062)豹変
紀元前一八二七年 クレタ島。
代表のおっしゃった通り、一緒に行くと、頑なな態度を見せた宙香と共に、私は二度目のタイムトラベルを果たした。
私と宙香が降り立ったのは、前回の旅行から一年と4ヶ月後の世界。前回は初夏だった。今回は秋の初め頃のはず。
時空の裂け目を通過するのも二度目ともなると、心に余裕が持てた。到着して直ぐに、ソラの姿を探そうと思えたくらいだった。
「君達……」
私達を出迎えたソラは呆然とした。
「どうして……。何しに来たんですか」
聞いたことの無い掠れた声が、ソラの口から漏れた。
再会に、胸を躍らせていた私の浮かれた気持ちは、ソラの次の表情を見た途端に吹き飛んで行った。
何かに思い至ったようにはっとしたソラ。瞬く間に、ソラの顔はぞっとするほどの怒りで覆われていった。
薄ら笑いを張り付かせた状態で、私の顔は固まっていたと思う。そのくらい、ソラが醸し出す雰囲気は突然で、衝撃的だった。
ソラとの別れは、私にとってほんの数ヶ月前の出来事だけど、ソラからすれば、あれから一年以上経っている。
その間に、ソラをこんな風に変えてしまう何かが起こった。そうとしか思えない。
ソラ側で考える私とは違い、ソラの事情など、歯牙にもかけない宙香が叫んだ。
「『牡牛跳び』を成功させるためよ。決まってるじゃない」
何か文句でもあるのか、そういったニュアンスで言い放った宙香を、ソラは容赦無く睨み付けてきた。
が、直ぐに瞳から力を抜いて、鼻と口を隠すように両手で覆った。祈っているようにも見える。それは、ソラが自分を落ち着かせようとする時にやる仕草。
「『牡牛跳び』は、もう行われていません」
「えっ?!」
私と宙香が同時に声を上げた。
「そんなの、嘘よ」
そう言った宙香へ、ソラは冷静に答えた。
「嘘などではありません。もう何ヵ月も、祭事は行われていません」
「そんな、どうして! せっかくここまで来たのに!」
宙香としては、ここでまた牡牛跳びを行わずに帰ったら、代表と顔を合わせにくいはず。
「もしかして、クリティネに何かあったの?」
ソラのさっきの豹変振りの理由は、クリティネに関わることなのではと、私は自然に思った。
そして、あることに思い当たり、今更ながらぞっとした。
黄金のオリーブの実が、もし、クリティネの力そのものだとしたら、代表が未来へ持ち帰ってから今まで、クリティネの霊力は使えなくなっていたんじゃないか。
『クリティネに顔向けできないことをした』
ふいに、そう言った代表の言葉が思い出された。
あれは、そういう意味だったのだろうか。
神託の降ろせなくなったクリティネの下で、この国がどうなっているのか想像すると、不安が押し寄せてくる。
尋ねた私から顔を背けたソラは、出口へ向かい、扉を開けて私達を振り返った。
「何があったか、お話しましょう。長くなりますから、どうぞ、ラウンジのほうへいらしてください」
言葉と仕草だけ見れば礼儀正しく、私の知っているソラに戻った感じがするけれど、瞳は暗く沈んでいる。宙香の存在を、簡単に割り切れないと語った時のよう。
私と宙香は黙ってソラに従い、ラウンジへの階段を上がって行った。




