050)どぎまぎ
「ソラも入りなさい」
私を案内した後、入口で立ち去ろうとしたソラに、クリティネが声をかけた。日本語だった。
やっぱり、クリティネは日本語を話せる。ソラが教えているのかもしれないという考えが、不意に頭の中で浮かんだ。
「人払いをしてある。日本語で話そう」
緊張した様子で入って来たソラに、クリティネは慣れた様子で笑いかけた。
いつもそうやって、クリティネがソラに微笑んでいることが想像できる。
いつも通りにできるクリティネの気持ちが、ソラには理解できないかもしれない。今、ソラがどんな想いでいるかを考えると、私まで切なくなる。
気まずさも感じながら、ソラと共に、私は膝をついて座った。
「ツムギ。昨夜は申し訳ないことをした」
クリティネがそう言った時、私は激しく動揺した。
クリティネは入れ替わっていたことを、ここで明かすつもりだ! しまった! その話だったら、ここへは来るべきじゃなかった。
「クリティネ! そのことは、あの、大丈夫ですから」
咄嗟に、中腰になって叫んだ私の横顔を、ソラが訝しげに見つめてきた。
「大丈夫ではない。私の代わりに恐ろしい思いをさせてしまったこと、謝らせて欲しい」
「どういうことですか?」
ソラが挑むような厳しい顔付きで、クリティネに尋ねた。
私は少しでもソラから顔が見えないようにと俯けた顔を、更にソラから背けた。
「ソラが、賊から守ってくれたことも聞いている」
「聞いてる……」
あり得ないことを想像している様子で、ソラは呟いた。
「昨夜、私の意識はツムギの身体に入っていた。代わりに、ツムギが私の身体に入っていた」
「えっ!」
翻る勢いで驚いて、ソラは私を見た。
見られているのは感じるけど、私は顔を上げられなかった。
「つまりは……。巫女王と、紬生さんの意識が、昨夜、入れ替わっていたと……」
途切れ途切れになりながらも、何とかソラは言い終えた。ソラの混乱振りが伝わってくる。
「そうだ」
「時折、意識を飛ばしているのは知っていましたが、そんなことまで……」
考えをまとめる為なのか、ソラはぶつぶつと呟いていた。ふと黙り込み、しばらくして、私に向かって言った。
「なるほど。よく分かりました。そういうことでしたか」
低くて、妙に落ち着いた声色だった。
気になって顔を上げると、睨むほどではないけれど、静かに怒っているような目で、ソラが私を見据えていた。
その威圧感は怒った時の宙香に似ている。やっぱり兄妹だ。怖すぎる。
私がクリティネのフリをしたから怒っている。当然だ。
「あ、あの。私、その……」
何を言えばいいか分からない。
どぎまぎしている私を無視するように、ソラはクリティネへ向き直った。
「巫女王に、大事が無くて良かったです。それに、紬生さんの怪我のことも、ありがとうございました」
私も急いでお礼を言って頭を下げた。
その後、強引に話を打ち切って立ち上がったソラ。
「さっ、戻りますよ。紬生さん」
部屋の外へ押しやるような勢いのソラに逆らえず、私はクリティネの部屋から退出させられたのだった。




