074)罪悪感
「アリネの存在は、先代の巫女王と私達の両親、そして、ウザクしか知らない」
代表が知ってると聞いて驚いた。だけど、当然と言えば当然。本来の巫女王であるアリネから、代表は黄金のオリーブの実を託されたはず。
「ウザクに知られたのは想定外だ。私の思惑通りに事が進んでいれば、ウザクが、アリネの存在を知ることは無かった」
クリティネは少し哀しい目を、自分と同じ顔へ向けた。
「でも、そう考えていたのは私のみ。アリネにとっては、全てが想定内の出来事だった」
「どういう意味?」
「いつか巫女王の立場から解放されることを、私達はいつの頃からか夢見るようになっていた。どちらが先に、そう思ったのかは覚えていない。私の罪悪感が先だったかもしれない」
「罪悪感?」
「ずっと、アリネに申し訳ないと思っていた。私に、人より高い共感能力があったばかりに、アリネは存在していない者とされた」
存在していない者……。
私も、ママから存在を否定されて生きてきた。アリネと境遇を重ねるのは恐れ多いけど、そのやるせなさは想像できる。
「私に能力が無ければ、アリネは幽閉などされずに済んだ。先代と同じように、民から巫女王として崇められる人生だった。同じ日に同じ顔で生まれたのに、私だけが現世を生きていたようなもの」
こみ上げるものを抑えるように、クリティネは天井を仰いだ。
「同じ母親から生まれた兄弟姉妹が、全員亡くなって気が付いた。私が次代の巫女王を産む。そうすれば、アリネは解き放たれると」
だが、とクリティネはアリネの視線を捉えた。
「私にも自分への執着があった。自分が選んだ相手の子供を産みたいと。そんな頃だった。ウザクと出会ったのは」
代表と出会った時、クリティネとアリネの運命が動き出したんだ。
「私はアリネに計画を話した。アリネは、一緒に解き放たれようと言った。その時から、アリネにはアリネの計画が始まっていた。私とウザクの元へ、ソラが踏み込んで来た時、私の中にアリネの見ている現象が飛び込んで来た」
クリティネは苦しそうに口元を覆った。
「アリネの目の前にいたのは、パロス島の王子だった」
「パロス島の! あの王子!」
自分が拐われそうになった時のことを思い出して、私の中に恐怖と怒りが再燃した。
「性懲りもなく、また巫女王を誘拐しようとしてたの?!」
私が声を荒らげると、クリティネは逆に冷静になった。
「違う。……王子は、私のフリをしたアリネに呼び出されていた。そして……」
顔を歪めて、クリティネはアリネのお腹を見つめた。
「そして……」
「もういい。もういいよ、分かったから」
私は急いで遮り、クリティネの背中を支えた。
そっと、アリネの様子を窺う。お腹を慈しむように撫でている。クリティネの苦しみとは別の場所にいるみたい。
「あの日から、アリネの心が私の中に写せなくなった。どうして、こんなことをしたのかと、私は尋ねた。私達が解き放たれるためだと、アリネは言った。ウザクは後の世の民。巫女王の親にはなれないとも。アリネは、ウザクが私を受け入れないことを覚っていたのかもしれない」
クリティネは両手で顔を覆った。
「私はまた、アリネを犠牲にしてしまった」
「それは違うよ、クリティネ」
私の口が自然に動いた。
「アリネの表情は幸せに満ちてる。クリティネにはそれが見えないの?」
はっとしたように、アリネを見上げたクリティネ。
クリティネと目が合ったアリネは、幼い子供が大好きな母親へ向けるような笑顔を見せた。
「幸せ?」
クリティネの呟きに、アリネが何かを答えた。幸せだよと言ったように、私には感じられた。
その瞬間、クリティネの頬を大粒の涙が伝っていった。
アリネはそっと両腕を伸ばして、クリティネを抱き締めた。まるで鏡像のように、左右反転した二人が向かい合って一つになっている。
罪悪感のせいで、クリティネはアリネと共鳴できなくなっていたのかもしれない。
あるべき姿を目に収められた気がして、私は胸が熱くなった。




