086)鈴蘭
未来の時の扉へ到着した私は、直ぐにソラの姿を探した。
未来のほうのモニタールームは広く、ガラス窓も大きい。三人いる職員の中にソラはいなかった。
ソラにしたら、あれから六年近く経っているはず。あの日の約束なんて、もう忘れてるんだ。
気落ちしている私に、後ろからショーノさんの声がかかった。
「ソラ君なら、感染症対策施設のほうにいるよ」
「そうなんですか?!」
「数日前にアテンダント業務から戻ったばかりなんだ」
ソラはここにいる。良かった。
「実は。クノッソスへ出発する前に、ソラ君から言付かっていてね」
私は目を見開いた。
「ソラは何て?」
「出迎えに行けないことを許して欲しい、と」
約束を覚えていてくれた。
「これはソラ君から。彼が業務に旅立つ前に預かっていたものなんだ」
そう言って差し出された小さな袋を開けてみると、鈴蘭をモチーフにしたチャームが入っていた。
偶然にも、鈴蘭は私が一番好きな花。
一緒に入っているメッセージカードを読んだ。
お誕生日おめでとう!
鈴蘭の花言葉は
『幸せが再びやってくる』
紬生の人生に
何度でも幸せが訪れますように
鷹月 天
ソラのフルネームと漢字。初めて見た。ソラの一部が自分のものになった気がして、メッセージの内容よりもドキドキする。
「大友さんにも、これから感染症対策施設へ入ってもらうから、モニター越しにはなるけど、ソラ君と話せるよう手配しておくよ」
何だか嬉しそうにそう言ったショーノさんの計らいで、その日の内に、私はソラとの再会を果たした。
「ソラ!」
「紬生……」
モニターの中には、ソラの肩から上が映し出されている。
ソラの顎のラインに、私はそっと触れた。私の知るソラだけど、やっぱりどこか大人の雰囲気がある。
「プレゼントありがとう」
「鈴蘭は、紬生が好きだと思って……」
「知ってたの?!」
「もちろんだよ。フランス語で鈴蘭はミュゲ。おまじないの『みゅげみゅげ』はそこから取り入れたんだし」
そうだったんだ。
「紬生」
改まった表情で、ソラは私を見た。
「クリティネから全部聞いたよ。紬生も知ってる全てを」
「それで、ソラは……」
クリティネの気持ちを知って、大丈夫だったのだろうか。
「ショックだった」
少し暗い顔になったソラ。
「紬生があの時、何も言わなかったのは、僕のためだったんだね」
ソラのためと言うより、私はただ、ソラを傷付ける役目を背負いたくなかった。
「クリティネ達はどうなったの?」
「アリネが巫女王として神託を降ろすようになって、クリティネが国王に即位した」
アリネはもう孤独じゃない。クリティネと二人三脚であの国を治めていく。一番いい形に落ち着いた。
「双子達は?」
「僕があそこにいたのは、紬生が帰った後、三ヶ月くらいだけど、元気に育ってた」
「そっか。良かった」
ほっとして、椅子の背もたれに身体を預けた。
「紬生」
少しカメラに近付いたのか、ソラの顔が大きくなった。机の上に肘を乗せたんだと思う。
「大丈夫だったよ。紬生が心配してたようにはならなかった」
「代表のこと?」
ソラは頷いたけど、私の記憶は何も変わってない。
むしろ、昔のソラとの思い出が蘇ったと同時に、それまで思い出せなかった男の顔が、はっきりとソラの顔だと認識できてしまっている。




