095)本心
「ソラ!!」
「天、何でお前が俺を庇う」
代表は心底驚いている様子だった。
ソラは宙香のほうへゆっくり顔を上げた。
「この人を、待ってる人がいる。その人から、この人を奪わないで……」
それがソラの本心……。クリティネに対するソラの想い全てが、その言葉に含まれている。
私が両手で口元を押さえて固まっている横で、宙香は後ろへよろめいた後、魂が抜けたように立ち尽くしていた。
刃物が刺さったままのソラの背中が血で滲んでいく。
私の顔から血が引いていった。私は急いでモバイルを取り出し、震える手で救急の番号を押した。
今はそれどころじゃないのに、ソラの本心を知ってしまったことで、心が定まらないほど切なくて、気持ちが乱れていた。
胸が苦しい。クリティネへの想いは随分前に吹っ切れてるって言ってくれたじゃない。どうして、ソラ。私を置いて逝かないで。お願い……。
通信先の人の声が聞こえた時、ふらりと、宙香がベランダへ通じるドアのほうへ向かって行くのに気が付いた。
私は咄嗟に宙香の後を追った。
私がベランダへ出た時には既に、宙香は手摺へ片足をかけようとしていた。
「宙香!」
駆け寄り、夢中で宙香の腰へしがみ付いた。
「駄目だよ。何やってるのよ、宙香」
「紬生に関係ないでしょ。離して」
「離さない」
「紬生を道連れにしたって、いいんだから」
「宙香の道連れなんて、嫌よ!」
私の中で、身体の内側が震えるほどの怒りが沸き起こった。
「宙香はいつだってそうじゃない。自分のことしか考えてない。ずっと性格悪いって思ってた!」
宙香を説得するつもりなのに、私は何を言っているんだろうと思いながらも、口が止まらなかった。
「だから、友達だっていないんだ」
「何なの、悪口言うだけなら、どっかへ行って」
私の腕を外そうと、宙香は必死になっている。
「宙香の馬鹿! 自分がどれほど代表に愛されてきたか、全然分かってない! 代表は、宙香のお母さんや宙香を、裏切ってなんていないのに!」
「いい加減なこと言わないで。どうしたら、そういうことになるのよ」
「私は全部、クリティネから聞いたの。クリティネは代表のことが好きだった。だけど代表は、宙香達を悲しませるようなことはしないって、クリティネを拒んだのよ」
宙香の動きが止まった。
「嘘よ。じゃあ、子供が生まれたって話は……。クリティネが子供を産むって話はなんだったのよ」
「産んだのは、クリティネの双子の妹だったの。過去のあの時点では、ソラも妹の存在を知らなかった。だから誤解したの。ソラを責めないで。ソラも宙香と同じくらい苦しんできた。お願い。宙香のお兄さんを、許して……」
宙香は力が抜けたように、ぺたんと座り込んだ。
「頼む。早く来てくれ。まだ息がある」
代表の声が聞こえて振り向くと、代表に抱き抱えられた、動かないソラの身体が瞳に飛び込んできた。
さっき私が、救急車を呼ぼうとして投げ出したモバイルを代表が手にしている。
「お願いだ。早く、息子を助けてくれ」
天、天と名前を呼んで、代表はソラを抱き締め続けていた。




