040)尊い存在
紀元前一八二八年 クレタ島、十三日目。
訓練場へ着いた私達一行は、これまでと違う観覧席の様子に戸惑っていた。
いつもなら、数えられる程度しか見学者はいないのに、今日は空いている席のほうが少ない。
子供は落ち着き無く走り回っているし、女性達は何か含みのある顔付きでひそひそと、だけど楽しそうに会話している。
何よりも不思議なのは、前回の祭事に出席していた、高官や神官らしき者の姿が目に付くことだった。
この状況を見たソラが苦々しい声を出した。
「そう言えば、今日はパロス島から、王子がやって来る日でした」
「パロス島?」
「王子?」
在斗と明日美が、それぞれに聞き返した。
「パロス島は、エーゲ海に浮かぶ島の一つです。大理石の産地で、クノッソス宮殿に使われている大理石は、ほぼパロス島のものと言えます。クレタ文明より前に繁栄した、キクラデスと呼ばれる文化圏の国で、王朝の隆盛期は過ぎていますが、まだ王族は存続しています」
「何しに来るの?」
詩葉さんが尋ねると、ソラは無表情になった。それが私には、不機嫌を隠しているように見えた。
「クノッソスの王族と婚約を結ぶためかと。そのためにはまず、牡牛跳びを受けなければならない決まりですから、訓練をしに来るようです」
「王族って言うと、巫女王に姉妹がいるの?」
そう聞いたのは明日美。
「母親の違う妹は何人かいます。ただ……」
ソラの表情に陰りが浮かんだ。
「王子の希望する婚約相手は、クリティネだと思います」
明日美がはっとして息を呑み、憤慨した様子で捲し立てた。
「妹はともかく。クリティネとの結婚はダメよ! 巫女王は、神託を聴くお役目を背負って生まれてきた、尊い存在なんだから!」
それを聞いたソラも深く頷いた。
「その通りです。巫女王に結婚は許されていません。代々巫女王は生涯独身で、次の巫女王は、巫女王の兄弟姉妹の子供の中から現れると決まっています」
「じゃあ、そのパロス島の王子も、クリティネの妹と結婚すればいいじゃない」
詩葉さんが首を傾げながら言った。
「妹達の母親は、巫女家系ではないんです。巫女家系の遺伝子を持つクリティネの兄弟姉妹は、皆、若くして亡くなっています。王子としては、神託を聴ける者を国へ迎えたいはず。そうなると、クリティネしかいないのが現状です」
クリティネが何度も誘拐されそうになっていると、以前にソラから聞いた。誘拐などでは無く、結婚しようと考える輩もいるのか。
「結婚によってクリティネが力を失くしても、クリティネが産む子供が、神の声を聴ければいいと考えているようです」
「そんなの酷い。巫女王に、子供を産むだけの役目を負わせるなんて」
明日美が嫌悪感を漲らせている。
「でもそんな結婚、クノッソス王が認めないんでしょ?」
詩葉さんが言った。
「でも、クリティネはどう思ってるんですか?」
そう言ったのは、それまで黙って聞いていた在斗だった。
「一生独身ってのも、それはそれで、彼女の気持ちを無視してるでしょ」
「何言ってんのよ。生涯、その身を神に捧げることくらい、クリティネは覚悟してるわよ」
ムキになった明日美を、分かったからという感じで、在斗が軽くいなしている。
私は在斗の意見に賛成だった。巫女王だって、一人の人間であり女性だもの。気持ちを尊重されるべき。
クリティネが闘っていると言ったのは、一人の人間として生きることに対してなのかも。
クリティネがパロス島の王子との結婚を望むのなら、私は応援したい。




