063)災厄
ハーブティを用意すると言って、ソラはドリンクコーナーのカウンター内へ向かった。
ラウンジのソファも、ダイニングテーブルの配置も以前のまま。それだけで安心できた。
私と宙香はダイニングテーブルに並んで座り、ソラを待った。
「どうぞ」
私達二人と自分用にもカップを置いて、ソラは宙香の向かい側へ腰掛けた。
思い返せば前回の旅行の時も、初日の夜に、ソラがこうやってハーブティを淹れてくれたんだっけ。
カップを口へ運んだソラにつられるように、私もハーブティを飲んだ。緊張していた喉が潤い、気持ちが落ち着いていった。
「変わった味がする」
宙香が不思議そうにカップを眺めた。
「お口に合いませんか? こちらで採れるハーブを使ってありますから、慣れない味かもしれません。別のを淹れ直しましょう」
「いいのよ。不味いわけじゃないから。それより、早く話を聞かせて」
宙香に言われて、立ち上がりかけていたソラは座り直し、静かに話し始めた。
「今、このクレタ島は、災厄に見舞われています」
災厄……。
黄金のオリーブの実が、島から持ち出されたからかも。
ごくりと、私は唾を飲み込んだ。
「それが、儀式の行われていない理由なの?」
と、宙香。
「分からないんです。そもそも、あれが何のために現れたのか」
「あれって言うのは?」
災厄のこと、ちゃんと聞かなければいけないと思った。
「ミノタウロスの話はご存知ですか? 古代ギリシャ神話に登場する、頭は牛で、身体が人間の怪物です」
前回ここへ来る前、クレタ島について色々と調べていた私はこくりと頷いた。
「神話では、クレタ島に迷路のような建物を建てて、ミノタウロスを閉じ込めていたことになっています」
クノッソス宮殿が、その建物のモデルだと言われてるのも知ってる。
「ミノタウロスは毎年いけにえを要求してきて、最後は英雄に倒される。そういうお話なのですが……」
ソラは硬い表情を私と宙香に向けた。
「そのミノタウロスが、町に現れるようになったんです」
「え……、えぇ?」
ソラの言うことでも、さすがに信じられない。気を使って作った笑顔はぎこちないものになった。
「何かの例え? からかってるの?」
宙香が語気を強くして言った。
「そのままの意味です」
私達二人の反応を見ても、ソラは真面目な表情を崩さなかった。
「と、言いたいところですが、実際は、少し違います。人々を脅かしているのは、牡牛の頭を被った人間です」
「牡牛の頭って……」
「剥製です。宮殿に飾ってあった物の一つでしょう」
「そんな、ふざけてるだけの人間。ちやっちゃと捕まえなさいよ」
宙香の不機嫌さが増しているのが分かる声色だった。
「近付くと暴れて狂暴になる上に、神出鬼没で、どこからどうやって来るのか、誰にも分からないのです」
「町の人達はどうしてるの?」
人懐っこく、警戒心の薄い人々がどういう思いで過ごしているか気になった。
「少人数では、出歩かないようにして暮らしています」
「それが、災厄? 犠牲者が出てるわけ?」
「島民には、今のところ被害は出ていないようです」
「だったら、何なのよ」
詰め寄るような口調の宙香だった。
そんな宙香に、気圧されるようなソラではないと思うけど、ソラはしばらく沈黙した。
「ミノタウロスは、巫女王の不在と同時に、出現しました。この国にとっての災厄は、神の声を聴く者がいなくなったことです」
「巫女王が不在って……。いなくなったって、どういうことなの……」
宙香が顔を強張らせた。
「クリティネは、現在、幽閉されています」




