073)共鳴
「ちょうど、その時だった。私の中に、物凄い勢いで意識が流れ込んできたのは……。処理が追い付かずに、私は気を失ってしまった」
ソラの、怒りの念のようなものに当てられたのだろうか?
ふと、波の音に紛れて、誰かの歌声が聞こえた気がした。耳を済ましてみたけど、波の音が大きくなるだけだった。
気のせいか。
「ツムギに会わせたい人がいる」
「私に?」
「ツムギが会うべき人。ここへ来た目的でもある」
クリティネがいれば、私の目的は果たされる、そのはずなのに。
海を左側にして、クリティネは通路を進んで行った。
身籠っているにしてはクリティネの動きは機敏で、お腹を労る仕草も感じられない。
代表とは何も無かったのだから、妊娠もしていないのかもしれない。だとすると、次代の巫女王が生まれるという、町の噂はなんだったんだろう。
眼下には砂浜が広がり、波が打ち寄せている。
あれ?
私は聞こえてくる音に注目した。
誰かが唄っている。やっぱりさっきのは聞き間違いじゃなかった。
徐々に近くなる歌声を確かめるように、長い通路を先へ先へと進んだ。
私の知らない旋律。クレタ島の言葉。唄っているのは、若い女性。
通路の一番奥で、クリティネと一緒に、布で隔てられた部屋の中へ入った。
部屋には、さっきのクリティネと同じように、寝台へ腰かけている女性がいた。
女性の顔を見た私は声を上げそうになった。
クリティネと瓜二つ。歳も同じくらいに見える。
その女性は唄うのを止めると、寝台の脇に立て掛けてあった楽器を、優雅な手付きでクリティネに差し出して、何かを告げた。
琴を人幅くらいの長さ、掌くらいの幅にしたような、小ぶりの弦楽器だった。
クリティネが座って、膝の上で楽器を奏で始めると、その女性は穏やかな表情で、自分の膨らんだお腹に手を当てた。
昔聞いたことがある、日本の子守唄のようなゆったりとした調べだった。波の音と重なって、泰然とした気持ちへ導かれる。
「彼女はアリネ」
一曲弾き終えたクリティネが、静かに口を開いた。
「私の双子の妹。そして、真の巫女王」
「真?」
どういうことかと、説明を求めるように、私はクリティネを見つめた。
アリネが本当の巫女王だとしたら、クリティネは今まで巫女王のフリをしていたということなのだろうか。
「アリネが神の声を聴く。私が解釈して民に広める。私に巫女王としての霊力は無い。私はアリネと神の共鳴を、自分の心へ写し出す存在」
「二人で入れ替わりながら、一人の巫女王を担っていたということ?」
「それは違う。あくまでも、巫女王はアリネ一人」
だけど、クリティネはずっと巫女王として振る舞っていた。
「巫女王には、成るのではない。素質のある者が選ばれる。現役の巫女王によって。私達が双子で生まれることを、先代は見抜いていた。二人が女の子であることも」
クリティネはアリネを労るように眺めた。
「私達が生まれた時、アリネのほうに巫女王としての器が見出だされた。私のほうには高い共感力が備わっていた。それが分かった瞬間、アリネの幽閉が決まった」
「どうしてそんなことを……。何故、アリネの存在を隠す必要があったの?」
「アリネの古い記憶の中、『これはあなた達のため』。そう言う、先代巫女王の顔がある。先代には、今のこの国の状況が、見えていたのかもしれない」
辛そうに、クリティネは視線を下げた。
「私達の兄弟姉妹は皆、病弱だった。次代の巫女王を産む役目を、いずれ、私一人が背負うことになる」
でも、クリティネはその運命に、自分なりの折り合いを付けようとしていたように、私には思える。
「私達は結び付きの強い双子。互いが互いに共鳴し合う。私はアリネの辛さを。アリネは私の辛さを。必要以上に共鳴し合った結果、今回の事態を招いてしまった」
今回の事態とは、アリネが身籠っているということについてだと、私は思った。




