059)モチベーション
教団が用意してくれたのは、三畳あるかどうかという部屋だった。狭いけど個室なのは助かる。
「紬生ちゃん。代表が呼んでいらっしゃるわ」
肩幅程度しかないベッドの上で、寝転がっていた私へ声がかかった。扉を開けると、詩葉さんが立っていた。
「旅行組、一人一人呼ばれているのよ。今は舘谷君が、代表とお話されているから、至聖所の前で待ってて」
私は逸る気持ちを抑えながら、至聖所へ向かった。
クリティネとのことを、何か聞けるかもしれない。
廊下の椅子に座ってしばらく待ち、出てきた舘谷さんと入れ替わりで至聖所に入った。
「紬生さんですね。そこへ座りなさい」
代表に促され、一脚だけ用意されている椅子に腰を下ろした。広いホールの中に、代表と二人だけ。落ち着かない。
「知ることは、叶いましたか」
品の良い笑顔を向けられて、心がざわついた。
ほっとするこの柔らかい表情、やっぱりソラに似ている。
「えっと……」
傷跡に指で触れながら、私は考えた。
「今まで、自分の中に無かった気持ちを、知ることが出来ました」
「それは、良い学びをされましたね」
「でも、まだ足りてないと思っています」
「何故ですか?」
私は思い切って尋ねることにした。ぐっと、お腹に力が入る。
「代表は、黄金のオリーブの実を、持つことができたんですか」
代表の動きが一瞬止まった。
「ふむ。なるほど」
納得した様子で頷くと、代表は傅くように、私の前で片膝をついた。
まるで、クリティネを前にしたソラのようで、どきりとする。
「やはり、あなたでしたか。紬生さん」
やはり? どういうこと?
訳が分からず、身構えてしまった私は声が出せなくなった。
「紬生さんが、巫女王の使者なんですね」
何のこと?
「怪我を負った時、意識を失っていたと聞いて。紬生さんか、舘谷君のどちらかだとは思っていました」
変な期待を持たれていることが怖くなった。それに、仰ぎ見られる代表の視線に慣れていないのもあって、居心地が悪い。
私は、急いで首を振った。
「私は巫女王の使者じゃありません」
クリティネには助けてもらっただけ。何も託されていない。
「紬生さんが否定しようと、あなたは巫女王の使者。その証拠に、黄金のオリーブの実という言葉が出たのは、紬生さんからだけなんですよ」
他の人達にしたら、伝説の話の中に出てきたアイテムに過ぎないのだから当然だった。
「意識を失っている時。代表が、巫女王から神託を賜った場面を見ました。黄金のオリーブの実のことを知っているのは、それだからです」
「その時空へ連れて行ってくれたのは、巫女王でしょう?」
「そう思っています」
「紬生さんが意識できていないだけです。間違いありません。紬生さんには、再び、あの場所へ赴くお役目が与えられています」
「そうなんですか?!」
また、あの場所へ……。
目を輝かせているのが自分でも分かるくらい、気持ちが昂っていた。
「行きたいですか? あの世界へ」
そう聞かれて、真っ先に記憶の渦から浮かび上がってきたのは、ソラのことでは無かった。
清んだ空と透き通った海。そして、胸いっぱいに吸い込んだ時の、空気の綺麗さや、濁りのない人々の瞳だった。
思い浮かべただけでも、自分が浄化されるような気さえしてくる。
「行きたいです」
迷いなく答えた。
「あの。でも、いつの時代へ行くのですか?」
ソラのいない時代へ飛ばされるのだとしても、お役目だから、それはそれで仕方が無いと思う。けれど、モチベーションが全く違ってくる。
「紬生さん達の訪れた時代から、一年と四ヶ月後です」
確か、ソラの任期は、あと一年半ほど残っていたはず。
ソラがいる!
「行きます」
言わなくてもいいのに、私はもう一度宣言していた。




