つしかないプラモデル。
そんな“作品”を文化祭でみんなに見てもらえる。
少し怖い。
でも、それ以上に楽しみだった。
「よし!」
康太がパンと手を叩く。
「申請書出しに行くぞ!! そのままイワサキ行って展示品決めだ!!」
四人は、そのまま職員室へ向かった。
「よし。じゃあ空き教室取っといてやる。」
職員室。
西田先生は椅子へ座ったまま言った。
「頼むぜ!」
「一番いいとこ取ってよ!!」
「ありがとう……。」
「ありがとうございます。」
四人の反応は見事にバラバラだった。
「去年までも一応、俺が部室で展示はやってたんだけどな。」
西田先生は頭を掻く。
「さすがにあの外れじゃ誰も見に来なかった。」
「生徒がやらないと教室は取れないからな。」
「知ってたよ。」
不意に涼介が口を開く。
「先生が展示やってたの。」
「毎年見に来てた。」
西田先生は少し目を丸くした。
「そうなのか?」
そして苦笑する。
「お前も物好きだな。」
少しだけ間を置いて続けた。
「まぁいい。今年は久々の模型部員でやる文化祭だ。」
「申請通ったら一応部費も出る。」
「お前らはそれで初心者教室でもやれ。」
「簡単なプラモ買ってな。」
「どうせ展示するプラモは自腹で買うんだろ?」
「いいな、それ!!」
康太が即座に食いつく。
「わぁ……。」
美琴は思わず声を漏らした。
自分が教わった事を、今度は誰かへ教える。
そんな光景を想像する。
なんだか、とても楽しそうだった。
「おっけおっけ!!」
康太が立ち上がる。
「じゃあ展示モデル選びに京子さんとこ行ってくる!!」
「じゃあな、西田!」
「バイバ〜イ!!」
「それじゃ先生。」
「よろしくお願いします。」
四人を見送りながら、西田先生は軽く手を振った。
「気をつけて行けよ。」
商店街。
岩崎模型店へ向かう道中。
康太は歩きながら皆へ聞いた。
「みんな、作りたいプラモあんのか?」
美琴とアカネは顔を見合わせる。
すると。
「俺は……もう決まってる。」
涼介が静かに口を開いた。
康太は笑う。
「この前、京子さんに言ってたもんな。」
「あぁ。」
涼介は小さく頷いた。
本気なんだろう。
その横顔を見れば分かる。
「お前らは?」
今度は美琴とアカネへ視線を向ける。
「う〜ん……。」
美琴は少し考え込んだ。
正直、まだプラモデルの事はそこまで詳しくない。
作ったのだって四つだけ。
しかも、そのうち三つは同じプラモデルだ。
それでも――
初めて岩崎模型店へ行った時に見た戦車。
ティーガーⅡ。
あの重厚な姿だけは、ずっと頭へ残っていた。
「気になるプラモなら……あるかも。」
美琴は少しだけ照れながら答えた。
すると康太がニヤリと笑う。
「一目惚れってやつか?」
「そういうのは、こういう特別な時に作っとかないと後で後悔するぞ。」
「そうかなぁ……。」
美琴は少しだけ笑った。
「アカネは?」
「アタシ?」
アカネは肩をすくめる。
「行ってから考えよっかな。」
「やっぱ車かな〜。」
そして逆に聞き返した。
「康太は?」
康太は腕を組む。
少し考える素振りを見せてから――
「全く考えてねぇ!!」
数秒。
「おい。」
「えぇ〜。」
「……お前な。」
三人がほぼ同時に声を上げた。
商店街へ笑い声が響く。
四人はそのまま、岩崎模型店へ向かって歩いていった。
ーーーーーーーーーーーーー
美琴は模型店へ向かう道中、ずっとある事を考えていた。
ティーガーⅡ。
そして、さっき康太が言った言葉。
――特別な時に作らないと後で後悔するぞ。
そうかもしれない。
そんな事を考えているうちに、気づけば岩崎模型店へ着いていた。
四人で扉をくぐる。
カランカランカラ〜ン。
「いらっしゃ〜い。」
いつもと変わらない、気だるげな声。
京子がカウンターで頬杖をついていた。
「京子さん! 十一月に文化祭あるんだ!」
康太が真っ先に声を上げる。
「俺達も作品展示と初心者教室やるぜ!」
「あ〜、そういやそんな時期か。」
京子は少し懐かしそうに笑った。
「あたしも夏休み終わったら、文化祭用の作品ばっか作ってたなぁ。」
「で、みんなの展示用キット探しに来た!」
康太は続ける。
「それと初心者教室用のプラモも教えてくれよ!」
「あ〜、はいはい。」
京子は面倒くさそうに手を振った。
「決まったらレジに持っておいで〜。」
そう言うと、康太を連れて奥の部屋へ消えていく。
美琴は店内を見回した。
戦車。
飛行機。
車。
ロボット。
今まで作った事のないプラモデルが、棚いっぱいに並んでいる。
そして。
初めてこの店へ来た時と同じ場所で、美琴の視線は止まった。
