065)眩暈
「あなた方の教祖は、ここへ来て間もなく、失踪しました」
「え……」
思ってもみなかった展開で、私と宙香は同じ反応になった。
「何とかして、ようやく居場所としている屋敷を探し当てた時……」
そこまで言って、ソラは宙香と私へ交互に目を向けた。
「どうしたのよ」
言うのを躊躇うように、ソラはカップへ視線を落として黙った。
「早く続きを言いなさいよ」
しばらくして、重い口を開いたソラの話は、代表の人間性を根底から疑う内容だった。
「その屋敷へ踏み込んだ私は、見てしまったんです。あなた方の教祖が、クリティネと一緒にいる所を」
私と、きっと宙香も、覚悟の秘められたソラの表情から、代表とクリティネが、ただ一緒にお茶でも飲んでいただけでは無いことを窺い知ってしまった。
「クリティネは気を失っていました。私はあの男を殴り倒してしまいました。意識を失ったあなた方の教祖を、このホテルへ運びました。屋敷へ戻ってみると、もうクリティネの姿はありませんでした。その時以来、クリティネとは会っていません」
一息で言い切ると、ソラは疲れたように下を向いた。
『あなたのことは、私が、命をかけて守りますから』
クリティネと入れ替わっている時に、ソラから囁かれた言葉が記憶に甦る。
ソラはクリティネを守れなかった。どれほど悔しかったことだろう。
賊を容赦なく殴りつけていた所を見ている私には、代表へ殴りかかるソラの姿が、簡単に想像できてしまう。
「ですが、もうすぐ会えるはずです。クリティネの幽閉は解かれるでしょうから」
猫背になり、卑屈な言い方をしたソラ。
「国中に、噂が流れているんです。次代の巫女王が生まれると」
ソラが顔を上げると同時に、宙香がおぇっという音を出して嘔吐した。
私にしてもショックだった。目の前が一瞬遠退いたほど。
九ヶ月という月日が何を物語っていたのか、私も宙香も気付いてしまった。
クリティネは子供を産む。子供の父親は、宙香の、そしてソラの父親。
だけど、どうしても信じられずにいる私もいた。
クリティネに顔向けできないことをしたと言って、代表が私に見せた後悔の表情は、狼藉を働いたことを言っているのにしては、釣り合わない気がする。
巫女王から力を託されたと語った時の代表も穏やかな表情だった。
二十歳そこそこの小娘に、倍以上歳の違う男の人の考え方なんて分かるはずがない。
代表はソラのお母さんと結婚していながら、宙香のお母さんとも関係があった人。もともと倫理観が薄いから、罪悪感も抱えていないだけかもしれない。
そうは思っても、私の頭の片隅で何かが違うって感じてる。
きっと、何か、私の知らないことがあるんじゃないか。
宙香の吐瀉物を片付けようと、立ち上がりかけた時、視界が急に歪んで、頭がくらくらした。
「ソラ。私、なんだか、急に気分が……」
激しい眩暈に襲われ、ソラに助けを求めた。
「効いてきたようですね」
そう言って、ソラは慌てる素振りも見せず、静かに私を見ていた。
「すみません。ハーブティに睡眠薬を入れました。お二人には、このまま未来へ帰ってもらいます」
「そんな……。どうして……」
「あの男の作った教団の信者には、これ以上、この国と関わって欲しくないんです」
「待って。ダメ……」
クリティネに黄金のオリーブの実を返さないと……。
椅子から転げ落ちた私はもう、強烈な眠気に勝てなくなっていた。
ソラと言い争っている宙香の声が、頼り無くなっていくのを耳にしながら、意識が遠退いていった。




