表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ーPlus+ticー  作者: BARUO
1/4

第一章「プラモデル」

放課後。

生徒指導室に呼び出された萩尾美琴は、居心地悪そうに椅子へ座っていた。


「萩尾、お前まだ部活決めてないんだってな」

「……はい。」

入学して三ヶ月。

この学校は部活動への所属が必須だった。

だが、美琴はいまだにどの部にも入っていない。

運動が得意なわけでもない。 音楽に興味もない。 特別やりたい事もなかった。

けれど。

「どうせやるなら、本気でやりたいんです。」


その言葉に、生徒指導の西田先生は少しだけ目を丸くした。

「真面目だなお前。」

先生は椅子へ深く座り直し、腕を組む。

「まぁ、このままだと強制的にどっか入れる事になるからな。」

「それは嫌です……」

「だろうな。」

西田先生は少し考え込み、ふと思い出したように立ち上がった。

「よし。じゃあ模型部入れ。」

「……はい?」

「活動そんな厳しくないし、文化部だし、お前には合うだろ。」

「いや、なんで模型部なんですか」

「俺が顧問だから。」

そんな理由ある?

美琴が呆れていると、西田先生は勝手に立ち上がり、そのまま歩き始める。

「ほら行くぞ。」

「えっ、ちょっ――」

半ば強引に連れて行かれた先は、グラウンドの奥。

校舎から少し離れた場所に建つ、古びたプレハブ小屋だった。

「ここ。」

「……え?」

「模型部。」

どう見ても部室には見えない。

西田先生は慣れた様子で扉を開ける。

「おーい、湊ー! 木戸ー! 新入部員だ。」

美琴は先生の後ろから恐る恐る中へ入った。

――瞬間。

「臭っっ!!」

思わず顔をしかめる。

強烈な臭いだった。

シンナーのような、薬品のような、鼻の奥に残る刺激臭。

「ちょッ、ちょっと待って!! 先生!! なにこの匂い!! こいつらやばいもんとかやってないでしょうね!!」

「初対面で失礼なやつだな、おい。」

呆れた声が飛ぶ。

部室の中を見渡す。

汚れた机。 散乱した瓶。 床に転がる道具。 壁際には大量に積まれた箱。

その一方で、壁の棚には綺麗に並べられた模型たちがあった。

車。 飛行機。 ロボット。

どれも店で売っている完成品みたいに綺麗だった。

机の一つでは、少年が何かスプレーのようなものを吹いている。

もう一人の少年は棚を見ながら腕組みし、うんうんと頷いていた。

「あっちでエアブラシ吹いてんのが湊涼介。」

西田先生が指差す。

「先生、締めて。ほこりが散る。」

涼介は一瞬だけこちらを見て、すぐ作業へ戻った。

エアブラシ? なんだそれ。

というか、この臭いの原因あれなの?

「あっちで自分の作ったプラモに酔ってんのが木戸康太だな。」

「完成したんだ、そりゃ酔うだろうよ!」

腕組みしていた少年――康太が笑う。

「今日から模型部に入る萩尾美琴だ。萩尾、変なやつらだけど仲良くしてやってくれ。」

「いやちょっと待ってください!」

だが西田先生は聞いていない。

「初めてこの匂い嗅いだらそうなるか……まぁいいや。あとはお前ら説明してやってくれ。」

そう言い残し、先生はさっさと部室を出て行ってしまった。

「行っちゃった……」

こんなんどうすればいいの?

沈黙が落ちる。

先に口を開いたのは康太だった。

「西田に無理やり入部させられた口か?」

「……うん。」

「まぁ、あんなんでも西田は人を見る目はあるからな!」

康太は気楽そうに笑う。

「お前……萩尾だっけ? 萩尾にもなんか光るもんがあったんじゃねーの?」

「でも私、プラモデルなんか作った事ない……」

美琴は小さく俯く。

「部活は本気でやりたいって思ってたのに……おもちゃ作りかぁ……」

その瞬間。

空気が変わった。

涼介が、美琴を真っ直ぐ睨んでいた。

「プラモはおもちゃじゃない。」

低い声だった。

「お前、向いてないよ。」

真剣な眼差しに、美琴は言葉を失う。

冗談じゃない。

本気で怒っている目だった。

「まぁまぁ。」

康太が間へ割って入る。

「せっかく模型部入ったんだしさ。ちょっとくらいプラモの事、知っとくのも悪くねーだろ?」

康太は窓際へ椅子を二つ並べる。

「涼介、窓開けていいか?」

「塗装は終わった。勝手にしろ。」

康太が窓を開ける。

夕方の風が、シンナー臭を少しだけ外へ流していった。


……絶対、変な部活に来てしまった。

そう思った。


でも。


棚に並ぶ模型だけは、少しだけ綺麗だと思った。

強烈なシンナー臭と共に、 私の模型生活が始まった。


「ってな感じだな!」

康太は身振り手振りを交えながら、プラモデルの種類や道具について一通り説明し終えた。

「………………。」

美琴は固まっていた。

さっぱり分からない。

ガンプラ? カーモデル? ミリタリー?

何言ってんのこいつ。 呪文?

塗料? 絵の具と違うの?

しかもエッチングとかいう単語まで出てきた。

なんか下ネタっぽいし、やっぱこの部活やばいんじゃないの?

