089)過去と未来 2
ショーノさんが淹れてくれたミルクティーを口に運び、ふぅと息を吐いた。
ここは『T・T・T』の敷地内にあるカフェ。
深い色の木床、生成り掛かった色の壁と天井。分厚い無垢板のカウンターに椅子が並び、四人程度が座れるソファ席が一つ。客は私とソラ以外いない。
「春夏秋さんの様子はどうだったの?」
カウンター越しに、ショーノさんが声をかけてきた。
「変わらず、意識のないままでした」
カウンターの木目へ視線を落とした私の横で、ソラが答えていた。
さっき、宙香の病室へ行って来た。
酸素マスクと点滴、筋肉の衰えを防ぐために取り付けられたパットと電極。それらに、宙香の身体が埋もれているように見えた。
申し訳ない思いで、気持ちが沈んでいる。
「心配いらないよ、大友さん。帰国トラブルで意識不明になったお客様は、どういう訳か、目覚めてからの予後が早いんだ。中には、数時間で歩き始める人もいる」
同じことをソラからも聞いていたけど、心は軽くならない。例え復帰までが早いとしても、今現在の宙香の時間を奪っている事実は消えないのだから。
でも、私を元気付けようとしてくれている。
ショーノさんの気持ちに感謝して顔を上げた私に、ショーノさんは親しげに視線を向けて来た。
「昔は私も、アテンダントをしてた時期があったんだ。クノッソスにも潜入してたんだよ」
知ってる。
クリティネが見せてくれたビジョンの中では、ショーノさんの肌はもっと日に焼けた色をしていた。今は色白だ。きっと、こちらが本来の姿なんだと思う。
「偉くなっちゃってからは、このカフェで、お客様対応に当たってるんだ。まあ、この間みたいに、トラブルが起きた時なんかは、現場に駆り出されることもあるけどね」
「あの……。聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「考えれば考えるほど、分からなくなってて」
「と、言うと?」
「私がタイムトラベルをして古代へ行かなければ、六年前の出来事が成り立たない、なんてことがあるんでしょうか」
ふむ、という感じで、ショーノさんは片手で顎を支えた。
「そう言うこともあるだろうね。大友さんが古代世界へ行くことは、予め決められたことだった。もしくは、大友さんがそうやって思うようにと、世界が書き変わっているのかもしれない。それとも、ただ何かを、思い違いしているだけかもしれない」
私は眉を寄せた。
一般論が聞きたかった訳じゃない。過去で起きることも必然だ、と言っていたショーノさんの意見が聞きたかったのに、煙に巻かれた気がする。
「頭を抱えて悩むのを止めて、大友さんの好きな考えを選んだらいいってこと。きっと、答えは誰にも分からない」
納得できないでいると、ソラがおもむろに口を開いた。
「タイムトラベルを何回か経験していると、時折、過去と未来、そのどちらへ行くにも、未来へ向かっていると思えてくるんだ。実際に、過去へ行こうとしている僕の時計は巻き戻ってなくて、針を進めてるわけだし。過去と未来が切り離されてるとは思えない。過去も未来も同じ世界、同じ空間の中にいると感じる」
「過去と未来は繋がっているってこと?」
「僕はそう思うよ」
なんだか、ほっとした。
そこへ通知音が鳴り、ソラが画面を確認して、ぱっと顔を輝かせた。
「宙香さんの意識が戻ったって!」
ショーノさんへの挨拶もそこそこに、私とソラはカフェを飛び出し、再び宙香の病室へ向かった。




