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ーPlus+ticー  作者: BARUO
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第二章「旧キット」

あれから一週間。

美琴はすっかり模型部へ入り浸るようになっていた。

康太の模型談義を聞いたり。 涼介の作業を隣で眺めたり。

最初は何を言っているのか全然分からなかった単語も、少しずつ頭へ入ってくるようになっていた。

この前、涼介が黄色いパーツの塗装に使っていた “エアブラシ”。

最初に部室で見た、あのシュッてやるやつだ。 ムラがなくて、すごく綺麗だった。

プラモの溝へ線を流し込む “スミ入れ”。

康太がまた、 「やるとやらないとじゃ仕上がりが違うぜ!」 と言っていた。

何回聞いたんだろう、その台詞。

シールみたいなのにシールじゃない “デカール”。

結局あれはシールなの? シールじゃないの?

最後に吹くらしい “トップコート”。

「やるとやらないとじゃ――」

もういいよ、それは。

全部、自分ではまだやった事がない。

でも。 二人の話を聞いているだけでワクワクした。

早く次のプラモデルを作りたい。

この前みたいに、また三人で模型店へ行きたかった。

けれど。

涼介はここ一週間、ずっと同じプラモデルを触っていた。

毎日少しずつ削って。 毎日少しずつ塗って。

パッと見では、どこが変わったのか分からない。

康太も康太で、一週間ずっと棚の前。

完成品を並べては、 「いや、こっちの角度だろ……」 「待て、やっぱこっちも……」 などと延々悩んでいる。

それを見ながら、 二人で「あーでもない」「こーでもない」と盛り上がっていた。

……なんだか、楽しそうだった。

でも。

自分から「模型店行こう」って誘うのも、なんだか違う気がする。

二人とも忙しそうだし。

だから美琴は、今日の帰りに一人で岩崎模型店へ行ってみる事にした。


模型店へ向かおうと廊下を歩いていると、前から西田先生がやって来た。

「おぅ、萩尾。」

先生は美琴を見ると、少し笑った。

「模型部、ちゃんと行ってるみたいだな。」

「……はい。」

美琴は足を止める。

気づけば自然と、この一週間の事を話していた。

三つも同じプラモデルを作った事。

工具を買った事。

塗装した事。

気づけば、話は止まらなくなっていた。

西田先生は途中で茶化す事もなく、静かに聞いていた。

そして。

「……本気になれそうか?」

そう聞いた。

美琴は少しだけ目を丸くする。

入部前。 自分が言った言葉を思い出した。

――どうせやるなら、本気でやりたいんです。

美琴は笑った。

「……はいッ!」

今度は迷わなかった。

その返事を聞いて、西田先生も少しだけ笑う。

「そりゃよかった。」

そして。

「帰りか?」

「岩崎模型店に行こうと思って……。」

美琴は少しだけ視線を逸らした。

「二人とも忙しそうだったから、一人で。」

「あ〜……京子のとこか。」

西田先生はどこか懐かしそうに呟く。

「先生も京子さんと模型部だったんですよね?」

美琴が聞くと、西田先生は歩き出しながら軽く手を振った。

「……まぁ、その話はおいおいな。」

そして、少しだけ笑う。

「京子のとこ行くんだろ?」

「……フッ、気をつけろよ。」

「……?」

なんだか含みのある言い方だった。

道中の話だろうか。

よく分からないまま、美琴は小さく頷いた。

「はい。」


商店街のアーケード。

美琴は少し緊張しながら、岩崎模型店の扉を開けた。

「……おじゃましま〜す。」

カラカラ……。

古い扉が鳴る。

続いて、 カランカラン、とベルの音。

「いらっしゃ〜い。」

気だるそうな声。

カウンターの奥から京子が顔を上げた。

「お、今日は美琴ひとり?」

