042)時空を超えて
あれは私?
頭に包帯のような布を巻かれて寝ている。少し離れた場所で、私は自分の姿を上から見ていた。
確か、訓練で牡牛に頭突きされて、飛ばされたんだ。頭を打ったのかな。
私、どうなったの? これは、臨死体験の途中?
ここは『T・T・T』のホテルじゃない。壁や天井へ、賑わしいほどに描かれた動物や海の生き物が、薄暗い中でもよく分かる。しっかりした造りで、しんと静まり返っているこの感じは宮殿だと思う。
ふと視線に気付いて部屋の入口を見ると、白い衣装のクリティネが立っていた。私の身体では無く、意識の状態の私のほうを注視している。
クリティネの口が動いた。何を言ったのかは分からない。
次の瞬間、私の意識は宇宙空間のような真っ暗な闇の中にあった。暗いけど、寒くはない。
やがて、一筋の光が射し込んできて、導かれるように、光の中へ吸い込まれていった。抗うことのできない波のような流れに身を任せていると、急に放り出されるような感覚がした。
放たれた場所は宮殿の中庭、御神体の前だった。夕日が地平線に沈もうとしているけど、辺りはまだ明るい。
御神体の前で、一人の男が膝をついて祈りを捧げているのが目に入った。近寄ろうと思い立った直後には、既に、私の意識は男の近くにあった。
「え?」
男の横顔を確認した私は声を上げた。男が宇咲代表だったから。私の知る代表よりかなり若く、三十歳くらいに見える。
私の声に反応は無い。聞こえてはいないみたい。負傷した私がそうされていたように、代表も頭に布を巻いている。
代表は長い祈りを終え、顔を上げると、私のほうを向いて小声で語りかけてきた。
「まだ、神託は降りないのだろうか?」
私が見えているのかと、ドキリとしたのも束の間、私の後ろに控えていた男が、代表の問いかけに答えた。
「そのようですね」
二十代半ばくらいの浅黒く日焼けした肌をした男には、この空間に慣れた雰囲気がある。
「私はここで、神託を待つから。君は、妻と息子の様子を見に行ってくれないか。迷っていないか、心配だ」
「分かりました。ご家族をホテルへお送りしてから、ここへ戻ります」
代表の息子? ソラ?
「あと、あなたが巫女王を救ってしまったこと、『T・T・T』には内密にお願いします」
「言うつもりはないが。何故だ」
「あの事故で、本来なら巫女王は亡くなっていたかもしれない。歴史を変えてしまった可能性があります」
「そうなのか?」
「あくまでも、可能性です。ただの怪我で済んでいたかもしれませんし」
忍びやかに語っているこの男は『T・T・T』の、この時代のアテンダントなのだろう。
「ただ、私個人としては、過去で起きることも全て、必然だと考えていますので。現在、巫女王が健在だというのが、間違いのない真実で良いのではないかと」
男の言葉の真意が分かりにくいと言うように、少しだけ首を傾げたけど、代表はそれ以上深く、そのことについて議論する気にはならなかったみたい。
黙って頷く代表を見て、男は軽く頭を下げて立ち去ろうとした。
その時、代表と男が同時に動きを止めて、はっとしたように御神体へ向き直った。
二人の視線を追った私。
御神体の大岩の前に女の子が立っている。大岩の中から、たった今出てきたのではと思うほど、突然姿を現したように見えた。




