060)何か
ここで少し待っていなさい、と言って退室した代表が、しばらくの後、胸の前で木箱を抱えて戻って来た。
木箱は両手の平を広げれば納まりそうな大きさで、高さは十センチも無い位。
「この箱の中身を、巫女王へお返しする、それが、今度の旅のお役目です」
そう言われて受け取った箱は、ずっしりと重かった。
箱と言っても蓋があるわけではなく、木の板で囲まれた直方体で、どこから開くのか分からない。
「無駄です。それは開けられないように造ってありますから」
「あの……。代表自ら、返しに行かれないのですか?」
単純に疑問で、私に責めるつもりは無かった。
なのに代表は、申し訳ないという感じで顔に影を落とした。
「私は行けないのですよ。クリティネに、顔向けできないことをしてしまいましたから」
私が言葉を失くしていると、無理に笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ。巫女王から奪ったモノではありません。これはしばらくの間、託されたモノです」
「中身は、黄金のオリーブの実ですか?」
「そう思ってもらって、間違いありません」
「黄金のオリーブの実とは、いったい何なのですか」
「紬生さんは、黄金で出来たオリーブの実、では無いと考えているのですね」
頷いた私。
「それは正しい」
代表は御神体のほうへ向き直った。
「その箱は重いでしょう?」
「はい」
「その重さを忘れないでください。旅立つ時には、実際に、その箱を持って行くことはできません。紬生さんの心に刻んだ感覚を持って行くしかないのですから」
「そんなふんわりしたことで、お役目が果たせるのですか?」
「感じませんか? その重さは、ふんわりなどしていないでしょう」
その通りで、胸に迫って来るような存在感がある。そう、まるで実際の御神体を前にした時のよう。
「これは、何なのですか?」
「私達が起きて、意識を使っている状態を覚醒と言います。対して、そこにあるのは『覚醒していない何か』だと、私は理解しています」
振り返り、私を見下ろすようにして言った代表の顔からは、感情が読み取れなかった。
「『無意識』ということですか?」
「植物に意識があるとは言いません」
何故植物の話を? オリーブの実だから?
「そこに入っているのは、意識のある時には辿り着けない何か、です」
逆を言えば、意識の無い時にはコンタクトできる。私が怪我をした時のように。
これは、クリティネの力、そのものってこと?
「あの……。返してしまっても大丈夫なんですか」
返してしまったら、神託が聞けなくなるんじゃないかと思った。
代表は口元に笑みを見せた。
「もう充分、望みは叶えてもらいましたから」
望み? 代表の望みって何だったんだろう?
「ただ……」
代表はそう言って、再びゆっくりと私の前に腰を下ろした。
「一つ、私の頼みを聞いてくれませんか。これは使者のお役目とは、関係ないことなのですが……」
言いにくい内容なのか、視線が定まらない。代表でも、そんな時があるんだ。
「何でしょうか」
「宙香を、一緒に連れて行ってやって欲しい」
宙香を……。
「もう一度、牡牛跳びに挑戦させてやりたいんです」
「宙香は、何と言ってるんですか?」
「紬生さんが、もう一度行くと聞いたら、あの子はきっと、自分も行きたいと言い出します。儀式を棄権したことを、とても悔しがっていましたから」
「宙香が希望するなら、私も応援します」




