066)弾き飛ばされる物質
『私は許しませんよ』
ソラが怖い顔で私を睨んでいる。
『私の知らない内に、あの男の信者になっているなんて。紬生さんのこと、本当に許せません』
そんなこと言わないで、ソラ……。そんな、敵を見るような目で、私を見ないで。
『これ以上、この国に関わろうとしないでください。あなたは、あの男の回し者。さっさと未来へ帰ってください」
ダメ。帰れない……。
「帰れないのっ!」
自分の叫び声で目が覚めた。
夢だったのかと、ほっとしている暇はなかった。目の前には、私と同じように横たえられて、眠っている宙香の顔がある。
目蓋がピクピクと動いているから、宙香も目覚める頃なのかもしれない。
起き上がろうとした時、辺りが赤く点滅し始めた。
周りに目を向け、ここが時の扉の中だと知った。
私達は、今まさに、未来へ戻されようとしている所なんだ。
「宙香。宙香、起きて」
激しく身体を揺すっても、う〜んと唸るだけで、宙香はぴくりともしなかった。
「宙香、宙香っ!」
光の点滅の間隔が短くなってきた。もう、時間が無い。
身体を抱き起こそうとしたけど、ぐったりしている宙香の身体の重さは、私の予想を超えていた。
エネルギー放出の音が鳴った。
迷っていられない。
私は宙香を残して、時の扉から転がるようにして降りた。
時の扉と言っても、円形の床が一段高くなった範囲のこと。壁などで仕切りがあるわけではない。
振り返ると、一際眩しい光が私を襲い、宙香の姿が消えた。
「宙香……」
静かになった出発ゲートで立ち尽くしていると、ソラが飛び込んで来るようにして入って来た。
「何てことを……」
ソラの顔ははっきりと青ざめていた。
「何てことをしたんですか、紬生さん!」
それはこっちの台詞だと、私に反論する根性は無い。恨めしい目で、ソラへ気持ちをぶつけるのが精一杯だった。
「いいですか? タイムトラベルの規則は、ちゃんと説明を受けてきましたよね。来た時と同じ人数で帰らなければいけないと」
そんなこと、頭からすっぽり抜け落ちていた。
ソラがこんなに狼狽している理由に、心当たりを見付けた私は、両手を口へ当てて叫んだ。
「どうしよう! 宙香が! 私、宙香を……。時空のどこかへ弾き飛ばしてしまった!」
タイムトラベルは行きと帰りで、生命体の数を同じにしないといけない。同じ人数で帰らないと、時空のどこかに弾き飛ばされる。そう、説明されていた。
「どうしよう……。宙香……」
膝の力が抜けて、がくんと身体が落ちそうになった私の両腕を、ソラが掴んだ。
「とりあえず、落ち着きましょう」
そう言って、ソラは私を部屋の隅に置かれた椅子へ座らせた。
「すみません。さっきは、取り乱してしまいました。私にも責任のあることだったのに...…」
座っている私の前で、膝立ちになったソラの顔を真正面から見つめた。
「大丈夫ですよ、紬生さん」
そう言って、私の流した涙を親指で拭う。
「時空のどこかに弾き飛ばされると言っても、それは意識だけなんです。宙香さんの身体は、ちゃんと未来へ戻っていますから」
「でも。じゃあ、宙香の意識はどうなるの?」
「『T・T・T』が集めたデータでは、早くて三週間。人によっては数ヶ月かかるようですが、意識は回復しています」
「数ヶ月も……」
やっぱり、とんでもないことをしてしまった。
「意識も突き詰めれば、物質なんです。遠くへ飛ばされれば、戻るのにそれだけ時間がかかるということらしいです」
意識が物質。その考えは何となく理解できる。
代表から託されたモノも、箱に収まっていた。目に見えるものだけが物質ではないんだ。
「いずれ、宙香さんの意識も戻ります。ここで、あれこれ考えても仕方ありません。今は、宙香さんの意識が、少しでも早く戻ることを祈りましょう」




