076)それだけでいい
湯船に半身を沈め、海上に浮かぶ遠くの雲をぼぉっと眺めていた。
この時代に、既にこんなお風呂のシステムがあったなんて驚きだった。六畳ほどはありそうな大きな浴槽で、立ったままでも腰まで浸かるくらいに深い。
多分、神託を降ろす前や儀式の前に、身を清める場として発達したのだろう。
私の後ろで、きゃぴきゃぴと楽しそうに戯れているクリティネとアリネ。現代で例えるなら、高校生のような弾ける明るさ。
石の天井と石積みの壁で囲まれた浴室に、二人の陽気な笑い声が反響して、私の物思いはその度に遮られる。
二人にも、心弾む日常があると知って安心した。そして、あんな子供っぽい部分もある。少し親近感を覚えていた。
だけど今の私は恋する大人の女。海に面して解放された窓の外へ視線を戻し、深いため息を漏らした。
さっきのソラの感触を思い出すと、切なさが募ってくる。
親にも愛されない私のこと、愛してくれる人なんて現れるのかな。このまま、誰にも愛されないままなのかな。
「ツムギは、黄金がどうやってできるか知っているか」
クリティネが問いかけてくるまで、二人が静かになっているのに気が付かなかった。
振り返ると、二人は浴槽の縁に並んで座り、足だけをお湯に浸して、同じ瞳で私を見ていた。
知識をかき集めても説明するには頼り無いし、面倒に思えて、私は首を傾けた。
「遥か昔の遠い宇宙のどこか。重い星が爆発し、小さな欠片となって吹き飛ばされてきた星の残骸。それが、この地球に存在する黄金の源」
星の残骸に含まれた重金属が、隕石衝突などで、長い時間をかけて地球に取り込まれていった。
私達人類が黄金の塊を手にできるのは、地球内部に熔けた金が、地殻活動や地震で、表層に押し出されてくるから。
「この国の伝説に、牡牛が黄金のオリーブの実を吐き出す描写がある。牡牛は牡牛座の例え。黄金が、宇宙からもたらされたことを示している。そこまでが民の解釈」
「クリティネ達には違う解釈があるの?」
「黄金のオリーブの実とは、言わば、宇宙の叡智」
宇宙の……。
「ツムギはその身に、宇宙の大いなる叡智を宿している」
言われて、アリネに霊力を返すまでは、それが私の中にあるんだと、改めて意識に緊張が走った。けれど、あんまり実感は無い。
「封印されているから、その力を引き出せていないようだ」
「もし力が使えたら、アリネのようになれるの?」
「巫女王のような力は巫女王だけのもの。アリネがウザクに託し、ツムギがウザクから託されたものは、特別な黄金のオリーブの実。選ばれた者にしか扱えない」
滑り落ちるようにしてお湯に入り、クリティネは私のほうへ近付いて来た。
「私が言っているのは、人には誰にでも、宇宙の叡智が宿っているということ」
「私にも?」
「そう」
クリティネに腕を取られ、クリティネと同じように私も肩まで湯船に入った。
「ツムギは自ら、その叡智を封じてしまっている」
クリティネの言いたいことが、私の苦手とする話だと気付いた時には、もう遅かった。クリティネから目が離せなくなっていた。
ママがあんな風だからと、ずっと言い訳にしてきたこと。宙香に続いて、クリティネにまで指摘されている。
また傷付く。また自分が嫌いになる。
身構えた私を、クリティネは優しく抱き締めてきた。
「生きるのが怖いのは、ツムギが弱いからじゃない。それだけ傷付いて来たということ」
私は息を呑んだ。
傷付いてきたこと、私自身が否定してきた。認めたら、もっと辛くなるから。
自分はダメな人間なんだ。弱い人間なんだ。だから、ママに罵られるのも当然なんだって。傷付いてる気持ちと向き合うより、自分を卑下するほうが楽だったから。
「ツムギに向けて放たれてきた否定の言葉。それらは、ツムギの価値とは何ら関係がない。ツムギの本当の価値は、誰にも傷付けられない場所にある」
だから安心して、封印を解いてと言われている気がした。
「でも。でも私は……」
否定される度に、自分を消したくなっていた日々が思い出されて、上手く息が吸えなくなった。
気が付くと、アリネが私の背中に手を当ててくれていた。
「私は、自分の気持ちを大切にしていい存在なの?」
瞳が充血していくのが分かる。
「勿論。好きな自分のために選択する。それでいい。自分を好きでいて、ツムギ。それだけでいい」
気持ちが救いにスライドして行く。身体の中に、たくさんの浄化された空気が入ってくる。
私が微笑むと、クリティネとアリネが代わる代わる私を抱き締めてくれた。