「あれ? 分かんなかったか?」

康太が首を傾げる。

「説明が雑なんだよ。おまえは。」

涼介が椅子を持って来て、美琴の近くへ座った。

「いいか? ミリタリープラモってのは、要するに戦争を題材にしたプラモデルだ。戦車とか軍隊とか、そういうやつな。」

涼介の説明は驚くほど分かりやすかった。

どんな種類のプラモデルがあるのか。

完成させるまでに、どんな作業をするのか。

工具は何に使うのか。

さっき康太が話していた意味不明な単語たちが、少しずつ形になっていく。

「最近はガンプラっていうロボットのプラモデルが人気だな。色を塗らなくても、組むだけで結構綺麗になる。」

「へぇ……」

「初心者はまず、これ作っとけ。」

そう言って涼介が棚から持ってきたのは、小さなプラモデルの箱だった。

箱には、子供の頃に夢中で遊んだモンスター収集ゲームのキャラクターが描かれている。

「これ、知ってる……」

「簡単だし、作りやすい。」

涼介は立ち上がる。

「風でパーツが飛ぶ。こっちの台で作れ。」

そう言って、さっきまで自分が作業していた机の上を手早く片付け、自分の正面へ椅子を置いた。

美琴はそそくさと席を移動する。

箱を机へ置き、ゆっくり蓋を開けた。

「なに、これ……」

中には、色とりどりのプラスチックパーツ。

黄色。 茶色。 黒。 少しだけピンク。

細い枠に繋がったそれらは、どう見てもただのプラスチックの板だった。

蓋には完成写真が載っている。

でも。

どうすれば、これがあんな形になるのか想像もつかない。

――これを、自分で作るの?

胸が少しだけ高鳴る。

そんな美琴を見て、涼介はわずかに口元を緩めた。

「まず説明書を見ろ。順番通りにランナーからパーツをニッパーで切り離す。」

「ランナー?」

「その枠の部分。」

涼介が指差す。

「切るパーツには番号が振ってある。説明書と見比べれば分かる。」

美琴は借りたニッパーを手に取った。

説明書を見る。

ランナーを見る。

また説明書を見る。

間違ってないよね……?

恐る恐る、指定されたパーツへニッパーを当てる。

ぎゅっと握る。

――パチッ。

小さな音。

同時に、手の中へ心地良い感触が伝わった。

「あ……」

なんだろう、今の。

もう一度。

パチッ。

パチッ。

何度か繰り返しているうちに、小さなパーツが勢いよく飛んでいった。

「わっ……と!」

美琴は慌てて視線で追いかける。

「小さいパーツはそれでなくしやすいからな。気をつけろよ。」

涼介が苦笑する。

美琴は切り取ったパーツを説明書通りに組み合わせていく。

――パチッ。

また心地良い音が鳴る。

プラスチック同士が綺麗にはまる感触。

気づけば、美琴は自然と笑っていた。

「接着して合わせ目消ししないと……」

後ろで康太が呟く。

「いいから。」

涼介が即座に遮った。

「まずは完成させる方が先。」

「へいへい。」

パチッ。

パチッ。

ただの板だったものが、少しずつ形になっていく。

腕がつき。

足がつき。

顔ができる。

最後のパーツをはめ込んだ瞬間。

そこには、子供の頃に画面の中で見ていたモンスターが立っていた。

「……できた。」

美琴は、自分の作ったプラモデルをじっと見つめる。

目が離せなかった。

自分で作った。

本当に、自分の手で。

何分そうしていただろう。

ふと顔を上げる。

正面では、頬杖をついた涼介がこちらを見ていた。

その顔は、少しだけ笑っている。

「楽しかったか?」

涼介が静かに聞く。

「……うん。」

美琴は小さく頷いた。

その返事を聞いて、涼介は満足そうに目を細める。


「なら、今日からお前も模型部の一員だ。」


夕方の風が、開いた窓から静かに吹き込んでいた。



次の日。

授業中。

美琴はぼんやりと窓の外を眺めながら、昨日の事を思い出していた。

――パチッ。

ニッパーを握った時の感触。

少しずつ形になっていくプラスチック。

完成した瞬間の、あの妙な達成感。

「……楽しかったな。」

気づけば、小さく呟いていた。

そして同時に、昨日涼介に言われた言葉も思い出す。

『これはお前にやるけど、次からはちゃんと自分で買えよ。』

「まぁ、そりゃそうだよね……」

放課後。

美琴は駅前の大型電気店へ来ていた。

そういえば、玩具コーナーに“プラモデル”って書いてあった気がする。

エスカレーターを上がり、おもちゃ売り場へ向かう。

すぐに見つかった。

壁一面に並ぶ箱、箱、箱。

ロボット。 車。 飛行機。 戦車。

見た事もないようなパッケージが大量に積まれている。

「うわ……。」

思わず声が漏れた。

昨日、康太が言っていた。

“ガンプラが人気”

