051)何も言えない
部屋を出る時に掴まれた手首は、宮殿を出てからも、ソラに掴まれたまま。
無言で前だけを見つめて歩いているソラの横顔は、明らかに怒っている。
「ソラ……。あの、ごめんなさい」
勇気を振り絞ったのに、ソラは私の声が聞こえていないように無反応だった。
「本当に、ごめんなさい。ソラを傷付けてしまって……」
息を詰まらせた私に、ソラは厳しい顔を向けてきた。
「どれほど謝ってもらっても、許しませんよ。私を弄んだこと。本当に、許せません」
驚きのあまり、私は目を見開いて首を振った。
「弄ぶだなんて、そんな! それは誤解だわ」
私は取り縋るくらいの気持ちで、ソラの前に出ようとした。だけど、ソラの顔を見上げて動くのを止めた。
ソラは怒っていなかった。目が笑っている。私をからかう時のいつもの目だった。慌てている私を見て、面白がっているように見える。
「許さないなんて、冗談ですよ。間違えた相手が紬生さんで良かった。他の誰かだったら、恥ずかしくて引きこもりになっているところでした」
そう言って、楽しそうに笑っている。
「笑えますよね。一世一代の決意だったのに。相手を間違えるだなんて」
あははと笑うソラに、何だか怒りが湧いた。私のソラへの気持ちまでバカにされた気がする。
「笑わないよ。ソラの真剣な気持ちでしょ」
私を見た後、ソラは俯いて静かになった。しばらくして、密やかに話し始めた。
「十二の時、家族でここへ来たんです」
「うん」
代表が神託を受けた時、ソラもここへ来ていたはず。あの時はまだ、代表とソラは家族だった。
「その時、幼いクリティネを見ました。あの時から、クリティネのことが……」
「……うん」
ソラの顔を見ることが出来ず、私は視線を落とした。
御神体の前で神託を告げるクリティネには、崇高な神々しさがあった。でも、神託を降ろしていない時のクリティネもきっと、清らかで、品格の漂う存在だったんだろうと思う。
ソラを惹き付けるに相応しい。
「高校を卒業後、自然にこの仕事を選びました。ここへ派遣されると決まった時は、運命だと思ってしまいました」
ソラは辛そうに息を吐いた。
「私とどうこうなる人ではないし、どうこうなってはいけない人だと分かっていますが、想いを絶ち切るのは難しくて……」
掴まれていた手首に、少しだけ力が入った気がした。
「うん」
「助けを求められて、柄にもなく、舞い上がってしまいました」
自分を哀れむように、ソラは軽い笑みを漏らした。
「ごめんなさい。私、必死で。ソラの名前しか出てこなくて」
「いいんですよ。紬生さんのためでも、助けに行けて良かった」
昨夜助けを求めたのが、例え、私本人だったとしても、何を犠牲にしても助けに来てくれたと思う。ソラはそういう人。だけどそれは、私でなくても同じ。
「幸か不幸か、私はクリティネに、気持ちを伝えていない。このまま隠し通そうと思います。あの人の負担になりたくない……」
この先も、クリティネへの気持ちが変わることは無いと宣言された気がした。
淋しいとか、辛いとかでは表現できない感情が押し寄せてきて、私は何も言えなかった。