『1/35 Ⅵ号戦車B型 ティーガーⅡ』
ずっと気になっていた戦車。
なぜかは分からない。
ただ。
重厚な車体。
複雑な迷彩。
鋼の塊みたいな存在感。
気づけば、また見入っていた。
「ティーガーⅡか。」
いつの間にか隣へ来ていた涼介が呟く。
「俗に言うキングタイガーだな。」
「キングタイガー……。」
美琴は小さく繰り返した。
「戦車の王様だ。」
王様。
その言葉だけで、少し胸が高鳴る。
「初めて来た時も見てたよな。」
涼介が箱を見ながら言う。
「好きなのか?」
「わかんない……。」
美琴は少し困ったように笑った。
「でも、すごく気になる。」
うまく説明はできない。
でも、どうしても目が離せなかった。
涼介は小さく笑う。
「最初は、模型も知らない奴が何しに来たんだって思ってた。」
「えっ。」
美琴が顔を上げる。
「でも。」
涼介は続けた。
「お前、最後までやっただろ。」
「旧キットも。」
夏休み。
削って。
盛って。
また削って。
何度もやり直した日々が頭をよぎる。
「だから。」
涼介はそっと美琴の頭へ手を置いた。
「今のお前なら作れる。」
少し照れ臭そうに笑う。
「お前の理想の王様、見せてくれ。」
その笑顔が、なぜだか少しだけ眩しく見えた。
美琴はもう一度、ティーガーⅡの箱を見る。
迷いはなかった。
「京子さん。」
奥の部屋から戻ってきた京子へ箱を差し出す。
「これ、買います。」
京子は箱を見る。
そして少しだけ笑った。
「はいはい。」
静かにレジを打ち始める。
私の文化祭に出すプラモデルが決まった。
『1/35 Ⅵ号戦車B型 ティーガーⅡ』
別名――キングタイガー。
”戦車の王様”
ーーーーーーーーーーーー
アカネは模型店の中を歩き回っていた。
文化祭へ展示するプラモデル。
そう言われても、なかなか決められない。
「いざ選ぶって言われてもな〜……。」
アカネは棚へ並んだ箱を見上げる。
戦車。
飛行機。
ロボット。
車。
色んなプラモデルが並んでいる。
でも。
どれもピンと来なかった。
そもそも、アカネはそこまでプラモデルに詳しくない。
夏休みに作ったスカイラインだって、元々は弟に頼まれていたものだ。
その時だった。
店の外から歓声が聞こえてくる。
「おめでとうございまーす!!」
「三等!! 三等が出ましたー!!」
アカネは少し気になって外を見た。
商店街の向かいにあるスーパー。
店先では福引大会をやっているらしい。
小さな男の子が、法被を着た店員から少し大きな箱を受け取っていた。
洗剤セットだろうか。
後ろでは、お母さんが嬉しそうに笑っている。
その光景を見て。
アカネは、ふと思い出した。
夏祭りの夜。
弟が当てたプラモデル。
「あ……。」
小さく声が漏れる。
たしか、デフォルメされたロボットの三体セットだった。
「そういえば……。」
その時。
「おーい、アカネ!」
店の奥から康太の声が飛んでくる。
「決まったのかー?」
振り返る。
気づけば、みんなもう買う物を決めていた。
「う〜ん、まだ!」
アカネは大きく首を振る。
「一回帰って考える!」
「大体さぁ!」
「文化祭決まったその日に買いに来るとか、康太が急すぎんのよ!」
「俺のせいかよ……。」
康太は呆れたように肩を落とした。
「まぁ、じっくり考えて決めればいいんじゃねーか?」
そして少し笑う。
「明日、また来いよ。」
「どんなプラモがあるか教えてやる。」
「ん。」
アカネは小さく頷いた。
そのまま四人は模型店を後にする。
*
その日の夜。
アカネは自分の部屋でクローゼットを開けた。
奥の方。
見えないようにタオルを被せてある箱が一つ。
アカネはゆっくりそれを取り出した。
夏祭りの日。
弟が当てたプラモデル。
三体セットのうちの一つだった。
「作ってあげる。」
あの日、自慢げに言った。
二つは完成した。
でも。
最後の一つだけは違った。
途中で腕の付け根を折ってしまったのだ。
テープで貼った。
誤魔化した。
でも、グラグラしてすぐ外れる。
結局そのまま箱へ戻した。
弟には、
「まだ作ってる途中。」
そう言って誤魔化し続けていた。
今となっては、弟もきっと忘れている。
でも。
アカネだけは忘れられなかった。
箱を開ける。
剥げかけたシール。
雑に切り取られたパーツ。
ゲート処理なんてしていない。
テープで無理やり繋がれた腕。
今なら分かる。
どうすれば直せるか。
どうすれば、もっと格好良く出来るか。
夏休みの間。
康太と涼介に散々叩き込まれた。
だから。
アタシには作りたいプラモデルなんてない。
でも――
作ってあげたいプラモデルはあった。