たしかに、一番広い棚を占領しているのはロボットの箱だった。

赤いロボット。 白いロボット。 羽のついたロボット。

なにが違うのか全然分からない。

「ってゆーか……」

美琴は値札を見て固まる。

「高価すぎーッ!!」

思わず声が裏返った。

一万円。 二万円。

意味が分からない。

「んなもん高校生がポンポン買えるかーッ!!」

周囲の客がちらりとこちらを見る。

美琴は慌てて口を押さえた。

「……いやでも、四千円でも普通に高いんだけど。」

プラモデルって、 もっと子供のおもちゃみたいな値段だと思ってた。

なんなのこれ。 大人の趣味じゃん。

棚を見ながら歩いていると、昨日作ったシリーズを見つけた。

小さめの箱。

値段も手頃。

「あ。」

昨日、自分で作ったモンスターが描かれている。

完成した時の感覚を思い出す。

――パチッ。

自然と口元が少し緩んだ。

「……これにしよ。」

結局、美琴は昨日と同じプラモデルを二つ抱えてレジへ向かった。

袋を受け取り、店を出る。

夕方の空気が少し涼しい。

袋の中の箱が、やけに大事な物みたいに感じた。

家へ帰る足取りは、昨日より少しだけ軽かった。



部屋へ戻ると、美琴は制服のまま机へ座った。

買ってきた箱を机へ置く。

「よーし……。」

少し緊張しながら、箱を開けた。

中には昨日と同じ、カラフルなプラスチックの板。

黄色。 茶色。 黒。

綺麗に並んだパーツ。

それを見た瞬間、胸が少し高鳴る。

「……ん?」

ふと、美琴の動きが止まった。

なにかが足りない。

昨日、自分はどうやって作ってたっけ。

「……あ。」

思い出した。

「ニッパー。」

そんなもん、 普通の女子高生の部屋にはない。

美琴は部屋を見回す。

代わりになりそうなもの。

そして机のペン立てから、文具用のハサミを取り出した。

「ま、これも似たようなもんでしょ!」

うん。 たぶんいける。

美琴はドキドキしながら、ハサミをパーツへ当てる。

昨日みたいに、 またあの“パチッ”が味わえる。

そう思った。

力を込める。

――バキッ。

「……バキ?」

昨日とは明らかに違う感触だった。

嫌な音。

恐る恐るパーツを見る。

切りたい場所は残り、 切れちゃいけない部分だけが綺麗に折れていた。

数秒の沈黙。

そして。

「あーッ!!!」

部屋に絶叫が響いた。



次の日。

美琴は、壊れたプラモデルの箱を抱えながらプレハブへ向かっていた。

気が重い。

せっかく買ったのに。 せっかく昨日、楽しいと思えたのに。

一日で壊した。

しかもハサミで。

「絶対笑われる……。」

小さく呟きながら、部室の扉を開ける。

いつものシンナー臭が鼻をついた。

「うッ……。」

まだちょっと慣れない。

部室の中では、いつものように涼介が机へ向かって作業していた。

白いパーツへ細い棒のような物を当て、真剣な顔で何かを削っている。

その横では康太が完成品を並べ、ああでもないこうでもないと角度を変えながらポーズを取らせていた。

「いやこの角度だろ……いや待て、こっちも――」

遊んでるようにしか見えない。

プラモデルの箱を抱えた美琴へ気づくと、康太が顔を上げた。

「おッ! 新しくプラモ買ったのか? やるじゃん!」

その瞬間。

美琴の顔が曇る。

「……それが。」

おずおずと机へ近づき、箱を開けた。

中には、途中まで切り取られたランナー。

そして。

ぽっきり折れたパーツ。

数秒の沈黙。

次の瞬間。

「ブッ――!!」

康太が吹き出した。

「ハッハッハッハッ!! 一発目で折ったのか!? こりゃヒデェ!!」

「笑わないでよッ!!」

美琴は顔を真っ赤にする。

「だって……ハサミじゃ切れないなんて知らなかったんだもん!!」

康太は腹を抱えながら笑っている。

「いや、ハサミは予想外だったわ……!」

「木戸君も湊君も教えてくれなかったじゃん!!」

「康太でいいよ。」

笑いながら康太が言う。

「プラモってのは失敗するもんだ! 失敗して、壊して、直して、愛着が湧くんだよ!」

その言葉に、美琴は目を丸くした。

「……直せるの?」

「もちろん!」

康太は胸を張る。

「壊れて直せないプラモなんかねーよ!」

「そうなんだ……!」

美琴の表情が少し明るくなる。

だが。

「まぁ、まだお前には早いけどな。」

涼介が静かに口を挟んだ。

いつの間にか手を止め、こちらを見ている。

「ほら、それ貸してみろ。俺が直しとく。」

そう言って、美琴へ手を差し出した。

「ありがとう……湊君。」

美琴は安心したように箱を渡す。

その瞬間。

「涼介だ。」

低い声。

「え?」

「湊じゃなくて、涼介。」

涼介は美琴の手からそっと箱を受け取る。

ぶっきらぼうなのに、 どこか優しい手つきだった。

美琴は少しだけ目をぱちくりさせる。

「……じゃあ、涼介君?」

「好きに呼べ。」

そう言いながら、涼介は折れたパーツを手に取った。

その横顔は、 なんだか少し楽しそうに見えた。

「よしッ! じゃあ次もハサミでパーツブチ折らねー様に、萩尾用の工具買いに行くか!!」

康太が大きく伸びをしながら言った。

「えっ……でも。」

美琴は困ったように顔を上げる。

「昨日プラモデル二つ買っちゃったから、あんまりお金ないよ……。」

高校生のお小遣いは有限だ。

プラモデル二つだけでも結構痛かった。

すると康太は気にした様子もなく笑う。

「ま、そこは初心者支援って事で部費でどうにかなんだろ!」

「いや、そんな適当でいいの……?」

「西田にはあとで言っとく!」

絶対あとで怒られるタイプのやつだ。

「それに。」

康太はニヤッと笑う。

「残りの一つも、早く作りたいだろ?」

「……っ。」

図星だった。

折れたプラモデルは涼介が直してくれると言っていた。

でも、それが完成するまで待つより。

今すぐ続きを作りたい。

昨日の“パチッ”を、 もう一回やりたい。

そんな自分に、美琴は少し驚いていた。

「康太君……。」

「だろ?」

康太は得意げに笑う。

そして隣で壊れたパーツを確認していた涼介へ振り向いた。

「涼介もそれでいいよな?」

「まぁ。」

涼介は折れたパーツを指先で触りながら答える。

「もう部にはエアブラシもペンサンダーもあるしな。最低限の工具だけあれば十分だろ。」

また呪文みたいな単語が出てきた。

ペンサンダーって何。

