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094)矛先

「ソラから、クリティネが代表の子供を産むと聞いて、全てが繋がった。中学の時に聞いた、その会話の意味も。あれは……」


 今思い当たったといった感じで、ソラを見た。


「あの時、代表と話してたのはソラだった?」


 ソラは小さく頷いた。


「だけど、宙香みちかさんは思い違いをしてる。この人は……」


そら、いいんだ。これは、私と宙香の問題だ」


 ソラの言葉を代表が遮った。


「私は、宙香を救えるなら、何にでも縋ったし、何でもやる覚悟があった。あの国から巫女王を奪うことにも躊躇いは無かった。誰に憎まれても構わない、そう思っていたから。だが、宙香の病が治った後、いつか巫女王の力が及ばなくなるのでは無いか。そして、今までの分の不幸が襲ってくるのではないかと怖くなった。私が被る不幸ならいい。だけど、宙香に矛先が向かうのを恐れた」


 誰にも視線を預けない代表の語り口は、独り言のようだった。


「だから私は、クリティネの使命だった神託を広げることで、調和の世界を作り、何とか帳尻を合わそうと、それまで以上に躍起になった。宙香の気持ちと向き合う余裕を失っていた。一番大切で、一番望んでいたはずのことだったのに……」


 代表は言葉を切って、宙香を仰ぎ見た。


「私はお前が、元気でいてくれる、それだけで満足してしまっていた。お前の気持ちを置き去りにしていた。すまなかった。宙香」


 代表に見つめられた宙香は、気持ちの整理が追い付かないのか、左手に刃物を掴んだまま、ううぅう~っと唸って、両手でこめかみの辺りを押さえた。


 そして、ボソッと呟いた。


「気持ち悪い……」


 ぞっとするほど、鈍い響きだった。


「私のため? 冗談じゃないわ……」


 顔面を蒼白にして、宙香は震える声でそう言った。そして、顔をくしゃくしゃにした直後。


「冗談じゃないわよ!」


 絶叫に近い声を出し、宙香は両手で、掴み直した刃物を振り上げた。


 駄目だ。宙香の誤解はまだ解けていない。


「宙香、聞いて!」


「殺してしまったら!」


 咄嗟に叫んだ私と、ソラの叫び声が重なった。同時に、宙香の手首をソラが掴んでいた。


 腕を振り上げたところで動きを止められた宙香は、ソラを鋭く睨んだ。


「殺してしまったら、もう二度と、この人から認めてもらえないんだぞ」


 宙香は目を見開いた。


「殺してしまったら。一生、この人に、許すと伝えることもできない」


 それは、ソラがずっと考えてきたことかもしれない。自分が代表を突き落とす、未来での可能性を聞いた時から。


 宙香の揺れた視線が代表へ向かった。代表を許そうか迷っている宙香の心が、確かに見えた。なのに、代表を凝視した宙香の瞳から迷いが消えていった。


「もう、そんなこと、どうだっていい。離して!」


 宙香が勢いで払った腕の先がソラに当たり、刃先がソラの頬を掠めたようだった。


 ソラが一瞬、身体からだを引いた。


 その隙に、刃物を左手で持ち直した宙香の腕が、代表へ向けて振り下ろされていった。


「宙香、ダメ!」


 私は刃先へ向かって走った。


 代表の首の右側辺りへ、弧を描いて振り下ろされていく刃物が、スローモーションのように私の目に映し出された。


 代表は逃げる素振りも、身構える素振りも見せずに、宙香の顔をただ見上げている。


 次の瞬間、刃物は代表に覆い被さった、ソラの背中に刺さっていた。

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