「京子さん、こんにちは。」

美琴は軽く頭を下げる。

「今日は新しいプラモ買おうと思って……。二人とも忙しそうだったから。」

「いいじゃん、いいじゃん。」

京子はニヤッと笑った。

「にしても、あいつら甲斐性ないなぁ。こんな可愛い子を一人で来させるなんて。」

「か、可愛いとかそういうのじゃ……。」

美琴は少し顔を赤くする。

「……でも、あんまりお金ないんだけど。」

その瞬間。

京子の目がキラーンと光った。

「美琴。」

嫌な予感がした。

「あの辺の棚とか、いいんじゃない?」

京子が指差した先。

そこには、他より少し古びた雰囲気の箱が並んでいた。

美琴はその中から、綺麗なロボットのイラストが描かれた箱を手に取る。

そして。

「えっ……!? 嘘!?」

値札を見て声を上げた。

――300円。

慌てて別の箱を見る。

400円。

500円。

「安い……。」

思わず呟く。

すると。

「お客さん、お目が高い!!」

いつの間にか後ろへ来ていた京子が、美琴の肩へ手を置いた。

「それ、“旧キット”って言ってね。」

京子は箱絵を指差す。

「箱絵めちゃくちゃカッコいいだろ?」

美琴は素直に頷いた。

たしかに格好いい。

最近の派手なロボットとは違う。 無骨で、兵器っぽい格好良さがあった。

「値段もお手頃だし、個人的には初心者にオススメだよ!」

京子はニコニコしながら言う。

そして。

「あんまりたくさん買うのはオススメしないけどね〜?」

妙にニヤニヤしていた。

美琴は少し悩んだ後、五百円のプラモデルをレジへ持って行った。

自分のお小遣いで買える。

それだけで、なんだか嬉しかった。

「毎度〜♪」

会計を終えた京子が袋を渡してくる。

「涼介達と部室で作りな。」

そして、ニヤニヤしながら付け加えた。

「家で作ろうとしちゃダメだからね。」

「……?」

意味はよく分からなかった。

でも。

京子は最後まで、ずっと楽しそうだった。



次の日。

美琴は新しいプラモデルを胸へ抱えながら、ウキウキで模型部のプレハブへ向かっていた。

勢いよく扉を開ける。

「おう、美、琴――」

そこで言葉が止まる。

部室の中。

涼介と康太が、美琴の抱えた箱を見て固まっていた。

数秒の沈黙。

そして。

「……買っちまったか……。」

康太が頭を抱えた。

「京子さんにやられたな……。」

涼介も遠い目をしていた。


「え……、えっ………?」

美琴は二人の反応に戸惑った。

「昨日、イワサキ行ったのか?」 涼介が尋ねる。

「えっ……う、うん……。」

なにがそんなにまずいのか分からない。

「京子さんが“初心者にオススメ”って言ってたから、これ買ったの。ほら、イラストすごく格好いいんだよ!」

美琴は嬉しそうに、旧キットの箱を両手で差し出した。

「……まぁ、格好いいのは間違ってない。」 涼介は歯切れ悪く答える。

その隣で。

康太が勢いよく立ち上がった。

「京子さーーーん!!」

部室中へ響き渡る絶叫。

「順序ってもんがあんだろーーーッ!!」

空へ向かって叫んだあと、康太はガシッと美琴の肩を掴んだ。

「美琴ッ!!」

「ッ……は、はいッ!!」

勢いに呑まれ、美琴も思わず背筋を伸ばす。

康太は人差し指と中指を突き立てた。

「今のお前には、二つの選択肢がある!!」

「ひとつ!!」

「友達と一緒に青春を謳歌する事だ!!」

ビシィッ! と窓の外を指差す。

「その場合は、そいつを俺たちどっちかに売れ!! 買い取ってやる!!」

「水着着て海でも花火でも夏祭りでも行ってこい!!」

「なんでそんな話になるの!?」

「そして、もうひとつは――」

康太はゆっくり俯いた。

「……そんな大事な夏休みが、消える事だ。」

「重っ!?」

美琴は思わず叫ぶ。

すると後ろで。

「まぁ、俺たちは毎年そうだけどな……。」

涼介が少し笑いながら言った。