「プラモデルは自分で買うんだから、それくらいは部費でも問題ない。」

「おっし、決まり!」

康太がパンと手を叩く。

「行くぞ萩尾! 模型店デビューだ!」

「デビューって……。」

半ば引っ張られるようにして、美琴は部室を出た。



夕方の住宅街を、三人並んで歩く。

西日が道路をオレンジ色に染めていた。

歩きながら、美琴は昨日からずっと気になっていた事を口にする。

「昨日初めてプラモデル売り場見たんだけどさ。」

「おう。」

「高価すぎじゃない?」

康太が大袈裟に肩を落とした。

「だよなぁ! 参っちまうよなぁ……。」

「あんな一万とか二万とかするの、みんな普通に買ってるの?」

「んなバカな!!」

康太は即座に否定する。

「PGとか1/12みたいなハイエンドモデルは憧れるけど、俺らだってそんなポンポン手ぇ出せねーよ!」

また呪文だ。

美琴は真顔になる。

「……日本語でお願い。」

「せいぜい二千円前後のやつだよ。」

康太が笑いながら言う。

「二千円でもそんな頻繁には買えないよ〜。」

「その二千円に、思いっきり時間をかけるんだよ。」

後ろを歩いていた涼介が静かに口を開いた。

「作って、削って、塗装して。」

「ここ違うなってやり直して。」

「また削って。」

淡々とした口調。

でも。

その声は少しだけ楽しそうだった。

「そうやって時間かけて完成したプラモデルを眺めてると、また次作りたくなるんだよ。」

「抜け出せないんだ……。」

夕焼けの中で呟く涼介の横顔を、美琴は少しだけ見つめた。

その時。

「まるで一昨日の萩尾だな!」

康太が横から笑いながら割り込む。

「え?」

「“また作りたい”って顔してる。」

美琴は少しだけ吹き出した。

「……美琴でいいよ。」

「お、そうか?」

康太は嬉しそうに笑う。

「じゃあ美琴な!」

そして美琴は少し迷った後、涼介を見る。

「……涼介君も。」

「……お、おう。」

涼介は少し視線を逸らしながら答えた。

その反応を見た康太がニヤニヤする。

「なんだよ、照れてんのか?」

「いってぇ!」

康太のツッコミが背中へ飛ぶ。

「別に照れてねーよ!」

「はいはい。」

夕焼けの道に笑い声が響く。

三人はそのまま、近くの模型店へ向かって歩いていった。



商店街の一角。

古びたアーケードの下に、その店はあった。

こじんまりとした建物。

入口のガラスには色褪せたロボットのポスターや、昔のイベント告知が何枚も貼られている。

その横には、

『岩崎模型店』

の文字。

けれど、入口上部の黄色と緑の日よけには、

『おもちゃのイワサキ』

と書かれていた。

「……どっちなの?」

美琴が首を傾げる。

「気にすんな。」

康太は即答し、そのまま店の扉を開けた。

カラン、と古いベルが鳴る。

美琴と涼介も後に続いた。

そして。

「………わぁ……!!」

思わず声が漏れる。

狭い店内には、所狭しと箱が積まれていた。

箱。

箱。

箱。

天井近くまで積まれたプラモデル。

ロボット。 戦車。 飛行機。 車。 船。

昨日見た大型電気店も凄かった。

でも、ここは違う。

“売り場”というより。

“保管庫”。

そんな空気だった。

棚の隙間には古い雑誌や塗料瓶が押し込まれ、壁際には完成したプラモデルがショーケースへ綺麗に飾られている。

ウェザリングされた戦車。

銀色に輝く飛行機。

今にも動きそうなロボット。

「……すごい……。」

美琴は呆然と店内を見回す。

その時。

「また来たのか? ガキ共。」

気だるそうな声が聞こえた。

奥のカウンター。

頬杖をついた綺麗な女性がこちらを見ている。

長い髪を後ろでまとめ、片手には細いヤスリ。

どうやら何か作業をしていたらしい。

「京子さん、おつかれ! おっちゃんは?」

康太が慣れた様子で話しかける。

「お父さんは東京に遠征。」

京子と呼ばれた女性は面倒臭そうに答えた。

「なんかベースでイベントあるらしいよ。ユニコーンの写真送られてきた。」

「うおっ! マジか!!」

康太の目が輝く。

「俺も行きてーッ!! やっぱ大人は違うな!!」

「ガキは学校行ってろ。」

京子は呆れたように笑った。

そんなやり取りをしながら、ふと京子の視線が美琴へ向く。

「ん?」

ニヤッと口元が歪む。

「なんだ〜? 涼介の彼女か?」

「バッ! ちげぇよッ!!」

涼介が珍しく大声を出した。

顔が真っ赤だ。

「模型部の新入部員だ!! まだ初心者だけどな!」

康太が笑いながら説明する。

「へぇ……。」

京子は少し意外そうに美琴を見る。

「よかったじゃん。」

その言葉に、涼介はさらに視線を逸らした。

京子はカウンターから身を乗り出し、美琴へ笑いかける。

「あたしは岩崎京子。この店で店番やってる。」

「まぁ、普段はお父さんがやってるんだけどね。」

「私は展示品作ったり、初心者教室やったりかな。」

「萩尾美琴です……。」

美琴は少し緊張しながら頭を下げた。

「一昨日、初めてプラモデル作りました……。」

その瞬間。

京子の目がキラッと光る。

「おっ! いいねぇ〜!!」

一気にテンションが上がる。

「一番楽しい時期じゃん!」

京子は嬉しそうに身を乗り出した。

「じゃあ美琴にも分かるように、お姉さんがプラモの事教えてあげよう!」

「まず、ガンプラにはPG、MG、HG、旧キットってのが――」

「「それはもうやったから」」

涼介と康太の声が綺麗に重なった。

京子は口を尖らせる。

「ちぇ〜。」

「で、今日は何しに来たんだ?」

京子は頬杖をついたまま三人を見た。

康太がすぐに答える。

「こいつが昨日、自分で買ったプラモデルをハサミで作ろうとして折っちゃってさ〜。」

「だから部費で工具買ってやろうと思って!」

その瞬間。

京子が吹き出した。

「あーっはは!! やっちゃったか〜!!」

「まぁ、あるあるだな!」

「……うぅ……。」

美琴は恥ずかしくなって顔を赤くする。

京子はまだ笑っていた。

「初心者あるあるランキング上位だよ、それ。」

「でも部費で買うって、研二が怒んぞ。」

「……西田先生の事、知ってるんですか?」

突然出てきた先生の名前に、美琴は驚いた。

「あいつ?」

京子は少し懐かしそうに笑う。

「あたしと同級生。元模型部。」

「ちなみに部長はあたしな。」

「えっ。」

西田先生が模型部?

あの生徒指導の?

