087)望み
「あの人に会うまで、本当はどうなるか、僕にも自信が無かった。そんなつもりは無くても、話の成り行きでカッとなるのかもとか、向こうが襲って来てその反動でとか、色々考えたりして……」
代表の呼び方が、あの男からあの人に変わっている。
「どうして、会いに行ったの?」
「クリティネから、巻き込んでしまったことを、謝っておいて欲しいと頼まれたんだ。そう言われた時、何で僕がって思った。でもあの時、事情も聞かずに、いきなり殴り倒してしまったこと、僕も謝罪したほうがいいかなって、考え直したんだ。それに……」
カメラ越しに、ソラは私を真っ直ぐに見つめた。
「紬生がいるから、大丈夫だっていう気持ちもあった。紬生のいる前で、紬生を悲しませるようなことはしない。それを証明したいとも思った」
ソラ……。
「あの人のほうは、僕を見て奇声を上げるくらい取り乱していたけど、構わず僕は、双子が生まれたことと、クリティネの伝言を伝えて、会いに行って欲しいとお願いした」
「どうして、そんなお願いを……」
「クリティネの望みを叶えてあげたいと思った」
幸せになって欲しいと、私がソラに対して思う気持ちと同じ。
嫉妬に駆り立てられたソラが代表を突き落とすなんて、ソラを信じ切れていない私の妄想だった。
「クリティネが待ってるって言っても、あの人は半信半疑だった。だけど、考えてみるって。まあ、七年経っても会いに行ってないし。結局、紬生を使者として送り出したくらいだから、これからも行くつもりはないのかも」
だけどと、ソラは遠い目をした。
「あの人は会いに行くべきだ。転落したあの人を救ったのは、クリティネなんだから」
どうしてここにクリティネが出てくるんだろう? それに、代表はやっぱり吹抜けから落ちたということになる。
「何があったの?」
「話を終えた後、僕は帰ろうとして、裏口のほうへ向かってた。そしたら、悲鳴が聞こえて、急いで引き返したんだ。手摺から下を覗き込んだ時、十五歳の紬生と目が合った」
その時を思い出して、私はソラの目を見た。
「じゃあ。私が見たのは、犯人のソラじゃない……」
「そういうことになる」
「じゃあ、何で代表は落ちてきたの?」
押し黙り、一度視線を落としたけれど、全てを打ち明ける決心が付いたように、ソラは顔を上げた。
「廊下を走り去って行く宙香さんを見た」
「まさか!」
「突き落としたところを見たわけじゃない。だから、宙香さんが犯人だと断言はできない」
だけど、代表の悲鳴を聞いても、代表のところへ駆け寄るどころか、宙香は去って行った。逃げたと推測できる。宙香の犯行の可能性は高い。
でも、なぜ……。
ショックのあまり黙り込んだ私とは逆に、ここからが本題だと言わんばかりに、ソラの身体がより一層前のめりになった。
「走り去る宙香さんの姿を見た時、僕は、現代の宙香さんのことが心配になった。宙香さんに誤解を与えたまま、ここへ送り帰してしまったから」
生き物の肌や、皮膚が苦手だと言っていた宙香。代表とクリティネの話を聞いて、嘔吐するほどの拒否反応を示したのも、きっとそのせい。
「父親に対して、嫌悪感を抱いたまま帰って行った宙香さんが、どういう行動に出るか心配なんだ。取り越し苦労ならいいんだけど……」
ソラの言う通り、あの話を聞いた後の宙香が、どんな風に父親の代表と向き合うのか想像が付かない。
「紬生にこの話ができるまで、六年待った。今までは、運命を変えてしまうのが怖くて、何もできなかった。だけど、これからは違う。宙香さんに伝えないといけないこともある」
「伝えないといけないことって?」
「あの人の本当の望みを、クリティネから聞いたんだ。あの人が宗教を広めるためにクリティネを利用したって言うのは、僕の間違いだった。宙香さんを誤解させたままにできない」
そう言えば、代表が二度タイムトラベルをしてまで、叶えたかった望みが何だったのか、私は未だに知らなかった。