アカネは箱を抱えたまま、小さく笑う。
「決めた。」
これをちゃんと完成させる。
文化祭で展示する。
そして。
弟に見せてやる。
箱には、そのロボットの名前が大きく書かれていた。
『輝神大将軍 獅龍凰』
”五年越しの委託品”
ーーーーーーーーーーーー
皆が、それぞれ展示作品を探して店内を見て回っている。
その頃。
康太は店の奥で、京子から初心者教室の進め方や、子供向けのプラモデルについて話を聞いていた。
文化祭。
近所の中学生や小学生も見に来る。
絶対に失敗できない。
今年の模型部は恵まれている。
涼介がいて。
美琴が入って。
アカネも入った。
気づけば、かなり良い部活になっていた。
でも。
これで終わりじゃない。
来年も。
再来年も。
模型部は続いていかなきゃならない。
ふと、昔の約束を思い出す。
――俺達が!絶対に模型部を盛り上げるから!!
神社裏。
泣きながら叫んだ、あの日の言葉。
俺は。
京子さんと西田が残した模型部を。
誰もが入りたくなる部活にしなきゃならない。
「……ハハッ。」
思わず笑いが漏れる。
「ほとんど呪いだな、こりゃ。」
「康太。」
京子が呆れた声を出した。
「ちゃんと聞いてんの?」
「あ、ごめんごめん!」
康太は慌てて顔を上げる。
「初心者なら、やっぱポケプラだよな?」
「まぁそうだけど。」
京子は少し首を傾げた。
「なんか難しい顔してたけど。」
「大丈夫?」
「大丈夫だって!」
康太は笑う。
そして店内へ視線を向けた。
「あ。」
「ほら、美琴が決めたみたいだぜ。」
「行ってやってくれよ。」
「はいはい。」
京子は立ち上がり、カウンターへ向かった。
康太は皆を眺める。
美琴はティーガーⅡか。
なんだかんだで、あいつは泥臭いのが好きだからな。
アカネはまだ決まってない。
車か。
それとも派手なメッキパーツのあるやつか。
涼介は言うまでもない。
零戦だろう。
どれも模型好きなら食いつく。
でも――
中学生の興味を引くには少し弱い。
今の人気を考えると。
やっぱりガンプラだ。
その瞬間。
一つ、思い出した。
家にある。
ちょうどいいやつが。
康太は立ち上がる。
「よーっし!」
「お前ら決まったかー!?」
「アカネ!」
「決まったのか?」
「う〜ん、まだ!」
アカネは大きく首を振る。
「一回帰って考える!」
そして不満そうに続けた。
「大体さぁ、文化祭決まったその日に決めろって急すぎんのよ!」
「俺のせいかよ……。」
康太は苦笑した。
「まぁ、じっくり考えろ。」
「明日また来いよ。」
「どんなプラモがあるか教えてやる。」
「ん。」
アカネは素直に頷いた。
その日の夜。
家へ帰った康太は、積みプラの山を見上げていた。
そして、その中から一つの箱を取り出す。
あの日。
夏祭りのくじで当てたプラモデル。
マスターグレード。
俺は、ずっとこれを作れなかった。
作ったら。
約束が終わる気がしたから。
でも。
もう違う。
約束は果たした。
だから今度は。
繋ぐ番だ。
今のガンプラブームも。
作れなかったこのキットも。
全部、このためにあった気がする。
これを――
本気で作る。
金属パーツ。
パーツ分割。
ディテールアップ。
仕込み腕もフルスクラッチ。
持てる技術を全部使う。
そして。
来年入ってくる中学生達に思わせるんだ。
「模型部に入りたい」って。
箱を見つめる。
そこに書かれた名前。
『MG 1/100 GP03S ステイメン』
”世代を繋ぐ渡し船”
ーーーーーーー
文化祭まであと2ヶ月。
やっと、この時が来た。
あの日から俺は模型を作り続けた。
プロモデラーになるために。
夏祭りの日。
俺は先生と約束をした。
――プロになれなかった俺に。その零戦の作り方、教えてくれよ。
あの時、先生が引いた零戦。
手に入れる事は出来なかった。
でも。
忘れた事は一度もない。
あの日から毎年。
俺は先生のいる高校の文化祭へ通った。
校舎外れのプレハブ小屋。
そこには、いつも先生の作品が並んでいた。
ある年は戦車。
ある年は戦艦。
ガンプラが置いてある事もあった。
そのどれもが凄かった。
正確なスジ彫り。
傷一つない表面処理。
合わせ目を利用した段落ちモールド。
本当に使い込まれたようなウェザリング。
今にも動き出しそうな機械表現。
俺は毎年それを見た。
見て、真似して、覚えた。
気づけば。
俺の技術のほとんどは、先生の作品から学んだものになっていた。
それでも。
先生はプロになる事を諦めた。
だからこそ。
越えなきゃいけない。
神社裏で叫んだ言葉を思い出す。
――あんたが先生で!