「まぁ、研二がなんか言ってきたら“元部長権限”だって言っとけ。」

京子がニヤニヤしながら言う。

「元からそのつもりだ!!」

康太が即答した。

二人は顔を見合わせて笑う。

その空気がなんだか少し羨ましかった。

「さて。」

京子はカウンターから立ち上がる。

「工具だったな。」

そう言ってショーケースを軽く叩いた。

「とりあえずはニッパー。これがないとプラモは始まらない。」

ガラスケースの中には、色んな形のニッパーが並んでいた。

小さい物。

刃の薄い物。

黒い物。

銀色の物。

値札は全部手書きだ。

美琴はそれを見て目を丸くした。

「……高価いよ〜ッ!!」

二千円。

三千円。

高い物になると七千円近くする。

「康太君、私初心者なんだから百均のでいいよ〜!」

「ダメ。」

即答したのは京子だった。

さっきまで笑っていた顔が少しだけ真面目になる。

「安いのを選ぶのはいい。」

「でもプラモ用じゃないニッパーで始めるのはダメ。」

静かな口調だった。

でも。

そこだけは譲らない感じがした。

数秒後。

京子はまた笑顔へ戻る。

「まぁ部費で買えるんだから、そこそこ良いの買っときなよ。」

「どうせあとで、高いの欲しくなるんだからさ!!」

「うっ……。」

否定できない気がする。

その横でニッパーを見ていた涼介が一本手に取った。

「美琴は手小さいからな。」

「これくらいのサイズがいいと思う。」

黒い小型のニッパー。

持ち手も細く、確かに握りやすそうだった。

「へぇ〜。」

京子がニヤニヤしながら口を開く。

「“美琴”ねぇ〜?」

「……ッ。」

涼介が露骨に視線を逸らした。

「うるせぇ。」

耳まで赤い。

美琴は少しだけ吹き出した。

その後も。

棒みたいなヤスリ。

“デザインナイフ”とかいう細いカッター。

初心者向けの工具を、康太と涼介が選んでくれた。

「毎度あり。」

会計を終えた京子が笑う。

値段は、きっかり五千円。

部費で買ってもらうのが少し申し訳なかった。


その後。

美琴は店内を少し歩いて回った。

狭い通路。

積み上げられた箱。

古いポスター。

奥の棚。

少し高い位置に積まれた、一つの箱が目に入る。

女の子のイラストが描かれた戦車のプラモデル。

『ティーガーⅡ』

その文字が妙に気になった。

「少し前に戦車が題材のアニメ流行ったんだよ。」

隣へ来た涼介が言う。

「へぇ……。」

美琴は小さく頷く。

そのアニメは知らない。

でも。

箱に描かれた戦車のフォルム。

無骨な色。

重たそうな履帯。

なぜか。

並んだ箱の中で、それだけが妙に輝いて見えた。


「京子さん、またな!」

康太が手を振る。

「おっちゃんにもよろしく!」

「うぃ〜。」

京子は気だるそうに手を振り返した。

「研二にちゃんと言っとけよ〜。」

三人は模型店を後にした。

夕方の風が少し涼しい。


家へ帰った美琴は、早速買ってきたニッパーを箱から取り出した。

ベッドへ寝転がる。

部屋のライトへ透かしながら、カチカチと刃を鳴らす。

昨日まで知らなかった道具。

でも。

それが今は、自分の物だった。

「……プラモ、楽しいかも。」

小さく呟く。

その声は、 少しだけ嬉しそうだった。



次の日。

美琴は残っていたプラモデルの箱を抱えて、いつものプレハブへ向かっていた。

扉の前で一度立ち止まる。

昨日までは、 この匂いも、この場所も、 全部“知らない物”だった。

少し緊張しながら扉を開ける。

真剣な表情の涼介。

笑顔で遊んでる康太。

シンナーの匂い。

昨日と変わらない光景。

なのに。

美琴には、その全部が少し新鮮に見えた。

「おっ、来たか。」

康太が振り返る。

涼介も手を止め、美琴へ軽く手を上げた。

「あの後、作ったのか?」

康太が聞く。

「いや〜……。」

美琴は苦笑いしながら頭を掻く。

「ずっとニッパー見てた……。」

一瞬の沈黙。

そして。

「ぶはっ。」

康太が吹き出した。

「だろうと思った。」

涼介も少しだけ笑っている。

「ここで作ろうと思って……。」

美琴は机へ座り、箱を取り出した。

「いいじゃんいいじゃん!」

康太が椅子ごと近づいてくる。

「見ててやるよ!」

「プレッシャーなんだけど……。」

美琴は箱を開け、説明書を広げた。

昨日買ったばかりのニッパーを取り出す。

自分の工具。

それだけで少し嬉しい。

ランナーを持ち、慎重に刃を当てる。

――パチッ。

「……っ。」

やっぱり気持ちいい。

昨日、部室で初めて感じた感触。

でも。

自分のニッパーで切るそれは、もっと特別だった。

パチッ。

パチッ。

少しずつパーツを切り離していく。

その時。

「ちょっと待て、美琴。」

康太が口を挟んだ。

「……?」

美琴が顔を上げる。

