071)巡り合わせ
侍女は私の前まで来ると、一度屈んで片膝を地面に付けてから立ち上がり、付いてくるようにという仕草を見せた。
この侍女がここにいるのなら、クリティネもここにいるのかもしれない。
何と言う巡り合わせだろうと感激しながら、ふと、ミノタウロスの存在が頭に過って振り返った。
さっきと変わらず、心神喪失のような状態でミノタウロスは歩き回っている。
落ち着いて眺めると、割と小柄な体型だった。あの身体のどこに、あれだけのパワーがあるんだろうと思うくらい。
ミノタウロスの存在に気付いているようなのに、慌てる素振りも無い侍女の様子から、ミノタウロスが私をここへ誘ったのではないか。侍女の後に続きながら、そんな考えが浮かんだ。
屋敷内へ入り、通路を何度か曲がりながら進んで行くと、さっきとは違う庭に面している場所へ出た。
小川が流れ、鮮やかな色の花が縁取るように咲いている。数頭の揚羽に似た蝶が、小川を越えたり戻ってきたりして、戯れている様子に心が和む。
庭から通路を挟んだ室内側は、垂らされた布で視線が遮られている。布の向こう側は暗くて見えないけど、誰かがいる気配がした。
布をたくしあげた侍女に促された私は、頭を下げるようにして中へ入った。
庭から、布を透して届く柔らかい光の中に、寝台へ腰かけているクリティネの姿があった。
首飾りや耳飾りといった、装飾品の類いは身に着けていないけれど、羽織っているガウンには、金や銀色の糸で豪華な刺繍が施されている。
幽閉されていても、威厳を備えた姿勢と雰囲気は以前のままだった。
「クリティネ……」
私は自然に膝を付いた。
化粧をしていない素顔を見るのは初めてのはずなのに、全く違和感を覚えなかった。
「ツムギ。よく来てくれた」
「クリティネ、元気そう。良かった……」
そう言えば、妊娠しているはず……。
そう思ってお腹の辺りに目を向けてみた。だけど、張りのあるガウンの布地のせいで、その下がどうなっているのか分からなかった。
「私に用があるのでしょう?」
「巫女王からお借りしたものを、返しに参りました」
クリティネの文化に通じるかは関係無く、謹んで頭を下げた。
「そうか……。ではやはり、ウザクは来ないのだな」
その言葉は、残念そうな息遣いと共に発せられた。
代表が来ないと知って、こんな深いため息をつくなんて。まるで、会いたい人がやって来なかったことを哀しく思っているみたい。
ソラから聞いた話の印象や、顔向けできないと言った代表の言葉からは、クリティネのそんな想いに繋がる要素が見付からず、私は困惑した。
顔を上げると、憂い顔のクリティネと目が合った。
「ここでは、全てを知る覚悟が必要だ」
「知る?」
「巫女王から借りしたものを返しに来るとは、そう言うこと」
そうだったの? だけど既に、ソラから聞いて知ってしまっている。
「あの、クリティネはその……」
「気遣いは無用」
「……身籠られたと」
クリティネの顔を見て言うのは無理だった。
「ソラから聞いたのだな」
私は素直に頷いた。
「ソラはどうしているか」
今だ、と言うように、私はクリティネを見つめる瞳に力を籠めた。
「実は、ソラのことでお願いがあります。さっき、ミノタウロ……。あ、いえ」
この時代の人間は、誰一人ミノタウロスと言う名前も勿論、それが何かを知らない。神話はまだ、語られていないのだから。
私は咳払いをして続けた。
「牛の頭を被った者に襲われてしまって、きっと意識を失くしています。巫女王のお力で、ソラを助けてください。お願いします」
土下座の格好で、私は頭を床に付けた。
「ソラとは、近い内に話をするつもりだった。ソラのことは、任せなさい」
クリティネはすっと立ち上がった。