――俺が生徒で!
――それ以外にどこで見せりゃいいんだよ!!
ここしかない。
先生が守った模型部。
先生が続けた文化祭。
その場所で。
成長した俺を見てもらう。
あの日の約束の続きとして。
俺は京子さんを見る。
「京子さん。」
「ん?」
「……あの零戦、売ってくれ。」
京子さんは少しだけ目を細めた。
そして店の奥へ向かう。
しばらくして戻ってきた手には、一つの箱があった。
取っておいてくれたプラモデル。
「……はい。」
俺は静かに受け取る。
あの日、手に入らなかったプラモデル。
『1/32 零式艦上戦闘機 五二型』
”約束の零戦”
ーーーーーーーー
文化祭に出すプラモデルを決めた次の日。
美琴は選んだティーガーⅡの箱を抱えて部室へ向かった。
プレハブの戸を開ける。
すると、すでに他の三人も集まっていた。
そして――もう一人。
部屋の真ん中で腕を組み、堂々と椅子へ座っている人物がいた。
「おう、萩尾も来たか。それじゃ全員揃ったな。」
西田先生だった。
「なんで西田がいるんだよ!」
康太が即座に叫ぶ。
「顧問の俺が部室に来て何が悪い。」
「先生、今まで一回も来たことないだろ……。」
涼介が呆れたように呟く。
「お前ら、文化祭の展示品作るのに夜遅くまで残る気だろ。」
西田先生はため息をついた。
「文化祭前は顧問が部室に顔出さないといけないんだよ。」
「俺だって来たくて来てる訳じゃない。」
「そんなルールが……。」
美琴は少し驚いた。
「まぁ、木戸も湊も自分の作品で忙しくなるだろうからな。」
西田先生は美琴とアカネを見る。
「萩尾と藍沢。」
「制作で分からない事があったら聞け。」
「大体の事なら答えられる。」
「やりにく〜い!」
アカネが即座に文句を言う。
「安心しろ。」
西田先生は肩をすくめた。
「それ以外の事に口出す気はねぇ。」
「好きにやれ。」
「何度も言うが、俺だって帰りたい。」
「まぁ、仕方ねーか!」
康太は気を取り直すように言った。
「それで、アカネは何作るか決めたのか?」
「……これ。」
アカネは家から持ってきた箱を机へ置く。
中には、途中まで作られたロボットが入っていた。
「うおっ!!」
康太が食いつく。
「獅龍凰じゃねーか!!」
「しかも輝羅鋼の当時品!?」
「なんでこんなもん持ってんだよ!!」
「弟が昔、夏祭りで当てたの。」
アカネは少し照れ臭そうに言った。
「これと似たようなのの三体セット。」
その瞬間。
西田、康太、涼介の三人が顔を上げた。
何か思い当たる事があるらしい。
だが誰も何も言わなかった。
「あ。」
美琴が思い出したように声を上げる。
「あの時の!」
「弟君、すごく喜んでたよね。」
アカネは小さく笑う。
「あの後さ。」
「作ってあげるって言ったのに、これだけ腕折っちゃって。」
「ずっと隠してたんだ。」
少しだけ視線を落とした。
「でも今なら直せると思って。」
「……おかしいかな?」
「おかしくねーよ。」
康太は即答した。
「弟も忘れた頃に出てきたら絶対嬉しいって。」
「しかもアカネが本気で仕上げるんだろ?」
「泣くんじゃねーの?」
「……そうかな。」
アカネは少しだけ笑った。
「ありがと。」
「で。」
康太が手を叩く。
「美琴はティーガーⅡ。」
「涼介は零戦。」
「俺はMGのステイメンだ!!」
西田先生は腕を組んだまま、並んだキットを見渡した。
ティーガーⅡ。
獅龍凰。
ステイメン。
そして――零戦。
「……そうか。」
小さく笑う。
四人の文化祭へ出すプラモデルが決まった。
少しずつ肌寒くなり始めた秋。
今度は誰も手伝ってはくれない。
それぞれの想いを乗せて。
四人は、静かにキットの箱を開けた。