康太はわざとらしく眼鏡を直すフリをした。

「ここで康太先生のワンポイントアドバーイス!!」

「なにそのテンション。」

思わず笑う。

康太は切り取ったパーツを指差した。

「そこ、指で触ってみ?」

「ここ。」

言われた通り撫でてみる。

少し引っかかる。

爪で擦ると、カリカリとした小さな出っ張りがあった。

「あ、ほんとだ。」

「ニッパーで切った跡。」

康太は得意げに頷く。

「これをデザインナイフで綺麗にするんだよ。」

「あー……昨日買ったやつ。」

美琴は鞄から細いカッターを取り出した。

「怪我すんなよ?」

康太が手を差し出す。

「最初の一箇所だけ俺がやってやる。」

美琴がパーツを渡すと、康太は慣れた手つきで白い跡を薄く削り取った。

無駄がない。

思っていたより、ずっと器用だった。

「……康太君もちゃんとプラモ作るんだね。」

「は?」

「いつも遊んでるから、見る専門かと思ってた。」

「馬鹿にすんな。」

康太は呆れながら、デザインナイフを持ち手側から返す。

「ほら、やってみ。」

美琴は見様見真似で刃を当てた。

少し怖い。

でも。

削る。

切る。

白い跡が少しずつ消えていく。

「あとはヤスリ。」

康太が言う。

「昨日買っただろ?」

美琴は細長いヤスリを取り出し、軽く擦ってみた。

シャッ、シャッ、と小さな音。

さっきまで引っかかっていた部分が、綺麗になくなっていた。

「すご……。」

「ゲート処理っていうんだ。」

康太がニヤッと笑う。

「これやるだけで仕上がり全然変わるぜ。」

美琴は夢中になって作業を続けた。

切って。

削って。

擦って。

気づけば、さっきまで騒いでいた康太も静かになっていた。

ふと見ると。

涼介まで、自分の作業を止めてこちらを見ている。

少し緊張する。

でも。

嫌な感じはしなかった。

――パチッ。

最後のパーツが綺麗にはまる。

昨日より時間をかけたプラモデル。

初めて自分の工具で作ったプラモデル。

同じプラモデルのはずなのに。

昨日より、ずっと格好良く見えた。

「……できた。」

美琴は小さく呟く。

その時。

コト、と机へ箱が置かれた。

顔を上げる。

そこには、昨日折ってしまったプラモデルの箱。

「直したから。」

涼介が静かに言った。

「……っ。」

美琴は慌てて箱を抱きしめた。

「にしても最初と同じプラモ二つも買うかね。」

康太が呆れたように笑う。

「まぁ、練習にはいいんじゃないか?」

涼介が少しだけ笑う。

その顔を見て、美琴もつられて笑った。

そして。

美琴は三つ目の箱を開けた。

「……あれっ?」

美琴は箱の中を見て首を傾げた。

新品の状態と違う。

まぁ、折っちゃったから当たり前なんだけど……。

でも。

それだけじゃない。

昨日までランナーについていたはずの黄色いパーツがない。

代わりに。

他の色のランナーの上へ、薄い布を敷いて、その上にバラバラの状態で置かれていた。

「折れた所、白化してたからな。」

涼介が机へ向かったまま言う。

「補強した後、黄色パーツだけ塗装しといた。」

「……?」

言ってる事はよく分からない。

でも。

昨日まで無惨に真っ二つだったパーツは、綺麗な一つのパーツへ戻っていた。

継ぎ目もほとんど見えない。

「……嘘。」

美琴は思わず呟く。

「えっ……? なんで!?」

壊れたパーツを持ち上げる。

「完全に割れてたじゃん!!」

「これが――」

涼介が口を開きかけた瞬間。

「これがプラモだよ!!」

康太が涼介を押しのけるように割り込んできた。

ドヤ顔である。

「……おい。」

涼介が呆れた顔をする。

でも。

そんなやり取りも、美琴の耳にはほとんど入っていなかった。

壊れていたはずのパーツを、何度も角度を変えて見つめる。

本当に分からない。

どこが折れていたのか。

「三つ目だから、番号なくてもなんとかなるだろ。」

涼介が言う。

「説明書で形は確認しろよ。」

「……うん。」

美琴は小さく頷いた。


三つ目の同じプラモデル。

しかも今回は、大半のパーツが既に切り取られている。

そのおかげか、組み立てはかなり早かった。

――パチッ。

最後のパーツをはめ込む。

完成したプラモデルを持ち上げた瞬間。

「あれ……?」

美琴は目を丸くした。

「なんか……。」

同じプラモデルのはずなのに。

昨日作った物と、どこか違う。

「全体的に……その……。」

言葉を探す。

「うーん……。」

しばらく悩んだ後、美琴はぽつりと言った。

「おもちゃっぽくない……っていうか。」

「塗装したからな。」

涼介が答える。

「塗装するだけで仕上がり全然違うぜ!」

康太が得意げに言う。

さっきも聞いた気がする。

でも。

今なら分かる。

「ほんとに違う……。」

美琴は塗装されたパーツをじっと見つめる。