「えぇ……。」

美琴は箱を抱えたまま引いた。

「そんなヤバいの……?」

康太は真顔で頷く。

「旧キットを舐めるな。」

その言い方が妙に怖かった。


「……で、どうするんだ?」

涼介が静かに口を開いた。

「え?」

「俺たちに売るか。」 「自分で作るか。」

淡々とした声。

「まぁ、作る方が経験にはなると思うけどな。」

その言い方が、ほんの少しだけ嬉しそうだった。

「なんでちょっとワクワクしてんだよ。」 康太が呆れた顔をする。

「お前も京子さん側か……。」

「別に。」 涼介は小さく笑った。

美琴は机へ置いた箱を見る。

重厚なロボットの箱絵。

灰色の機体。 無骨なシルエット。 今まで作ったプラモデルとは、少し違う格好良さ。

難しいんだと思う。

きっと失敗もする。

夏休みが消えるっていうのも、多分ちょっと本当なんだろう。

それでも。

――この格好いいロボットを、自分の手で作ってみたい。

美琴は箱を抱え直した。

「…………作るよ。」

数秒。

そして。

「よし、決まりだな。」 涼介が少し笑った。

康太も肩をすくめながら苦笑する。

「はい、美琴の夏休み終了〜。」

「まだ始まってもないんだけど!?」

笑い声が、シンナー臭いプレハブへ響いた。

――この時の私は、まだ知らなかった。

本当に、夏休みが消える事になるなんて。


「じゃあとりあえず、箱開けてみろ。」

涼介に言われ、美琴は恐る恐る箱を開けた。

ガサガサと中身を取り出す。

そして。

「………ん?」

手が止まった。

中から出てきたのは、灰色のパーツ。

とにかく灰色。

しかも。

やたら大きいパーツの隣に、米粒みたいな小さいパーツが並んでいる。

美琴はしばらく黙ったままランナーを見つめた後、ゆっくり顔を上げた。

「……なんか、色ついてないんだけど。」

「ないな。」

「ない。」

涼介と康太は当たり前みたいに頷いた。

「えっ!!」

美琴は思わず箱を開いて見せる。

「だってイラストのロボット、結構カラフルだよ!? ほら、このマークとか!!」

箱絵には、鮮やかな色で塗装されたロボット。

だが現実は、灰色一色だった。

「あ〜……。」 康太が遠い目をする。

「その辺の塗料も今度買いに行かねーとなぁ……。」

「今度!?」

美琴の声が裏返った。

涼介が静かに口を開く。

「旧キットは塗装前提だ。」

少しだけ早口だった。

「プラを近い色にしてるキットもあるけど、これはそういう時代でもない。」

「昔のプラモだからな。」 「メーカー側にも、まだそこまでの技術がなかったんだよ。」

「…………つまり?」

美琴は嫌な予感を覚えながら聞き返す。

数秒の沈黙。

そして。

「全部塗れって事だ。」

涼介が静かに答えた。

「えぇーーーッ!?!?」

美琴は勢いよく立ち上がる。

「このパーツ全部!?」 「このちっちゃいのも!?」

ランナーの隅に付いた米粒みたいなパーツを指差す。

「全部だ。」

涼介の表情は変わらない。

美琴は絶句した。

その横で。

「……まだ始まったばかりだぜ……。」

康太が窓に手をつき、夕日を背負いながら格好つけていた。

「なにそのベテラン戦争映画みたいな空気!!」


「さて。」 康太がパンと手を叩いた。

「美琴が現状を軽く知ったところで……。」

そして、涼介を指でちょいちょいと呼ぶ。

「おい、涼介。」

涼介は無言で椅子ごと近づいた。

そして二人は、美琴へ背を向けるようにして小声で話し始める。

「……ランナー状態でやった方が……」

「いや、それだと合わせ目が……」

「先に仮組みして……」

「アルミ線通すか?」

「……そこまでやるなら後ハメ加工も――」

不穏な単語が飛び交う。

美琴には、なにひとつ分からなかった。

というか。

途中から日本語なのかすら怪しい。

「……。」

それでも。

灰色一色のランナーを前に、 こんなに真剣に話し込める二人が、少しだけ羨ましかった。



