069)その調子……。
「ダメよ! そっちへ行っちゃダメ!」
無我夢中で窓ガラスを叩いた。次の瞬間には、ソラを追って駆け出していた私。
「ソラ! 扉を開けてはダメー!」
喉が張り裂けてもいいから、この声が届いてほしいと思った。
ラウンジと階段を隔てる扉を開けた時、どたんばたんと、激しく争っている音に交じり、低い叫び声が響いてきた。
タガが外れたように、途切れなく繰り返されている叫び声。正常な人間なら発しない。聞いているほうが、気が変になりそう。
そんな者と対峙しているソラが更に心配になり、転びそうになるのも構わず、階段を上り切った。
開け放たれたままの出口から、そっと、エントランスのほうを覗く。
ミノタウロスに肩を抑えられたソラが、床に仰向けの体勢で応戦している。
音を立てて、ミノタウロスの注意を逸らそうと、私は転がっているホウキを拾い上げた。
と、まだ音も立てていないのに、ミノタウロスはくるりと、私のほうを振り返った。
剥製の頭だと一目で分かるのに、目が合った気がした。恐怖と驚きで、私は叫んでしまった。
ミノタウロスが迷いの無い動作で、私のほうへ向かって来る。
私はホウキを闇雲に振り回して、近付かせないようにした。
だけど、ミノタウロスの腕の一振りで、あっという間に、ホウキはどこかへ飛んで行ってしまった。
掴みかかろうとしてくるミノタウロス。
後退りした私の背中が壁に当たり、逃げ場が無くなった時、ソラがミノタウロスの背後へ飛びかかった。
足をミノタウロスの腰の辺りに絡めて、自分を背負わせる形になっている。
ミノタウロスはソラの腕や足を外そうと、しばらく躍起になっていた。
外させないよう必死になっているソラと、私は目が合った。
「紬生さん、逃げてください! 早く!」
「そんなの無理。ソラを置いていけない」
「私は大丈夫ですから! 扉を閉めて! 地下へ逃げてください!」
私達がそんな会話をしている内に、ソラを背中に乗せたまま回転し始めたミノタウロス。
遠心力がソラを襲い、腕が緩んだように見えたと思った瞬間、ソラは吹き飛ばされてしまった。
空中を飛んで、運悪く柱にぶつかったソラの身体は、そのままの形で床に落ちた。短い呻き声が聞こえた後は、ぐったりとして動かなくなった。
「ソラっ!」
ミノタウロスが私を振り返った。
ソラから引き離さないと。
咄嗟にそれだけが頭に浮かび、血の気が引きそうになる気配を無視して、私は唇を引き結んだ。青ざめている場合じゃない。
「ほら! こっちよ! こっちに来なさい!」
手を叩きながら入り口へ向かう私の後を、低く、静かな唸り声を上げて、ミノタウロスが追って来る。
その調子……。
私に続いてホテルを出たミノタウロスを確認して、私は走り出した。
少しでも遠くへ、ホテルへは戻らせない。
朝日が東の空高くにあるというのに、町には人の姿がなかった。二次被害が出ない代わりに、これでは助けも来ない。
そうだ。このまま宮殿へ向かおう。
宮殿付近に行けば、護衛の者もいる。ミノタウロスを見たら、きっと捕獲してくれるはず。
そして、クリティネに会いに行こう。どこに幽閉されているか分からないけど、あの迷路のような宮殿の中にいる。それは間違っていないと思う。
霊力を返したら、負傷したソラを治してもらうんだ。
方針は決まった。