ただ色が付いてるだけじゃない。

なんというか。

“本物っぽい”。

その感覚に、美琴は完全に魅入られていた。

すると。

「やってみたいだろ?」

康太がニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。

「……うん。」

美琴は素直に頷く。

康太と涼介が顔を見合わせる。

そして二人同時に笑った。

「じゃあ、そのプラモの塗ってないパーツ塗るか。」

涼介が机の上を指差す。

「それ、色分け優秀だからマスキングもしなくていい。」

「まぁ、そうだな〜。」

康太は棚から瓶を取り出し、箱と見比べ始める。

美琴は二人の会話を聞きながら首を傾げるしかなかった。

また知らない単語だらけだ。

その時。

「美琴、貸せ。」

涼介が突然言った。

「そのプラモ、バラすぞ。」

「えッ!!」

美琴が思わず声を上げる。

「今組み立てたのに!? いやだよ!!」

「いや……まぁ……。」

涼介は珍しく困った顔をした。

「お前が塗装した後、ちゃんと組んでやるから。」

「えぇ〜……。」

美琴は不満そうに唸る。

でも。

少し迷った後、そっとプラモデルを差し出した。

「……絶対元に戻してね。」

「当たり前だろ。」

涼介はプラモデルを受け取る。

そして。

デザインナイフを使い、器用にパーツを外し始めた。

カチッ。

カチッ。

完成したばかりのプラモデルが、少しずつ分解されていく。

「一応、やり方見とけよ。」

涼介が言う。

その言葉に、美琴は即座に返した。

「私は作ったプラモデル壊したりなんかしないもん!」

数秒。

沈黙。

そして。

「……するよ。」

涼介が少し笑った。

「えー……。」

美琴は不満そうに頬を膨らませる。

部屋の隅では。

康太がまだ瓶と箱を真剣に見比べていた。


美琴は心配そうに、涼介の手元をじっと見つめていた。

完成したばかりのプラモデル。

それを。

涼介はデザインナイフを使って、どんどん分解していく。

カチッ。

カチッ。

パーツが外れる音。

「うわぁ……。」

美琴はなんとも言えない顔をした。

すると。

「よし。」

涼介が短く呟く。

さっきまで机の上に立っていたプラモデルは、綺麗にバラバラになっていた。

色ごとに分けられたパーツ。

そのタイミングで。

「決まった!!」

さっきから棚の前で瓶と箱を延々見比べていた康太が戻ってきた。

手には小さな塗料瓶が三本。

「これと、これ……あと、これだな!」

茶色。

黒。

ピンク。

美琴は首を傾げる。

「もしかして……さっきから唸ってたのってこれ選んでたの?」

「他に何悩むんだよ。」

康太は真顔だった。

「いや、だって普通に茶色と黒とピンクじゃん。」

「元の色から変えるつもりかと思ってた。」

「元の色と! お!な!じ! のを選んでたんだよ!!」

康太が机を叩く。

「あと全然普通じゃねぇ!」

「ウッドブラウンにミッドナイトブルー、シャインレッドだ!!」

「いや知らないよ!!」

また始まった。

美琴は半分呆れながら思う。

でも。

楽しそうだった。

「ちょっとした塗装だから、使うのはこのくらいだ。」

涼介が持ってきたのは、

筆。

透明な液体の入った瓶。

小さな銀色の皿。

習字で使うみたいなスポイト。

先端にクリップの付いた棒。

「康太、貸せ。」

涼介は塗料瓶を受け取り、銀色の皿へ塗料を垂らした。

そこへ透明な液体を少し混ぜる。

スポイトで混ぜる度、独特な匂いがふわっと広がった。

「ほら、服に零すなよ。」

皿が美琴の前へ置かれる。

「塗りたいパーツをその棒で挟め。」

「組んだ時見えなくなる所な。」

言われた通り、美琴はパーツを棒で挟む。

茶色。

黒。

ピンク。

細い棒の先で揺れるパーツが少し可愛い。

「あとは筆で塗るだけ。」

美琴は恐る恐る筆へ塗料をつけた。

そして。

パーツへ色を乗せる。

「あれ?」

表面に小さな泡。

「なんかぷつぷつしてるんだけど……。」

「塗料つけ過ぎ。」

涼介が即答する。

「拭き取れ。」

美琴は慌てて拭いた。

もう一度。

塗る。

「あっ、なんか垂れてくる……!」

「塗料つけ過ぎ。」

「拭き取れ。」

また拭く。

慎重に。

さらに慎重に。

ようやく薄く塗れた。

「……でも薄くない?」

「乾いたらもう一回塗れ。」

乾かす。

塗る。

「まだ薄い?」

「乾いたらもう一回塗れ。」

乾かす。

塗る。

「まだ……?」

「乾いたらもう一回塗れ。」

「同じ事しか言わないじゃん!!」

康太が吹き出した。

涼介は真顔のままだ。

でも。

塗り重ねる度、少しずつ色が濃くなっていく。

最初は透けていた色。

それがちゃんと“色”になっていく。

「……。」

ちょっと楽しい。

夢中になって筆を動かしていると。

