表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/39

031)呪文

『大丈夫だよ、紬生つむぎ。痛くないよ』


 ふいに、子供の頃の記憶が蘇った。


 そう言って、泣いている私の頭を撫でてくれたのは、誰だっただろう。パパでも弟の大聖たいせいでもない。


 近所の公園の赤い滑り台の下。


 私は四、五歳くらい。目の前にしゃがんでいるのは、中学生くらいの男の子。


 滑り台の着地に失敗して、私は膝を擦りむいたんだ。一度や二度じゃ無かったはず。


『ほら、おまじないをしてあげるから。ちちんぷいぷい、みゅげみゅげ~』


 ちちんぷいぷい、みゅげみゅげ~。


 私も一緒に唱えた。みゅげみゅげって何だったんだろう。


 お兄ちゃん。


 その男の子のことを、私はそう呼んでいたような……。


「私に、話してみませんか」


 そう言われても、すぐには話し出せないでいる私を、ソラはいつまでも待ってくれた。


宙香みちかは……」


 声が掠れてしまう。


「宙香は訓練に参加したんですか?」


 ソラは眉を寄せて意外そうな顔をした。


「実は、宙香さんも、今日は訓練に来ていません。訓練場までは一緒に行ったのですが、自分は訓練を受けないからと言って、海のほうへ向かわれました」


 ソラは徐々に怖いくらいの表情になっていった。


「宙香さんが、何か関係してるんですか?」


 私は急いで首を振った。


「宙香は関係ない。全部、私の問題」


 神様に選ばれたと言われて、調子に乗ってやって来た。それが嘘だと知った今、私の中の全てが空っぽになってしまった。


「私には、生きていくだけで怖いことが多すぎる。誰かに、何かに、大丈夫だと示してもらえないと、怖くて生きられない」


 教団の教義に従っていれば、神様があるべき場所へ導いてくれる。教団を信じてさえいればいい。


 ママから聞かされてきた言葉。


 教団を信じることをママに強制されてきたと思っていた。それも現実かもしれないけれど、私は自分に都合良く、信じたいモノを信じてきただけだったんだ。


 私が教団に席を置いているのは、性格上の理由が大きく関係している。


 私にとっては、教団が神託と呼ぶ神様のお告げが、生きていく上での拠り所だった。不透明さは透明へ、不安定は安定へ心が導かれる。


 神様が言ったことは真実じゃなくても、真実でいい。それで私は強くなれるから。


 自分へ課せられた事柄を使命だと思い込めば、自ら考えることに伴う不安を切り離せる。


 そうやって、今までずっと生きてきた。それが正しい事なんだと信じて。だけど……。


「自分では何も考えない、選ばない。そんなふうに、私の心はプログラムされてしまっているって思ってた」


 AIのほうが、私より自由意思を持っているんじゃないかって。窮屈な境遇で生きなければならない自分は、被害者だと思ってたこと、宙香に指摘されるまで気が付かなかった。


「選択肢がないって思ってたけど、自分で考えなかっただけ。選ばなかっただけ。不安と向き合うことや、責任なんかを遠ざけてきた。自分が背負うべきことから目を背けて、逃げてきた人生だったって、気付かされて。今までだって、嫌いだったけど。本当に、本当に、自分のことが嫌いになった」


 ううぅ~と堪えても、涙が後から後から溢れ出て、目尻から耳のほうへ伝っていく。


 ソラは胡座で座り直し、黙って私を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