083)隠しごと
新月の日が三日後に迫っていた。
「明日は少し足を延ばして、古い時代の神殿跡を見に行ってみましょう」
ここ数日そんな感じで、ソラは私を、島のあちらこちらへ連れて行ってくれている。
旅行へ来た方々に楽しんでもらうことが信条だと、以前言っていた。私だけのためであっても、ソラはその言葉を忠実に実行してる。
仕事に対して、凄く真面目な人。
「ね、ソラ。明日は何か違うことがしたい」
仕事モードになると、ソラの素の姿が見えにくい。人をからかうのが好きで、弱いところも隠そうとしない、本当のソラのほうが親しみが持てる。
残り少ない時間、ソラのガイドを聞くのじゃなくて、ソラ自身の言葉に触れたいと思った。
「では、葡萄畑へ収穫体験に行くのはどうですか? 体験といっても、作業員として働くことなんですが、昨年のワインを分けてもらえるかもしれません」
ソラと一緒に働くのは面白そうだけど、収穫体験なら未来でもできなくはない。
「その他ですと、そうですねぇ。宮殿に行くのはどうでしょう」
「入れるの?!」
巫女王の祈祷は行われていないはずだから、宮殿には入れないと思っていた。
「入れますよ。新しい巫女王のために、連日、何かしらの催しが開かれています。一般にも開放されていますから、行ってみますか?」
「うん。行きたい」
御神体にもう一度会ってみたくなった。
翌日。
御神体の前で胡座になり、瞳を閉じた。
心地いい風が吹く。
感謝の気持ちだけで心が満ち溢れる。今ここにいる自分。ここに導いてくれた全てにお礼を言いたい。
結局、神託は賜れなかったけど、それ以上のモノを得られた気がする。
ゆっくりと瞳を開き、大岩とオリーブの樹を仰いだ。
大岩がオリーブの樹の幹に絡み付かれているのを見ても、以前のように、がんじがらめにされていると感じなくなっている。私の心が解放に向かっている証だと思う。
「最近、ミノタウロスは出没しなくなったようです」
御神体へ挨拶を済ませた私に、ソラが言った。宮殿内で牡牛の彫像を見て思い出したようだ。
事情を知っていることを悟られないように、私は気の無い返事をした。
早朝にもかかわらず、大勢の人でごった返す中庭を、ソラと並んでぶらぶら歩く。
日本での神社のお祭りのように、出店が並んでいる。
店と言っても、物々交換や金銭のやり取りは無いのだそう。国王からの支給品として配っている。だから、こんなにたくさんの人が押し寄せているのだ。
おもちゃやお面、輪投げなど、子供が喜びそうなお店の横に、果物や野菜、木の実などのお店もある。
「今は、果実や木の実の収穫時期ですから、品揃えが豊富ですね」
ソラも楽しそう。
と、ソラが不意に立ち止まった。近くで話し込んでいる役人風の男性二人の会話に、聞き耳を立てている感じ。
「どうしたの?」
「パロス島の王子が、無人島で発見されたと、話しています」
「無事なの?!」
「記憶を失くしているとか……」
不思議そうな顔で、ソラが私をじっと見てきた。
「パロス島の王子が行方不明になっていること、私は紬生さんに話ましたか?」
ぎょっとしそうになった気持ちを、私は何とか平静に戻した。
「クリティネ達が噂してたのを、聞いたの」
「達?」
「あ、えっと。クリティネと侍女が話してたの」
腑に落ちないといった表情のソラ。
「あ、あっち、何だろ? 凄い人」
ソラから逃げるように、私は人だかりができているほうへ足を進めた。しかし、ちょうど人の垣根の向こうで奏でられていた音楽が止み、人々が離散して行く。
後ろから来たソラが、太い声を出した。
「紬生さん。何か、私に隠していることがありますね」
どきっ。
「そんなことないけど……」
口を尖らせて振り向いた私を見て、ぷっと、ソラが吹き出した。
「そのごまかす時の顔。昔と、全く変わらないですね」
顔が引きつるのを、私は抑えられなかった。
「きっと、クリティネに関することなんですよね」
「それが分かっているなら、聞かないで。私が話すわけにはいかないの」
突き放すような言い方になってしまった。
ソラは口を閉じた。
少しダメージを受けたような表情に見えるのは、気のせいじゃないと思う。
気まずい。
だけど、謝る気にもなれず、ソラから顔を背けた。




