079)自己犠牲 2
私は……。
私がいなくても回って行く世界なんて、本当は壊したい。自分ばかりが犠牲になる理不尽を無くしたい。アリネも本当は、壊したい現実があるんだよね?
パロス島の王子とのことだって、パニックになるくらい、本当はこんなことしたくないって思ってた。だけどクリティネのために我慢した。
「それは、言わないで」
誰にも言わない。アリネの優しさを台無しにしたくないから。
クリティネは子供が産めない。それを知らない本人から、次代の巫女王を産むという決意と、代表への気持ちを打ち明けられて、戸惑うアリネの心がさっき見えてしまった。
「もう私は、解放されたいの」
アリネは解放されていい。だから、そこから出て来て。これからはもっと自由な所で生きていこうよ。
「今までだって似たようなもの。誰にも知られずに生きてきた。ここを出ても、私に自由なんて無い」
私みたいなことを言ってる。私もずっと、ママがいる限り自由なんて無いって思って生きてきた。
「ここがいい。ここにいる。ここは自分で選んだ場所。ずっと耐えてきた。疲れたの。ここにいれば、最初から一人。クリティネが去って行く後ろ姿を見なくてもいい」
最初から期待しなければ傷付かずに済む。アリネの想いが、自分と重なりすぎて身に染みる。
だけど……。
私の脳裏に、幼な子達を抱いた時に感じた命の重さが蘇った。
双子達のことは?
アリネに反応は無かった。
あの子達のことも、アリネにとっては辛いだけだったのだろうか。
アリネにしたら、自己犠牲の結果だったかもしれない。だけど、大きなお腹を慈しむように眺めていたアリネの姿は、幸せそのものに見えた。
子供を授かったことも、辛いだけだった?
本当にそうだったのなら、もう何も言えることはない。
クリティネに幸せと聞かれて、アリネは何と答えたの?
微動だにしないアリネに、私は静かに呼びかけ続けた。
あの子達と離れたままで、本当にそれでいいの?
アリネはゆっくりと目蓋を開いた。と同時に、アリネの想いが闇の中へ溢れ出すように響き渡った。
「いいわけない……」
「私の子。自分のこの手で育ててみたい」
「先代のようなやり方ではなく、あの子達が自由に生きていけるように、導いてあげたい」
「あの子達が繋いで行く、この国の先を見てみたい」
「あの子達と一緒にいたい」
それは、アリネにしかできない。ここにいてはできないことばかりだよ。
水の膜を叩いた掌が、ぐにゃりと水の中へ入った。力を入れると、私の身体全部が水の中へ沈み込んだ。
アリネに受け入れられた気がした。
私はアリネと向かい合った。
「幸せだった。自分の中で育まれる命を感じられて」
きっと、もっとたくさんの幸せが待ってる。その幸せをあの子達にも伝えて。
私は黄金のオリーブの実を両手で掲げ持った。
手を出そうとしないアリネを、私は祈るような気持ちで見つめた。
自分の気持ちに蓋をしないでって、アリネとクリティネが私に教えてくれたんじゃない。
「民の前に出ること、クリティネは許してくれると思う?」
アリネの心の引っ掛かりがそれだと、やっと分かった。
アリネの本当の気持ちを知ったら、クリティネは喜んで協力してくれる。クリティネがいつも、アリネのことを一番に考えてること、私、知ってるよ。
安心したように、アリネは瞳を伏せた。そうだねと、相槌をしたように見える。
アリネの指先がゆっくり伸びてきて、私の掌の上に重なった。
その途端、水の膜が弾け翔んだ。同時に、真っ暗闇だった辺りが光で満ちた。
戻ろう。
腕を掴んだ私をアリネがやんわりと止めた。
「やらなければならないことがある」
アリネの後に続いて光の中を移動して行くと、一本の大きなオリーブの樹が現れた。
誰かが幹に凭れて項垂れている。パロス島の王子だった。
「君を解放する。私達の思惑に巻き込んでしまった。ごめんなさい」
アリネは王子の前に立ち、王子の額へ手を伸ばした。
「ありがとう……」
アリネの声が木霊すると、王子の身体は雷に打たれたように痙攣して、すっと消えていった。
「戻ろう」
今度はアリネが私の腕を掴んだ。




