053)温かい
訓練場に着き、観覧席に座って皆の様子を見ていた。
一人になると、いろんな場面が浮かんでくる。ソラのことは考えないようにして、昨日からの出来事を思い返していた。
クリティネの幼い時に神託を授かった代表は、十年後に再び来ると、クリティネと約束している。でもここはきっと、まだ代表が二度目に訪れる前の時代。
誰かを探しているみたいだったと言う明日美の言葉を信じると、理由は分からないけど、クリティネは代表が来るのを待っている様子。
未来では、代表は既に二回ここを訪れている。と、言うことは、私達が未来へ帰った後のいつか、クリティネの見た目の年齢を考えると、そう遠くない内に、代表はここへやって来るはず。黄金のオリーブの実を手に入れるために。
黄金のオリーブの実って、何かの例えなのかな。黄金のオリーブの実なんて存在するとは思えない。
金細工職人の作品と言われたほうが、現実的。クリティネの部屋には、金製品や金の装飾品がたくさんあったし。
クリティネの部屋が頭に浮かんで、賊に襲われた時の記憶が鮮明に蘇ってきた。
お腹を殴られて気を失った後、私の脳裏に響いたあの声は何だったんだろう。
『クリティネ! 目覚めなさい!』
あの後、ソラのことがあって考えている余裕が無かったけど、気にはなっていた。
私ではなく、クリティネに放たれた言葉なのは間違いない。周りには、王子の側近だと名乗った賊しかいなかったから、実体のある声じゃないのは確か。
「クリティネの守護神とかかなぁ」
意識の外で、私は独り言を漏らしていたらしい。
「守護神?」
そう言って、私の隣りに、腰を降ろしたのは宙香だった。
てっきり、私達と別れて、海へ向かったと思っていた。びっくりしたけど、私は平静を装った。大仰に騒ぎ立てると、宙香が去って行ってしまう気がしたから。
「宙香も見学?」
「昨日は、町の様子が違っていたから、私もここへ来てた。紬生が挑戦するとこ、ちょうど、この辺りから見てた」
「成功した所、宙香に見せられたら良かったな」
残念な気持ちが芽生えて、私は視線を落とした。
そうだったら、宙香の気持ちも、少しは前向きになったかもしれない。
「紬生に言っておかなきゃと思って」
「私に?」
「ここへ来ること、紬生は神託で選ばれてないって言ったの、あれ、嘘なの」
「え?」
「私が代表に、紬生もメンバーに入れてと頼んだのは、本当。だけど、私がお願いしたからと言って、神託で決まったことが、覆ることは無いから。紬生は、誰かの代わりに来たとか、無理に追加されたメンバーじゃない」
そうなんだ。
「だから、安心して。紬生は役目を与えられて、ここにいる。大怪我をしても、絶対助かるって信じてた」
「……ありがとう」
不思議だった。役目を与えられた存在だと聞かされても、以前のように心が躍らない。自分に役目があるかどうかなんて、あまり重要じゃなくなっている。
どんな私でも、今の私は、私。そう思えるほど、強くなれているのかもしれない。
「私、頑張ってみようと思う」
宙香がぽつりと言った。
「紬生が身体を張って、奇蹟を見せてくれた」
いや、別に、身体を張ったつもりは無いんだけどと、私は傷口を指で軽く掻いた。
「今度から、訓練に参加するわ」
力強く、宙香が宣言した。
それほど大きな声には思えなかった。だけど、その声は訓練場まで届いたようで、信者達が一斉にこちらを仰ぎ見た。
私もだけど、宙香は私以上にぎょっとなった。
詩葉さんが両腕で丸を作ったのを見て、波江野さんも真似している。在斗はサムズアップ、明日美は跳び跳ねながら万歳をして見せた。舘谷さんも微笑んでいる。
宙香のこと、気にしていないように見えたけど、皆、ちゃんと気にかけていたんだ。
私一人が宙香と向き合ってたんじゃない。そう思ったら、心が温かい気持ちで満たされた気がした。




