093)芝居
「じゃあ、どうして。過去のクレタ島へ、僕と母さんを連れて行ったんですか。両親の仲が上手くいっていないことぐらい、子供の僕にも分かっていました。だけど、旅行に誘われて、母さんはとても嬉しそうだった。きっと、あなたとの関係が修復できると、期待してたんです。なのに、帰国後直ぐ、あなたは母に別れを告げた。理由ぐらい聞かせてくれてもいいでしょう」
ソラの問いに答えるつもりはないのか、代表は視線を部屋の隅へ投げたまま動かない。
私にはソラが芝居をしているように見えていた。そうやって代表を追い詰めて、宙香への想いを語らせる作戦なのではないか。宙香を思い止まらせるために。
「娘を治してもらうための条件に、妻と別れることが含まれていましたか」
「そんなことはない」
即座に、代表は顔を上げた。
「クリティネは私に、何かを強制することは無かった。お前の母親との離婚を決意したのは、私自身だ」
ソラは一瞬天井を仰いだ。
「巫女王に願いを叶えてもらうために、偽りの無い自分でいたかったんだ」
観念したように、代表がぽつりぽつりと話し始めた。
「お前の母親と結婚したのは、親が決めた政略結婚みたいなものだった。宙香の母親は、私に結婚の話が持ち上がると、黙って身を引いた。でも私はずっと、宙香の母親が忘れられず、結婚していながら、宙香を授かってしまった」
「難病を患った娘って。……私?」
ようやく話が見えてきたのか、信じられないといった表情で、宙香は代表へ視線を落とした。
「宙香が患った病は、有効な治療法が無くて、完治も難しいと言われた。幼児の症例も少なかったから、医師も関わろうとしない。明日の朝を待たずに、逝ってしまうんじゃないかという夜が、何度もあった。そんな時だ。古代の巫女王が答えをくれる、そんな噂を聞いた」
「何よ。それじゃあ、代表は……。私のために、クリティネと、その、そういうことをしたというの? それは、クリティネに望みを叶えてもらうためだった、そういうこと?」
視線を彷徨わせながら、宙香は途切れ途切れに言った。
「そのことなんですが……」
ソラが慎重に切り出した。
「この人が、クリティネと関係を持ったというのは、僕の誤解だったんです」
宙香の瞳が吊り上がった。
「今更、嘘を吐かないで! 馬鹿にしているの?! 私は中学生の時に聞いてるのよ。この人と誰かが会話してた。子供が生まれたって話してるのが聞こえてきて。代表はその人から、会いに行って欲しいって言われてた。衝撃を受けたわ。私以外にも、代表に子供がいるんだって」
その時を思い出してか、宙香は淋しげな顔に影を作った。
「あれは、ママが亡くなった直後だったから……。代表が生まれた子のほうへ行ってしまったらどうしよう。捨てられる、一人にされてしまうかもって怖くなって。それだったらいっそって……」
「宙香、そのことはもういい」
代表が口を挟んだ。
「良くないわよ! そうやっていつも代表は、私と向き合おうとしない。代表の頭の中は、教団のことばっかり!」
吐き捨てるように言って、宙香は怒りの視線を代表に当てた。
「あの時だって、大事にしなかったのは、教団のためなんでしょ? いつもそうだもの。本当はちゃんと叱って欲しかった。何であんな事したのか、理由をちゃんと聞いて欲しかった。それなのに、代表は何も言ってくれなかった。私のこと、私のしたこと、無視して。私の気持ちを無かったことにしたじゃない!」
噛みつくように叫んで、宙香は大きく息を吐いた。




