054)目標
紀元前一八二八年 クレタ島、十五日目。
二度目の儀式の日。
今日は明日美と波江野さんが挑戦する。ソラと一緒に挑戦者の控えの席にいる二人。
アクシデントさえ無ければ、今頃私も二人と共に、あそこに座っていたはず。今は凄く遠い場所に感じる。
波江野さんは、この間の在斗より硬い表情。
明日美は儀式を純粋に楽しんでいるように見える。明日美はきっと、緊張という状態を知らない人種なんだ。もしくは、やがて自分の番がやってくるのを忘れているのか。
儀式は順々と進み、明日美の番になった。
踊るように牡牛の前へ進み出た明日美は、笑顔のまま牡牛を跳び越え、あっさり儀式を成功させた。
細身の若い女性が成功させたことで、観覧席が一際湧いている。
私も自分のことのように嬉しかった。
嬉しそうに飛び跳ねながら、儀式場を後にする明日美と入れ替わりで、波江野さんが広場へ降り立つ。
ハイタッチを求めた明日美が目に入らないほど、波江野さんは緊張しているようだった。
嫌な予感がする。予感が的中した。
迫りくる牡牛を前に、波江野さんは練習で見せるいつもの動きができなかった。
私みたいに弾き跳ばされると、息を呑んだ。
牡牛に触れる直前で、辛うじて、身体を捻って牡牛をかわした波江野さんは、牡牛に激突されるのを免れていた。
私も、私の横にいる宙香からも、安堵のため息が漏れた。
紀元前一八二八年 クレタ島、二十二日目。
三度目の儀式が終わった。
前回の儀式の後、宣言通り、宙香は訓練を再開していた。
私と、腰を傷めていた舘谷さんが訓練に戻ったのは三日ほど前。
三人共、今日の儀式には間に合わなかった。舘谷さんは身体的な理由だけど、私と宙香は精神的な理由だ。
牡牛と向き合おうとすると、弾き跳ばされた時の記憶が蘇ってきて、どうしようも無く身体が強張る。私には、牡牛跳びはできないかもしれない。そんな後ろ向きな気持ちも膨らんでいる。
今日の儀式には、詩葉さんと、前回の儀式で、納得のいく結果にならなかった波江野さんが、再度挑戦した。
二人共、両足を広げて跳ぶ、跳び箱スタイルで成功させ、これでお役目を果たせたと喜んでいる。
祭事が終わって、人々がいなくなっても、私と宙香は席を立てずにいた。
チャンスはあと一回。儀式を終えていないのは、私と宙香、舘谷さんの三人だけ。
体調次第の舘谷さんとは違い、今までと同じ訓練を重ねていても、私達には牡牛が跳べる未来がやって来るとは思えない。
「今までと同じことをやっていても、ダメだと思う」
同じ考えが宙香の口から漏れた。
「宙香も私も、牡牛を跳び越える技術や筋力は身に付いてる。あとは、牡牛に対する恐怖心を、何とかするしか……」
「何とかって! そんな簡単に何とかできるんだったら、今頃、跳び終えてるわよ!」
私の言葉を遮った宙香の声は激しくて、刺々しかった。宙香も追い込まれている。
宙香は焦りを怒りに変えているけど、私は焦りが諦めに変わろうとしていた。
「お二人に提案があります」
ソラが静かに現れた。
「お二人には、牡牛に対するメンタルブロックを外す必要を感じます」
ソラの提案で、次の日から、私と宙香は牡牛の世話をすることになった。
訓練の前後に、牡牛の餌やりや牛舎を掃除する。そうやって、徐々に牡牛と慣れること、それがソラの作戦。
儀式までには、牡牛の身体を洗ったり、ブラッシングしたりできるようになる。それが、私達の目標になった。