「いいんじゃないか?」

涼介がぽつりと言った。

「美琴、お前塗装上手いよ。」

「……えっ。」

美琴の手が止まる。

「なんだよ。」

「初めて涼介君に褒められた気がする……。」

美琴が素直に言う。

その瞬間。

「……ッ!」

涼介が勢いよく顔を背けた。

耳が真っ赤だ。

「終わったパーツはそこに挿しとけ。」

視線を逸らしたまま、猫の爪とぎみたいな物を指差す。

美琴は思わず吹き出した。

それから。

涼介と康太も加わり、残りのパーツも塗っていく。

気づけば。

塗装ベースには大量の棒が刺さっていた。

色とりどりのパーツ。

まるでハリネズミみたいだ。

窓の外を見る。

いつの間にか、空は真っ暗だった。

「あとは乾くの待つだけだし、帰るか!」

康太が伸びをしながら言う。

「疲れた〜。」

美琴も椅子へもたれかかった。

でも。

その顔は少し嬉しそうだった。


帰り道。

夜風が少し涼しい。

街灯に照らされた道を歩きながら、美琴はさっきの言葉を思い出していた。

『美琴、お前塗装上手いよ。』

思い出す度、少しだけ胸が熱くなる。

塗装した後の完成も楽しみだった。

夜道なのに。

美琴の足取りは、やけに軽かった。


放課後。

授業が終わるチャイムと同時に、美琴は席を立った。

鞄を掴み、そのまま廊下へ飛び出す。

友達に「今日早くない?」と聞かれたけど、適当に笑って誤魔化した。

頭の中はもう模型部の事でいっぱいだった。

ちゃんと乾いてるかな。

上手く塗れてるかな。

早く見たい。

そんな事を考えながら、美琴はプレハブへ向かう。

勢いよく扉を開けた。

すると。

涼介と康太が、まるで待ってましたと言わんばかりに振り返る。

「美琴! 乾いてたぞ!!」

康太が嬉しそうに言った。

「ホント!?」

美琴は慌てて部室へ入る。

昨日までパーツが刺さっていた塗装ベース。

そこにはもう何もなかった。

代わりに。

机の上へ、完成したプラモデルが置かれている。

「あ……。」

昨日みんなで塗ったプラモデル。

昨日までバラバラだったプラモデル。

ちゃんと完成していた。

「元に戻すって約束したからな。」

涼介が静かに言う。

美琴はそっとプラモデルを持ち上げた。

昨日までとは違う。

ツヤ。

色。

質感。

全部が違う。

昨日まで“プラスチックのおもちゃ”だった物。

それが今は。

ちゃんと“模型”になっていた。

美琴はしばらく黙ったまま、それを見つめる。

何度も。

何度も。

壊しては直して。

作っては壊して。

塗っては拭き取って。

少しずつ完成した。

三回目の、同じプラモデル。

でも。

もう同じ物には見えなかった。


美琴は机の上へ、今まで作った三体を並べた。

一つ目。

初めて作ったプラモデル。

涼介に教えてもらいながら作ったプラモデル。

二つ目。

康太に教わりながら、自分の工具で作ったプラモデル。

三つ目。

自分で壊して。

みんなで直して。

初めて塗装したプラモデル。

どれも同じ。

でも。

どれも違う。

そして。

どれも、美琴には特別なプラモデルだった。

「……これ、棚に飾ってもいい?」

美琴が恐る恐る聞く。

「もちろん!!」

康太が即答した。

美琴は嬉しそうに棚へ向かう。

空いているスペースへ三体を並べ始めた。

「これをこっち……?」

「いや、これ真ん中……?」

「でもこっちの方が……。」

真剣だ。

棚の前で延々悩んでいる。

その様子を見て、康太が吹き出した。

「もう完全にモデラーだな!!」

「多分、ずっといじってるぞ、あれ。」

涼介も苦笑している。

その横で。

涼介はプラスチック板を切り始めた。

細長い板を三枚。

そして少し大きめの板を一枚。

「ほら。」

完成したそれを康太へ渡す。

康太はニヤッと笑いながら、美琴へ持っていった。

「名前付けちまえよ、そいつら!」

「名前?」

「大きい方には日付でも書いとけ。」

康太はマーカーを軽く放った。

美琴はそれを受け取る。

少し悩んだ後。

目を輝かせながら、板へ文字を書き始めた。

塗装したプラモデルの前に。

[りょうすけくん☆]

ゲート処理したプラモデルの前に。

[こうたくん☆]

初めて作ったプラモデルの前に。

[わたし☆]

そして。

大きい板へ。

[☆7月5日☆  はじめてのプラモデル☆         美琴♡]

数秒の沈黙。

そして。

「……恥ずかしい奴だな。」

涼介が頭を抱えた。

耳が赤い。

「女子、だな!!」

康太は腕を組みながら大笑いする。

美琴は少しムッとした顔をした後、また棚を見た。


シンナーの匂いが広がるプレハブ。


その棚の中で。

三つの同じプラモデルが、静かに並んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