075)あの者
長い間、二人は見つめ合って何かを話していた。
「十三日後の満月の日、子供が生まれる。ツムギにはその後で、貸したものを返してもらう」
そんな先……。
私の顔から血の気が引いた。ソラが柱に凭れたまま、動かないでいる姿が脳裏に浮かぶ。
「黄金のオリーブの実の力は、お腹の子にとって強すぎる」
アリネのお腹の中で、赤ちゃんが霊力に触れるのが危険なのは分かった。
だけど、ソラがどんな状態でいるのか分からない。私としては早く巫女王に霊力を返して、ソラの無事な姿を見たかった。
そんな想いが伝わったのか、クリティネは胡座を組んで眼を閉じた。
「ソラは無事だ」
しばらくして、クリティネは寝起き直後のような瞳で私に告げた。
「ツムギのことを探して、町を歩き回っているようだ」
「えっ!」
「あの者の、目撃情報を辿っている」
「あの者?」
「牛の頭を被った者と、さっき、ツムギが言っていた」
「あれは、何者なの?」
「あの者なりに、生まれてくる我が子を守っているようだ。三月ほど前にも、海の向こうから侵攻してきた戦士達を、一人で追い返していた」
生まれてくる我が子。
「パロス島の王子?!」
「私達の言うことは理解できるようだ」
「どうしてあんな姿に……」
「神の器を手折った、当然の報い。命を落としても不思議ではなかった。気が触れただけで済んだのは、アリネの恩情だ」
それを言うクリティネは淡々としていた。嫌悪や憎しみ、哀れみさえも、王子に対して抱いていないみたい。
不意に、クリティネが遠い目をした。
「ソラがもうすぐここへやってくる」
「えっ! どうしよう。私。黄金のオリーブの実のことは、誰にも話していけないと言われてる」
「アリネのことも知られてはならない。次代の巫女王を産むのは、私なのだから」
「まだ、アリネの存在を隠し続けるの?」
「人々の渦の中へ、アリネを放り出せと?」
今更そんなことはできないという、クリティネの瞳の圧力は凄かった。
「ツムギには、出産に立ち会ってもらうと、侍女から説明して、帰ってもらおう」
ソラは、代表が子供の父親だと誤解してる。その誤解が晴れないままなのは、何か嫌なことが起こりそうで落ち着かない。
「来た」
私と共に、上階のクリティネの部屋へ戻ったクリティネが、部屋の外で膝を付いて待っていた侍女へ指示を飛ばした。
「ツムギ。ソラと会って来なさい。しばらく会えなくなる」
クリティネがそう言ってくれなくても会いに行くつもりだった。
私は頷き、屋敷の入り口へ急いだ。凄く遠く感じて、途中からは、案内する侍女を後ろから急かすくらいの勢いになった。
「紬生……」
私を一目見たソラは、落ち窪んだ瞼を見開いた。つかつかと近寄って来ると、私の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せ、ぎゅっと抱き締めてきた。
「良かった! 無事だったんですね。良かった。本当に良かった」
驚きの後に、心臓がドキドキと音を奏で始めた。
聞こえてしまう。だけど、ずっとこうしていたい。
クリティネと入れ替わっていた時に、抱き締められた力よりも強く感じる。
多分……。いや絶対。
私がソラの背中へ手を伸ばしかけた時、侍女が私の背中を叩いてきた。
はっとして、私は我に返った。ゆっくりと、ソラから身体を離した。
「ソラも、大丈夫だったのね。良かった。あのね、ソラ。あの、えっと……」
説明に困っていると、横から侍女がソラへ話しかけていた。
侍女の話を聞いたソラは、信じられないといった表情で侍女に問いかけ、答えを聞いて更に驚いた様子だった。
「ここにクリティネが?」
私に確認するソラは、まだ半信半疑の顔をしていた。
「ここは王家の離宮なの」
「紬生さんはクリティネに会えたんですね」
「うん。元気だった。あのね。クリティネは……」
代表の誤解を解こうとした私の腕を、侍女が引っ張ってきた。そのまま強引に、私を奥へ連れて行こうとする。もう伝えることは全て伝え終え、用事は済んだという感じ。
「紬生さん!」
「満月の日が過ぎたら、帰るから!」
ソラの姿が小さくなる。
運命に引き離される恋人同士のような気分を味わった。




