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032)とっておきの呪文

「どういう自分だったら好きになれそうですか?」


 落ち着いたところで問われて、すぐに浮かんだ言葉があった。


「強い人。……強くなりたい」


 強くなって、自由に生きたい。教団の神託にすがらなくても、生きていける人になりたい。


「訓練を休んだのは、儀式を受ける資格が、私には無いって思ったから」


 ソラは少し驚いたように瞼を見開いた。


「儀式を受けても良いって、自分で許せるくらい、強い人になりたい」


 涙を拭った私へ、ソラは力の抜けた優しい瞳を向けてきた。


「儀式を受けたいと思う理由を聞いた時、考えたことが無いとおっしゃってましたね。ですが、紬生さんが訓練に対して、誰よりもひたむきだったのを、私は知っています」


 あれは、神様に選ばれたと思っていたから。ひたむきになれたのはそのせい。


 教団も神託も代表も、もう私の中から消えてしまった。何を目標にして生きればいいのか分からない。


「儀式を受けるために、もしも資格がいるのだとしたら、あのひたむきさだと思います」


「そのひたむきな気持ちが消えてしまっていたら?」


「また、取り戻せばいいじゃないですか。訓練は楽しくなかったですか?」


 楽しかった。皆から励まされたり、讃えあったりして、充実してた。


「ここへ旅行に来られるのは、ほとんどが、信仰に関係の無い方達ばかりです。その方々に儀式を受ける理由を尋ねると、多くのかたから、自分への挑戦だという返事が返ってきます」


「自分への挑戦……」


 そんな言葉、私には一番無縁に思える。


 人生を自分で選択するのは怖い。


「自分で決めたことで失敗してしまったら、その先をどうやって生きていけばいいのか分からない。他の人達はどうしてるの? 怖くないの?」


 自分の選択まで間違いだったら、次は何を指針にして生きていけば良いのか、本当に分からなくなる。


「ソラはどうしてるの? 間違えることはないの?」


「沢山ありますよ。間違うし、迷ってばかりです」


「その度に傷付くでしょ?」


「そうですね」


「どうやって乗り越えてるの?」


 少し小首を傾げた後、ソラは口元を緩め、いたずらを思い付いたように目尻を上げた。


「私は、とっておきの呪文を知っています。それを唱えれば、前を向けるんです。紬生さんには、特別に教えてあげましょう」


 秘密ですよと、唇の前で人差し指を立てて言い、ソラは真面目な顔になった。


「ちちんぷいぷい、みゅげみゅげ~」


 ?!


 驚きと共に、私の身体からだが起き上がった。


「その、おまじない……」


 公園の滑り台を背景にした男の子のつぶらな瞳と、ソラの瞳が重なった。


「覚えて、くれてたんですね」


 ほっとした顔をした後で、ソラは親しげに笑いかけてきた。


「大きくなったね、紬生。だけど、泣き虫なところは変わってない」


 どきんと、胸が鳴った。


 軟弱でダメダメな私のこと、昔から知っていてくれた。何もかもを、許してくれる気がしてしまう。


 だけど、あの男の子がソラだとしたら、歳が合わない。


「呪文のことは覚えてるけど……。ごめんなさい。ソラって、誰なの? 幾つなの?」


 私の問いに、ソラは言葉を失くしたみたいだった。少し残念そうな表情をして、でもすぐに、何かが閃いたという顔で口を開いた。


「私が何者か、その問いに、毎日一つづつ答えましょう。紬生さんが訓練を終えた後で」


「訓練って、私……」


「儀式を受けるかどうかは別にして、訓練を続けてみては、いかがですか? 紬生さんがなりたい、強い人に近付けるかもしれませんよ」


 そうかもしれない。何もしないよりは、身体からだを動かしていたほうが気持ちも晴れる。


 それに、ソラの正体の解明パス付き。


 そう思ったら、迷いは吹き飛んでいった。

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