「始めるぞ。」

作戦会議は終わったのか、涼介が美琴へ向き直った。

「まずは成形を見たい。説明書通りに組んでみろ。」

その言葉に、美琴は少し安心する。

なんだ。

何を言われるかと思ったけど、やっぱり普通のプラモと同じじゃん。

色塗りは大変そうだけど……。

要するに、“色のついてないプラモ”って事だ。

美琴は鞄からニッパーを取り出した。

ランナーを持つ。

説明書を見る。

そして。

――パチッ。

小気味良い感触。

思わず少しだけ口元が緩む。

初めてプラモデルを作った時の事を思い出した。

美琴は腕のパーツを切り出し、説明書通りに合わせる。

カチッ。

……のはずだった。

「……あれ?」

手応えがない。

美琴は左手を離す。

次の瞬間。

ぽろっ。

はめたはずのパーツが、机へ転がり落ちた。

「………?」

美琴は瞬きを繰り返す。

拾い上げる。

もう一度合わせる。

押し込む。

スカッ。

はまらない。

「えっ……なんで!?」

美琴は完全に混乱した。

その横で。

「美琴、これ見ろ。」 康太が箱の側面を指差す。

そこには、小さくこう書かれていた。

【※このキットの組み立てには別途プラモデル専用接着剤が必要になります】

「……なにそれ?」

美琴はゆっくり顔を上げる。

「接着剤って……あの接着剤?」

「それ以外になにがあんだよ。」 康太が呆れたように言う。

涼介も静かに口を開いた。

「それだけじゃ、パーツは固定されない。」

「…………。」

数秒の沈黙。

そして。

「えぇーーーッ!!!」

美琴、二度目の絶叫がプレハブへ響き渡った。

「うるっせぇなぁ……。」

康太が耳を押さえながら顔をしかめる。

「えっ!? だって!!」

美琴は半泣きでパーツを持ち上げた。

「プラモって、あの…… カチッって!!」

両手で勢いよくパーツを合わせるジェスチャー。

「この前のも!! カチッって、綺麗にはまったじゃん!!」

「最近のはな。」 涼介が淡々と答える。

そして机の引き出しから、黄色い紙テープを取り出した。

「まぁ、接着がどうこうは後だ。」

コト、と美琴の前へ置く。

「今回はマスキングテープで無理やり固定しろ。」

「えぇ……。」

美琴は不満そうな顔をしながら、テープを受け取った。

言われた通り、パーツ同士を貼り合わせる。

ぺた。

ぺた。

黄色いテープだらけの腕。

なんというか。

すごく。

工作感が強い。

「なんか……。」

美琴は複雑そうに呟いた。

「思ってたプラモ作りと違う……。」

美琴は、そのまま言われた通りにパーツを切り出し、マスキングテープで繋げていく。

すると。

「……なんか変なの付いてる。」

パーツの端から、薄い膜みたいな物が伸びていた。

「バリだな。デザインナイフで削れ。」

「………。」

言われた通りにする。

カリ、カリ、と削る。

すると今度は。

「なんか合わせてもスキマ空いちゃう……。」

パーツ同士が綺麗に閉じない。

「後で調整する。」 涼介が即答する。

「とりあえず繋げとけ。」

「………。」

言われた通りにする。

さらに。

「えっ、なにこれ。」

関節部分。

説明書を見ても、どういう向きなのかよく分からない。

「ここどうなってるの?」

「押し込め。」

「入らない!」

「ちょっと曲げろ。」

「曲げていいの!?」

「折らなきゃ大丈夫だ。」

大丈夫の基準が分からない。

「肩閉じないんだけど!」

「削る。」

「いつ!?」

「後で。」

「足ぐらぐらする!!」

「後で軸打つ。」

「なにそれ!?」

気づけば。

美琴は延々と、

削って、 押し込んで、 貼って、 外してを繰り返していた。

綺麗にはまるパーツなんてほとんどない。

説明書もなんだか雑だ。

何より。

二人の説明が雑だった。

「そこちょっと削ればいける。」

「ダメなら曲げろ。」

「そこは後で直す。」

全部“なんとなく”で進んでいく。

頭が痛くなりそうだった。

それでも。

夕日がプレハブへ差し込む頃には、一応形になっていた。

「……できたけど………。」

机の上に立つロボット。

ずんぐりした体型。

妙にやる気のない肩。

微妙に浮いている片足。

箱絵とはまるで違う。

しかも、黄色いテープのツギハギだらけだ。

なんというか。

すごく、みすぼらしい。

「え……これで完成?」 「色塗るの?」

「なわけねーだろ。」

出来上がったプラモをまじまじと見ながら、涼介は答えた。

「……やっぱアルミ線だな。」

ぶつぶつ呟いた後、顔を上げる。

「よし、今日はここまで。」

「組み方は覚えたか?」

「……え、あんまり覚えてない。」

美琴は素直に答えた。

すると。

「じゃあ明日、一回バラして最初からだな。」

「家で説明書見とけ。」

数秒。

「えぇーーーッ!?!?」

美琴、三度目の絶叫がプレハブへ響き渡った。

その後ろで。

「……鬼だ。」

康太が遠い目で呟く。

「ここに鬼がいる……。」


あれから三日が経った。

美琴は、同じプラモデルを何度も組み直していた。

貼り付けては剥がし。

貼り付けては剥がし。

ズレた関節を押し込み。

浮く肩を削り。

気づけば、説明書を見なくても組めるようになっていた。

「……いつまで続けるの、これ。」

美琴は机へ突っ伏しながら呟く。

涼介は、そんな美琴を見ながら聞いた。

「もう覚えたか?」

「もう説明書なくても作れるよ……。」

疲れ切った声だった。

すると。

「よし。」

涼介が小さく頷く。

そして。

「じゃあ。」 「そのプラモ見て、どう思う。」

机の上には、テープだらけの旧キット。

何度も組み直されたせいで、ところどころ擦れている。

美琴は少し考え込んだ。

「えっと……。」

「……あんまり格好よくない。」

素直な感想だった。

すると。

「だろうな。」 涼介は即答する。

「それをどう格好良くしていくか。」 「そこが旧キットの醍醐味だ。」

静かな声だった。

でも。

少しだけ楽しそうだった。

「美琴は、どうしたい?」

「どうって……。」

美琴は困ったようにロボットを見る。

すると康太が横から割り込んだ。

「ガシガシ動くようにしたいとか!」 「綺麗に作りたいとか!」

「そういう完成形の話だな!」

涼介も続ける。

「俺たちは、作り方や技術を教える。」

「でも。」 「それをどう作るか決めるのは、美琴だ。」

「完成形をイメージしろ。」

完成形。

美琴は黙ったまま、プラモデルを見つめた。

灰色の機体。

テープだらけの腕。

やる気のない肩。

でも。

箱を手に取った瞬間、自然と視線はイラストへ向いていた。

重厚な色。

鋭い目。

荒野へ立つ、無骨なロボット。

今机にある物とは、まるで別物だった。

しばらく見比べた後。

美琴はぽつりと呟く。

「……このイラストみたいに作りたい。」

数秒。

そして。

涼介と康太は顔を見合わせた。

「OK。」

「ッしゃ! やるか!!」

二人とも。

プラモデルを見る目が、少しキラキラしていた。


「じゃあ一回、これの腕だけバラせ。」

美琴は言われた通りに腕を外した。

もう何度も繰り返した工程だ。

テープを剥がし、パーツを分ける。

気づけば、説明書を見なくても自然と手が動いていた。

あっという間に腕はバラバラになる。

「今日はこれと、これ。」 「あと……これの接着だ。」

涼介はパーツを指差しながら言った。

「え……これだけ?」

二の腕から先の三つの部品。

合計六パーツ。

説明書にはもっと細かいパーツも載っていたけど、「それは後でいい」と言われ、まだランナーへ付いたままだ。

「今日はそれだけだ。」

そう言って、涼介は小さな瓶をコトリと机へ置いた。

「組み合わせた時、隙間あるだろ。」

「まず、その接地面を平らにしろ。」 「ヤスリ使ってな。」

「このちょっと出てるピンは?」

美琴が不安そうに聞く。

「切り取っていい。」

「えぇ……。」

ピンを切るのは少し怖かった。

でも。

言われた通り、ニッパーを入れる。

パチッ。

何度も削って。

合わせて。

また削る。

少しずつ。

本当に少しずつ。

パーツ同士の隙間が消えていった。

「……おぉ。」

美琴は思わず声を漏らす。

すると。

「これが接着剤。」

涼介がさっきの瓶を指差した。

「今、平らにした部分の両方へ塗れ。」

美琴は恐る恐る蓋を開ける。

すると。

蓋の裏には、小さな筆が付いていた。

ふわっと独特な匂いが広がる。

「うっ……。」

少し顔をしかめながら、美琴は接着剤を塗った。

片方へ。

もう片方へ。

そして。

二つを合わせる。

――ムニュッ。

「……っ。」

思っていたより柔らかい感触だった。

さらに。

隙間から、溶けたみたいなものが少しだけはみ出してくる。

「なんだかんだで、それ気持ちいいだろ?」

康太が横からニヤニヤしながら顔を出した。

美琴は少し迷った後。

「……たしかに。」

小さく頷いた。

「しばらくそのまま押さえてろ。」

涼介が言う。

美琴は同じ姿勢のまま、じっと接着部分を見つめていた。

少しずつ。

少しずつ。

パーツ同士が、本当に“くっついてる”感じがする。

「……そろそろいいな。」

涼介が言った。

「そのまま机へ置くと張り付く。」 「これで挟んどけ。」

渡されたのは、前に塗装で使ったクリップ付きの棒だった。

美琴は接着したパーツを挟み、塗装ベースへ刺す。

すると。

灰色の腕パーツが、棒の先でゆらゆら揺れた。

「この、さっき使った部品入れる所はどうするの?」

美琴が聞く。

「後でちゃんとはまるようにする。」 「今はない状態で接着していい。」

「ほんとに……?」

美琴は不安そうにパーツを見る。

「なんか怖いなぁ……。」

それでも。

言われた通りに接着していく。

シャッ、シャッ……

ヤスリの音。

ムニュ……

溶けたプラスチックの感触。

二の腕。

肘。

拳。

三つの部品が塗装ベースへ並ぶ頃には、外はすっかり暗くなっていた。


翌日、部室へ行くと、昨日接着したパーツが乾いていた。

塗装ベースへ刺さった灰色の腕。 接着部分からはみ出していたプラスチックは、昨日と違いカチカチになっている。

美琴は指でそっと触れた。

「……ほんとに固まってる。」

「まずは、はみ出たプラを削るぞ。」

涼介がヤスリを手渡す。

「これ、削っていいの?」

「いい。」 「むしろそこが消えないと終わらない。」

美琴は恐る恐るヤスリを当てた。

シャッ、シャッ……

少しずつ、盛り上がっていた部分が平らになっていく。

「……おぉ。」

思わず声が漏れる。

すると涼介は、机のライトを手に取った。

「表面に光当ててみろ。」

言われた通り照らす。

その瞬間。

「……あれ?」

さっきまで綺麗になったと思っていた表面に、小さなへこみが浮かび上がった。

「なんで!?」 「削ったのに!!」

「まだ足りないからだ。」

涼介は小さなチューブを取り出した。

「そこにパテ盛る。」

「また増えるの!?」

後ろで康太が笑う。

「旧キットへようこそ〜。」

あれから数週間。

美琴は地獄の日々を送っていた。

接着した腕パーツを削る、削る、削る。

パテとかいう粘土を盛る、盛る、盛る。

「ここまだへこんでる。」

「えぇ〜〜〜……。」

削る。

盛る。

また削る。

気づけば、美琴の机の周りは灰色の粉まみれになっていた。

舞い上がる粉塵―

したたる汗―

来週から、”夏休み”が始まる。

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