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85/98

085)救い

 ソラは私の意思を尊重してくれる初めての人だった。私と会う度、私の欲しい言葉、興味の持てる遊びを提供してくれた。


 幼い頃の世界が、明るく自由だと感じていられたのは、ソラの存在があったから。


 『ソラ兄ちゃん、ソラ兄ちゃん』と言って、私はいつも付いて回っていた。


 私はソラが大好きだった。


「元気でね、紬生。僕、遠い所へ行くから、紬生とは遊べなくなるんだ」


 そう言って、車へ向かおうとするソラ。


 咄嗟に、ソラの腕を掴んだ私の手。まだ小さい。


「遠い所へ行っちゃうの? つむぎ、ソラ兄ちゃんが遠くへ行っても、ソラ兄ちゃんのこと、ずっと待ってるよ。また、一緒におまじない唱えようね」


 私は無理に笑った。覚えてる。


 淋しい気持ちを、ソラが必死に隠しているのが分かったから。


 去って行くソラの後ろ姿。


 覚えてる。私も凄く淋しかった。


 ソラが車に乗り、窓を開けた。笑顔で手を振ろうとしたみたい。だけど私を見て、上げかけた片手が途中で止まった。


 私が泣いていたから驚いたんだ。


 堪えようとすればするほど、次々と、大粒の涙が瞳の奥から押し出されてくるのを、私はどうしようもできなかった。


 それでも必死に耐えた。泣き声を出さなかった。声を上げたらソラが困ると思っていた。


 子供心に、ソラの覚悟のようなものを感じていたから。


 車が走り出した。


「行かないで! ソラ兄ちゃん!」


 駆け出した私は直ぐに、豪快に転んだ。覚えてる。


 膝も掌も擦りむいて痛かった。だから、声を上げて泣いた。痛いから声を出しても許されると思った。


「紬生」


 ソラが戻って来てくれた。


 私を立ち上がらせると、ソラは私をぎゅっと抱き締めた。


「いつかまた、一緒におまじない唱えようね」


 それが、ソラ兄ちゃんの声を聞いた最後。


「遠い所へ行っても、僕のことを待ってると言ってくれた。唯一生存している身内にも、引き取りを拒まれた僕にとって、僕を求めてくれる存在が、この世にいたということ。それが僕のたった一つの救い。これからも生きていける理由。だから、遠い場所へ行くのに、何も抵抗はありませんと、ソラ君は話してた」


 私はソラの救いだった。それなのに私は……。


 どうしてあんな大切な日々を忘れていられたんだろう。


 自分が許せなかった。


 ソラのことを思い出せなかった私は、どれほどソラを落胆させたことか。


 私がやるせない気持ちでいる所へ、スピーカーからソラのアナウンスが聞こえてきた。


「そろそろシステムを起動させますが、いいですか?」


「待って!」


 叫ぶと同時に、私はモニタールームへと走った。


「ソラ!」


 扉を開けるなり、私は思いっ切りソラに抱き付いた。


「ごめんなさい。色々と私。ごめんなさい」


「何が……。どうしたんですか?」


「私、信じてるから。ソラのこと。遠く離れても、ソラのことずっと待ってる。今度は忘れたりしない」


 ソラははっとした後で、少し照れたように笑った。


「僕も紬生を待ってる」


 ガラス越しに、未来で会いましょうと、手を振るソラを目の中に焼き付けながら、私は未来へ出発した。

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