056)大義名分
舘谷さんは傷めた腰が、完全に治っていなかったらしい。
跳んだ拍子にバランスを崩して、自分の服を牡牛の角に引っ掛けてしまった。
舘谷さんの身体は回転しながら空へ放り出され、地面に叩き付けられた。
儀式場が静まり返った。
起き上がろうとして、もがいていた舘谷さんは、戻って来た牡牛に、脇腹辺りを何度も角で攻撃された。
牡牛が牛舎に戻され、ソラが駆け付けても、舘谷さんは横たわったまま動かない。
その様子を、両手を握り合って見守っていた宙香の手から、震えが伝わってきた。
「宙香。宙香は大丈夫だから」
頼りなく視線を彷徨わせていた宙香は、弱々しい眼差しを私へ向けてきた。
「昨日の訓練通りやれば、大丈夫」
宙香が牡牛を跳び越えたのは昨日、一回だけ。
「うん……」
心許ない顔で、宙香は弱々しく頷いた。
舘谷さんの血で汚れた地面に新しい土が運ばれ、清めの儀式がされている間も、宙香の表情は硬いままだった。
そこへ、宙香以上に強張った顔をしたソラが近寄って来た。
「私はケガをした舘谷さんを看なくてはなりません。宙香さんは、どうされますか?」
「どうされるって……」
私はソラの言わんとしていることが分からなかった。
「無理に、儀式へ参加する必要は無いと言ってるんです」
私は耳を疑った。
宙香が今日のためにどれほど努力してきたか、ソラだって知っているはずなのに。
「仲間がケガをした直後に、動揺した状態で参加して、宙香さんにまでケガされたら、私が困るんです。率直に言います。棄権してください」
「それは、宙香が決めることだわ。ソラに、そんなこと言う権利は無いでしょう」
熱くなった私は、二人の間に割って入った。
「いいよ、紬生」
宙香がやんわりと私の肩を押さえた。
「棄権します」
宙香はあっさりと言った。
「宙香!」
宙香の返事に頷くと、ソラはあっと言う間に舘谷さんの所へ戻って行った。
「宙香、ホントにそれでいいの?」
歯痒くて、つい問い詰める口調になってしまった。
「紬生が、あんなに強く意見を言うのを、初めて聞いた。ありがとう」
宙香にお礼を言われて、そこでようやく、自分が宙香のために熱くなったんじゃないと気が付いた。
頑張っていた宙香の姿を見てきた私は、ただただ自分が悔しいだけだった。
それに、今夜未来へ帰る私達には、ソラとの時間が、あと僅かしか残されていない。この期に及んで、宙香に冷たいソラの態度にもショックを受けていた。
「挑戦しても、きっと跳べなかったと思う。朝から、そんな気がしてた。本当を言うと、棄権する大義名分をずっと探してた。ごめん、紬生」
私は下を向いて、宙香に表情を見せないようにした。残念な気持ちを隠せてないと思う。そんな顔を見せたくなかった。
一度退場し、舘谷さんの祈祷を行っていたクリティネが戻って来た。祝詞を唱える声が響き渡る。
何事も無かったように、儀式は再開された。




